白銀(しろがね)のWizard 3







「で、結局の所、の旦那はどこから来た訳?」


幸村の取り成しもあってか、完全に警戒を解いた訳ではないとはいえ苦無を収めてくれた佐助が溜め息混じりにそう声を掛けてきたのは、周囲に展開する武田軍の兵達を撤収させる為の準備を整え始めたその時だった。
俺がこの場に落ちてきた時には既に、今回の戦の勝利はほぼ武田に傾きつつあったらしい。
幸村が後方へ伝令を出すと程なくして勝ち鬨があがった。

「どこから…って言われても………あそこから?」

佐助の問いに何と答えて良いか困りつつ上空を指差せば、相変わらずそこには俺が開いたであろう転移系魔方陣が光を湛えたままその場に展開している。
俺に促されるまま上空を見上げた佐助は、その状況に小さく溜め息をつくと、ふるふると頭を振ってみせた。


「いや、だからね『どこから落ちてきたか』じゃなくて、俺様が聞いてるのは『何処から来たのか』なんだけど?」

「だからあそこからだって……。」
「あのね、真田の旦那の手前とりあえずはアンタを尋問するのは保留してるけど、俺様としては一刻も早くの旦那の身元をハッキリさせたい訳。あんまり惚けた事ばっかり言ってると俺様本気で怒るよ?」


まるで出来の悪い弟を叱るようにそう言って、佐助は俺の頭をポカリと軽く叩く。
本気ではないとはいえ、手甲越しの拳はそれなりに痛くて俺はジトリと恨みがましい視線を向けてしまった。

「そんな目してもダメだよ?」
「うううう~~~本当の事しか言ってねぇのに~~~~。」
「あのねぇ………。」

「佐助!もしや殿は天上人なのではないか?!」

肩をすくませた佐助と頬を膨らませた俺の会話に、うずうずとしていた様子の幸村が思い切ったように声をあげる。
その言葉に含まれている思いもしない単語に、さっきまで角を突き合わせていた筈の俺と佐助は思わずお互いの顔を見合わせてしまった。
いくらなんでも『天上人』とは。
確かに空から落ちてくるなんてそうある事ではないだろうが、それが天上人なんて発想になってしまうとは確かに俺にとっても予想外だった。


「ええと、旦那?それってどういう意味??」
「どういう意味も何も…そのままの意味だ!」
「いやいやいや!天上人って!まさか旦那は本気での旦那が御伽噺に出てくるような天上人だと思ってる訳?!」


嘘でしょー?!という叫びにも似た佐助の言葉に、俺も唖然と幸村を見詰めてしまった。

「あのさ、何で俺がその…天上人?だって思った訳?」

恐る恐るそう訊ねてみれば。
真っ直ぐな瞳が一瞬戸惑うように宙を彷徨う。
その様子にコトリと首を傾げると、そのまま幸村は困ったように眉尻を下げて俺から視線を逸らしてしまった。
人の目を真っ直ぐに見据える事の出来る幸村にしては珍しいその素振り。
不思議に思って上目遣いにじっと見上げると、ほんのり頬を染めつつしどろもどろになりながら幸村は口を開いた。


「あ、いや…ッその………殿が…ッ!」
「俺が??」
「光の中を降りてこられる様は……その………まるで天女が如き神々しさであられた故……ッ!」
「えっ?!天女?!」
「いや、女子と思うた訳ではござらん!光の中たなびくその白銀の衣がまるで羽衣のようで、天女が某の元へ降臨されたのかと……ッ!」
「でも俺は男だし……。」
「なればこそ、天上より某の元へ降臨された天上人ではないかと………。」


そこまで言って幸村は静かに目を伏せる。
どこか泣き出しそうにも見えるその表情で幸村はそっと俺の手を取った。



「あの時、某へ……手を差し伸べて下さいましたな?」

「幸……村……。」



無意識に。
そう、あの時確かに無意識に幸村へ手を伸ばしていた。
俺を見た幸村の瞳が俺を捉えて離さなかった。
この場には幸村以外の人も確かに存在していたというのに。


「光を纏い某へ手を差し伸べて下さったあのお姿………この世のものとは思えぬ眩さを感じました。我らの遠く及ばぬ世界よりこの世界へ降臨なされたのではないかと。」

「…………それで咄嗟に助けたってわけ?の旦那を?」
「う、うむ………。」
「成る程。それでの旦那が天上人って話になった…と。」


呆れたように肩を竦める佐助の言葉に、視線を彷徨わせながら幸村は頷く。
ちらりとこちらを窺うような瞳に、俺は驚きで言葉を発する事が出来なかった。


「………………。」

「はは……流石にの旦那も呆れ気味?」
「………………違う。」

「え?」


そう、違うのだ。
別に呆れた訳でも何でもない。
確かに『天上人』というのは突拍子も無い発想かもしれないが、その発想に呆れている訳ではなかった。
いや、むしろその逆だった。


「…………………………当たらずとも遠からず。」

「は?!」


そうなのだ。
俺はこの世界の人間ではない。
だから幸村のいう『我らの遠く及ばぬ世界よりこの世界へ降臨なされた』という言葉が――その言葉が俺を驚愕させた。
ここより遠い世界。
それは俺の元居た世界。
そしてこの世界への道を開き、俺はこの世界へ降りてきた。
幸村の言葉は、俺の真実を言い当てていたのだ。


「……………殿?」


呆然と見詰める俺の視線に、居心地悪げに視線を伏せる幸村。
その手が未だ俺の手を握っている事に気付いて、俺はそっとその俺よりも僅かに大きな骨ばった手を握り返した。

「――――ッ?!殿ッ?!」

「幸村は……凄いな。何も知らない筈なのに……。」
殿、それはいったい……。」

「………まさか真田の旦那の言ってるのが真実だって言うんじゃないだろうね……の旦那?」

俺の言葉にどう反応して良いか分からないといった様子の佐助が、訝しげな表情でこめかみを押さえる。
それもそうだろう。
今の話の流れからすれば、俺が幸村の言葉を肯定したようなものなのだから。


「ええと、幸村の言う『天上人』とやらじゃないけど、でも幸村の言っている事は一概に間違いって訳でも無いんだ。」

「いったいどういう意味?」


本当に意味が分からない――と佐助は困ったように眉を寄せる。
目の前で戸惑ったように俺を見詰める幸村も、どこか不思議そうに首を傾げている。
その二人の様子に、思い切って真実を告げるしかないと、俺は覚悟を決めてゆっくりと口を開いた。

信じてもらえないかもしれないけれど。
それでも、せめて差し伸べた俺の手を掴もうとしてくれた幸村には、何も言わずに俺の真実を見抜いた幸村にだけは――真実を話しておきたかった。



「勿論俺は天上人なんかじゃない。でも、この世界の人間ではない事は確かなんだ。」
「この世界の人間ではない…とはいったい……?」

「幸村の言葉を借りるなら、ここから『遠く及ばない世界』から俺はこの世界に来た。それはこの世界での天上界とか黄泉の国のような異界とは違う。勿論地獄とか極楽浄土とか…そういった意味合いの所とも。」


真実を語ろうと意気込んでみたものの、どう話せば良いのか、どう説明すれば理解してもらえるのか正直俺は掴みかねていた。
『世界』そのものの捉え方からして俺達の間には大きな溝がある。
まずはそこを埋めなければ話にすらならない。
異世界だと説明した所で、彼らにとってはそれこそ天上界やあの世の存在ですら異世界なのだ。
そういった感覚での異世界とは違うのだという事をどう説明するべきか。
『異次元』『時空間』という新たな認識をどう捉えさせるか。
俺は限られた知識とボキャブラリーを総動員して彼らに伝わるようにと言葉を探した。


「じゃあどういった所なのさ?の旦那の言う遠い世界ってのは?」
「うん。ここと同じだよ。大地が――海が空があり自然があって、人や鳥や獣、魚達。沢山の生き物が命を育んでいる。本当にここと殆ど変わらない。」
「某達の居るこの世界と同じような世界が、あの光の向こうにあるのでござるか?」
「そうだな。俺の世界だけじゃない。同じような世界が、それこそ星の数ほど……いや、無限に近く存在すると言われてる。」
「何と?!」

俺の言葉に、幸村が感嘆の声をあげる。


「その無限の世界の内の一つが、幸村や佐助さんの居るこの世界。そして俺の居た世界も又その内の一つ。そして、この二つの世界は本来交わる事は無い。」
「何故でござるか?」

「そうだな……例えば、この世界に本当に天上界や地獄や、黄泉の国なんかがあるとするだろう?天女が地上に降りて泉で沐浴する話があったり、死んだら黄泉平坂を通り黄泉の国へ行くとか、悪事を働けば地獄へ落とされる…なんて話。聞かないか?」

「それこそ御伽噺の世界だけどね?」
「でもそれは、その世界に繋がる道ってのが最初から必ず存在するからなんだ。それこそ黄泉平坂なんてこの世界と黄泉の国を繋ぐ道そのものだろう?」
「確かに!」

「つまり、この世界とそれらの世界はすぐ隣で繋がっている。薄衣一枚で隔てられた位の身近な所にその世界はある。それはこの世界とそれらの世界が、こう――同じ線の上に隣り合って並んでいるような感じでね。」


そう言って俺は触れていた幸村の大きな手を離して、地面に落ちていた折れた矢で縦に隣り合った4つの円を書いてみせる。
そしてその4つの円を貫く様にして上から下へ一本の線を走らせる。
まるで串刺しの団子のようになったそれらをさして、天界・この世界・黄泉の国・地獄――と説明すると、成る程と言うように二人が何度か頷く素振りを見せた。


「でもね、俺の居た世界はこの同一線上には存在しない。俺の世界にもコレと同じような天界や黄泉の国なんかが同じ線の上に並ぶようにして隣り合っているからそちらへの道は最初から存在するんだけどね。」

「では殿の居られたという、遠き世界とはいったい何処に?」


その幸村の疑問に、俺は小さく苦笑する。
そして今書いた4つの団子の絵の隣に、同じように4つの団子を刺した絵を書き足してみせた。

「こっちが俺の居た世界。そして天界も地獄も同じ線の上に。だけど俺の世界のこの直線と、幸村達のこの世界の直線とは……ほら、決して交わらないだろ?」
「そう言われれば確かに……。」
「隣り合っていて繋がっている世界になら干渉する事も出来るけど、本来遠く離れていて何も接していない世界には、交わろうとしても…干渉する事なんて決して出来ないんだ。」
「干渉すら不可能な遠い世界。だから、『ここ』から『遠く及ばない世界』っていう旦那の言葉が間違いじゃないって事になる訳か。」


突拍子も無い話である筈なのに。
それでも幸村も、俺の事を警戒している筈の佐助でさえも真剣に俺の話を聞いてくれる。
ありえない与太話と笑い飛ばす事も出来るのに、決して俺の言葉を嘲ったり否定したりせずにいてくれる。
それだけで俺は充分だった。
例え最終的に俺の話を信じてもらえなかったとしても、何の悔いも不満も無かった。


「交わらぬ世界、隣り合わぬ世界、繋がってはおらぬ世界………。ならば、どのようにして殿はこの世界へ?」

「そうだねぇ。交わるはずが無い2つの世界なのに、何で遠く及ばない世界とやらに居た筈のの旦那が今ここに居るのさ?」


最もな疑問に俺は、やっと本題に入れそうだと胸を撫で下ろす。
完全に理解してはいないとしても、少なくとも俺がこことは別次元から来たのだという事が分かれば良いのだ。
俺は二人の問いに改めて上空の魔方陣を指差してみせた。

「アレが見える?アレを使って俺はこの世界に来たんだ。」
「あの光の輪の事?」
「そう。あれは本来交わらない筈の俺の居た世界とこの世界とを繋いだ扉のようなものなんだ。」

正確には扉というよりも転移装置のようなものなのだが、この際それは問題ではない。
魔方陣を扉に見立てる事で二つの世界が『繋がった』のだという事が、隣り合わなかった世界が魔方陣を通して交わったのだという事が、より直接的に理解出来る筈だ。
俺は改めて目の前の幸村と佐助を見返してそっと目を細めた。


「本当なら二つの世界は交わらない。でもその二つの世界を繋ぐ道を――その扉を俺が開いた。そして後は幸村の知る通り。その扉を抜けて俺はこの世界に……落ちてきたという訳。」

殿が、その二つの世界を交わらせた……と?」
「そうなるな。」


時空間を歪ませて、異なる流れの中にあった世界を無理矢理繋ぎ合わせ固定させる。
そして、後は転移系魔方陣を使って繋いだ世界の先への扉を開けばいい。
当然、転移する先が見つからなければ道を繋げる事は出来ないし、その転移先を探し当てる事が何より難しい事なのだが、それさえ出来れば後は基本的な転移系魔術の応用だから大した問題は無い…という訳だ。
俺は二つ並んだ団子の絵の中の、それぞれの世界を表す円同士を繋ぐ為に一本線を書き入れて、トントンと地面を叩いてみせた。

「この世界と俺の居た世界を繋いだ扉……あの上空にある光が、この二つの円を繋いだ新しい線だと思ってくれればいい。」
「そんな事、簡単に出来る事なわけ?」
「いや。俺が知る範囲でしか分からないけど、少なくとも俺の居た所では初めての事の筈だな。」

化学系分野の話は俺には分からないが、少なくとも魔術系分野において時空間転移が成功したという実例は聞いたことが無い。
国家機密の分野に入る話だから、もしかしたら外国の研究機関では既に成功例があるのかもしれないけれど。



「じゃあどうしての旦那にはそれが出来たのさ?」



当然と言えば当然の疑問だ。
簡単な話ではない二つの世界を結びつける行為。
それを何故俺がこの手で為しているのか。
そう思うのは至極当然の事だろう。
俺はその場で白銀の法衣を翻しクルリと一回転して片足を引くと、片手を胸にまるでダンスのパートナーにするように仰々しくお辞儀をしてみせた。


「俺がそれを為す力を持つ魔術師だから……かな?」
「ま、まじゅつし??」


聞き慣れないであろう言葉に、幸村が戸惑いがちに目を瞬かせる。
それに小さく笑って、俺は静かに胸元から魔法石をあしらったシルバーチェーンのペンダントを取り出した。




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