君という欠片・僕という欠片 2






「大丈夫か?もう5日も休んでいるだろう?」


「何で手塚が………?」

信じられない人物の姿に俺は目を見張った。

「お前がこんなに長い事学校を休んだ事などないからな。どうだ?まだ体調は良くないか?」

いつもと変わらない静かで落ち着いた声音。
けれど、ほんの少しだけ心配そうに細められた瞳に、俺は視線を釘付けにされてしまう。
手塚が俺の事を気遣ってくれているのが分かった。


「あ……うん……だいぶ良くなった…かな。」
「そうか?まだあまり顔色がよくないみたいだが?」

クローゼットの脇にテニスバックを立てかけるようにして置いてから、ベッドサイドに置かれたイスに腰掛けて手塚は俺の顔をじっと覗き込む。
強い意志の力を秘めた瞳が俺を見据える。
その何もかもを見透かされそうな瞳に見詰められて、俺は思わずその視線をそらした。

「悪い、心配掛けて。もう大丈夫だから。」
「……無理はするな。」
「ああ、ありがとな……でも大丈夫だから………。」



見詰められるのが耐えられなかった。
俺の醜さや情けなさ……全てが曝け出されそうで恐かった。
そして、それを手塚に気付かれるのが……耐えられそうもなかった。



「……………?」



目を合わせようとしない俺に、何か感じ取ったんだろう。
訝しげに手塚が声を掛けてくる。

「あ、あんまり長い事ここに居ない方がいいぜ?ほらっ、風邪うつるとヤバイしさ!」

つとめて明るくそう言って俺は笑みを浮かべた。
そうでもしなければ、この状態に俺自身が耐えられなかった。



「………、何故俺を見ない?」


暫く無言のまま俺を見詰めていた手塚が、ポツリと言葉を漏らす。
その言葉と共に肩に置かれた手に、俺の身体がビクリと震える。
静かな声とうらはらに、その手にぎゅっと力がこもって、俺は小さく息を呑んだ。


「べ、別に……っ」

「違うとでも言いたいのか?なら俺の目を見ろ。」


どこか怒りを秘めたような手塚の声。
さっきまでの手塚とは違うその響きに、俺は静かにうつむいた。



「ごめん………。」



嫌な思いをさせてしまっているのは分かっていた。
でも、こればかりはどうにも出来ない。
手元にある毛布をぎゅっと握り締めて、俺はただ目を閉じるしか出来なかった。


「何かあるのか?俺には分からない。」
「……………………………。」
………。」

「ごめん……。」

肩に触れたままの手に更に力がこもる。




「…………、お前……越前になりたいと……言ったそうだな。」




何も答えようとはしない俺にしびれを切らしたのか、不意に手塚は思いもしない言葉を口にする。

「えっ?!」
「そして、ここ最近俺の事を避けていた………。」
「っ?!」
「それと関係あるのだろう?お前が俺を見ようとしないのは……。」

信じられない状況に俺は思わず伏せていた顔をあげる。
何故手塚がこんな事を言うのか、何故それを知っているのか分からなかった。

「どうしてそれを……?」
「越前が教えてくれた。そしてが俺の事で悩んでいるようだ…ともな。それで俺も分かった。お前が俺を避けている事にな。」

見上げた手塚の表情は、今までになく悲しげで辛そうで……そしてどこか怒りのようなものを秘めていた。


「て……づか………。」


「お前は………俺から離れたいのだろう?」



吐き捨てるように紡がれた言葉。
その言葉の意味を俺は一瞬理解出来なかった。
俺が手塚から離れたがっている?
信じられないその言葉に、呆然と手塚を見返す。
手塚の言葉の意図する所が分からなかった。



「何が理由かは分からんが、お前は俺と離れたがっているのだろう?あいつは最も俺から遠い存在だからな。だから越前になりたいと漏らした……違うか?」

「は………何言って………。」
「違うのか?ならどうして俺から離れる?何故俺を見ようとしない?!何故『』として俺の隣に居る事よりも越前になりたいなどと思う?!」


珍しくも感情をあらわにして手塚が声を荒げる。
手塚の中に眠っていた激情が溢れ出したようだった。




「俺は許さない!そんな事認めない!」




今まで見たことの無い手塚の姿。
決して感情豊かとは言いがたかったが、それでも全くの無表情という訳でなかった手塚の、激情・怒り。
信じられないものを見るように見詰めた手塚の瞳は、いつも以上に強い何かが揺れていた。

「手塚……俺………。」
………っ!俺は…………。」

苦しそうに俺の名を呼んで、手塚の手にぐっと力がこもる。


「うわっ!」


強い力で肩を押され、仰向けのままベッドに倒れこむ。
そのまま勢いよくベッドに身体を押し付けられて、俺は息を詰まらせた。



………。」

「手塚!痛いっっ!!」



押さえ込むように俺の肩をベッドに縫い付けて、手塚が低く呟く。
その思いのほか強い力に、俺は小さく悲鳴をあげた。
虚ろに俺を見詰める瞳は何故か泣きそうにも見える。
俺は痛みをこらえながら、その複雑な感情の波に揺れている手塚の瞳をじっと見返した。



「手塚……?」
「………………………。」
「俺、手塚から離れたいなんて思った事無いよ……。」
「なら……どうして……?」

「反対だって言ったら……信じてくれるか?手塚……。」

俺の言葉に、手塚の腕の力が緩む。
触れるだけになった手塚の手を外して、俺はそっと手塚の首元へと手を伸ばした。


「は…んたい……?」

「そう、信じてくれるか?」


ゆっくりと手塚の首に手を絡め、肩口に抱き寄せる。
それに逆らう事無く、手塚は俺の右肩に顔をうずめた。
手塚の体温が、呼吸がすぐ近くで感じられる。
俺は静かに瞳を閉じて手塚の耳元に唇を寄せた。


「手塚、俺の話……聞いてくれるか?」


小さく呟くと、僅かに手塚が頷いたのが分かった。


「………ずっと嫌な思いさせてごめんな。でも俺、手塚から離れたかったんじゃないんだ。ただ少し距離を置いて考えたかった……お前から見た俺の存在価値みたいなものをさ……。」

「存在価値?」
「そう言っていいのか分からないけど…同じようなものだと思う。」


そこまで言って俺は微かに息をつく。
なんと説明したら良いのか分からないけれど、手塚をここまで追い詰めてしまった責任は取らなければならない気がした。
たとえそれで手塚との距離が遠く離れてしまったとしても――。
もう、何も無かったようには笑えないから。
覚悟を決めた俺の耳には、自分自身の心臓の音が、どこか遠く響いていた。




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