嫉妬 7






「はぁ………。」

らしくも無く大きな溜息をついて、溜息の主――真田弦一郎は大きく首を振った。
とうの昔にホームルームも終了して、大半の生徒達が教室を出て行ったというのに、部活に行くどころか席を立つ事も出来ずに、真田はただぼんやりと無為な時間を過ごしている。
頭では早く部活に行かなければならないと分かっているのに、何故か身体は思うように動こうとはしない。


「何をやっているのだ俺は………。」


もう一度溜息をついて、真田は両手で頭を抱えた。

昼休みに偶然顔をあわせた
そのの垣間見せた苦しげな表情が、悲しそうな瞳が、儚げな微笑みが脳裏に焼き付いて離れない。

………。」

誰に言うでもなく呟いた言葉が微かに掠れる。
何故か喉がヒリついて仕方がなかった。




『好きだよ………真田………………。』




耳に残るの言葉にぶるり…と身体が震える。
気を失う前に耳にした、たった一つの言葉が。
光を失ったような虚ろな瞳が。
無理に浮かべた、乾ききった微笑みが。
以前より力を無くしたように感じられる肩の小ささが――真田の心をざわつかせるばかりだった。


「もう以前のようには笑ってはくれんのか……?……。」


小さく呟くようにして零れた言葉と共に、窓の外に視線を向ける。
ちょうど窓越しに見える保健室には、真っ白なカーテンが掛かっていて中の様子を窺い知る事は出来ない。
その木漏れ日が僅かに差し込む保健室の窓をじっと見詰めてから、真田は軽く頭を振る。
何故だかの事ばかりが頭をよぎってしまって仕方なかった。

(俺はお前の顔を曇らせる事しか出来んのか……?)

泣かせたくなどなかった。
苦しませたくなどなかった。
ただ、笑っていてほしかった。
幸せで居てほしかった。
という一人の人間の幸せが、己の幸せにも繋がるように思えた。
そして、それが自分の手から与えられるものであるならばどんなに良いだろう…と思った時、真田は己の中にある想いの存在に気付いた。


「……………………俺は……っ!」


勢いよく立ち上がった衝撃で、ガタン――とぶつかり合った机とイスが派手な音をたてる。
何を言えばいいのか、どんな顔で会えば良いのか分からなかったが、今すぐの顔が見たいという衝動だけが真田の全身を支配していた。




っっ!!!」




じっとしていられずに、湧き上がる想いに突き動かされるようにして踵を返した真田は、ドアに向かって振り返った瞬間、ビクンと身体を竦ませる。
己の瞳に映ったものの存在に、真田は驚愕のあまり大きく目を見開いた。


「呼んだか?真田……。」

「――っ?!……っ!」


思いもしなかった人物。
そして、会いたいと焦がれていた人物の姿が――そこにはあった。



「幽霊でも見たような顔してるな。」

いつの間にか誰も居なくなった教室に、の声だけが響く。
それを信じられないものでも見るように呆然と見詰めてから、真田はハタ――と我に返った。


「あ、いや……、お前大丈夫なのか?倒れて……。」
「ああ…真田が保健室に運んでくれたんだってな?幸村に聞いた。ごめん迷惑かけた。」
「いや、そんな事はどうでも良いのだが………。」


そこまで言って真田は言葉を濁す。
まるで別人ではないかと思うほどのの変わりように、戸惑いを隠しきれない。
ほんの少し前まで確かにを取り巻いていた、あの重苦しいまでの絶望感や悲壮感がすっかり消え、どこか遠くを見ていた瞳には、僅かとはいえ光が戻っている。
何より、ずっと真田を見る事の無かったが、まっすぐに真田をその瞳に捉えてくれている事が驚きであり、又嬉しくもあった。


「…………真田、少し時間……くれないか?」
「時間?」

「話したい事があるんだ。」

一瞬だけ戸惑いがちに彷徨わされた視線が、真田に向けられる。
その瞳を正面から受け止めて、真田は無言のまま大きく頷いた。



「まずは謝らなきゃな……今までずっと迷惑掛けたり嫌な思いをさせてきたんだしな………。」
「謝る?」
「俺…ずっと真田に嫌な態度とったりしてきただろ?ほんと……嫌な奴だと思っただろうけどさ。」

自嘲気味に口元を歪めてはスッと目を細める。


「けど、これだけは信じてほしい。今までの行動は本当に…俺の本心じゃなかったんだ。」

………。」


真田に促されて真田の席の前に腰を降ろすと、は懺悔でもするかのように両手を組んで真田の机に腕を乗せる。
その腕が微かに震えているのを目の端で認めた真田は、そっとの震える手に触れた。



「バカだよな俺。自分からすすんで真田に嫌われるような事や呆れられる行動をしてきた。本当はそんな事したいわけじゃなかったのに。」
「何故そんな事を?」
「……………。」
?」



「……嫉妬……だよ。」



躊躇いがちに零れた言葉は、身体同様に微かに震えを帯びていた。




↑ PAGE TOP