嫉妬 8






「……嫉妬……だよ。」


真田の問いに小さく答えては俯く。

「嫉妬だと?いったい誰に嫉妬する必要があったというのだ?」
「幸村…だよ。あいつは俺以上に特別な存在なんだと思う度に、妬ましくて羨ましくて仕方なかった。だから……幸村を越えられないなら、とことん嫌われてやろうと……そう思った。」

自らの告白に耐えられないのか、は組んだ両手の上に顔を伏せる。

「バカな!何故そんな事を思う必要がある?!幸村が何だというのだ?!あいつを羨む必要がどこにあったというのだ?!」
「………だから言ったじゃないか…………嫉妬なんだって………。」

伏せていた顔を上げては小さく笑みを浮かべる。
その表情はどこか悲しげで、真田の内心を掻き乱すには充分だった。


「――っ?!」


「仕方ないじゃないか…二人はいつでも解りあってるように見えたんだから!お互いを大切に思ってるって、特別な存在なんだって、そう見えるんだから!!」

「なっ…何を言って……っ?!」
「だって真田、幸村の事……他の奴らより特別に思ってただろ?」

「それは……あいつとは部を盛り上げていく為に共に尽力している仲だからな。それに、あいつは俺にはない何かを持っている。俺には出来ない事をあいつは自然に行う事が出来る。だからこそ、その点において俺はあいつを尊敬しているのは確かだ。だが、それだけの事だ。一人の友人として俺とは別の個性を尊重している…それだけだろう?特別と言っても……?」


「………………そう………………うん、そうなんだろうな…………。」


真田の言葉に一瞬息を呑んだは、ポツリと呟く。
そして、苦しそうに眉を寄せると大きく息を吐き出した。



「でも……俺には二人が、それ以上にお互いを大切に思ってるように見えた。だから真田に特別に思われてる幸村に……嫉妬してた…………。」



どこか倒れる直前のを思わせるような儚げな微笑みを浮かべて、は握り締めた両手にぎゅっと力を込める。
まるでそうする事で、少しでも震える身体を押さえ込めるのだと言わんばかりに力強く握られる掌には深く爪が喰い込んでいて、真田はその姿に胸を締め付けられるような感覚をおぼえた。

、お前……。」
「勝手に思い込んで勝手に苦しんで……自分一人だけ辛いんだと思い込んでた。真田に嫌な思いを、辛い思いをさせてるなんて思わなかった。ほんとにゴメンな………。」
「………どうしてそこまで………?」




「ずっと真田の特別で居たかったから………かな?」




の言葉にドクン――と心臓が一つ大きく高鳴る。


「幸村よりも、他の誰よりも何よりも……真田にとって一番の特別で居られたらってずっと思い続けてきた。」
「…………………………俺は………。」
「ゴメン、俺の勝手な想いだけで迷惑掛けて。ただ………謝りたかった。そして俺の真実を伝えたかっただけなんだ。」
「おい?!」
「聞いてくれてありがとな。それだけ………じゃ……。」


真田が止めるのも聞かずに、は席を立つ。



(幸村は、俺にとって優しい真実があると言っていたけれど、現実はそんなに甘くは無い事を俺は知ってる。確かに俺が思っていたのと二人の関係は違っていたけれど、それは俺にとって都合のいい現実があるという事じゃない。ただ、俺が思っていたよりも少しだけ……そう、ほんの少しだけマシだというだけ。だから、過大な期待はするだけバカだ。分かってるんだ………。)



己の中に巣食っていた、暗く重い感情が軽くなっただけマシだった。
幸村と真田、二人と向き合ったからこそ、得られた二人の真実。
望んでいた形とは違っていても、今までの自分を思えば充分すぎる。
は胸元をキュッと握り締めた。


「待て!!」

「っっ?!!」


不意に強い力で腕を引かれて、は勢いよく後ろへ倒れ込む。
突然の事に体制を崩したは、慌てて体制を戻そうと後ろ向きに数歩よろめく。
そのの身体を受け止めたのは、真田の力強い腕だった。


「待てと何度言えば分かるのだお前は!」
「真田……?」

「昼休みもそうだった。そして、もっとずっと前からもな。お前はいつも俺の言葉を聞こうとはしない。自分だけで考えて、思い悩んで……俺の話を、俺の事を聞こうとしない。少しは俺の言う事を聞け………。」


後ろから抱き込むような体制で耳元で囁く真田の言葉に、の身体に震えが走る。
低く落ち着いたその声音が、酷く心地良く全身に響いて身体中の力が抜け落ちていくような気さえする。
まるで魔法にでも掛かってしまったかのように、真田に捉われた状態のまま動く事も出来ずに、は真田の腕に身体を預けた。


「全て自分だけの想いだと思い込むな。勝手に自己完結されては、俺の想いはどうなるのだ?」

「真田の……想い?」

思いもしなかった言葉に、数回目を瞬かせる。

「ああ。俺も同じ想いを抱えている事など……お前は知らないだろう?」
「―――っ?!何…言って……っ!」
「正直な話、俺もずっと持て余していたこの感情が何なのか、分からないままだったのだがな。だが、やっとその想いの種類に気付いた。」

そこまで言って真田は抱き込んでいたの身体を反転させる。
向かい合う形で至近距離の顔を見合わせて、真田は今まで見せた事の無いような柔らかな笑みを浮かべた。




「俺がいつも想っていたのは、俺の心を乱すのは………、お前だけなのだと。」



真田の静かな告白に、は零れ落ちるのではないかと思うほど大きく目を見開く。
こんな都合の良い言葉が聞けるなんて信じられなかった。


『………真実は、時にはが思っているより優しい事もあるんだよ…?』


幸村の言葉が頭をよぎる。
あの言葉は本当の事だったのかとボンヤリ頭の隅で思いながら、は思いがけず与えられた暖かな腕と感情に戸惑いながらも素直に身を委ねた。
たとえ、都合の良い一時の夢だとしても、この甘美な感覚には逆らう事は出来なかった。


「俺にとって特別な存在はお前だけだ……。」
「さな……だ……。」
「だから、もう苦しむ必要などない。お前も俺と同じ感情を有してくれているのだろう?」
「でも……。」
「俺の言葉が信じられんか?」
「そういうわけじゃない……けど……。」
「けど?けど…何だ?」
「こんな都合のいい事……。」


困ったように視線を彷徨わせるに、真田は口元だけで笑みを形作る。
暫く考え込んでから、真田はの短い髪に手を触れると、ゆっくりと髪を撫で始めた。


「うむ。ならば、これなら信じてもらえるか?」
「え?何を…?」


の問いが終わらないうちに、暖かな感触がの額に触れる。




「――――っ?!?!!??!」




不意の出来事には声を詰まらせる。
一瞬だけ己の額に触れたのが真田の唇だとがハッキリ認識したのは、暫くたってからの事だった。


「さっ…さ、さ、真田っっ??!!」
「これで分かったか?」

「…………………………。」


真田の言葉に今のは、ただ頷く事しか出来ない。


「そうか。なら、これからは俺の言葉をきちんと聞け。お前一人苦しませるのは、俺も辛い。」
「……分かった。」

やっとのことでそう答えて、は大きくため息をつく。








いつだって真田の特別で居たいと願っていた。
けれど、それは決して叶えられる事は無いと思っていた。
それが今はこうして真田の腕の中に居る。
これ以上ない幸福を噛み締めて、は初めて自分から真田の胸元に身を寄せた。


窓の外からは、柔らかな光が二人を包み込むように、いつまでも射しこんでいた。




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