神様でもなんでもいいから。
どうか彼が悲しむ事などありませんように。
己の犯した罪のせいで彼が苦しむ事などありませんように。

自分の紡いだ言葉を真実として受け止めてくれますように――。






嫉妬 6






「ん……………?」

「あ、気が付いたかい?」


ボンヤリとした意識の向こうで聞き覚えのある声が聞こえてきて、は虚ろな瞳のまま声のする方へと視線を向けた。

「幸…………村……………?」

見慣れないベッドに、見慣れないカーテン。
そして思いもよらない人物をすぐ隣に認めて、は驚きに目を見開く。


「どこか痛い所とか苦しい所とか無いかい?」
「………無い。」
「なら良かった。」
「…………俺、どうして………?」


ここが保健室だと気付いて、は片手で頭を抱えながらゆっくりとベッドから上半身を起こす。


(確か、真田と話をしていたはずなんだけど……。)


未だボンヤリとした思考の波に漂いながら、少しずつ意識をたぐり寄せる。
意識が闇に落ちる前の事は、どこか現実味が薄くて夢なのか現実なのかハッキリしないが、真田の側に居たという感覚が残っているのも確かだった。


「憶えてないかい?、気を失って倒れたんだよ。」
「俺が……?」
「ああ、真田がここまで運んでくれたんだ。」

幸村の口から零れた名前にビクリ――との肩が震える。
そして、己の記憶が正しかった事を認識する。
真田の辛そうに歪められた表情。
あれは確かに現実の事だったのだと。



、急に倒れたらしくてね。真田も随分心配していた。」
「心配……?」

幸村の言葉に、真田のあの表情が再び脳裏をよぎり、チクリとした痛みが胸を走る。

「当然だろう?倒れた事も勿論だけど、以前から真田はの事をずっと心配していたんだから。」

ほんの少し眉を寄せて見詰めてくる幸村の姿に、どうして良いのか分からず苦しげに目を細める。
意識を失う前の苦しげに歪んだ真田の表情が浮かんで、はぐっと唇を噛み締めた。
今更言われるまでも無く、そんな事は充分に分かっていた。
どれだけ真田に心配をさせたか。
どれだけ真田に辛い思いをさせたか。
あの顔を見れば、考えるまでもなかった。

けれど、それを幸村の口から聞かされるのが耐えられなかった。
解り合っている二人を見せ付けられるような気がして、胸をえぐられるような感覚がしてたまらなかった。


「幸村がそう言うならそうなんだろ………。」


思わず零れたのは、そんなトゲだらけの言葉。
しまった――と思った瞬間には、幸村の表情は僅かに曇っていた。


……。」
「…………………あ、俺……………もう戻るから………。」

保健室の壁に掛かっている時計がまだ3時前を指しているのを確認して、はいたたまれない空気を振り切るようにそう言ってベッドから足を下ろす。
その瞬間に感じる倦怠感。
何だか酷く身体が重く感じられてならなかった。



「……、もっと真実を見詰めるべきじゃないかな?」



ふと、立ち上がりかけたに幸村の言葉が掛けられる。
その思いもしなかった一言に、はあげかけた腰を再びベッドに降ろして、静かにを見詰める幸村の視線を正面から受け止めた。


「どういう……意味だよ?」
は……何か誤解をしてるんじゃないかと…俺は思うんだけど。」
「誤解?」
「そう。大切な事を見落として、真実に手が届いていない………だから、肝心な事を誤解している…そんな風に俺には見える。」


曖昧に笑ってみせて、幸村は窓の外に視線を向けた。
それにつられるようにして視線の先を追ったは、その先に見えたものに息を呑む。


「………二人とも思っていた以上に不器用なようだな………。」

微かに笑いを含んだ声でそう言って、幸村は呆然と窓の外を見上げるの肩をポンと叩く。





二人の視線の先に映ったもの。

それは、教室の窓辺の席で彼らしくもなくボンヤリと空を見上げている真田の姿だった。





「真田があんな風にボンヤリしたり、辛そうに表情を歪ませるのは、一人しかいないんだよ?そしてそれは俺じゃない。」

「幸村………。」
が俺にあまり良い感情を抱いていない事は知ってる。それに、真田を大切に思ってる事も。でも、真実はが思っているのとは少し形が違う事を……知ってほしかった。」

「………どうして……?」

困惑した表情で幸村を見詰めると、ふわりと目を細めて幸村は小さく笑う。




「当然だろう?も真田も俺にとって大切な友人だ。」




静かに微笑む幸村には大きく目を見開く。

「ゆう…じん?」

「もちろん。友人であり、戦友であり、同士でもある。そんな大切な友人の顔が曇っていたら、何とかしたいと思うものだろう?」


「――っ!」

「真田もも同じように好きだからね……笑っていてほしい。辛い顔は……俺も辛いよ………。」



「幸村……俺は………。」



それ以上言葉にならず、は困ったように目を伏せた。
そんなに微かに苦笑して、幸村はもう一度の肩を軽く叩く。
まるで、激励するかのようなその素振りに、今度こそ完全に困り果てて、はそっと俯いた。


「………真実は、時にはが思っているより優しい事もあるんだよ…?だから、全てのしがらみや先入観を取り払って、もう一度真田と……自分の中の想いと向かい合ってみるといい。きっと新しい真実が……見えてくると思うよ。」


の肩に置かれた手に僅かに力がこもる。
そして、再び視線を窓の外の方へ向けて、幸村は力強く頷いた。



「ごめん幸村。それと………ありがとう………。」



戸惑いがちに紡いだ言葉とは対照的に、幸村に向けられたの笑顔は初めて穏やかなものになっていた。




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