嫉妬 2
「ふぅ……………。」
らしくも無く盛大に溜息をついて、溜息の主――真田弦一郎はこめかみを押さえた。
「どうした真田?何か心配事か?」
「ああ幸村……いや、たいした事ではない。」
地面に座り込んでいる自分の顔を見下ろすようにして覗き込んでくるのが、戦友でもあり共に部内をまとめるのに尽力している幸村であることに気付いた真田は、ゆっくりと柔らかな笑みを向けてくる幸村の方へ視線を向ける。
昼休みとはいえ滅多に人が来ないこの裏庭に、幸村がわざわざ足を運んできた事が驚きだった。
「そうは思えないな……何か心配事があるように見えたけど。」
「いや、本当にたいした事ではないのだ。ただ……の事でな……。」
「……?ああ、の事か。」
真田の言葉に一瞬目を瞬かせた幸村が、納得したように破顔する。
それに無言で頷いて、真田は再び溜息を漏らした。
「どうにかならんものかと思ってな。アレも、もう少し全てにおいて真剣に取り組めば良いものを……。」
そう呟くと、ゆるゆると大きく頭を振る。
「前は、もあんな風ではなかったのだがな……。」
「ああ……そうだな。少なくとも1年の頃のは……誰より強く、明るく、そして前向きで………。」
「うむ。少なくとも今よりは……笑顔を見せていた。」
そこまで言って真田は口を閉ざす。
言っても仕方ない事だと分かっていても、つい零れてしまう本音に、真田自身戸惑いを隠せなかった。
とはもう長い付き合いになる。
昔のを嫌というほど知っているからこそ、今のを見る度にそのあまりの変わりように真田の心はじくりと痛む。
それが良い方向へ変わっていっていたのなら、真田もここまで思い詰めなかったかもしれない。
けれど――。
けれど真田の目に映るは、それまで見せていた笑顔を段々と消していくばかりで。
まるで少しずつその魂の輝きを失っていくかのような虚ろな瞳を見る度に、がどんどん遠くへ離れていくような気さえした。
「もう………が部活に顔を出さなくなってどれくらいになるかな……?」
ポツリと呟いた幸村が、静かに真田の隣に腰を下ろす。
それにすぐに答えようとして口を開いた真田は、そのまま暫く言葉を失った。
(そうだ…いつの頃からかがテニス部に出てくる事は無くなった。)
考える事を心のどこかで拒否していたのだろうか?
こうして考えるまで、がどのくらいの間顔を見せないのか、考える事もしなかった。
ただ、部活に――そして自分の側に居ない事だけが真田の心に引っかかったまま、何も出来ずに無為な時間を過ごすばかりで。
「真田――?」
ふと掛けられた声に、真田はビクリと肩を振るわせる。
「あ?ああ、すまん。そうだな…もう1ヶ月くらいになるか。最後にが部室に顔を出したのは先月の卒業生の送別会が最後だからな。」
「……………真田………。」
どこか心配そうに表情を曇らせて幸村が小さく溜息をつく。
その何か言いたげな視線を感じながらも、真田はそれ以上口を開く事が出来なかった。
「……の事も心配なのは確かだけど、真田の事も心配だよ。」
「幸村、俺は……っ!」
「心配されるいわれは無い…と言いたいんだろうけど………今の真田じゃ説得力は無いな。」
少しだけ困ったように笑って、幸村は木々の間から所々漏れる木漏れ日を静かに見上げる。
その横顔に一瞬視線を向けてから、真田は片手で頭を抱えた。
「そんなに俺は情けない顔をしているか?」
「情けないと言うよりも……そうだな、辛そうに見えるといった所かな?」
「辛そう?」
「無意識なのかな?正直、真田のそんな辛そうな顔を見る日が来るなんて思ってもいなかった。」
「辛い……のか?俺は?」
真田らしくもなく、どこか遠い世界の事のようにぼんやりと答える姿に、幸村は微かに溜息を漏らす。
まるで自分の事が解らない幼い子供のようなその様子は、多くの戸惑いに溢れていた。
何故自分が辛そうに見えるのか?
どうしてそれが自分には分からないのか?
上げたらキリが無い程の思いに、ただ戸惑うしか今の真田には出来ない。
「心の奥深くの想いほど、無意識なものはタチが悪いという事かな?」
真田も不器用だからな――そう言って幸村は再度溜息をつく。
そんな幸村の様子に、どうしたら良いのか分からず、困ったように真田は眉を寄せた。
「真田にそんな顔をさせている原因は何か………もう真田自身が気付いていい頃だと思うんだけどね……。」
そういって優しげに微笑む幸村を無言のまま見詰めて、真田はそっと目を伏せる。
降り注ぐ木漏れ日がいやに眩しい。
まるで、心の中のモヤモヤとする霧が自分の視界をも奪っていくような気がして、真田は大きく頭を振った。
(俺は――どうすれば良いのだ……。)
微かに零れた溜息と共に、遠くから予鈴の鐘の音が聞こえてくる。
真田の内心と対照的に、木々の合間から見上げる空は晴れやかだった。