バカだな――と思う。

どんなに望んだって俺は幸村にはなれないし、だからこそ真田を満たしてやる事も認めてもらう事も出来ないと解っているのに。
でも、あいつに…真田に『俺』を見て欲しいと思っている自分が確かに存在していて。
滑稽だと分かっていてもなお、そう思う事は止められなくて。


ただ『真田』が『ほかの誰でもなく俺を』見てくれる事を――願っていた。






嫉妬 1






真田はテニス部内だけでなく、校内でも厳しい事は有名だ。
もちろんそれは他人に対してだけではなく、自分自身にも厳しいという事だけれど、その厳しさが時には敵を作る事もあれば、いらぬ誤解を招く事もある。
しかし、大抵の場合は相手の方に問題や落ち度があったり、結果として相手の為になっていたりするから、今まで大きな問題にはなった事は無い。
そして、その上何故だか……何だかんだ言いながらも、真田が悪気があっての行動ではないと誰もが分かるせいか、それとも真田の人となりなのおかげなのか、厳しいと形容される事が多い割には、真田の人気は大きかった。
まあ確かにそんな一面もあるにはあるのだか、基本的には真田=厳しい人・怖い人といったイメージが大半を占めているのも又変えようの無い事実で。
特に、うちこんでいるテニスの事では妥協を許さないからか、その厳しさは半端ではなかった。
よく『飴と鞭』というが、明らかに真田の場合は『鞭』に他ならない。
あえて言うなら、真田が飴部分が出来ない代わりに『飴』の部分は幸村が担当しているとしか思えない程だ。
しかし、真田がただの厳しいだけの男じゃない事は誰もが分かっていると思う。
さっきも言ったように、ただの厳しい男だったら、そこまで人気も無いだろうし、きっと皆から敵視されているはずだから。
そして、真田がそんな男ではない事は、もちろん俺――も充分すぎるほどに理解しているつもりだ。

本当は真田は酷く優しい奴なのだと分かっているから。
相手の事を思うからこそ厳しい事も言えば、怒りもする。
本当にどうでもよいと思っていたら、そんな労力使うだけでバカらしいと思うはずだし。
そういった厳しさの裏に見え隠れする優しさ、暖かさ。
そんな真田だからこそ、俺はいつの頃からかその大きさに惹かれていったのだと思う。


けれど――俺と真田は余りにも全てが懸け離れていて。


力も存在の大きさも、ましてや見える世界すらも違う。
そして、そんな真田の視線の先にはいつも……同じ人物の姿があった。



幸村精市――王者と呼ばれる我が立海大付属中テニス部の部長。



柔らかな物腰に穏やかな微笑み、そして静かで優しげな声。
俺から見てもいい奴だと思うし、皆が一目置くのも理解出来る。
だから真田が幸村を大切に思うのも当然だと思うし、幸村の事を特別な存在として見ている事も分からなくも無い。
けれど、幸村はそれだけの優男じゃなかった。
部内をまとめる部長という存在。そのポストについているのは伊達じゃない。
幸村の持つ何かが周りを惹きつけ、そして自然にその存在は受け入れられ、認められる存在へと変わっていく。そんな不思議な力を持つ幸村。
そう、ただの優男だったら真田が一目置いたりするわけは無いのだ。
でも――だからこそ俺は幸村の事が苦手でならなかった。
嫌いじゃない。
嫌いじゃないけど、どうしても苦手意識は拭えなかった。


真田の視線を一身に受ける幸村。
あの真田弦一郎に認められ、常に隣にいる事を許された者。
俺では絶対に届かない……世界。
羨ましかった。
そして、悔しくて妬ましくてたまらなかった。


こんな事思っても仕方ないのに、くだらない事だと頭のどこかでは分かっているのに、それでも真田を想う事と、幸村を妬んでしまう気持ちは、どうしても抑えられない。
こんな自分……嫌でたまらないのに。




そして………俺は一つの結論にたどり着いた。




俺は幸村とは正反対の存在になろうと。


真田の最も嫌う存在である限り、もしかしたら――真田の意識を少しでも俺の存在に向ける事が出来るかもしれないから。
そう……真田にとって『負』の感情のはたらく人間として。
何も思われないよりはマシだと…そう自分に言い聞かせて――。




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