初めてのテニス 5
「は?!」
思いもしなかった言葉に俺は思わず間の抜けた声を漏らしてしまう。
あー…流石にこの年で耳が悪くなったとは思いたく無いが、そうでもないと自分の聞き取った言葉が持つ意味を深く考えてしまうじゃないか。
俺の耳が確かだというなら、物凄い爆弾発言をされたような気がするのだが…これは俺の気のせいか?気のせいなのか?!
俺は改めて呆然としたまま目前の3人を見回した。
「だからさ、さんの出来る罪滅ぼしってやつ。全員一緒にじゃなくて、それぞれとデートしてくれる?」
だってさんこの間のはデートだって言ったよね?――そう言って黒水晶のような目でじっと俺を見詰めてくる伊武の言葉に、俺はやはり自分の耳がおかしくなった訳じゃ無い事を改めて実感した。
いや、確かに想像もしなかった爆弾発言である事は確かだけど、そんな事なら全然構わない。
だって、つまりは改めて個人的に遊びに連れてけ――って事だろう?
流石にこいつらからのデート発言には驚きはしたが、俺自身がこの間のを『デート』だと茶化していた訳だし、その延長で起きた出来事なんだから改めて『デート』としてやり直しをしろと言ってくれてるんだろうし。
俺はどうやら気を使ってくれたらしい3人に苦笑してみせると、小さく肩を竦めた。
「りょーかい!そんな事でいいんならいくらでもするぜ?」
「マジかよ?!」
「おお。つーかさ?本当にそんなんでいい訳?もっと他に出来る事とかあったらするけど?そりゃあ俺程度じゃ出来る事なんて限られてるかもしれねぇけど。」
俺の手の届かないような高級品を買えだの、犯罪行為をしろだの言われたら勿論無理だし、賭け事やタバコ・綺麗なオネーサンの居る店に連れてけとかいう未成年にはタブーな事も当然却下なわけだけど、そういうんじゃなければ俺の許容範囲内の事は対応するだけの覚悟はある。
何もわざわざせっかくの機会をやり直しデートなんかで終わらせなくてもよかろうに。
いやはや何というか…学生らしいというべきか、欲が無さ過ぎると言うべきか。
俺がガキだったら絶対に欲しいモンとか言うと思うんだけどなぁ。
例えばゲーム機とか、携帯の機種変とか?
あ、試合の観戦チケットとかライブチケットとかって手もあるか。
そういった発想は起きないのかねぇ?最近の若者は。
「いいんです。さんが俺達の希望を聞いてくれるだけで充分ですよ。」
「そっかー?」
首を傾げつつ、でもまぁ本人達が構わないというなら別に俺もそこまで気にはしないけど。
しかし、本当にこいつらってばイイ奴らだ。
お兄さん感動だよ!
「となると…どうすっかー?俺、基本的に休みって不定休だからなぁ。普通に土日とかに休み取れっかどうか……。」
「別に丸一日付き合えとは言わねぇよさん。」
「そうですね。俺達も学校がありますから、その後でも構いませんよ。」
「んー……じゃあ平日とかでも、俺が休み取れた時でいいか?」
「別に構わないよ。」
とりあえず一番最短の休みはいつかと携帯のスケジュール機能を呼び出してみる。
「あー…じゃあ今度の金曜とか……OK?」
「いいんじゃないですか?」
「で、誰が最初?」
頷く橘の言葉を受けて伊武がことりと首を傾げる。
いや、逆に俺がそれを聞きたい位なんだが。
何故それを俺に聞く?!
「別に誰でも構わねぇけど?じゃんけんか何かで決めろよ。」
「………じゃあいっそ、試合で順番決めるってのは?!」
「それって橘さんが圧倒的に有利じゃん……。」
「あ……。」
神尾の言葉に速攻で伊武のツッコミが入る。
こういうの切れ味鋭いツッコミって言うんだろーな。
まあ確かに伊武じゃないけど橘は3年生だし部長という立場でもある位だから、2年生の2人よりは幾分か有利なんだろうけど。
せっかくの提案をアッサリ一刀両断されてガックリと肩を落とす神尾の姿が妙に可愛くて、俺は思わず小さく吹き出してしまった。
「あっ?!ひでーよさん!笑うなんてよー!」
「悪ィ悪ィ。そう不貞腐れんなって。」
「ちぇー……。」
「んじゃさ、2段構えで決めるのはどうよ?」
「2段構え??」
俺の言葉に不思議そうに首を傾げる3人に、俺はニヤリと笑って片目を瞑って見せる。
「つまりさ、まず試合でも何でもして順位を決めるだろ?その勝った順番で今度はくじ引きでも何でもするんだよ。勝った人間は先にくじを選ぶ権利がある。でも、いくら最初に引いてもくじだから最初に勝った奴が一番を引くとは限らない……。」
「なるほど。勝敗がそのまま結果に結びつく訳じゃないから、力の差はあまり関係ないという訳ですか。」
「そういう事!勿論負けた奴は選択権は殆ど無いから確立は低いかもしれないけど、他の奴が後の方を引く可能性だってある訳だろ?」
本当はもっといい方法がいくらでもあるんだろうけど、生憎俺が思いついたのはこんなレベルの方法しかなくて。
それでもまあ、いつまでも揉めてるよりはマシだと思う。
「よっしゃ~~~!そうと決まれば早速試合だぜーーー!!!」
パッと表情が明るくなった神尾が気合充分に両手を突き上げる。
その様子に橘と伊武も表情を引き締めて顔を見合わせると大きく頷いた。
そんな3人の姿に俺は内心で苦笑するしかなかった。
いやはや…ホント十代って元気があっていいよなー。
俺も昔は………っていやいやいや!
俺だってまだそこまで老けてるつもりはねぇけど!
流石にこいつらの若さというかエネルギーにはもう勝てそうも無い気がする。
すっかり試合の事で頭がいっぱいになったらしい3人の姿に、俺は小さく息をつくとやれやれと肩を竦めた。
そしていつもの如く俺は蚊帳の外になって。
何やら物凄く気合の入った3人の鬼気迫る試合を見ながら、俺は次のデートコースはどこにしようかと脳内シュミレーションを始める事になったのだった。
つーか、お前ら部活は良かったわけ??
「くっそー!負けたぁ~~~!!」
「まだまだだな神尾?」
「橘さん、それ青学の1年生みたいでムカつくんですけど……。」
「結局1抜けは橘さんかよー!」
「まあ予想通りだけどね…。」
「そう言うな。さんも言っていただろう?これで全てが決まる訳じゃないんだ。」
「……っていうか、さんの作ったこのくじ………引くんスよね?」
「…………………………これ、何本あるわけ?」
「軽く30本はありそーだよな………。」
「……あー……と、とりあえず引いてみるか……。」
「…………あ、ハズレって書いてある。」
「………………………これ……本当にアタリあるんスかね?」
「ていうかさ、これ試合しなくても普通にくじ引きで良かったんじゃないの?」
「言うな深司……。」