初めてのテニス 4
結局、俺の内心の葛藤など知る由もない橘達に、不意をつかれる形で声を掛けられて、俺は出鼻をくじかれる結果となってしまった。
もちろん3人が悪いわけじゃないけれど、なんと言うか…やっぱり少し気まずい。
何故って…結局の所、未だにこの間の事を詫びる事が出来ないでいるからだ。
まるで何も無かったかのように他愛も無い話をしてはいるけれど、俺の内心はモヤモヤとしたままだ。
3人とも、ちょうどこれからコートに向かおうとしていた所だったらしいのだが、これじゃ何の為に、なけなしの勇気を振り絞ってこんな所まで来たのかわからない。
俺は、この間の事などまるで覚えてもいないような素振りの3人を見ながら、盛大な溜息をついてしまった。
「おいおい、どうしたんだよーさん?何か元気ないみたいじゃん?」
「本当に。どこか具合でも悪いんですか?」
肩を落とした俺に、神尾と橘が心配そうに顔を覗き込んでくる。
出会って間もないのに無体をはたらいてしまった俺の事を、まだこうして心配してくれるなんて…何てイイ奴らなんだ!
俺は、らしくもなく感激で涙腺が緩みそうになってしまう。
やばいなぁ…年をとると涙腺弱くなるって言うけど、やっぱり俺も歳なんだろうか。
そりゃあ、こいつらに比べれば確かに歳はくってるけど、涙腺弱くなるほど年寄りじゃないはずなんだけど。
「あ、いや………そういうんじゃないんだけどさ………。」
「じゃあ、他に何かあるの?元気ないけど。」
そう言って不思議そうに首をかしげる伊武。
ああもう!揃いも揃って、こいつら何で俺なんかにこんなに優しいわけ?!
散々な目にあわされたはずなのに。
これじゃ、ますますこいつらの事が気になってしまうじゃないか。
純粋に俺の心配をしてくれているこいつらを見ていて、カッコつけようとか、ビシッと決めようとか思っていた俺は、何だか自分の考えや行動が酷く滑稽な事に思えて仕方なかった。
「……あのさ………この間の事なんだけど…………。」
「この間??」
「んー……焼肉食いに行った時の事なんだけど。」
「ああ!この間はごちそうさまでした。すいません、あんなにご馳走になって。」
言葉を濁した俺に、橘がペコリと頭を下げる。
そんな橘の姿に、俺は慌ててブンブンと両手を振った。
こっちがこの間の失態を詫びようっていうのに、その相手に頭を下げられたんじゃ本末転倒、全くもって話にならない。
「違うって!謝るのはこっちだろっ!!」
「………さん?」
「だから!今日ここに来たのはさ、3人に謝りたくて来たんだって!!」
そう、全てはそれが目的なわけだし。
俺は大きく息を吐き出してから、ゴクリと息を飲む。
男、…ここでやらなきゃ、いつやるっていうんだ!
勢い込んでいる俺の姿に目を丸くしている3人を見据えて、俺は小さく頭を下げた。
「ごめんな?俺、普段から酒グセ悪いって言われてたのに、あの日はホント何か凄ぇ楽しくてさ…調子に乗って嫌なめにあわせちまったよな。ずっと謝りたいと思ってたんだ……。」
そう言ったものの、それ以上どうしていいのか分からず、ほとほと困り果てて俺は頭を下げたまま上目遣いに3人の顔を見上げた。
こういうのを、お伺いをたてるって言うんだろうなぁ…と思いながら3人の反応を待つ。
さっきまでの様子だと、この間の俺の狼藉をそこまで憤慨しているようではなかったけれど、だからといってそのままですませる訳にはいかないし。
やっぱりこういう事は一人の男として、キッチリけじめをつけるべきもんだと思う。
俺は、冷静さを装いながらも、内心の動揺を必死で抑え込みながらそっと目を伏せた。
「…………なんだ、そんな事かよ?ビックリしたー。」
「へ?」
暫くの沈黙の後に零れた、あっけらかんとした神尾の声に、一瞬何を言われたのか理解できず、俺は情けない声をあげる。
「本当だよ。いやに真剣な顔してるから何かと思えば……。」
「こら!そういう言い方をするもんじゃないぞ。……でも、二人の言う通りですよさん。この間の事は気にしないで下さい。」
「でもよ!俺、メチャメチャ絡んでたって………。」
「あ、ああ……確かにちょっとビックリはしましたけど……。」
その時の事を思い出したのか、橘が僅かに頬を赤らめながら苦笑する。
その言葉に神尾と伊武も困ったように顔を見合わせた。
うわ!やっぱり俺、3人全員に絡んじまったんだ!
改めて突きつけられた事実に、俺は再び自己嫌悪でうなだれるしかなかった。
分かっていた事とはいえ……いやもう、なんというか…情けないとしか言いようが無い状態だ。
「わわわ…っ!落ち込まないでくれよさんっ!!」
「そうだよ。俺達は全然問題ないんだし。」
「と、とにかくさんが心配する事なんか何もないですよ!」
「でもよぉ~~……。」
俺の狼藉を許してくれるのは嬉しいけど、それじゃ俺の気が済まないというか……。
沽券に関わるっていうの?
言い方変えればプライドとも言えるかもしれないけど、このままじゃ本当に面目丸つぶれだし。
何でもいいから、目に見える形で詫びたいわけだ。
「な?ホントに俺の事許してくれるか?」
「だから、気にすることないって言ってんじゃん?」
「でもさ…それじゃ俺の気が済まないんだよ。だから、俺に出来る事何かあったら言ってくれよ?」
「さんに出来る事……ですか?」
俺の言葉に、3人とも訝しげに顔を見合わせる。
まあ、急にそんなこと言われたって、ほいほい出るようなもんじゃないとは思うけど、これは俺の本心だし、俺に出来る事なら何でもやろうと思ってるのも又事実だし。
俺は何だか困ったような戸惑ったような表情に変わった3人を見回して、小さく首を傾げた。
「…………あのさぁ………本当に何でもしてくれるわけ?後でやっぱり嫌だとか言ったりしない?」
「しないって。そりゃあ犯罪とか、明らかに俺じゃ何とも出来ないような事とかは無理だけど、それ以外ならな。」
どうでもいい奴らなら、こんな事しないし、言いなりになるなんて事絶対にありえないけど。
でも、それを嫌だと思わない位には、こいつらの事気に入ってしまってるから俺は。
だから、本当に詫びたいと思ってるし、何でもしてやりたいと思うんだよな。
こういうのって惚れた弱みって言っていいんだろうか?
複数人の男、それもまだガキ相手にってのが微妙だけど。
そんな事を考えていると、何やら頭を寄せ合っていた3人が小さく頷きあうのが視界に入った。
「……………じゃあ、さ………。」
ごにょごにょと口ごもりながら、神尾がキョロキョロと視線を彷徨わせる。
「ん?」
何だかおかしな様子の神尾に、俺は何度も目を瞬かせる。
「………えっと……その………。」
「うん?」
「だから………。」
「どした?」
どうにも要領を得ないというか、ハッキリとしない神尾の態度。
俺は戸惑いながら、伊武の方へと視線を向けた。
「伊武?」
「………やれやれ……まあ、アキラじゃこんな事だろうとは思ったけどね。」
「……………。」
そんなに言いにくい事なんだろうか?
落ち着きの無い神尾と、困ったような表情の橘とを見やってから、俺は再度首を傾げる。
そんな俺の耳に飛び込んできたのは、ある意味では衝撃的とも言えるような内容だった。
「前回の帳消しって事で、もう一回『デート』してもらいたいんだよね。…………今度は一人ずつ別々にさ。」