初めてのテニス 3
「服……よし!靴……よし!髪型は…と………オッケー!よっしゃ、行くか!!」
車のサイドミラーを覗き込みながら身だしなみを整えていた俺は、軽く両頬を叩いて気合いを入れると、グッと拳を握り締めた。
、23歳。ただいま過度の緊張と興奮とで、ガラにもなくハイテンション中である。
仕事があるわけでもない休日――と言っても世間は平日なのだが――に、何をそんなに気合いを入れているのかといえば…。
「あ!ねぇ君達、不動峰中の生徒だよね?テニスコートってドコにあるか教えてくれるかな?」
向こうから歩いてきた数人の女生徒に、友人達いわく『ペテン師の微笑み』を向けて尋ねる。
そう…今日俺は、先日の大失態のわびの為に、ここ不動峰中学へと出向いてきていた。
考えたくないけれど、本当にこの間の一件は大失態だったとしか言いようが無い。
よりにもよって、ナンパして間もないあいつらに、酔っ払ってベロベロになったあげく絡んでしまったなんて……。
俺自身は全く覚えてないのだが、その場に居た幼なじみの話だと、そりゃもう凄かったらしい。
まあ、過ぎてしまった事をいくら悔やんでも元に戻る訳じゃないけど、その話を聞いた時は、流石の俺も久々にかなりヘコんでしまった。
完全にノビてしまった俺を家に運ぶのを手伝った上に、次の日には心配してわざわざ確認の電話までしてくれたというあいつらに、俺は申し訳ないやら恥ずかしいやらで……。
結局今日までマトモに謝罪する事も出来なかった。
本当ならあわせる顔も無いんだけど、でもやっぱりそれきりには出来なくて、結局こうして緊張しながらも、なけなしの勇気を振り絞ってここに居る…という訳だ。
「え…えっと……テニスコート…ですか?それなら、この先を左に行って、つきあたりを右に行くとありますけど……。」
「あ、そう?ありがとね★」
驚いたように目を見開いたまま、戸惑いがちにそう答える少女達に、もう一度にっこりと笑ってみせて、俺はその場を離れる。
背中越しに「キャー!」だの「カッコイイ~!」だの聞こえてきたような気がするけど、この際それは置いておこう。
今俺はそれどころじゃないのだ。
「え~っと…このつきあたりを右……だっけか?」
ゆっくりと歩きながら、俺は右手をぎゅっと握り締めた。
ガラにも無く心臓の鼓動が早くなっている。
いや、確かに先日の失態は恥ずかしいし、気まずいのも確かなんだけど、何をこんなに緊張しまくっているんだろう、俺は?
これじゃまるで告白でもしようとしているみたいじゃないか――。
と、そこまで考えて、俺はハタ――と友人の言葉を思い出した。
『お前………プロポーズでもしに行くつもりかよ?!』
朝、出掛けに幼なじみの所に顔を出した時に言われた言葉だ。
『は?!何でそうなるんだよ?』
『何でって……お前な……。そのカッコで花束と指輪でも持ったら、完全にプロポーズ仕様としか見えねーぞ?』
首を傾げる俺に、今度は苦笑いを通り越して完全に呆れ顔だ。
いやまあ、確かに普段よりは気合入れた分だけ、それなりに見えなくも無いんだろうけど、実際花束や指輪なんか持ってるわけでなし。
それに、今日はわびの為に来てるんだから、流石にTシャツとジーンズってなわけにはいかないだろうと思う。
第一なんで年下の、それもヤローどもに会いに行くのに指輪や花束が出て来るんだか、さっぱり解らない。
『意味解んねぇ。』
『……………………。』
『いーんだよ!これは俺の気持ちっていうか、気合いの現れなんだから!』
『もういい…………。』
そんな会話をしたのが、かれこれ5時間前。
流石に平日の真っ昼間に中学校に乗り込む訳にもいかず、結局は悶々と時間を潰していた…というわけだ。
そして、今のこの状況。
俺は歩きながら大きく溜息をついた。
「やっぱ、しょっぱなだよな、問題は。」
俺は一人呟いてグッと両手の拳を握り締める。
なんと言っても、何事も最初が肝心だ。
それに、あんな失態を見せてしまった以上、せめて今回くらいはビシッと決めたいし。
「………でもな~~何て言って切り出せばいいんだよ……。」
気合いを入れて乗り込んで来たはいいけど、いざ顔をあわせるとなると、どう切りだしたもんか…。
俺はガクリと肩の力を抜いて、ガラにも無く今日何回目かの溜息をついた。
「あれ?さん??」
「―――っっ?!!?!?」
不意に後ろから声を掛けられて、へなへなと腑抜けていた俺はぐっと声を詰まらせる。
(ちょ、ちょっと待てーっっ!!この声はっっ!)
わざわざ振り返らなくたって、この声は間違えようが無い。
「やっぱりさんだ。」
「よ、よう………。」
カラクリ人形のようにぎこちない動きで振り返った俺の視界に映ったのは、予想通りの人物達の姿だった。