初めてのテニス 2






待ちに待った土曜日。
俺は、らしくもなく気合を入れてかなり早起きをしてしまった。
記者という仕事はその職種ゆえに、休日でも呼び出されたりして休みはあって無きが如しだが、今日はキッチリと休みを取った。
何たって、あいつらに会う日だ♪
気合も入ろうってもんだ。
俺は約束の1時よりも20分も早く待ち合わせに指定した公園に着いてしまって、今か今かとあいつらの到着を待っていた。
これじゃ遠足前の子供と何ら大差ない。
俺は自分自身の行動に、内心で苦笑するしかなかった。


「早く来ねーかな、あいつら♪」


俺はここから少し先に見える公園内の時計塔を見上げた。
12時50分。まだ約束の時間までは10分もある。
俺は気を抜くと自然にニヤけてしまう顔を必死で引き締めながら、あいつらが来るのを待った。
今日はオフだから、普段仕事の時はセットしている髪も下ろして比較的ラフな格好で来ている。
上手くいったら少しだけでもプレイ出来たりしないかなーなんて目論んでたりしたからだ。
まあ、そんな事よりも、あいつらのプレーを目にしてみたいっていう気持ちの方が強いし、それが何より一番の目的だったりするんだけど。
そんな事を考えながら、俺は自分の立っているすぐ隣のテニスコートにフェンス越しに視線を向けた。
何面かあるコートの内の一つで、高校生くらいの数人の少年達がテニスをしている。
笑顔でボールを打ち合っている姿は、本当に楽しそうだ。
あいつらも…あんな風にプレーするんだろうか?
そんな風に思いながら、暫くあれこれと物思いにふけっていた俺は、突然背後から襲ってきた衝撃に情けなくも一瞬息を詰まらせた。


「待たせたなーさん!」

「ぐはっ……っ!神尾っ!おまっ…何すんだ?!」


背後から突っ込んで来た神尾が、半ば体当たりに近い格好で俺の肩口に絡み付いている。
いくらボケッとしてたからとはいえ、あまりの衝撃に俺は一瞬何事かと思ってしまった。


「こら神尾、さんが困ってるぞ。」

後ろから歩いてきた橘が苦笑しながら、神尾を引き剥がしてくれる。
やっぱりしっかりしてるよなー橘って。
下手をしたら、俺の方がガキっぽいかもしれない。

「結構待った?」
「いや、そんなに待ってないって。10分くらい?」

橘の後ろで少し離れて俺達の様子を見ていた伊武が、見計らったように声を掛けてくる。
それに答えて、俺はじっと俺を見ている伊武に視線を向けた。

本当、こいつってこう見ると人形みたいに整った顔してるよな。
さぞかし、女の子にもモテるんだろう。
まあ、その点で言ったら、神尾や橘だって同じだろうとは思うけれど――。
そこまで考えて、俺は何故か自分の思考にムッとしてしまった。
???何で俺がムッとしなくちゃならないんだろう?
こいつらが女の子にモテるからって、何だっていうんだ?
俺だって一応……それなりにはモテるから、こいつらを羨ましいと思うわけじゃない。
という事は、別にこいつらに嫉妬してる訳じゃないって事になる。
なのに、このムカムカは一体何なんだろう?



「どうかした?さん?」

俺の様子がおかしい事に気付いたのか、伊武が首をかしげる。
俺は、よぎった思考を頭の中から追い出すと、笑顔で首を振った。
せっかくの休日に、こうしてこいつらと会う事が出来たんだ、やっぱりイイ一日にしたいし、こんな事でこいつらにも嫌な思いはさせたくない。


「今日はよろしくな?」


俺は精一杯の笑顔で3人に笑ってみせた。

「はい、こちらこそ。」

橘が優しげに笑う。

「任せとけって、さん!」
さんがテニス好きになってくれるようにしないとね。」

神尾と伊武も笑ってくれる。
やっぱり、思い切ってこいつらを誘ってみて良かった。
俺は、嬉しさで胸がいっぱいになるってのを初めて体験する事が出来た。




「それじゃ、どうします?簡単に説明からにしますか?」
「ん~~とりあえず先にプレイしてみてくれるか?後で色々聞くと思うからさ。」

橘の問いに俺がそう答えると、待ってましたと言わんばかりに神尾と伊武の二人が肩にしていたテニスバックからラケットを取り出す。
その、嬉々とした様子に俺は苦笑してしまった。
こいつらもグダグダと説明するより、実際に身体を動かす方が良いんだろう。
やっぱり目つきが断然違う。
俺と橘を残してコートへと走っていく二人の後ろ姿を見送って俺はそう思った。


さんにイイトコ見せようとしてヘマすんなよー深司?」
「それはこっちのセリフだよ。」
「あっ!!でも失敗したか?さんと橘さん二人きりじゃんか!」
「………ズルイよなー橘さん。落ち着いた雰囲気でさんにアピールしてるんだよ…きっと……。」
「よし!絶対イイトコ見せて、橘さんよりカッコいいって思わせてやろーぜ。」
「同感だね……。」



「気合入ってんなーあいつら。やっぱり好きなんだなーテニス。」

俺は、一心不乱に――という言葉がピッタリだと思う位真剣にボールを打ち合う神尾と伊武を見て、感嘆の溜息を漏らした。
そこまでテニスに熱心になれるあいつらに、俺は半ば尊敬にも似た念を抱いていた。
俺自身、自分でサッカーバカだと思う位サッカーは好きだったけれど、そこまでの熱心さは正直持っていなかったと思う。
と言うより、サッカーしか出来るものが無かったから、やっていただけかもしれない。
何にしろ、俺は選手になるべく必死に練習する――なんて事まではしない人間だったから、ここまで情熱を傾けられるこいつらが、何だか羨ましかった。
今になって何だが、ちょっと寂しい…なんて思ったりして。



……さん?大丈夫ですか?」


俺は自分でも知らず知らずのうちに、変な表情をしてしまっていたらしい。
心配そうに、隣に立っていた橘が俺の顔を覗き込んでくる。

「え?あ?!悪ィ、何だっけ?」
「具合でも悪いようなら今日は………。」
「あ、いや平気だって。ちょっと考え事。」

俺は慌てて気分を切り替えると、橘に笑ってみせた。
こんな事で、せっかく取り付けたこいつらとのデートをフイにするなんてバカらしい。
俺は改めてコートの方に視線を向けてから、もう一度橘に笑顔を向けた。


















「ぷはぁ~~~生き返るぜーー!!」


ゴクゴクと喉を鳴らしてスポーツドリンクのボトルを飲み干すと、神尾が大きく息をついた。
その隣では、伊武と橘も同様にボトル片手に汗を拭いている。


「ご苦労さん。色々ありがとなー?」

俺は自分自身も手にしていたスポーツドリンクを一口だけ口に含んで、3人をねぎらう。

結局あの後、入れ代わり立ち代り交代しながら、試合と説明を繰り返してくれたおかげで、大半の事は理解する事が出来た。
俺自身は全く動く事無かったから何てことは無いが、ほぼ2時間ぶっ通しで俺に付き合ってくれたこいつらは、かなり体力が消耗していると思う。
練習の一環とはいえ、俺の為にここまで親切に色々とやってくれて、俺は正直かなり嬉しかった。


「大丈夫かー?もう少し飲む?」


丁度一本飲み干した伊武にそう問うと、伊武は暫し考え込んで俺の手元に視線を向ける。

「一本はいらないんだよね。さんの持ってるの、まだ残ってるよね?それくれるとありがたいんだけど。」
「これか?飲みかけだぜ?こんなんで良けりゃーイイけど……。」

俺は伊武の言葉に困惑しつつも、手に持ったスポーツドリンクの残りを差し出した。
別に気にしなくても、スポーツドリンクの一本や二本、幾らでも買ってやるのに。
それとも、飲みきれずに残すと悪いとでも思っているんだろうか?



「ああ~~~~っっ!深司、お前ズルイぞ!!」



俺達のやりとりを横で見ていた神尾が叫ぶ。
これじゃまるでお菓子の取り合いをしている子供みたいだ。

「何だよ?神尾も欲しけりゃ買ってくるぞ?」

俺はすぐ目の前にある自販機を指差す。
そこまでムキにならなくたって、それ位幾らでも買うのに。
俺ってそんなに金無いように見えるのか?


「俺が欲しいのはこれなんだよ!」
「??この銘柄か?ここの自販機には入ってねーけど、何だったら買ってくるぞ?」


俺の手元に握られたままのボトルを指差して力説する神尾に、俺は首を傾げた。
そこまでコレにこだわるんなら、別に買いに行ったって構わない。
こいつらの為だったら、パシリくらいしても構わないと思う位には、俺はこいつらの事気に入ってしまっているから。


「~~~~~っっ!だから、そーじゃなくて………さんのコレが欲しいんだよ!」

「はあっ?!」

神尾の言葉に俺は素っ頓狂な声をあげてしまった。

「コレ」って………俺の飲み残しだぞ??


「残念だけど、俺が先にもらったんだからアキラは諦めた方が良いよ。やっぱり順番を守る事は大事だよね。横から割り込みなんて良くない、良くないよ………。」
「ズリーぞ深司!抜けがけかよ!」
「おい!いい加減にしないか!」
「橘さんだってズルイと思うでしょう?!」
「あ、いや…それは……その………。」


勢い込んだ神尾の言葉に、たしなめていた橘が珍しく口ごもる。
歯切れが悪いって事は、橘も神尾の意見に同感だって事だろうか。
でも、俺は一体何がズルイのか、何が抜けがけなのか、さっぱり理解出来なかった。
最近の若いやつの考える事は分からん。
やっぱり俺も年なんだろうか?うわ!かなりショックだけど。


「こうなったら勝負だ、勝負!」
「返り討ちだ。」
「本気で行くよ?泣きべそかく前に諦めたら?」


……ある意味、俺はすっかり蚊帳の外になってしまった。
呆然とする俺をよそに、3人の話は更にヒートアップしていく。
もう、俺の事なんか頭に入ってないんじゃないか…というくらいに。
その3人の様子に、俺は複雑な心境で溜息をつくしかなかった。
結局、勝負の結果誰が勝ったかは………敗者の名誉の為に言わないでおく……。


















散々騒いで暴れてはしゃいで――気付くと、時計はそろそろ5時近くにもなろうかという時間になっていた。
道理でかなり暗くなってきていたわけだ。


「ホント、今日はありがとな。貴重な練習時間削らせちまって悪かったなー。礼って言っちゃ何だけどさ、飯おごるから。どこが良い?焼肉か?それとも中華とか?ちっと時間早いけど、平気だろ?」


俺は浮かれ気分で、他愛も無い話をしながら俺の後ろを歩く3人を振り返った。
せっかくこうして色々話せるようになったのに、これっきりにするなんて勿体無い。
食べ物で吊るなんて邪道かもしれないけど、この年頃のやつらの腹は正直だから、効果は絶大な筈だ。


「マジ?!おごってくれるのかよ?」

真っ先に飛びついてきたのは神尾だ。

「おい、神尾!さんに悪いだろう?」

そして、たしなめてるのは、やっぱり橘。
何だかこの二人を見ていると、兄貴と弟ってカンジだ。
まあ、神尾の方が橘を随分と神聖視してる節は見受けられるけれど。
そんな風に思いながら、俺は内心ではどうやって今回の誘いを押し切ろうか…と考えていた。

「気にすんなって。それとも、この後予定あり?」
「いえ……そんな事は無いですが……。」
「だったら付き合えよ、な?それに…せっかくの休日に、俺に一人で侘しく飯食えってのかよ?」


拗ねたように言って、下から見上げるように橘の顔を覗き込む。
これって少しコツがあるんだよな。
斜め45度あたりで見上げるのが一番効果的…の筈なんだけど。
そう内心で考えながらじっと視線を向ける俺の反応に、橘は見る間に顔を赤くしてうろたえた。
おお!予想通りビンゴ?!
やっぱり可愛いぞコイツら~~♪
初々しいっていうのはこういう事だろうかと内心思いながら、俺は密かにほくそ笑んだ。
まあ、ここまですれば多分断られたりはしないだろう。
伊達にヤツらより多く生きてるわけじゃない。
こういったテクニックの一つや二つは俺だって一応身に付けている。
もっぱら、これを使うのはナンパした女の子、それもお姉さま系相手の時なんだけど。
まさか年下の、それもヤロー相手に使うとは、正直思わなかったけどな。
でも幸いにしてそれが功を奏したのか、橘はそれ以上神尾を止めたりはしなかった。


「『せっかくの休日に』って事は、さん今日は仕事でここに来たんじゃない…って事?」

はた――と気付いたように伊武が口を挟む。

「当然だろ?言ったじゃねーか『デート』だって♪」

語尾にハートマークでも飛びそうな勢いで、俺はニヤリと笑ってみせた。
当然と言えば当然だ。
仕事なんかで終わらせてたまるかって。

「マジかよ?!」
「おうよ!正真正銘、プライベートだって。だからどこでも行けるぜー?何だったら食事やめてカラオケにでも行くかー?ボウリングでもゲーセンでもアミューズメントパークでも何でもイイけど?何たって『デート』だし♪」


やっぱりデートは楽しくなくちゃな。
少なくとも、テニスはこいつらにとって楽しい事だろうから、そこ位は合格点もらえるだろうけど、どうせなら全部楽しい方が良い。
ここで合格点もらえれば、次回も付き合ってくれる可能性は、より大きくなるだろうし。
俺は改めてにっこり笑顔で3人の顔を見まわした。


「で?どうする?行く気………ある?」

「「「…………お供します…………。」」」


顔を赤くして何とも言えない複雑そうな表情を浮かべた3人が頷いたのを見て、俺は心中でガッツポーズをとっていた。


















♪~~♪♪~~~♪



ぼんやりと遠くで何かが鳴っている。

「………ん………?」

それが携帯の着メロだと気付いて、俺はいやに重い身体と頭を動かして、枕元にあった携帯電話を手に取った。



「はいー…もしもしーですけどぉー……。」

『おいおい、大丈夫かよ?、起きてるかー?』


聞こえてきた声が、昨日俺が橘達を連れて行った焼肉屋の店長――と言っても俺の幼なじみだが――のものだと気付いて、俺はゆっくりとベッドの上に起き上がった。

「何だよー…こんな時間に~~。」

見上げた時計が指しているのは朝の8時だ。
別に社会一般では特に早い時間って訳じゃないが、不規則な生活の多い俺には充分すぎる程早い時間だ。


『何だよはねーだろ?ウチに来て酔い潰れたお前を家まで運んでやったのは、俺とお前の連れてきた子達だぞ?ちったぁ感謝しろ!』

そこまで言われて俺は、はた――と我に返った。

そうだ!そういや、俺は橘と神尾と伊武の3人と一緒に、俺の幼なじみであるの店に食事に行ったんだった。
なのに、いつの間にか俺はこうして家でノビちまってる。
俺はさっきまでボンヤリとしていた意識が、急激に戻ってくるのが分かった。
……つまりは、俺はあいつらの前で醜態をさらした可能性がかなり大きいって事だ。
俺は、常日頃「酒グセが悪いから、飲むのは程々にしとけ」とよく言われる。
俺自身は全く記憶が無いが、かなりのカラミ酒なんだそうだ。
それで、自分の知らないうちにエライ目にあったのは、一度や二度じゃない。
という事は……俺は今回もあいつらに絡んでしまった可能性が極めて大きいって事で……。
俺は顔面からスーッと血の気が引いていくのがハッキリと分かった。



「なあっ!俺、又何かやっちまった?!」



頼むから否定してくれ。
そう思う俺の内心とはうらはらに、はケロリとした調子で、こう断言した。


『やったなんてもんじゃないぞ、お前。あの子達にベッタリ絡み付いて離れないわ、いつもの通りキス魔になるわ……「おおごと」だったんだからなーお前をあの子達から引き剥がすの。』


俺はの言葉に目の前が真っ暗になってしまった。
ついにやってしまったらしい。
せっかくイイカンジだったのに、最後の最後で大チョンボをしてしまったとしか言いようが無い。
そんな事に巻き込まれたら、もう二度と俺の誘いには乗ってくれないだろう、あいつらは。
自業自得とはいえ、俺は携帯電話を持ったまま盛大に溜息をつくしかなかった。

『まあ、そこまで落ち込むなって。心配してたぞーあの子達。』

苦笑いしているの言葉に、俺は沈んでいきそうな気持ちを引き上げる。
心配……してくれたのか、あいつら。


「なあ…何か言ってたか?」
『んー?帰りは特に。でも、さっき橘君って子からお前の様子はどうですか――って電話があったからな。それでかけてみたんだよ。すこしはマシになったか?』
「ああ、悪ィ。迷惑掛けたな。」
『それは、あの子達に言うセリフだろ?』

俺の言葉に、もう一度苦笑して、は電話を切った。
あいつらには、本当に迷惑掛けちまったよなー。
もし詫びさせてくれるんなら、謝りたいけど、逆に迷惑だろうか?
少し不安になりながら、俺は重い気持ちのまま考え込んでしまった。


















「どうでした?橘さん?」
「ああ、深司に神尾。念の為連絡とってくれるそうだ。心配する事は無い。」
「そっか!良かった!」
「寝込んでなければ良いですね……。」
「ああ、全くだな。」
「それにしても、昨日のさんって……。」


(((可愛いかったな……vv本人自覚無いけど。)))


「……ま、まあ…とりあえず今後さんには――。」
「そ、そうだな、今後は気をつけてもらわないとな。」
「……そうですね。それに、こっちも気をつけてないと……。」



(((俺の前以外では泥酔させないようにしないと!)))




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