Change the future7







「それで?調べものとやらは無事はかどったのか?」


家康の元に戻って暫く、俺と家康は他愛のない話に花を咲かせていた。
家康にしてみたら俺は久しぶりに会う訳だし、俺が居なかった間に溜まっていたであろう色々が噴き出したのか、話は尽きなかった。
その流れで、ふと思い出したように向けられた疑問。
それに小さく頷いて俺はすぐ傍に置いていたスーツケース一式をバン――と叩いてみせた。


「おかげさまでな。まあ完全にってのには程遠いかもしれないが、それなりにはな。」
「そうか!ならこれからはこちらに居られるのだな?」
「ああ。また暫く迷惑を掛けるが…よろしく頼む家康。」
「勿論だとも!!それと、前も言っただろう?迷惑などではないと。」

そう言って家康はどことなく悪戯っぽい笑みを浮かべて俺の額を軽く弾く。
まあ、所謂デコピンというやつだ。
何というか…何回言えば分かるんだお前は?ってカンジだろうか。
それに苦笑して俺は弾かれた額を軽く擦った。


「さて!そうしたらの部屋に褥の用意をさせんといかんな。少し待っていてくれ、火と褥の用意をさせよう。」

「あ、俺の部屋…残しておいてくれたのか?」


予想外だった家康の言葉に、俺は思わず声をあげる。
だって何ヶ月も戻らない奴の為に部屋を空けておくなんて。
もしかしたら二度と戻らないかもしれないのに。
それに俺は元々コチラの人間では無い。
そんな奴の為に家康は今まで俺の部屋を残していてくれたというのだ。
普通誰がそんな事予想するというんだ?
俺は信じられないものを見るかのような思いで目の前の家康を見上げた。

「何を驚く必要がある?当然の事だろう?は戻ると言ったのだから。」

まるで何が不思議なのか分からないといった様子の家康に、俺は更に目を見開く。
何というか…それが当たり前だとサラッと言われて逆に戸惑うやら嬉しいやら。


の部屋は以前のまま残してある。いつが戻ってもいいようにな。」
「そっか……ありがとう家康。」
「何の!礼を言われるような事じゃない。さて、兎も角もまずは支度をさせねばな。今暫くここで待っていてもらえるか?」
「あ!いいよ家康。元の部屋なら俺も分かるし。わざわざ手間を掛けさせる事も無い。もうだいぶ遅い時間だろう?仕事を増やすのは悪いしな。」
「しかし、灯りも無いのでは足元もおぼつかんだろう?それに褥の支度もあるのだし…。」
「大丈夫だ。灯りなら何とかなるし、寝るための準備位自分でするさ。」
「だが……。」

まあ確かに現代と違ってコチラは夜ともなれば闇に包まれて僅かな月明かり程度の光源しかないような所ばかりだが、スマホのライトや持ち込んできたLEDの懐中電灯でも使えば何という事もないだろうし。
それに布団くらい自分で何とか出来ない訳でも無い――布団さえそこに置かれていれば。
………あれ?もしかして片付けられてて部屋に無いって事か?!


「もしかして……夜着、片付けられてるか?」

「おそらくな。」
「……………………。」
「だから言ってるだろう?今女中でも呼ぶと。」


立ち上がろうとする家康。
それを咄嗟に伸ばした手で引き留める。

「いや、いくら何でもこんな遅い時間に悪いから。俺なら別に大丈夫だ。何だったら厚着でもしてそのまま寝転がってるから。別に板張りって訳でも無いんだからそれ位は何とかなる。」

…………お前は本当に優しいな。」

「いや、そんな事ないだろう?」
「あるさ。は部下の事でさえこうまでして気に掛ける。」

「だって俺は別に女中さんや部下の人達に命令出来るような立場の人間じゃないからな。逆にお世話になっている身なんだし。なのにそんな俺の事で余計な手間は掛けさせたくないだろう?悪いじゃないか、急に思いもしない余計な仕事増やしたら。」


何というか、己の身に置き換えてみただけの事だ。
皆が寝静まった夜更けにいきなり何の前触れもなく会社から呼び出されてみろ。
何事かと思うし、やってらんねぇと思ってもおかしくないだろう?
それが大した事でないような内容で呼び出されたなら尚更だ。
そりゃ確かに布団一式が何処にあるのかは女中さん達じゃないと分からないのかもしれないけど、だからってやっと身体を休められたと思った所に呼び出されればたまったものではないだろう。
幸いにして真冬でもないし、ありがたい事に畳敷きの――ここでは比較的良い部屋を宛がってもらってるのだから、一晩くらい布団が無くても死にはしない。
仕事やネットしててうっかりカーペットの上で寝落ちするなんてザラだし、身体を横たえさせられるだけでも充分だ。


「そうは言うがなぁ…………。」

どうしたものかと家康が眉を寄せて腕を組んだ時だった。


「――っくしゅ!!!」


目の前の家康から盛大なくしゃみが零れた。
そうだ。よくよく考えれば家康は就寝の為に寝衣だったじゃないか。
いくら真冬のような寒さは無いとはいえ、夜ともなれば気温も下がる。
俺は、元居た世界のインナーの上に、こちらで揃えてもらった着物をアウターとして――着崩しているとはいえ、しっかり着込んでいるから問題ないが、家康はそうもいかないだろう。


「大丈夫か家康?!」

「ああ、すまん。大した事は無い。」
「けど、そのままじゃ風邪をひく。早く夜着に入ってくれ。悪かったな気付かなくて。」
「いや大丈夫だ。それよりの褥の用意の方が…。」
「だから俺は大丈夫だって。俺の方より家康が風邪ひく方が問題だろう?俺も殿に風邪をひかせたと部下の人達に怒られちまう。」

だから早く(とこ)に入れと言ってはみるものの…家康は頑として首を縦に振らない。
勿論、女中を呼ぶと言われている俺の方も。


「…………………致し方ない。ならばお互いに折衷案で妥協するというのはどうだ?」

「折衷案?妥協??」
「うむ、ワシもが言うよう夜着に入る。代わりにはここでワシと一緒に夜を明かしてもらう…どうだ?」

「どうだ…って…………一緒に寝るって事か?ココで?」


さも名案だと言わんばかりの家康の様子に俺はあんぐりと口を開けたまま固まってしまう。
そりゃ男同士なんだし別に雑魚寝くらい友人の家に泊めてもらった時もしてるから問題は無いけど。
でも相手は家康だぞ?
俺の方は良くても、部下の人達に知れたら、ここで一番偉い家康と同衾した…とかって事でどんな雷が落ちるか分かったもんじゃない。
何たって家康はこの国の国主様なのだ。
その国主様の寝床に潜り込むなんて無礼千万!!なんて容易に想像出来る。


「えーと……家康的には問題無いのか?」
「問題??」
「いや…まがりなりにも国主であるアンタの褥に入り込むなんて許される事なのかと。」
「何だ?お前が言ったんだぞ?ワシとは国主という柵無しに友なのだと。」
「確かに言ったし、俺的には別に問題無いんだが…家康、部下の人に怒られたりしないか?不用心だとか、不埒だとか……あ、不埒ってのは俺の方か。」
「ははっ!誰もそんな事言わんさ。の事は皆分かっている。ワシに害を為す者ではないとな。」
「でも……俺、ゴツイ訳じゃないと思うが、それなりにはあるし…邪魔じゃないか?」
「何を言ってる。どちらかといえばはこちらではたおやかな方だぞ?」


たおやかって…!
確かにコチラの世界の男達に比べりゃ俺は貧弱かもしれんが、まさかそう表現されるとは!
そりゃ家康と比べたら俺は天地程の差があるかもしれないが。
これでも元居た世界ではそれなりにジムとか行って鍛えたりしていたんだがな。
それでもこちらでは貧弱な優男というレッテルを貼られるのか。
今度忠勝にでも頼んで鍛えてもらおうか…。

「はぁ…たおやか…か。喜んでいいものやら…。」
「どうした??」
「いや何でもない。」

頭を抱えざるを得ない俺に、家康が不思議そうに首を傾げる。
それに小さく手を振って、俺は大きく息をついた。


「じゃあ、家康的には構わない……んだな?」
「ああ、そういうはどうなんだ?」

「そりゃ正直緊張しないとは言えないけどさ。でも………嫌じゃないよ。」

何故かなんて分からないけど。
でも家康の傍は暖かいと知ってるから。
居心地がいいのを知っているから。
俺が嫌だと思う事は無いんだ。


「そうか………ならば。」

そう言って家康は立ち上がると整えられていた褥へ腰を下ろす。
そしてそのまま立ち尽くしている俺に手を差し伸べた。

……?」

来い――という事だろうとは思うが……如何せんちょっと恥ずかしいというか。
お邪魔しますってのも変だし、こんな時何て言ったらいいのか分からない。
嫌じゃないけど、どうしたらいいか分からなくて、俺は視線を彷徨わせた。


「どうした?」
「あ……その……。」
「やはり嫌…か?」

「そんな事ない!!」

「ならば来てくれ。ワシもそろそろ冷えてきた。」


家康の言葉に、俺は慌てて家康の座る褥の傍に駆け寄る。
一瞬躊躇った俺の手を取って、家康は俺を己の隣に引き寄せた。
そしてそのまま俺の着物――アウターとして着崩していた――に手を掛けると、するりと俺の着物を剥ぎ取っていく。


「ちょ…ッ?!家康?!」
「そのままでは寝にくかろう?」


あー………他意は無いのかもしれんが、一瞬心臓が大きく跳ね上がった。
何というか……その……本当に同衾しそうな雰囲気で。
男同士で何を意識してるんだと思わないでもないが、流石に今のはちょっと…。
俺は早鐘を打ったままの心臓を押さえるようにして胸元を押さえた。
ああもう!本当に心臓によくない。
とはいえ、いちいち過剰に反応している俺の方がおかしいのかもしれないが。

「いっ…いいよ!自分で脱げる!」
「そうか?」

わたわたと羽織った着物の袖を抜き取る――までは良かったんだが。
そのまま俺は再びその場で固まってしまう。
脱いだはいいが、それから?
さっきまでは雑魚寝程度にしか思っていなかったのだが、如何せん家康にあんな風に触れられて心臓を撥ねあがらせた手前、次は一体どんな行動を取るべきなのか。
俺はもう完全に頭の中が真っ白状態になってしまっていた。
そんな俺に家康はくすり――と小さく笑うと、褥の上に身体を横たえる。
そして夜着を捲り上げると己のすぐ隣をポンポンと軽く叩いてみせた。


「家…康……えと……。」
「ほら、。」
「う、うん……。」

今更だが、凄くこっ恥ずかしいような気がしてきた。
何というか色んな意味で。
しかし今更止めますとも言えないし。
俺はそわそわしながら、家康に従って家康の隣に身体を横たえた。


「ふふ…っ」
「な、何だ家康?!」
「いやな……こんな事言うとは怒るかもしれんが、お前にも案外可愛らしい所があるのだと思ってな。」
「な――ッ?!」

「気を悪くせんでくれ。ワシにとっては理知的であるが故にどこか冷めた所もあるように見えていたのでな。それがワシと褥を共にするだけでこんなに緊張されるとは…正直思っていなかった。だがそれが嬉しくてな。いや、すまん。」


俺のすぐ傍――息が触れ合う程の距離で笑う家康。
家康が俺の事を揶揄っている訳ではないのは分かった。
しかし、やっぱりこうして間近で面と向かっている状況というのは流石に羞恥心を掻き立てられる。
………………あ。そもそも態々向かい合わなきゃいけない理由も無いのに、何で俺は自ら家康と向かい合うようにしてしまったんだ?!


「さて、夜も大分更けてきた。この位にして今日は休もう。」

「あ、ああ………。」


入ったはいいがどうしたらいいか分からずに上の空気味に答えれば。
次の瞬間、俺はコツリ――と額と額を当てられて、夜着ごと肩口を引き寄せられる。




「おやすみ。良い夢を――。」




頬に触れる微かな吐息に俺は悲鳴すらあげる事も出来なかった。




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