Change the future4







「本当にすまなかった!」



かけられていた誘拐犯の疑いが解け、晴れて自由の身になった筈の俺、
あれから本多忠勝をはじめ、その場に居た家臣の人達に平身低頭の詫びを受けて今に至る訳だが。
それにしても……この目の前の状況は凄いとしか言いようがないな。
目の前に広がる海の幸山の幸…!
これでもか!と言わんばかりの豪勢な料理の山が俺の目の前に置かれていて。
その向こう側には家康を筆頭に、先刻俺を押さえ込んでいた家臣の人達が申し訳なさそうに頭を下げている。
そんなもの凄い光景が今俺の目の前に広がっていた。


「家康様へのご神託の為にお越しになられたとはつゆ知らず、御無礼を致しました事、重ねてお詫び申し上げまする!!」
先見(さきみ)の御子殿におかれましては、此度の我等の無礼の数々、平にご容赦の程を…!」
「……………………(ギュイ)!!」


あー……忠勝は何を言ってるか分からんが、恐らくは詫びてくれているんだろう。
大きな身体をちょこんと縮めて小さな機械音をさせながら頭を下げている姿は、何というか…叱られた子供と大差ない感じだ。
それに微かに苦笑して、俺は小さく手を振ってみせた。


「そんなに畏まらないでくれ。この通り何ともなかったんだし。」
「だが、危うくに怪我を負わせてしまう所だったんだ。本当にすまない。」

へにゃりと眉尻を下げて答えるのはここの主、徳川家康。

「家康様の為にお力添え頂ける上に、我等にも世にも珍しき美味をお持ち下されたというのに…!」
「それに対しての我らの行いは、あまりといえばあまりの暴挙!」
「知らぬ事とはいえ、先見の御子殿への無礼、如何様な罰も覚悟の上にございます!」


おいおいおい!なんつー事になってきてんだ?!
確かに災難だったとは思うが、だからって処罰だの何だのって、そこまで話が飛躍する程の事か?!
それとも戦国の世ではこれが当たり前の事なのか?
しかし、このままだといつまで経ってもこの状況から抜け出せそうもない気配だしな。
もうこうなったら仕方がない。
罰って訳じゃないが、何かしら頼み事なり何なりを言い渡した方が、潔くこの場を引いてくれそうな気がする。


「えーと……だったら俺が帰るまでの間、こちらでお世話にならせて下さい。それで今回の事は無しって事で……。」
「そんな事でいいのか??」
「まあな。正直、これからの生活の事を考えると、俺1人じゃどうにも出来そうにないんでな。多少迷惑だとは思うが助けてもらえると嬉しい。」
「勿論だ!!それで良いな皆?!」

「「「「はっ!畏まりましてございます!!」」」」

「!!!!!!!!!」


いやはや…落着してくれたようで良かった。
正直これ以上ごねられたらどうにも出来なかったからな。


「しかし……ほんの四半刻(しはんどき)程しか経っていないと思っていたんだが……こちらでは5日以上も時が過ぎていたなんてなぁ…。」
「ああ…こちらと俺の部屋とでは、時の過ぎる速さが違うって事なのか……。」


何というか…こうして考えると、本当に俺の部屋とこちらとでは世界が違うんだと再認識させられる。
俺としては元に戻れるまでこちらに居なくてはならない訳だから、俺の世界の時間がコチラと同じでない事は大いに歓迎出来る事ではあるが。
だってこのまま暫く元に戻れない…なんて事になったら、下手すると俺元の世界で何ヶ月もの間行方不明者って事になりかねないからな。
でも、コチラでの数ヶ月が向こうでは1日程度だったら、あまり大きな影響は出ないで済む。
しかし、コレ……俺の部屋と家康の部屋が繋がったままの状態だと、同じ時間が過ぎるって事になるのか?
そうなるとかなり困る状況なんだが。

「だが、そんなに時間が経っていたならその前に呼びに来てくれても構わなかったんだぞ忠勝?そうすればここまで皆に心配も掛けずに戻れただろう。」
「!!!」
「何だって?扉が開かなかった??」
「………………………………!」
「そうか…忠勝の力をもってしてもビクともしないとは……。」
「どういう事だ?家康?」
「どうやらワシらが向こうへ消えてから数度、この閉め切られた扉を開けようとしたらしいんだが、全く開けられなかったそうだ。」
「あ、そういえば俺、念の為にとあの時鍵を掛けたな。」

「いや、どうもそういう類の話では無いようだ。痺れを切らして幾度となく扉ごと破壊しようとしたらしいのだがな、忠勝の力をもってしてもこの扉を壊す事は出来なかったらしい。」


ええと…つまりは、俺の部屋の窓同様、何らかの理由で物理的作用を受け付けなかった…という事だろうか?
家康という俺の世界からしたら『異分子』が俺の部屋に居た為に世界が繋がっていた…もしくは家康が向こうの世界に居た為に家康が戻るまでは世界を切り離せなかった?
あーーーーーーもーーーーーー!
アレコレ考えても謎は益々増えて混乱するばかりだ。


「そっか……ならこの扉は基本的に閉め切っていた方が良さそうだな。誰かが興味本位で向こうに行って、うっかり鍵でも掛けたら、コチラに居る俺達にはどうにも出来ないって事だもんな。」

「うむ、そういう事になるな。なら職人を呼んで頑丈な錠前を作ってこの扉を開けられないようにしておこう。その鍵はに持っていてもらいたいんだが構わないか?」
「了解した。まあ、向こうは俺の部屋だしな。下手に入り込まれて困るのも俺だし。引き受けよう。」

俺の部屋からなら鍵が掛けられるが、こちらは木製の観音開きの扉のみだからな。
確かに何かしらで塞いでおかなければ目を離した隙に誰でも簡単に入り込めてしまう。
ここは家康の厚意に甘えておくとしよう。


「では某、急ぎ職人を集めて参りまする!」
「うむ、では拙者は資材の手配を致して参りましょう。」
「某は先見の御子殿のお部屋の準備を!」
「拙者、先見の御子殿の護衛の為、警備の手筈を整えに!」
「某も先見の御子殿の身の回りの物の手配をして参ります。」
「!!!!!!!!」

我も我もとわらわら立ち上がる家臣団の人達。
その場はあっという間に蜘蛛の子散らすような状態になって、気付けばその場に残っているのは俺と家康だけになっていた。
しかし、忠勝は何を言って出て行ったのか気になる所だ。


「あー………何か色々手間を掛けさせてすまない。」
「ははっ!何を言う!が詫びるような事ではないだろう?」
「だが…。」
「それに皆もこれでに詫びが出来ると張り切っている。気にする事は無い。」

そう言って笑う家康の顔は本当に穏やかで自信に満ち溢れていて。
ああ、本当にこの人は自分の部下達の事が好きなんだなぁと改めて思う。
それに家臣の人達の家康に対する思いも。
家族に対する愛情にも似たそれに、すこしばかり羨ましいな…なんて思ったり。
俺もこの輪の中に…家康の大切なものの中に入れたら――。



?どうした?」



ぼんやりと自分の世界に浸っていたら、不思議そうな顔で家康が顔を覗き込んできて。
俺はハタ――と我に返る。

「いや…別に……。」
「何か思う所でもあるのか?」
「そういう訳じゃないんだが………………ここは………。」

「ん?」


「この国は………いい国なんだなぁと……そう思って。」



臣下が主を大切に思い、国主は家臣や領民が穏やかに暮らせるよう最善を尽くす。
少なくともここは――この家康の城の中はそんな空気に包まれていて。
居心地の良いその世界がもっともっと広がって、そしていつか日本中にそれが広まったら、この日本と言う大きな国全体が穏やかで幸せな国になるんじゃないだろうか。
それを成し遂げてくれるのは、やっぱりこの人なのだ。


「後の世に生きているにそう言ってもらえるとワシも嬉しいな。」
「アンタの居るこの世界は、きっと幸せな世界になるな………少し羨ましい。」

………。」


別に俺の世界だってそう悪いものだとは思えないけど。
でもきっとこの家康が居る世界は、それ以上に暖かく優しい光に溢れた世界になる…そんな気がして。
俺はこの世界にに住む人達が――忠勝が、家臣の人達が、家康に大切にされているこの世界が酷く羨ましく思えた。


「あ?!すまない変な事を言って。でも余所者の俺からしたら――」

「余所者などではないさ。」


些かバツが悪くなった俺に向けられたまっすぐな眼差し。
一瞬、何を言われているのか理解出来なかった。


「何を…言って……?」

はもう余所者などではないよ。」
「でも俺はこの世界の人間では――」

「この世界とか、後の世の人間とかそういう事は関係ないさ。はワシの道標であり、先見の御子であり、部屋の繋がった同士であり、そして………ワシを国主としてではなく一人の人間として見てくれた大事な友でもあるんだ。だから、もう自分の事を余所者だなどと言わないでくれ。」

「家康……。」


ああ、やっぱり家康…アンタは凄い人だ。
俺なんか大して役に立たないだろうし、それに出会ったばかりでまだ俺という人間が何処の馬の骨かも分からないっていうのに。
でもそんな俺にアンタは友だと言ってくれる。
俺が嬉しいと思う言葉をくれる。
アンタみたいな凄い人にそんな風に言ってもらえるなんて、それがどれだけ凄くて嬉しい事か、アンタは分かってる?


「あ、ありがとう……家康。俺……。」


本当に何て言っていいのか分からない。
あまりの事に言葉を失うなんて情けないとは思うけど。
でも本当に何て言えばいいのか、己の気持ちをどうやって伝えればいいのか、今の俺には皆目見当がつかないんだ。


?どうした?」


戸惑い気味な俺に何か感じ取ったのか、家康が訝しげに俺の瞳を覗き込む。
その俺を映す瞳の、なんて深く綺麗な事。
俺はこんなにも真っ直ぐで力強く、そして静けさすら漂わせる程に深い瞳の色を見た事が無い。
まるで深く静かな琥珀のような輝きはとても美しいと思った。

「家康?」

「何だ??」
「さっきも言ったけどさ、俺…アンタの役に立てるかな?いや、立ちたいな。」
「役に立つとか立たないとか、ワシはそんな事、に求めはしないぞ?」

「いや…俺がアンタの役に立てる男になりたいってだけなんだ。アンタを助けたい。アンタを楽にさせたい。アンタの夢を叶える手伝いがしたい。アンタに……幸せになって欲しい。」


だって、きっとこれから家康が進む道の先には数多の艱難辛苦が待ち受けている事だろう。
天下を平定するという事は、平和な世を創るという事はそう生半可な事じゃない事は容易に想像出来る。
けれどこの人は――その苦難の道を自ら進んで行くのだ。
だからその苦痛を少しでも減らせれば。
進む茨の道をほんの僅かでも薙いでやれれば。
重荷も1人で背負うより2人で分ければ少しは楽になれるだろう?
だから俺はアンタの役に立つ男になりたいんだ。
アンタを支える柱の……小さくて細くて頼りない柱の内の1本にでもなれれば――と。


「ワシが……幸せに??」

「何でそんな驚いた顔するんだ?俺、何かおかしな事言ったか?」


驚愕というより、むしろ呆然と言った方が正しいのではないかと思うような表情を浮かべる家康。

「ワシは……ワシが民を、皆を幸せにしたいと思っていたのだが……。」
「自分の事は考えた事が無かったって?」
「いや、ワシは今でも充分すぎる程に果報者だからな。家臣にも領民にも恵まれて――」

「でもそれは『国主』の幸せだろう?俺は出来れば家康…アンタ個人の幸せも――と思っているんだがな。アンタはきっと自分個人の願いは後回しに…もしかしたら蔑ろにしてしまうんじゃないかと思うんだ。だから俺はアンタが国主として頑張る分、俺がアンタの夢を希望を形にしたい。まあ、俺にそんな力があるとは言えないのが痛い所だが。」


そう…アンタが自分を疎かにする分、俺がアンタの事を考えたいんだ。
世界の事を考えるあまり、滅私奉公しすぎるような気がするんだよ、アンタを見てると。
自分の想いを飲み込んでしまって苦しむ姿が容易に想像出来る。
だってさっきも感情を押し殺して作り笑いを見せた位だもんな。
アンタが我が儘を言わないなら俺が我が儘を言わせてやるんだ――なんて。



「だからさ家康、俺にはアンタ個人の思いを言って?我が儘言って?吐き出せないモノも吐き出して?俺はアンタが幸せにしないといけないと思っている家臣でも領民でもないから。アンタが責任を負わなくちゃいけない存在じゃないから。だって俺……アンタの『友』なんだろ?」



そう言って俺は拳を突き出す。
拳を突き合わす形で触れた家康の手は――。
想像していた以上に暖かくて、そして――俺と同じに血の通った柔らかな『人』の手をしていた。




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