Change the future 28







家康が豊臣からの離脱を表明してから、日ノ本は大きく動き始めた。

歴史が動き始めた。

仰々しい言い方をすれば、まさしくその言葉に尽きるだろう。
まるで家康のその動きを待っていたかのように、歴史はまだ見ぬ未来へと向けて大きくその舵を切り始めていた。

黒田官兵衛の九州への改易に始まり、豊臣の四国征伐も起こった。
俺の知るアクションゲームの世界では、黒田官兵衛による四国壊滅事件があったが、どうやらこの世界ではそれは回避出来たらしい。
まあ、それもそうだろう。
なにせアレは豊臣・竹中を失った後の石田軍において、大谷吉継と毛利元就の共謀によって引き起こされた出来事だったのだから。
豊臣秀吉も竹中半兵衛も健在である今の豊臣に、そのような策を弄する必要などどこにもない。
そんな事をせずとも、今の豊臣の戦力ならば四国を平定する事は難しくない。
まあ、その戦列の一つに黒田の名があったとしても、それは致し方のない事だろう。
少なくとも大谷・毛利による策謀で徳川が貶められる事だけは回避出来た。
それだけでも喜ぶべきだ。
ただ今の段階で長曾我部が豊臣に降った事は流石に痛いとは思うが。
歴史は俺も知らない激動の時代へと明らかに突き進んでいった。




「足利と松永が本格的に動き出した?」

各方面に放っているお庭番の忍達からの報告を受けていた俺は、手にしていたノートパソコンをパタリと閉じる。
服部半蔵殿を中心に、今や徳川軍内でもかなりの規模となった我等がお庭番衆。
情報収集の為に他国のあらゆる軍内に潜り込ませているお庭番の忍からの報告は、多少のタイムラグはあるとはいえ、一番最新の情報だ。
恐らくは他の忍隊や他国の忍よりも俺の元には最新の情報がもたらされているだろう。
そのお庭番からの報告に、俺は微かに眉を寄せた。


「動き出したか………。」
「如何なされますか、様?」

「…………半蔵殿、頼みがあるんだが……。」

「はっ!何なりと。」
「まず一つは、至急豊臣にお庭番を潜り込ませて欲しい。出来ればある程度の人数を。」
「は。ですが既に幾名か豊臣には潜り込ませておりますが?」

「いや、それでは人数が少ない。出来れば集団行動のとれる部隊単位で人手が欲しいんだ。いざという時に動いてもらいたい。」


俺の言葉に訝しげな視線を向けてくる才蔵殿に、俺はふるふると首を振ってみせる。
ここから先は情報収集だけではないから、複数人の人員が必要なんだ。

「畏まりました。して、他には何を?」
「二つ目は、豊臣もしくは松永…この両軍の進軍先に程近い所で、人を匿える所を探してほしい。小さな村であればその方が良いだろうが、出来れば外界との関わりが希薄な閉鎖的な所が好ましいだろう。そこに人を匿ったとしてもその情報が外部に漏れないような…そんな所を。」

「ですが人の口に戸は立てられぬもの。であれば……村を滅ぼすが得策かと。」
「いや、それではダメだ。出来れば金目のものでも握らせて協力させた方が良いだろう。その方が益があると思わせたい。」
「承知致しました。」
「そしてもう一つ。…………………家康にも他の家臣団の人達にも知られずに竹中半兵衛殿と見える機会を作りたい。」

「な――?!」


予想外だったらしい俺の言葉に、流石の半蔵殿も目を見開く。
そりゃそうだろうな。
主君である家康にも内密に敵将と接触したいなんて言えば。
乱心――もしくは叛乱を疑われてもおかしくは無い。


「家康に反する気など毛頭ないさ。もし俺が豊臣に鞍替えしたいのなら、半蔵殿…あなたにもこの話はする訳がないだろう?」
「ですが何故家康様や重臣の方々にまで内密に豊臣との接触を…?」
「いや、勘違いしないでくれ。俺は豊臣と接触したいんじゃない。俺が見えたいのは竹中半兵衛殿のみ。出来れば半兵衛殿以外の他の豊臣の者達にも気付かれずに事を進めたい……そう思っている。」


既に予め書状はしたためてある。
いつこの日が来るともしれなかったから。
恐らく半兵衛は俺の誘いに乗ってくれるだろう。
今後の豊臣の行く末について――と書状には記してあるし、恐らく半兵衛が秘しているであろう病の事や、彼が不安を抱いているであろう己亡き後の豊臣についての不安要素を書き連ねておいたから。
たとえ罠だと思えども、己の内心を少なからず暴き晒す薄気味の悪い『先見(さきみ)の神子』に探りを入れずにはいられない筈だ。
豊臣の軍師として。

「………畏まりました。されど、竹中が単独での会見に応じるか否かは……。様を葬る機会と見て豊臣の兵力を以ってくるやもしれませぬ。」
「そうかもしれないな。」
「でしたらこちらも兵を伏せて……。」
「いや、そんな事をすれば益々半兵衛殿はこちらを警戒して話の場に出てきてはくれないだろう。」
「それでは様の御身が危険に晒されます…!」
「その時はその時だ。もしそのような事になったとしても、それは致し方ない事。俺の目が未熟だっただけの事だ。」
「ですが!!」
「これは命を懸けるだけの価値のある事なんだ。」

この事を話せば家康は勿論の事、忠勝や直政殿・康政殿にも止められるだろう。
だからこそ俺は彼らには内密に事を進めたいんだ。
それに――これは俺の考察に過ぎないが、半兵衛は俺の打診に乗ってくれるだろうと思うんだ。
勘なんて不確かなものだなんて言いたくはない。
だが、竹中半兵衛という男の人となり、彼の置かれている現状、思考の方向性……諸々を考えれば、俺の誘いに乗ってくれる可能性は極めて高いと…そう判断出来る。
確かに俺はこの世界で竹中半兵衛には会った事すらないが、これは俺が自分の部屋で調べ物をした際に得たアクションゲームや何やらの数多くのデータから導き出したものからだから、この考察はそう遠からず間違いではない筈。
だからこそ俺は一対一の会見を申し込もうと思ったんだ。
まあ、数人程度の護衛がつく事はこちらも有り得る事だし、この際それは想定内だ。


「だがそれでも納得出来ないというなら…家康に報告してもらって構わない。」


彼等お庭番衆の忍達は家康の配下だ。
今は家康の命令で俺の指示に従ってくれているだけに過ぎない。
だから家康に内密という事が納得できないとしても何らおかしな事では無いんだ。
本来なら俺には命令する権限も権利も資格も無い。
だからこうして己の胸の内を話して信じてもらう事しか出来ないから。
俺は戸惑い気味に俺を見詰める半蔵殿にぺこりと頭を下げた。


「……………本当にあなたというお方は……。」

「半蔵……殿??」


忍らしからぬ盛大な溜息をついて半蔵殿がふるふると頭を振る。

「家康様だけでなく、我等下賤の忍にまでこうして頭を下げられる……。いつも『命令』ではなく『頼み』だと仰る。そして決して我等に事を強要せず、我等に判断を委ねられる……。まったく………。」

「あ、え…と…………は、半蔵殿?」
「…………承知致しました、様。我等お庭番衆、どこまでも頭領たるあなた様の仰せのままに。」

「―――ッ!?ありがとう!」

どこか優しげに細められた半蔵殿の瞳。
向けられた瞳と言葉に感謝の言葉を伝えれば、又どこか呆れたように笑われる。
それに苦笑しながら俺は手元にあった竹中半兵衛殿宛ての書状を差し出した。
それはすぐに半蔵殿の手から別のお庭番衆の忍の手に渡り、息をつく間もなくその忍は姿を消す。
何というか……本当に仕事が早いというか。
確かに武田や上杉・北条といった最強の戦忍集団に比べれば戦力としては些か劣るのかもしれないが。
それでもうちのお庭番衆は機動力・情報収集力の面においては他に引けを取らない。
親バカならぬ、上司バカかもしれないけど。

そうして俺は竹中半兵衛殿へ書状を届けてもらう傍ら、別の忍に大阪のとある山村へと向かってもらった。
そこには俺同様に現代からコチラの世界に放り出されたらしい田舎の町医者が居を構えている。
何で俺がそれを知ったかといえば。
それは以前に共同情報網の構築を打診していた雑賀衆――その長たる雑賀孫市からもたらされた情報によるものだった。
彼女には俺と同じように神隠しなり何なりにあった奴や、戻った人間の情報が無いか調べてもらっていたのだが。
数年前に大阪のとある山村に奇妙な男が現れたらしいという話を聞きつけた孫市からその情報を得た俺は、すぐに偵察のお庭番衆の忍を放ったんだ。
1度偵察から戻った忍の話によれば、些か奇妙な恰好はしているものの、見た目はごく普通の男であるとの事で。
俺はその報告にホッと胸を撫で下ろした。
もしかして俺と同じようにコチラに飛ばされていたのだとしても、それは必ずしも日本人であるとは限らない。
だから少なからず見た目が普通で村人と意思の疎通が図れている…という報告を受けて、俺はその男が外国人である可能性の選択肢を捨てる事が出来た。
そして俺は現代日本人なら読める筈の楷書体でしたためた手紙をお庭番に託し、もう一度その山村に向かってもらった。
書状ではない、現代的な便箋に封筒。
そこに記されている現代人であれば見慣れた文字。
文面にはちょっとだけ英文なんかも交じらせ。
そして最後に現代人なら知らない人は居ないであろうごく一般的な某ブランドのロゴのついたハンカチを添えて。
そう――全ては現代社会を生きる日本人なら分かるもの。
それらが何なのか理解出来る相手なら、同じような立場の人間だという証拠になる。
一つ心配があるとすれば、彼と俺に多少のタイムラグがある可能性だろうか。
彼が俺と同じ立場だったとしても、二・三十年前の世界や四・五十年後の世界から同じくコチラへ来ていたら、流石に多少のズレは生じる。
まあ少なくとも文字が読める段階で許容範囲内だとは思うが。

そんなこんなでお庭番衆の忍に彼の元へ向かってもらった訳だが、その結果相手から返ってきたのは医師の肩書の掛かれた名刺と、俺と同じように楷書体で書かれた手紙、そしてとあるスポーツブランドのスポーツタオルだった。
それから俺達は何度も手紙のやり取りを繰り返し……そして今日に至る。
その町医者の青年を、今回お庭番の忍には迎えに行ってもらったんだ。
これはこの先に起こりうるであろう事態に備えて、半蔵殿に頼んだ『人を匿える場所』に待機してもらう為でもあるんだが――彼を呼び寄せるのは他にも重要な理由がある。




「出立の準備は出来たか??」

忍達が任務の為に城を離れてから半月。
荷造りをしていた俺の背後から耳に心地よい爽やかな声が掛けられる。
もう振り向かなくたってこの声が誰のものなのか分からない訳がない。


「家康!!」

「明日だったな?出立は?」
「ああ。朝には出ようと思っている。」
「そうか。確かやっと見つけたと同じ境遇の者だったな?」
「恐らくはな。だが実際会ってみて話を聞いてみない事には何ともな。」
「少しでも新たな発見があれば良いのだがな……。」


そう――俺は竹中半兵衛との会見に出掛ける口実を、この町医者の青年と会う為と家康達には伝えているんだ。
実際、お庭番衆の忍を出迎えに向かわせている訳だし、これなら俺が城を離れる理由として誰も疑ったりしないだろう。
城を離れる口実としては申し分ない。


「孫市殿には感謝しないとな。まさか同じような人間が見つかるとは思わなかった。」
「そうだな。流石は雑賀衆だ。」

「そういう事で、暫く城を空けるが…家康、後は頼む。」
「ああ分かった。だが本当に構わないのか?僅かな忍だけで護衛の兵も付けず……。」
「心配いらないさ。彼は俺と同じアチラの人間だ。」
「だが道中、狙われないとも限らんだろう?、お前はもうこの三河の………いや徳川の先見の神子として名が知られている……。」
「かといって、大部隊を動かす訳にもいかないだろう?却って人目を惹く事になりかねん。」

「それはそうだが……。」

どこか納得いかないと言った様子の家康。
それに小さく笑えば、当然のように家康は眉間に皺を寄せる。
まあ確かに俺のような未だ未熟な人間が、少数の人員でふらっと出掛けるなんて言われて安心しろなんて言う方が無理だろうが。
けどまあ、機動力を考えれば下手に大所帯の方が身動きがとりにくい。
俺は立ち上がり、立ち尽くしたまま俺を見下ろしている家康の傍に近付くと、家康の芥子色の着物へと手を伸ばした。


「心配………してくれているのか家康?」
「当然だろう?がワシを常に案じてくれるように、ワシだっての事を案じていてもおかしくはないだろう?」


そう言って家康はサラリと俺の髪を撫でる。
相変わらず傷にまみれたその手が、静かに髪から頬に触れ、そして俺の前髪を掻き上げていく。
晒された額にそっと唇を落とすと家康は小さく息をついた。

「ワシも共に行けたなら良かったんだがな……。」

「まあ、こればかりは仕方ないからな。」
「そうなんだが………。」
「今は豊臣から離脱してから日も浅く、あちこちバタついているからな。流石に殿自ら領地を離れるのは難しいだろう?」

「そう………だな。」
「俺も家康と離れるのは寂しいが……少しの間の辛抱だ。」

釈然としない様子の家康にそう言って笑えば、仕方ないといったように苦笑を返す家康。


「土産を買ってくるからイイコで待っててくれ家康?」


揶揄い気味にそう言って片目を瞑ってみせれば、更に家康の苦笑が深まる。
そんな家康の逞しい肩口に額を埋めると、俺は大きく息を吐き出した。
何というか……今の内に家康を補充しておくというか何というか。
正直な所、俺だってこの先に不安が無い訳じゃない。
家康の傍を離れるのだってやっぱり寂しいと思うし、出来る事なら離れずに居たいと思う。
でもそれじゃダメだから。
家康の為に少しでも良い未来を導く為には、甘い事を言ってばかりもいられない。
だから1歩踏み出す為に、今は家康を俺の中に目一杯補充しておきたいんだ。
こういうの、充電って言うんだろうか?
それとも家康充とでも言うべきか?


「どうした?」

「ん?家康を補充してる。」
「ワシを?」
「帰ってくるまでの分、目一杯家康を補充しておこうと思ってな。」

「成程!ならワシもを補充しておくとしよう。」


そう言って家康が俺の腰と背に腕を回す。
ギュッと抱き締められる腕の力。
その暖かさと力強さに、はふり――と溜息が漏れる。
こんなに満たされるこの腕から離れるなんて、なかなか厳しいけど。
でも必ずこの腕の中に、この暖かさの元に戻ってくるのだとそう誓って。
俺は暖かな家康の胸元に頬を摺り寄せた。




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