Change the future 16
「それで?結局の所、何故官兵衛は急に取り乱して飛び出していったんだ?」
黒田官兵衛が悲鳴とも思えるような絶叫を響かせてから数刻後、俺は家康と枕を並べて今日一日起こった事をお互いに話し合っていた。
家康は忠勝と共に向かった大阪城で起こった事を、俺は官兵衛に語っていた事についてを話し合っていたのだが、その話の流れの中で家康は、自身が席を外している間に絶叫と共に部屋を飛び出していった官兵衛の事を問うてきたのだ。
「ああ…官兵衛殿に本物の先見の神子だと信じ込ませる為に、神子としての『力』をちょっと…な。」
苦笑いと共にそう言えば、些か不満げな表情を垣間見せる家康。
素直に不満を見せてくれた――それが嬉しい反面、かといってあの時の状況をどう説明したらいいかも分からず、俺は微妙に言葉を濁す。
俺があの時官兵衛にしたのは、官兵衛の末期の瞬間を見せるというものだった。
以前に俺が自分の部屋に籠って情報収集していた時に集めた資料・情報の中にアクションゲームのプレイ動画があって、その中でゲームオーバー…つまり討死した際の動画というのがあったのだ。
それを官兵衛に見せる事によって、俺は先見の神子の特殊な『力』を見せつけたという訳だ。
とはいえ、まさかスマホやタブレットを直接他国の人間に見せる訳にもいかなかったので、俺は先日編成したばかりの忍組織の忍の内の1人に、動画をダウンロードしたスマホを渡し、天井裏に潜んでもらう事にした。
そして俺の指示と動作に合わせて動画を再生してもらったのだ。
まあ普通に考えれば、スマホを持って天井裏に潜んだ所で何になるんだ――といった所だが、今回俺には秘密兵器があった。
それはスマホ用のプロジェクター。
段ボール製のもので、組み立ててレンズを付け、スマホを入れるだけの簡単な物。
スマホそのものを使うから配線も電源もいらないので、こちらでも充分使用出来る。
そう思って持ち込んでいたそれが今回のキーアイテムだ。
そのプロジェクターを使って、忍に天井裏から俺の指示に合わせて動画を壁に投影してもらったのだ。
その動画を見て――それが動画の内容についてなのか、動画という奇怪な事象そのものについてだったのかは分からないが――官兵衛は絶叫と共に部屋を飛び出し、そしてとうとう帰ってくる事は無かった。
「先見の神子としての力??」
「ああ。官兵衛殿のような人間は、そもそも予言や先見の力なんてものは信じないだろうからな。だからそういった人間には摩訶不思議な力ってやつを現実に見せつけてやればいいと思ってな。ちょっと色々やってみせたんだ。」
「一体何をしたんだ?あの官兵衛があそこまで取り乱すなんて余程の事だろう?」
俺の言葉に不思議そうな表情を浮かべて、家康は目を瞬かせる。
まあ確かに自分の末期の瞬間を見せられたら、如何に官兵衛といえどもショックだったんだとは思うが。
それとも本当に俺が不可思議な力を使う妖術使いにでも見えたんだろうか。
兎にも角にも、まさか事情を知る家康に官兵衛に見せたゲームのソレを見せる訳にもいかないし。
だっていくら何でも流石に自分達がゲームのキャラクターだ…とは口が裂けても言えるわけがない。
いや、家康はこうして現実に存在している訳だから、ゲームのキャラクターというより、ゲームの世界観と同じ現実世界――リアルに生きる存在だと捉えるべきなんだろう。
どちらにしても動画の存在を上手く説明出来そうもない俺は、どうしたものかと暫し考え込んで、ハタ――と一つの事に思い至った。
これならまあ…数百年後の技術的進歩として説明は出来る筈だし。
「そうだな……まあ色々あったと思うが…その内の一つなら見せられるぞ。見てみるか?」
「ああ!出来るならワシも見てみたいな。」
興味深げにパッと表情を明るくする家康に、俺は灯りを消すよう指示する。
そして家康が灯されていた灯りを消して振り返ったのを確認すると、俺は官兵衛の前でしたのと同じに指を一つ鳴らしてみせた。
途端に光り始める俺の掌に、こちらを見ていた家康が息を呑んだのが分かる。
それに小さく笑ってみせると、俺は家康が消した蝋燭にライターで火をつけた。
「……………今のは…一体?」
「種明かしをするとな、コレだ。」
「………これは……。」
「俺の世界にあるものでな、簡単に言えば玩具の一種だが、これは暗闇で光を放つものなんだ。これを今のように官兵衛殿の前で灯して見せたりした訳だ。俺の持ってきた物に慣れつつある家康ですら一瞬驚いたようだし、官兵衛殿にはさぞかし摩訶不思議な光景に映っただろうな。」
そう言って俺は自身の掌を開いて家康へ向けてみせる。
その俺の手の中にあるのはLEDがついた玩具の光る指輪。
以前、夜間の野外イベントに参加した時に貰ったやつだが、それを光る部分が掌の内側にくるように指にはめて、指を鳴らした瞬間スイッチを押して光らせた――それが俺の今回のマジックの正体だった。
現代人としては種を明かせば大した事では無いのだが、流石にこちらの世界の人間達には不可思議な出来事にしか見えないだろう。
まあ、手が光り出すというその事象そのものが魔法的にでも見えてくれたとしたら万々歳だ。
これで俺は不可思議な力を使う本物の先見の神子として官兵衛に認知されただろうから。
俺は手の中にあったそれを外して家康へ向かって放ると、ニッと口の端を持ち上げた。
「前にも言っただろう?俺のはペテンだって。流石に本当に不思議な力を使うなんて出来ないが、でもこれで官兵衛殿は俺を先見の神子だと信じてくれただろう。」
官兵衛が俺を本物の先見の神子だと思ってくれれば、俺の言った事を信じる可能性がより大きくなる。
そうすれば北条を助ける事も、家康を四国壊滅の犯人に仕立て上げる謀略に官兵衛が加担しなくなる事も、かなり現実的になるかもしれない。
そうなってくれれば今回の官兵衛との交渉は成功と言えるだろう。
後は今後の展開を見守るしかないといった所だ。
「なるほど……実にお前らしい機知に富んだ見事な作戦だな、。」
「ちょ…っ!?止めてくれ家康!俺のはペテン……一種の詐欺なんだって何度も言ってるだろう?」
「そんな事は無いさ。本当にお前は凄いよ。そんなが付いていてくれているんだ…本当に頼もしい。ワシは何と果報者かと思うよ。」
そう言って家康はふわりと笑うと俺の頬に手を滑らせる。
その幸せそうに緩んだ表情に、俺は一気に己の顔が紅潮するのを感じた。
だってこんな風に家康に評価されて、柔らかな笑みを向けられるなんて。
確かに感情を――気持ちを押さえ込むなとは言ったが、ここまで面と向かってされると照れるというか何というか…。
こればかりはいつになっても慣れそうにない。
まっすぐに向けられる家康の瞳に、ドギマギとしながら視線を伏せると小さく笑う気配がする。
「まったく…誰よりも頼もしい友でありながら、かと思えばこうしてワシに触れられるだけで視線を彷徨わせるような一面も持つ……、お前は本当にワシを魅了してやまないな……。」
低く響く声でそう囁くと、家康は俺をそっとその逞しい腕に引き寄せる。
それに無言のまますり寄る様にして背中に腕を回すと、更に家康の笑みが深まった。
魅了してやまないのは寧ろ家康の方だ。
同じ男としてその懐の深さと、部下や民を思いやる優しさ、暖かさには尊敬と敬愛の念すら湧き上がるが、それだけでなく穏やかで柔らかな笑顔は俺を癒してくれるし、鍛え上げられた逞しい肉体には頼り甲斐すら感じる。
その上、せいぜいが中の上程度の俺とは比べ物にならない位のイケメンで、更に国を纏める為の頭脳も比類ない。
友人としたらこれ以上の友は居ないと断言出来る程の人間だ。
人として魅了されるとしたら、まさにこんな人間だろう。
そんな家康が何をどうしたのか俺を選んでくれた――それも俺同様に誰よりも特別な存在として。
本当に今でもそれが不思議でならない。
何度これは俺に都合の良い夢なんじゃないかと思った事か。
勿論嬉しくないと言ったら嘘になる。
だから俺はこの誰よりも輝かしい魂を持つこの存在に背中を預けてもらえるような――この人に相応しい男でありたいと思う。
たとえ――家康が本当に友として求めるようなそんな存在達のようにはなれなくとも。
俺は俺として家康を支える柱の一つになれればいい。
暖かく包んでくれる家康の強く響く鼓動を感じながら、俺は暫し瞳を閉じてこの温もりを堪能する事に専念するのだった。
「そういえば、実は今日大阪城で雑賀孫市に会ったぞ。」
「孫市殿に?」
暫くの間、まるで飼い主に甘える犬のようにぬくぬくと家康の温もりを堪能していた俺に、ふと思い出したというように家康が声をあげる。
俺を抱き込んで髪を梳きながらする台詞ではないと思うが、きっと何の気なしに出た言葉だったんだろう。
家康の顔を間近で見上げた俺が首を傾げると、その言葉に反応して家康は小さく頷いてみせた。
「ああ、ワシと入れ違いに出て行った所だったから、そう話も出来なかったが…。」
「孫市殿が大阪城に……。」
「以前が言っていた小田原侵攻が本格的に動き始めているのかもしれんな。」
「ああ、そうかもしれない……。」
出来る事なら犠牲者を少なくする為に小田原への出兵を止められたなら一番良かったんだろうけれど。
しかし、もうここまで動きが進んでいるなら、小田原への侵攻は避けられない状況なのかもしれない。
官兵衛への働きかけ、今日行えたのはラッキーだったんじゃないだろうか。
まさに紙一重の状況だったように思える。
あと少し官兵衛に会う機会を遅らせていたら、小田原出兵に阻まれて出兵前に官兵衛に会う事は出来なかったかもしれない。
この強運は家康によるものだろうか?
「雑賀孫市殿か……出来れば小田原侵攻について何か探りを入れられれば良かったんだがな。流石にそれは難しいか…。」
「何だ?孫市とも会いたかったのか?」
「まあ、出来るならそうしたかったが…入れ違いになったのだったら、もう大阪を出ているだろう?残念だが仕方ないさ。」
「いや、孫市なら暫く大阪へ逗留すると言っておったぞ?武器に使用する材料の仕入れがあるとか何とか…。」
「本当か?!」
「ああ。ここは商人の町でもあるからな。何だ?本当に孫市に会うつもりか?」
雑賀は傭兵集団としての能力だけでなく、武器や兵糧から情報までもを扱う商人としても右に出る者は居ないプロ集団だ。
その雑賀とのパイプを持ちたいというのもあるし、契約が出来ないまでも共同出資の組織を創り上げる提案が出来ないかとも思っていたので、出来れば雑賀孫市には一度会っておきたかった。
それに……万一俺の知るどれかの歴史の流れになった時、雑賀は歴史を左右するような重要な立場に居る事が多いのだ。
その雑賀が家康に付いてくれるような働きかけが今から出来れば。
打てる布石は出来るだけ打っておきたい。
「そうだな。小田原侵攻の事だけでなく、雑賀とは面識を持っておきたいからな。家康、雑賀孫市殿は今何処に逗留しているか分かるか?」
「いや、流石にそこまでは聞かなかった。だが半兵衛殿か刑部あたりなら知っているかもしれん。明日にでも聞いて来よう。」
「あ、いや…それには及ばない。明日、風魔が来ることになっていてな。その時にでも聞いてみる。風魔も豊臣の小田原侵攻に備えて雑賀についても調べているらしいからな。何か知っているかもしれない。それに……出来れば豊臣に俺の事を…いや家康と俺が繋がっている事を知られたくはないし。」
俺の存在が広まるにはまだ早すぎる。
まだ地盤がしっかりと整っていない内に動き出すのは、己の足元を揺るがしかねない危うさがある。
もう暫く周囲が整うまでは、豊臣に――特に軍師達に俺の存在を知られるわけにはいかないんだ。
だから官兵衛にも俺の存在を口外しないよう働きかけをしたのだから。
不可思議な力を使う先見の神子としての力を見せつけ、口外したら命は無い――そう脅してまで。
もしかしたらもう俺の存在自体は認知されているかもしれないが、俺の動きが読まれていなければいいのだ。
相手は歴史に名を残す名立たる名軍師達ばかり。
少しでも気を抜いたら俺程度のレベルの人間じゃ太刀打ちなど出来ない。
だからほんの僅かな危険の芽も残したくはない。
「風魔が?一体いつの間に?」
「三河を出る前にな……新しく作った忍組織を通じて連絡があったんだ。で、俺達が大阪へ向かうと知らせたら、一度こちらに顔を出したいと言われて。何やらあちらでも動きがあったらしくて聞きたい事もあるらしいからな、明日会ってこようと思っている。」
「そうか……風魔なら孫市の動きも掴んでいるだろうし、の事も任せられるな。分かった。ワシは明日も忠勝と大阪城へ行かねばならんから、一緒に行く事は出来んが……くれぐれも気を付けてくれよ?」
「分かっている。それに忍組織の内から何人か護衛に着いてもらう事になっているから大丈夫だ。」
「そうか?ならいいんだが…………。そういえば、前から気になっていたんだがな?」
「ん?何だ?」
「新しく作った忍組織なんだが………いつまでも呼び名も無いのでは不便じゃないか?」
そう言って家康は微かに苦笑してみせる。
確かに新たに編成した忍組織には集団としての呼称を与えていなかった。
今だって『新しく作った忍組織』としか表現出来ないでいる。
そこまで考えが及ばなかった事に俺はガックリと項垂れるしかなかった。
「そうだ……全然考えてなかった……。」
「他の者達と区別する為にも何かしらの呼称は必要になると思うんだが…どうだ?」
家康の言う事は尤もだ。
とはいえ、組織名なんて――それもこの世界、この時代の事に疎い俺が相応しい呼称を考えられる訳も無く。
俺はどうしていいか分からずに頭を抱えてしまう。
俺、そういった語学的センスは皆無と言っても過言ではないからな。
「組織名………忍組織に相応しい呼称……。」
もうこうなったら、語学的創造力やセンスが無いなら既存の何かの名称を拝借するしかないんじゃないだろうか。
散々唸って、俺はそう結論に至った。
「あー……家康、『お庭番』ってのはどうだろう?変………かな??」
時代劇でもお馴染みの、将軍直属の隠密を思い出して、俺はすぐ傍の家康を仰ぎ見る。
まあ本来は江戸幕府のれっきとした役職で、その職に就いていたのは専ら御目見以上の旗本であり、忍などでは無かったらしいが、この際史実だのは置いておこう。
時代劇のイメージのままの隠密…お庭番が最もこの徳川においての忍に相応しいような気がしたんだ。
そもそもこの役職も8代将軍吉宗の時代に制定されたものらしいが、まあ早い者勝ち…という事で。
それに諜報活動をしていたという面から見ても、まあ大きくイメージが違う事もないだろう。
「『お庭番』か!成る程!確かに忍達は警護の為に城や屋敷の周囲を警備する立場だからな!」
「じゃあ、おかしくない…んだな?」
「ああ!良いと思うぞ!流石はワシのだ!!!」
そう言って家康は再び俺をギュッと抱き締める。
「わわわ…っ?!家康っ?!」
「ふふ…っ!そう狼狽えんでくれ。そんな表情をされたら益々離したくなくなるだろう?」
今更と言われればそれまでだが、こんな風にされて恥ずかしくない訳がない。
それに『ワシの』って…!
そりゃ確かに気持ちを通わせはしたが、ワシの…なんて言われると、どうして良いのか分からなくなる。
全く!何て人タラシな人間なんだ家康!!
本来、人タラシと言われたのは豊臣秀吉だった筈なのに。
なのに何でこんなにサラッと恥ずかしい事を言ってくれちゃうんだ?!
俺は顔から耳から全身までもが爆発しそうに熱くなっていくのを感じながら、ぎゅっと目を閉じて目の前の家康の寝衣に顔を埋めるようにして縋り付いた。
このままだと今夜は眠れそうにない………。