Change the future 14







「なあ家康、俺を遠ざけようとした本当の理由は分かったが……北条殿の所で話した事で俺に聞きたい事とかは無いのか?」



あれから――
お互いの想いを通わせた俺と家康は、まあ些かこっ恥ずかしいと言えなくはないが、家康の部屋でまったりとした時間を過ごしていた。
俺は、後ろから俺を抱き込むようにしている家康に寄りかかる様にして身体を委ねている状態で、包まれるような家康の体温をぬくぬくとしながら受け止めている。
確かにこんな密着している状態でまったりも無いかもしれんが、家康の傍は相も変わらず心地良いので、こうしてただ触れあっているだけでも俺の感覚はどんどんとふわついてきていた。
そんな家康の腕の中から振り返る様にして背後の家康の顔を見上げる。
それに暫し考え込む素振りを見せてから、家康は静かに頷いた。


「そうだな……何も無いと言ったら嘘になるが………。」
「アンタがこの先の選択をするにあたって必要だと思う事は、全部差し出すぞ?俺はアンタの先見(さきみ)の神子なんだから。」
「うむ……正直、何から聞けばいいのか……ワシにとってあまりに衝撃的な事が多かったのでな……。」

「そう…だろうな。なら、俺の方から幾つか絞ってみようか?」


何というか『何が分からないのかが分からない』みたいなものだろうか?
確かに家康には何も言わないまま北条殿への渡りをつけてもらったからな。
俺がどうして北条殿や風魔と面識を持ちたかったのかそれすら話していなかったし。
それに北条征伐の事や、それを成すのが豊臣である事、その軍列に自身も加わらざるをえないであろう事、黒田官兵衛の事に始まり豊臣傘下の武将の事についての知識、そしてもしかしたら自身が北条殿に成り代わり小田原を治めるかもしれない事………もう挙げたらキリが無い程の疑問が家康の中で渦巻いている事だろう。
それを一つずつ解きほぐしてやるのが俺の役目なのだ。


「まずは、小田原への豊臣の侵攻についてかな?」
「ああ、それはやはり避けられないのか?」
「恐らくな。風魔も言っていただろう?既に大谷吉継殿配下の忍を捉えていると。それが無かったのなら少しは可能性はあったかもしれないがな。俺の世界でも小田原への出兵は史実として伝えられている事でもあるし。まあ、あちらでは……北条は滅亡するがな。」
「滅亡……。」
「でも、それを避ける為に俺はアンタに北条殿への渡りをつけてもらったんだ。きっと大丈夫。」
「ああ、そうあってほしいものだ。」

豊臣傘下の武将としては今の発言は些か問題かもしれないが、これが家康の本音だろう。
むやみやたらに力を振りかざす事を良しとしない家康らしいと思いながら、俺は小さく笑みを浮かべた。


「それで、北条が滅びの道を辿らぬようワシは何をしたらいいんだ?」
「そうだな………それは三河の国主としての言葉か?それとも俺を助けてくれる一人の友としての言葉か?」

「………………今はお前の友としてだ。ワシは、お前の為に何か出来る事はあるか?」


そう言って家康は、振り返っている俺の額にそっと唇を落とす。
おいおい……これじゃ友というより想い人じゃないか。
まあ確かに額への口付けは友情の意味があるとかいう話もあるが、家康がそんな事知っているとも思えんし。
でもまあ、三河の国の国主としての立場で無く、一個人として出来る事を問うてくれた家康の気持ちは純粋に嬉しかった。

「そうだな………そうしたら、今度は黒田官兵衛殿にお会い出来る機会を作ってもらえると助かる。」
「官兵衛と?」
「ああ、確かに北条殿へは色々と布石を打つ事が出来たが、一方だけでは充分とは言えないからな。今度は官兵衛殿へ先見の神子として会える機会を持ちたいんだ。後々の為にも。」

確か黒田官兵衛はアクションゲームの世界では、関ヶ原において西軍側として家康の前に立ち塞がっていたようだが、史実では比較的東軍に有利になるような動きを見せていた筈。
史実では息子の長政は東軍につき関ヶ原において多大なる活躍をしたというし、その頃官兵衛自身も九州を平定しており、それが後々徳川の有利となったというのも有名な話だ。
勿論、その後の江戸幕府樹立後も外様としては格別な待遇を受けていた事を考えれば、徳川にとって黒田は重要な存在であると言っても過言ではないだろう。
この世界でも北条滅亡回避の為だけでなく、その点においても繋がりを深くしておくに越した事は無い。
それに、家康が謂れなき誤解を受けるきっかけとなった四国壊滅も、元を糺せば豊臣勢の働きかけに従わざるをえなかった官兵衛の手によるものである訳だし、それを回避させる為にも官兵衛には何としても接触しておきたい所だ。


「………………官兵衛か………。」

「何だ?流石に豊臣勢への接触は難しいか?」
「いや、そういう訳ではないんだが……。」

何やら思う所があるのか、言葉を濁す家康。
それに目を瞬かせていると、苦笑気味に家康が眉尻を下げた。


「官兵衛は少々変わり者でな。その上、才知は半兵衛殿に勝るとも劣らん。まあ、時折妙な方向へ突っ走る事もあるが……そんな官兵衛が素直にワシらと会ってくれるかと思ってな。」


あいつは妙に鋭い所があるからなぁ――そう言って笑う家康は、自身の短く揃えられた髪をガシガシと掻き混ぜる。
その家康の言葉に、俺は成る程…と小さく頷いた。
確かに俺が目にしたアクションゲーム内での黒田官兵衛は、何というか……一癖も二癖もある野心家の男といった感じだった。
その黒田官兵衛が、いくら家康の仲立ちがあるとはいえ、何処の馬の骨とも知れぬ俺にそう簡単に会ってくれるとも考えにくい――そういう事か。
特に人の行動には裏があると考えているタイプの人間なら、その裏の裏までも考えて行動するだろう。
そう簡単に近付く事は出来ないという訳だ。

「そうか…………分かった。それについては俺に考えがある。上手くすれば官兵衛殿を引っ掛けられるかもしれない。」
「おいおい、引っ掛ける…か?」
「ああ。俺の場合、ペテンみたいなものだからな。」
「ぺてん??」
「あ、そうか。ええと………詐欺と言えば分かるか?」
「ああ!つまりは官兵衛を騙す方法があるんだな?」
「人聞き悪いな……でもまあ、間違ってないか。」

面と向かって勝負しても勝機が無いなら、ペテンでも何でも使ってやるさ。
俺にはそれ位の力しか無いのだし。
ただ、家康に自分がそんな浅ましい男なのだと思われるのは…やっぱりそう嬉しい事じゃない。
俺は家康の顔を見ていられなくてそっと俯いた。


?何で顔を伏せる?」

「俺、アンタに相応しくない男だと思って……。」
「相応しくないって……の何がワシに相応しくないというんだ?」

「俺……純粋でも高貴でもないし、ペテンとしか言いようのない浅ましい手段や、画策するような事しか出来ない。信念や矜持なんてものも持たない。そんな俺がアンタに相応しいなんて…言えるわけないだろう?」


そうだ…家康に相応しいのは、やはり誇り高く純粋で、信念を持ちまっすぐに生きていくような……そんな人間じゃないか。
少なくとも俺のような人間じゃ無い筈だ。
俺は頭の中に浮かんだ家康に関わりのある人物の姿を思い、その己との差に大きく息をついた。
家康に相応しくない自分。
そうなれない自分。
隣に立つに相応しい誰か――。
人の事が羨ましいと、それもアクションゲームの中の登場人物と思しき人間を羨ましいと思う日が来るとは思わなかった。



、次に同じ事を言ったら、ワシ怒るからな?」



どこか怒気を含んだ厳しく響く声音に、俺は慌てて伏せていた顔をあげる。
いつの間にか緩んでいた、俺を抱き込んでいた家康の腕。
そのまま背後の家康へくるりと向き直ると、眉間に皺を寄せた家康が些か不機嫌そうな表情を浮かべていた。
ああ、これは『竹千代』の表情だ。
己の感情を国主の仮面で隠しがちな家康の見せる、ハッキリとした感情の波。
そんな表情一つにも――こんな表情はなかなかお目に掛かれないなぁなんてボンヤリ考えるあたり、俺も大概家康の事しか考えていないと内心で苦笑してしまう。
しかし、そんな俺に家康は厳しい表情を崩さないまま、俺の両頬をその大きな手で包み込んだ。


「たとえ自身でも、ワシの大事な人の事をそんな風に言うのは許さんぞ?」
「家康……。」

「ワシの大事な人は、理知的で聡明で懐深く、いつもワシの事を考えてくれる優しい人だ。常に広い視野を持ち、ワシに沢山の事を教えてくれる。だが決して奢る事無く、全てに全力で取り組み、いつもワシを助けてくれる。そんなワシの大事な人をそのように貶めるような事を言うのは、…お前であってもワシは許せん。」


そう言って家康は俺の瞳を、その琥珀色の瞳でじっと見据える。
その向けられる言葉に、表情に、瞳に――俺はどうしていいのか分からず眉尻を下げる。
だってそんな優しい事言われるなんて思ってもみなかったんだ。
俺が大した人間じゃないってのは事実だ。
でもそんな俺を家康はこんな風に評価してくれていた。
そして俺が俺自身を卑下し貶める事を許さないと言ってくれた。
俺を俺以上に評価し、思ってくれていたなんて……本当に想像もしなかったんだ。

「分かった………ごめん…家康。」
「分かってくれればいい。もうワシに相応しくないとか、己を貶めるような事は言わないでくれよ?ワシが辛いからな。」

向けられた声と視線はもういつもの柔らかなもので。
俺は目を伏せたまま無言でこっくりと頷いた。
そんな俺に家康は小さく笑うと、正面から俺を抱きしめると俺の髪に口付けを落とす。


「さあ、この話はここまでだ!話を戻そうか。官兵衛の事だったな?よし、に何か策があるならワシはそれに従って官兵衛と話せる機会を作ろう。幸い、近い内に一度大阪へ行く機会がある。官兵衛も来る筈だ。官兵衛との顔合わせはその時でどうだ??」

「ああ、それで頼む。」
「うむ了解した!それにしても豊臣がな……未だ西方も平定しきれてはいないが…何れはその時が来るのだろうか…。」

「何も相手を滅亡させる必要は無いんだ…難しい事じゃないだろうな。島津・大友は官兵衛殿の機略でそのまま一種の同盟のような形で敵対勢力では無くせるだろうし、毛利は竹中半兵衛殿か大谷吉継殿の手腕で同じくそのままの形で豊臣に恭順という形になるだろう。長曾我部は四国一国での反抗は難しいだろうから否が応でも舵取りの方向性が定められる。前田は基本中立だろうが…主家であった織田が倒れた今、中立という名の恭順となるだろう。武田は今主が臥せっているというし、弱体化した国力を立て直す事が優先で豊臣の勢力に反抗出来るだけの力は無いだろうな。上杉も前田と同じく立場はほぼ中立だろうし、武田信玄殿が表舞台に居ない今、自ら表舞台に出るような事はあるまい。雑賀は豊臣との契約が進んでいるだろうし、伊予河野の姫巫女殿は軍師殿達の策謀を見抜けるとも思えん。実質取り込まれる可能性が高い。心配なのは松永、そして足利だが、この2人が自ら事を起こすとは思えんし今後の動きはどう転ぶか正直今は分からん。だが暫くは静観している可能性は高い。表向き恭順という形を示してな。小早川は元より豊臣に叛するとは思えんし、織田の残党は…言わずもがなだしな。こう考えれば、西方はそう遠くない内に落ち着くだろう。後は東国…関八州から北方方面という訳だ。」

「……………相変わらず鋭い観察眼だな、。」


捲し立てるように持論を展開させた俺に、参ったというように苦笑して家康は口元を緩める。


「そうか?俺のコレはただの情報の分析と考察にすぎないが…。」
「しかし、それがなかなか出来んのだから、やはりそこがの凄い所だ。」

そこまで持ち上げられると、かえってくすぐったいというか何というか。
俺は気恥ずかしさで熱くなった頬を押さえつつ視線を逸らすしかなかった。


「と、とにかく!俺の稚拙な考察はさて置き、西方を平定した豊臣がいずれは東国へ兵を進めるのは自明の理だからな。家康、アンタも少なからず準備はしておいた方がいいだろう。」

「ああ………ワシも小田原への出兵に加わる可能性が高いのだったか…。」
「加わるかどうかは………………アンタ次第だ。」

準備は小田原への参陣の為のものとは限らない。
もしかしたら豊臣を討つ為の準備となるかもしれないし、豊臣を離脱する為のものとなるかもしれない。
予定通り小田原征伐の準備を整えるのも選択の一つだろう。
しかし、それを決めるのは家康自身なのだ。
出来れば史実と同じ流れは辿りたくないというのが俺個人の意見だが、それは俺がどうこう言える事ではないし。
俺は家康が選んだ先の未来で、より良い方向へ、家康が苦しまない方向へあらゆる手段を講じるだけの事だ。


「ワシ…次第??」
「ああ、アンタがそれに従うかどうかはアンタが決める事で、全ては可能性の一つに過ぎない。出兵に加わる未来も、加わらない未来も、それ以外の未来も全部存在するしな。」
「……その幾つかの未来を…教えてはくれないのか?」
「教えても構わないが、俺が差し出せるのはそれら複数の異なる世界の可能性だけ。何が正しくて、何をどうするべきなのか、どう選ぶのが一番なのかは俺が決める事じゃない。だから俺が言えるのは全ての世界の結果論だけ。それでも良ければ俺の知る全てを差し出すよ。どうする?」
「…………………。」

俺の言葉に暫し沈黙してから、家康は抱き込んでいた俺をそっと引き離す。
そのまま俺の顔を覗き込むと、家康はどこか困ったような表情を浮かべて首を振ってみせた。


「いや、それはワシが熟考しなくてはならない事なのだろう。そういえば、お前は一度としてワシの進む先を指示した事は無かったな。未来を知る者として『こうあるべきである』とか『この選択をするべきだ』と一切言う事なく。いつもワシに選択を委ね、そのワシの判断を尊重してくれる……。だからワシは己の手によって選ぶ未来に責任を持たねばならん。の神託に甘えるようでは、天下泰平など望むべくもない。」


そう言って笑う家康の表情は酷く穏やかで、そしてその瞳には大きな決意の光が垣間見えていて、俺はその精悍な顔を眩しいものでも見るように見つめる。
そうだ。俺が何を言おうとも、どうこう画策するまでも無く、この人は艱難辛苦の中からでも立ち上がり、己の目指す先へ己自身の足で歩いて行く人なのだ。
当然苦しまない訳は無い。
それが分かっていても、この人は己の足で歩く事を止めない。
だからこそ俺は家康の進む茨の道を薙いでやりたいと思ったんじゃないか。
俺は徳川家康という男の偉大さと、人となりの深さを改めて感じて、目の前の逞しくも暖かな身体を抱きしめた。
いや、抱き締めずにはいられなかったんだ。


「どうした?」

「ははっ…!惚れ直した!」


これはもしかしたら想い人としてというよりも、一人の男として偉大なる男への敬愛と尊敬の念に近いものかも知れないけれど。
まあ、惚れるってのはあながち間違いじゃないと思う。
人として、男として、想い人として、友として――そのどれであっても、この人の事を深く特別に思う心は、惚れていると言ってもおかしくないだろう。


「アンタならどんな選択をしても大丈夫だ。俺はアンタの選ぶ未来を信じている。」
「………ありがとう。ワシはお前が誇れるような寵児となれるよう、全霊を掛けて臨もう。」

「ならば、俺はアンタに俺の全てを捧げよう。先見の神子としての力も、という一人の男として持ち得る全てのものを家康、アンタに――。」


俺の持つものなど高が知れてるし、俺の捧げられるもので家康の役に立つものなどそうは無いけれど。
でも俺の知識も情報も先見の神子という虚像の力も、そして俺のこの身も心も全てアンタの為に。
俺の存在の全てをもって俺はアンタの為に生きよう。
俺は抱き締めていた家康の頭を引き寄せて、その瞼に唇を落とす。
そして傷にまみれた手の甲に、指先に想いの丈を込めて口付けていく。
たとえこの先、アンタが選択した未来を嘆く日が来ても、辛さや悲しみに沈み込む日が来たとしても、それでも俺はアンタの選択を信じる。
悲しみも辛さも苦しみも、それを知りそれを乗り越えた人の笑顔にこそ何よりも強い力が宿る筈だから。
そんなアンタを――誰もが歴史の寵児として、そして世界を照らす光として認める日が来るよう、俺は全力を尽くすから。
だからアンタはどうか少しでも幸せで居て。

俺の唇が触れる度にくすぐったそうに、そして照れくさそうに笑う家康。
そして俺の想いに行為に応えるようにして、同じように俺に口付けを落として行くと、家康は最後にもう一度俺の身体を抱きしめた。



……ワシの愛しい先見の神子。ワシの全てもお前と共に――。」



囁くその声は俺の中に深く沁み込んでいって。
俺はこの暖かく愛しい太陽を守る事を改めて誓いながら、その大きな背中に腕を回したのだった。




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