Change the future 13







あれから北条殿のもてなしを受けた俺達3人は、名残惜しいと残念がってくれる北条殿に礼をして夕暮れ前に小田原城を後にした。
出発時の時のような高速飛行を避けてくれた2人のおかげで、三河へ着く時間は大分遅くなってしまったが、そのおかげで俺も今回は何とか体調を崩す事無く無事三河の地を踏む事が出来た。
本来なら常に多忙な家康は、城に戻ってもそのまま城を空けていた間の執務やら報告やらに時間を割くはずだったが。
しかし、今日はいつもと様子が違っていた。
流石に家臣達の前では国主の仮面を被り、貼り付いたような笑顔を見せてはいたが、やはり何か思う所があるらしく、今日の分の報告は明日にして欲しいと部下に告げると、少し疲れたようだと笑って私室に向かった。
その家康の様子に流石に放っておくことも出来ず、俺は戸惑いがちな家康を半ば強引に言いくるめて家康の私室に陣取った。
自分の部屋から布団一式を持ち込んで。
そんな俺の様子に、流石に俺の警備についていてくれている忍が困惑の表情を浮かべたが、俺は拝み込んでそれを見逃してもらった。



?一体どうしたんだ?」

それはこちらの台詞だ――そう思いながら俺は俺の行動に戸惑いを隠しきれない家康が俺の顔を覗き込んでくるのをじと目で見上げる。
正直、最初は少し様子を見ていたのだ。
北条殿の所で俺に聞かされた話は、家康にとって寝耳に水の事が多かった筈。
色々聞きたい事も、問い詰めたい事も、疑問に思う事もあっただろう。
だからこそ、城に戻ってからは家康と一対一で話し合う時間が必要になるだろうと思っていたのだ。
それがどうだ?
声を掛けられるどころか、俺にもあの貼り付いた笑顔を向けて、挙げ句に『も疲れただろう。今日はゆっくり休むといい』ときたもんだ。
俺はもう何度言ったか知れない。
俺の前では心を押さえ込んで偽りの仮面を向けるなと。
もし俺がその仮面を本物と見ているなら構わないさ。
でも、俺は家康が本心で笑顔を浮かべているのではない事を知っている。
だから何度も何度も言っているのに。
でも家康は今回も俺を他の家臣の人達と同じように、その国主の仮面の向こうから見ていて。
だから俺は今回こそ、その身に俺の言葉を理解させてやるべく、こうして家康の部屋に乗り込み居座っているというわけだ。


「どうした?それはこっちの台詞だぞ家康。」
「え?ワシが……一体どうしたというんだ?」
「ほう?まだそう言うか。」

「え?わ、ワシ何かしたのか?!」


コイツ…!まだ言うか?!
今は流石に作られた笑みは浮かべていないが、自分が俺にした態度と表情を自覚していないとでもいうのか?!
何やら本気で困っているような節に、俺は盛大な溜息をつく。


「アンタ、俺に何か言いたい事は無いのか?!」

「――――ッ?!」


そう言ってみせれば、家康の肩がビクリと跳ね上がる。
ほらみろ。やはり北条殿の所で耳にした事で思う所があるんじゃないか。
なのにまるで俺を遠ざけようとするみたいにそそくさと俺の傍を離れようとした。
国主の仮面を被って、何でも無い事のような顔をして。
俺がそれに気付かないと、本気で思ったのか?
俺は、マズイ事になったと言わんばかりのいつにない家康の素振りに、身体の前で腕を組んで目を眇めると、琥珀のような家康の瞳をじっと睨み付けた。



「アンタ、何回言ったら理解するんだ?俺にアンタの国主の仮面は通用しないって。だから俺の前で気持ちを押さえ込むな――と。アンタ、思っている以上にバカなのか?!それとも天然なのか?!」



何かいい加減、無性に腹が立ってきた。
俺は困ったように視線を彷徨わせる家康の陣羽織の胸倉を力づくで掴みあげる。
そしてそのままこちらに引き寄せると、唇が触れそうな程間近に迫った家康の慌てた顔を睨んでみせた。


「アンタ俺を遠ざけようとしただろう?俺に読み取られまいとして。だから俺に貼り付けた笑顔を向けたんだよな?」
「あ、いや……その……。」

「本当は色々聞きたい事があったんじゃないのか?でもアンタは1人で抱え込んで、俺までも遠ざけようとする。そりゃアンタに良く考えて自分の道を選べと言ったさ。だがな、俺は感情を押さえ込んで1人で抱え込めと言ったんじゃない。だから俺は、今夜はとことんアンタが納得するまで付き合うつもりだったんだ。アンタが自分の道を選ぶ為に必要な事は何だって差し出すつもりだった。なのにアンタは何度言っても俺の言葉を理解しない!」


もういい加減堪忍袋の緒が切れそうだ。
いや、別に家康を見放すとかそういった事ではないが。
ただ今回こそは、家康に俺の言葉を理解させるべくとことん刷り込んでやろう!そう思っていた。

「え?ち、違うんだ!!ワシは別に北条殿の所で聞いた事でを遠ざけようとしたわけでは…!」

「ほら見ろ、やっぱり遠ざけようとしていたんじゃないか。」
「いや!それは…っ!」

墓穴を掘った家康があたふたとする様は――何というか年相応の青年のようで。
俺は小さく息をつく。


「結局こうして俺にバレて捉まっていれば本末転倒だろうに。」
「………………いや、だから違うんだ……。」
「だから何が?」
「……………はぁ………ワシがから離れようとしたのは……その……1人で考えたい事が…あってだな……。」
「だから、1人で抱え込むなと――」


「違うんだ!!ワシが考えたかったのは、お前の事なんだ!!!」


半ばヤケクソといった感じで叫ぶ家康に、俺は目を瞬かせる。
俺の事を考える??
一体俺の何を考えるというんだ?
俺はどこか少年のように頬を染めながら視線を逸らす家康の姿に、首を傾げずにはいられない。
いやまあ確かに俺の存在自体は不可解なものだろうし、そんな俺の事を改めて良く考えようとするのは分からなくもないが。
でも何でそんなにバツが悪そうな顔をするのか。


「俺が……何か問題あったか?」
「いや、そうじゃなくてだな……。」
「なら俺が北条殿の所に行くまでに詳しい話をしなった事に思う所があったとか?」
「違う………。」
「なら俺の何を考える必要がある?俺はアンタの敵になったりはしないぞ?」


もう何が何やらさっぱり理解出来ん。
俺は当初の怒りは何処へやら、すっかり牙を抜かれた状態で目の前の家康を眺めた。

「北条殿の所で言ったが………ワシはお前を友だと…そう…思っていて……。」
「ああ、対等な友でありたいと…そう言ってくれたな。」
「あの時、ワシは確かにそう思っていた筈なのだが………だが、心のどこかで違和感を覚えている自分が居ってな……。」

そう言って家康はそっと目を伏せる。
俺は掴んでいたままの家康の陣羽織から手をを離すと、皺の入った陣羽織を軽く手で伸ばした。
ああ、そういえば俺もあの時家康の言葉に違和感を感じていたっけ。
大事な友、対等な友――それは俺の事じゃないのではないかと。
その違和感を、言った当人すら自覚していたのか。
ならばやはり俺の感じた違和感は、俺の予想は正しかったという事だ。
家康が求めているのは別の存在との縁。
そしてその先にある未来。
それが分かっただけでも、家康の部屋に乗り込んだ甲斐はあったというものだろう。
どこか胸の奥深くが重く疼くような気がするのは――そう、よくある事だ。
生きていく上で人と関わって生きていれば感じる事のある感覚だ。
そう珍しい事じゃない。
俺はそっと目を細めると家康の僅かに熱を帯びた頬に手を伸ばすと、小さく頷いてみせた。

「良かったじゃないか、それに気付けて。本当に求めている友が他に居る事に気付けたのだろう?」

ならその存在との未来を目指す事が家康の本当に望む未来じゃないか。
その未来を俺は掴み取る為に動く事が出来る。
そう、具体的な方向性が見えてきたって事だ。
家康にとっての光明、それを俺は喜ばないと。


「……そういう事じゃないんだ。ワシは……ずっとお前の事を友だと、そう思おうとしていたんじゃないかと……そう……気付いて……。」
「だから俺に本当の友との関係を投影していたのだろう?仕方ないさ、アンタは国主という立場上、そう簡単に心からの友を作れるような環境には――」


「違う!!!!!!」


想像以上に強い家康の叫びに。
俺は一瞬ピクリと跳ね上がる。
その俺を見詰める瞳には思いつめたような何かが見えて、俺は言葉を失った。
何なんだ一体?
何が違うというんだ?
俺との関係を友人関係と思いこもうとしていたって事じゃないのか?



「ワシは――ワシは、お前をもっと特別に感じているんだ。だからお前に――」



そこまで言って家康はハタ――と我に返ったように口を噤む。
何か言い掛けていた事は分かるが…それを口にすべきでないと踏んだのだろう。

「俺に――何だ?」
「あ……その……いや……。」

再び言葉を濁す家康。
全く…これじゃ要領を得ないな。
俺は溜息をつくと再び家康の陣羽織の襟首を両手で掴むと、逃げられないようにこちらへ引き寄せる。
いくら家康が俺より強い力を持っているとはいえ、この体勢なら流石に俺でも振りほどかれる事も無い筈だ。
家康が本気で俺を拒絶でもしない限りは。


「お、おい!っっ?!」


改めて近付いた距離に家康が慌てたように声をうわずらせる。

「どうした家康?さっきから要領を得ないぞ?何か思う所があるなら言ってくれ。俺はどんな形であれ、アンタの味方だ。アンタの思いを否定したりしない。例えアンタが俺を友だと思えなくても――。」

「……………そんな事を言うな。ワシは……お前を困らせる事を口にしてしまう。」
「困らないさ何も。アンタがどんな選択をし、どんな未来を選ぼうとも。俺はその為に居るのだから。」

…………。」

ほんの一瞬、家康の深い琥珀の瞳がギュッと細められて。
まるで泣きそうな顔をしたと思った次の瞬間、俺は掴んでいた陣羽織の襟首から手を解かれると、俺以上に力強い腕の中に閉じ込められていた。



「い、いえや……す?な……何?」



突然の家康の行動に、俺は固まったまま身じろぐ事も出来ない。
何で俺は家康に拘束されてるんだ?
いや、拘束じゃない。
これは寧ろ…抱き締められているという感じだ……。
家康が俺を?何で?どうして?


「だから言ったんだ…お前を困らせてしまうと。ワシは……、お前をこうしてこの腕に閉じ込めたくてたまらないというのに。」
「何を……言って…?」

「お前がワシの為に生きる事を選んでくれてどれだけ嬉しかったか……北条殿の元へ向かっている時、の体温を間近で感じられてどれだけワシが心躍ったか…。」


耳元で紡がれる低く響く声。
確かに前からイイ声をしているなぁとは思っていたが、こうして耳元で囁くようにされると流石に堪らない。
その甘さすら感じさせる声音にフルリと震えが走る。
それに気付いたのか耳元でクスリ――と笑う気配がした。


?ワシはお前を失いたくはない。いつか天下を平定した後、お前がワシの元を去り元の世界に戻ってしまうかもしれないと思うと、このままいつまでも天下の行方が定まらねばいいと心の片隅で願ってしまいそうな自分が居るんだ。」
「……………でも、アンタはそうしない……だろ?」

「はははは…本当にには見破られてばかりだ……。確かにこの歩みを止めるつもりはない。だが、その一方でお前と共に生きていきたいワシが居るのも確かなんだ。ワシは1人の友としてだけではなく、お前と生涯を共に生きていきたい。天下を平定した先…、お前と笑っていたいんだ………。」

「生涯って………俺、男だぞ??」


思いもしなかった言葉に、俺は目を見開いた。
だって家康には国主様としてお家安泰の為にお世継ぎを残さないといけない責任がある筈だ。
いずれ天下の将軍様となれば、それは一国主以上に責任も重くなる。
誰もが平和が長続きするよう、お世継ぎを求めるのだから。
その皆の望みを家康が無下に出来るとも思えない。
そうなれば、お世継ぎを成せる女性達を娶らなくてはならなくなる。
俺なんかと生きる道なんて、無い筈なのに。
その現実を告げると、家康はふるふると首を振ってみせた。

「もしワシが天下を治める事が出来たとして、ワシ亡き後の天下は………最も相応しい者が治めるべきだ。それがワシの血を分けた嫡子となるとは……限らんだろう?」

本当は国主としてそれではいかんのかもしれんがな――そう言って笑うと、家康は俺を抱き込んでいた手を緩める。
そして俺の瞳を覗き込むと、静かに口を開いた。

「ワシは他の誰でもない、……お前と生きたいんだ。」
「家康……その事を……考えていたのか?だから俺を遠ざけようと…。」
「だから言っただろう?お前を困らせてしまうと。だが、これがワシの本当の想いだ。」
「俺は………。」
「いいんだ、。ワシはこれ以上お前を困らせたい訳でもワシの想いを強要したい訳でもない。」

「そうじゃない家康。俺はアンタが俺の事を友だと言ってくれた時、嬉しさを感じていたんだ。けどそれと同時に違和感も感じていた。アンタが俺を他の誰かの代わりとしたがってるんじゃないかって。でもアンタが笑っていられるなら、幸せになれるならそれでいいと思った。思ったけど………思おうとしたけど心の奥深くにある疼きは消しようも無かった。きっと俺の感じた違和感はアンタだけじゃなく、俺自身にも向けられていたんだな。」

「それは――」

「…………うん、俺もアンタが大切なんだ。友である以上にずっと……。」


友であるだけなら、アンタに見詰められて切なくなることも、アンタに触れられて鼓動を早める事も無い。
アンタが他の人間を求めていると思うだけで苦しくなることもない。
そうでなけりゃ、自分の部屋に籠って情報を集めていた時も、この世界に戻りたい――家康の元に戻りたいなんて思う訳もないだろう。
俺はきっと誰もが求めてやまない太陽に焦がれているのだ。


………ワシの想いを受け入れてくれるのか?」

「言っただろ?どんな形であれ、俺はアンタの想いを否定はしないって。だって俺もアンタと同じ気持ちなんだから。」
――――!!」


驚きとも喜びともつかない表情を浮かべた家康が恐る恐る俺の頬に触れてくる。
それに笑って、俺も家康の首元へ手を伸ばすと静かに目を閉じる。
次の瞬間唇に触れた熱は、俺の心の奥深くの疼きを癒してくれるようだった。




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