Change the future 10







風魔が家康の書状を手に三河を去って数日後、俺と家康が小田原へと向かう日がやってきた。
俺は必要となるであろうアレコレを持参してきたデイパックに詰め込むと、既に準備万端で忠勝の傍でスタンバイしている家康の元に急いだ。
とはいえ、俺の足取りは酷く重い。
本当に忠勝に乗って三河から小田原まで行くつもりなんだろうか。
予めプレイ動画で家康が忠勝の背に乗っている所は見ているが、実際自分が体験するとなるとこれまた話は別だ。
正直、俺自身アレに耐えられる自信は皆無なんだが。
どう考えてもあのスピードで飛行されたら、あっという間に吹っ飛ばされて落下するのは目に見えている。
だというのに、よくもまあ家康は平気な顔して突っ立っていられるものだ。
些かこの先の不安に押し潰されそうになりながら向かった庭先で盛大な溜息をつくと、その俺の様子に不思議そうに家康と忠勝が顔を見合わせた。


「どうした?何か心配事か?」
「あ、ああ…まぁ………なあ家康、本当に忠勝に乗って行くのか?」
「そのつもりだが…何だ?それが心配事か?」
「だって俺は家康みたいに忠勝の背に乗るのは慣れてないんだ。落ちないで小田原まで行ける自信は無い。」

「はははっ…!何だそんな事を心配しておったのか?それなら心配はいらん。ワシがしっかりを支えているから。何があっても絶対にを離したりはしないさ。ワシを信じてくれ。」

そう言って笑う家康がひょい――と忠勝の背に飛び乗り、俺に向かって手を差し伸べる。
その差し出された大きな手に戸惑いながらもおずおずと自身の手を乗せると、家康はそのまま俺の手を掴んて勢い良く俺を忠勝の上へと引き上げた。


「わ…ッ?!わわわわわ?!?!?」

「おっと!」


勢い余ってというか、バランスを崩してというか。
引き上げられた俺はそのままの勢いでよろけて大きく体勢を崩す。
そんな俺を咄嗟に抱き留めるような形で支えてくれたのは、当然の事ながら家康なわけで。
まるで家康の胸に縋り付くような形になってしまった俺は、あまりの羞恥と情けなさにおもわず赤面せずにはいられなかった。
いくら俺の方が家康と比べて遥かにひ弱とはいえ、同じ男である家康にこうも簡単に支えられて、その上まるで抱き着くみたいに家康に縋り付いてしまうなんて流石に恥ずかしいというかなんというか。


「大丈夫か?」

「う………ぇ……あ…ああ、だ、だいじょ…ぶ……。」
「ふふっ……何だ?不安か?」
「え、いや……その……。」
「ならこうしてワシに掴まっているといい。ワシもを支えているから。」

その言葉と共に、家康の太い腕が俺の腰に回される。
そしてそのまま俺の腰を引き寄せると、俺を逞しいその肩口にぎゅっと抱き寄せた。
驚いて固まる俺の頬に触れる家康の肩の感触。
力強いその感触と思いもしなかった状況に、俺はただただ呆然と固まるしか出来ない。
いや、だってこんな体勢で一体どうすればいいというんだ?
いくら何だって抱き着くとか…!

?」
「え?あ?!」
「ほら、掴まってくれ。」

「掴まる…って……。」


促されるものの、本当にこのまま抱き着けとでもいうのか?!
この状態だと他にどうにも出来そうにないぞ!
とはいえ、予定通りに小田原へ向かう為にはいつまでもこうしている訳にもいかず。
俺は内心で悲鳴をあげながら、真っ赤になった顔を隠すようにして家康の肩口に額を押し付けると、右腕を家康の首に回して、左手で家康の胸元の陣羽織の淵を掴んだ。
ああもう!何でこんなこっ恥ずかしい目にあわないといけないんだ?!
これじゃ本当に家康に抱き着いている状態じゃないか!
しかし、そんな俺のゴチャゴチャした内心の葛藤は、あっという間に霧散する事になる。


「よし!それでは行くぞ、忠勝!」


家康のその声に反応するように忠勝からモーター音のような音が聞こえて。
次の瞬間、俺達は息も止まりそうな程の叩きつけるような強風に包まれたと思うと、遥か上空を物凄いスピードで飛行していた。
その襲い来る風圧の凄まじさといったら!
あまりの風圧に咄嗟に目を閉じて、目の前の家康に今度こそ本気で縋り付く。
確かに生身での高速飛行は厳しいとは思っていたが、まさか初っ端からこんな目に遭おうとは!
これじゃしがみ付いているのが精一杯で、恥ずかしいとか何とか言ってられやしない。
俺はもう恥も外聞もなく、目の前で俺をずっと支えてくれている家康の逞しい身体にひたすらしがみ付く事しか出来なかった。

そしてどれくらいの時間が過ぎただろう。
半ば気を失いかけた頃になって、家康が俺の頬をペチペチと軽く叩いた。


?大丈夫か?もう少しで小田原だ。」

「い……いえや……す…?」

「大丈夫か?少し無理をさせてしまったか?」
「悪い……俺……。」

ぐったりと家康に身体を預けた状態で俺は家康の顔を見上げる。
三河を出た時よりも大分飛行速度は緩やかになっているとはいえ、長時間上空を高速飛行していた精神的・肉体的負担は俺の体力と精神力を削るのには充分で。
俺は心配そうに俺の顔を覗き込んでくる家康に笑ってみせる事すら出来なかった。

「顔色が悪いぞ!」
「ああ……ちょっと…な。」

俺の頬に触れた手がそろそろと頬を滑っていく。
些か血の気が遠のきかかっていた俺には、その家康の大きくて暖かな手の温度と感触は酷く心地良くて。
俺はそれにすり寄る様にして熱を求める。
傷だらけてゴツゴツとしたその感触は決して滑らかで触り心地の良いものとは言い難かったが、その暖かさは今の俺にとっては何よりも心地の良いものだった。


「気持ち……いい………家康の……手………。」
「すまない!ワシがもう少し早く気付いていれば…!」
「いや…俺…が、弱すぎた……だけ……だ。情けない…奴で………すまない…。」


俺、こんな事で家康を助ける事など出来るんだろうか?
この戦国の世ではもっと過酷な事など山ほどあるだろうに。
俺が家康を助けるとか、新しい世界を切り拓くとか偉そうな事言っていても、これじゃ役に立つどころか足を引っ張っているだけじゃないか。


「そんな事は無い!ワシがもう少し考えるべきだった。との遠出に浮かれていて、の身に掛かる負担の事まで思いを致せなかった……お前を苦しめる事になってしまって…ワシは……!」


そう言うと家康は俺の額にコツリ――と己が額を合わせる。

が近くに在る事、こうして触れられる事…それが嬉しくて舞い上がっていたようだ。本当にすまない。」
「家康……。」
「どこかで少し休んでいこう。忠勝!!どこか休める所を探してくれないか?!」
「でも……北条殿の所に……急がないと…。」
「今はそれよりもの身体の方が大事だろう?なに、北条殿も事情を話せば分かってくれるさ。」


そう言って家康はそっと目を細めた。
このまま小田原に着いても今のままでは俺は使い物にならないだろうし、回復するまでの時間を取れるのは正直ありがたい。
俺は家康の厚意に甘える事にして大きく頷いてみせた。

「休める所が見つかるまでもう暫く辛抱してくれ。ほらもう少しワシに寄りかかるといい。」
「ああ…すまないが、そう…させてもらう…。」

強がったところで、今の俺は自分の力で立つ事すらもままならないのだから。
俺は申し訳ないと思いつつも全身の力を抜くと、くったりとした身体を家康に預けた。
それにしても……家康の身体は何て心地いい体温を宿しているんだろう。
まるでぽかぽかとした陽射しの中、日向ぼっこをしているような感覚すら感じられる。
そういえば、家康と一緒に寝た時もあまりの心地良い暖かさにいつの間にか意識を失っていたっけ。
心地良いのは家康の醸し出す雰囲気とか空気とか、そういったものだと思っていたが、どうやらそれだけでなくこうして感覚的な――肉体的なものも心地良さを感じさせる要因の一つだったらしい。
何というか……本当に家康は太陽のようだ。
勿論、皆を照らすという点においても『東の照』と言われるだけあって家康は太陽らしいと言えるが、本当に家康の傍は陽だまりのような感覚がするんだ。
俺は変わらず吹き付ける風の中でも俺を少しでも楽にさせようとしてくれる家康の暖かな腕の中で、苦痛ではなく心地良さで意識が遠くなっていくのをどこか他人事のように感じながら――いつしか意識を手放していた。



















「ん――――ぅ?」

?」
「いえ……や…す……?」
「目が覚めたか?!?!」
「あれ?俺は……??」
「長距離の移動がの体温を奪っていたらしくてな。途中で気を失ったんだ。」

「ここ…は?」


周囲を見回してみれば、いつの間に降りていたのか、穏やかな小川の川縁で俺は家康にもたれ掛かるようにしていた。
そのすぐ傍で忠勝が心配そうに俺を覗き込んでいる。
ああ、俺が眩しくないように影になってくれているのか。


「大丈夫か?どこか辛い所はないか?」
「あ、ああ……おかげさまで大分調子がいい。」


まるでさっきまでの不調など嘘だったかのような感覚。
身体が楽な事もあるが、意識も大分スッキリしている感じだ。

「そうか良かった!流石は風魔の気付け薬だな!」
「風魔??」
「ああ、が気を失っている間にワシらを出迎えに来てくれていた風魔がワシらを見付けてくれてな。事情を話したら気付け薬を分けてくれたんだ。」

なるほど。この爽快感は風魔の気付け薬のおかげという訳か。
確かに現代でも某社の気付け薬は血流を良くしたりして体調を改善させたりするらしいし、意識をハッキリさせる効果もあるようだしな。
しかし、俺はそんなものを口にした覚えなど一切無いんだが?
不思議に思って家康に問えば、俺が意識を失っている時に飲ませたのだという。
まあ俺が記憶に無いのだからそうなのだろうが…何やら問うた時の家康の様子が些かぎこちないのが気に掛かる。
何というか…目が泳いでいるとでもいうか…。
不思議に思いはしたものの、すっかり良くなった体調の事を思えばそうアレコレと問い詰める必要も感じられなくて、俺は多少引っかかりはするものの、それ以上の追及を断念した。
代わりという訳ではないが、もう一つ気になっていた事を俺はキョロキョロと周囲を見回しつつ問いかける。


「その風魔は何処に?姿が見えないようだが?」
「ああ、一足先に戻って北条殿に事情を説明しに行ってくれている。あと、の不調に効く薬湯を用意しておいてくれるそうだ。」
「気付け薬まで分けてもらったのに…申し訳ないな。」
「ああ、ワシもそう言ったんだが、先日の茶の礼だそうだ。」
「茶?礼??」
「風魔が北条殿の使いで来た時、はあちらの世界から持ってきた茶を出していただろう?」

ああ、そういえばアールグレイに少しだけ砂糖を入れたものを出したっけ。
俺の特殊性を垣間見せたくて敢えて外つ国のものだと言って出したおぼえがある。

「それが甚く気に入ったらしくてな。その礼だと言っていた。」
「言っていた…って………家康、風魔の声を聴いたのか?!」
「いや、筆談でな。も風魔としていただろう?」


なるほど、そういう事か。
巻物に書かれた達筆な文字を思い出して俺は小さく頷く。
そういえば、意外と言っては何だが…家康はなかなか個性的というかなんというか…正直達筆とは言い難い字だったなぁ。
いや、俺も他人様の事を言えるような身ではないが。


「そうか……まぁ、どちらにしても一刻も早く北条殿の元へ向かわないとな。家康、忠勝、迷惑を掛けてすまなかった。」
「何を言う!それを言うならの負担を考えずに居たワシらの方にこそ落ち度がある。なあ忠勝?」
「―――!!」
「いや、そんな事は――」

はいつもそう言ってワシらを許し受け入れてくれる。それにワシらは――いや、ワシはに甘えすぎているのかもしれんな。」


そう呟く家康はどこか自嘲気味な笑みを口元に浮かべていて。
俺は思わず眉間に皺を寄せたまま両手で家康の両頬を挟み込んでいた。
俺は家康にこんな顔させたくなんてない。


……?」

「甘えてる?それの何が悪いんだ?何でそんな顔する必要がある?俺、言った筈だぞ?思いを押さえ込まないでくれと。もっと我が儘を言ってくれと。それに、俺はどうなるんだ?さっきまでずっと家康に甘えきって支えてもらっていた。それも問題か?」

「いや、それは…。」
「だったらそんな顔して笑うな。頼むから俺に対して一線を引いたりしないでくれ。アンタにそうされるのは………辛い。」
…………分かった。そうだな!ワシが感情を伏せた所で、には見抜かれてしまうのだしな!」


そう言って家康は、家康に触れている俺の手を更に上から包み込む。
俺に心地よい暖かさをくれたあの手。
陽だまりの――太陽の暖かさだ。

なあ家康?俺にとってアンタは暖かな日差しで癒してくれる太陽なんだ。
真夏のギラギラと照りつける激しい太陽ではなく、温もりと優しさと心地良さを与えてくれる柔らかな光を宿す太陽。
曇る時や雨の時もあるだろう。
でもその時は――今度は俺がアンタを包んでやるから。
アンタが身を持って俺を守り支えてくれたように、今度は俺がアンタを支えるから。
未だ未熟な身ではあるが、いつか必ずアンタを癒せるだけの男になってみせるから。
だからどうか俺の前でだけは本当のアンタで居て。


重ねられた掌は柔らかな熱を持って俺の中へ沁み込んでいくようだった。



















「忠勝、気を失っていたに口移しで気付け薬を飲ませた事、には内緒にしてくれよ?」

「――!!!」




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