にーちゃんと俺 7
奥州への国境の街道で抗争…もとい、襲撃…いやいやいや!暗殺現場に出くわしてしまった俺、14歳。
ただいま非常に微妙な状況に置かれております。
「おい、どうした?どこか具合でも悪いのか?」
「ふぇえッ?!だっ…大丈夫ですっ!」
こっそり溜息をついたつもりだったんだけど、どうやらそれを見咎められたらしい。
俺の後ろで手綱を握っていた強面のおにーさんが、その精悍な顔に微かに眉を寄せたのを見て、俺は勢い良くぶんぶんと首を振ってみせた。
忍に襲われてあとちょっとで命を落とすところだった俺は、寸での所で青いおにーさん――どうやら政宗さんと言うらしい――の味方らしい顔に傷のある強面の渋いおにーさんに助けてもらい、九死に一生を得て。
色々あって今はその強面のおにーさんの馬にタンデム状態で乗せてもらっています。
正直ちょっと……いやかなり怖いです。
かなり緊張状態です。
てゆーかそれより何よりマジでタンデムは止めて欲しいです!!!!!!!
確かに強面のおにーさんは俺より大きいけど、俺みたいなうすらデカいガキと強面のおにーさんとのツーショットタンデム状態って………体格的にも視覚的にもかなり厳しくね?!
「An?どうした?」
「え、えと………その……ッ!」
「何か言いたそうじゃねぇか。」
隣で同じように馬を走らせていた政宗さんが、ククッ――と喉を鳴らしてこちらに近付いてくる。
その悪戯っ子みたいな表情に、俺はわたわたと視線を彷徨わせた。
だって言えないじゃん!
最終的に気が抜けてその場でへたり込んで動けなくなった俺を馬に乗せてくれて、その上目的地も無い俺を家に招いてくれるっていうのに、タンデムは恥ずかしいし色々と厳しいから止めてくれ――なんてさ。
それに多分…おにーさん達は俺の事気にして走ってくれてると思うんだ。
だってさっき政宗さん達を追い掛けてきた特攻服の似合いそうなリーゼントも鮮やかなおにーさん達の内の数人が、政宗さんの指示で一足早くお家に帰って行ったんだけど。
その時走らせていった馬のスピードは明らかに今より格段に速かったんだ。
本当なら政宗さんも俺を乗せてくれている強面のおにーさんももっと早く馬を走らせる事が出来る筈。
少なくともさっき戻っていったおにーさん達と同じ位には。
でも、俺が一般人で馬なんか乗り慣れてないって分かってるから、俺に負担が掛からないようにってゆっくり馬を走らせてくれてるんだきっと。
それとも―――俺がまだガキだって事が分かったからかな?
「何かあるならすぐに言え。まだ暫くはかかるからな。」
そういって強面のおにーさんが俺の頭を一つポン――と叩く。
それに小さく頷くと、俺は一つだけ気になっていた事を問いかけた。
「あ、あの…ッ!おにーさんの名前、聞いてもいいですか??」
あの時――
政宗さんの味方のおにーさん達が駆けつけてきて、政宗さんを襲ってきていた忍が撤退していくのを見て、俺は初めて俺を助けてくれた人をまじまじと見上げたんだけど。
正直、第一印象は忍を見た時よりビビッてしまう程怖かった。
いやホントもうマジで死んだと思ったね!あの時は。
だってしょうがないじゃん!
俺の周りには佐助兄や幸にーちゃんみたいな系統の爽やかイケメン系おにーさんは居たけど、こんな強面のおにーさんは居なかったんだから。
そりゃあ確かに良く見れば渋い大人の――それもかなり男前なおにーさんだったけど、それよりも雰囲気ってゆーか何てゆーかさ。
だから、助けてくれたお礼を言うのも、名前を尋ねる事も出来ないままここまで来ちゃったんだ。
政宗さんの事は――この強面のおにーさんが何度も『政宗様』って呼んでたから、それが名前なんだってすぐに分かったんだけどさ。
そういえば、政宗さんがこの強面のおにーさんの事を『こじゅーろー』だか『こじろー』だかって呼んでたような気はするけど。
「俺……か?」
「はい。名前無いと……おにーさんの事何て呼べばいいか分からないから…。」
まさか強面のおにーさんって呼ぶ訳にもいかないし。
そう思ってそっと振り返ると、少し困ったような顔をして強面のおにーさんが俺の事を見下ろしている。
ほえ?何でそんな微妙な顔してんの??
不思議に思って首を傾げたら、こちらを見ていた政宗さんが小さく噴き出している。
え?何で??何でそーゆー反応返ってくんの???
俺マジで意味分かんないんだけど?
「良かったじゃねぇか小十郎。『おにーさん』だとよ。」
「政宗様!!」
「え?俺、何か変な事言いました??」
「いや?小十郎もまさか自分がおにーさんなんざ呼ばれるとは思ってなかったんじゃねぇか?」
そう言って政宗さんは楽しそうに笑うと、俺の後ろに視線を向けて、なぁ――?と声を掛ける。
その意味がサッパリ分からない俺は、ただただ首を傾げるしかなかった。
「小十郎めをからかうのはお止め下さい政宗様。が戸惑っております。」
「そうは言うが事実だろ?まさか親子近く歳の離れたコイツに『おにーさん』なんて言われるとは――って顔に書いてあるぜ?」
「え?そうなんですか?ごめんなさい!!俺…ッ!」
確かに強面のおにーさんは、渋いし大人の男!って感じだから政宗さんよりは大分年上だろうなって事は分かるけど。
でも父さんっていう程歳が離れてるとは思えないんだけどなぁ??
一体いくつなワケ?強面のおにーさん?
「いや……別に構わねぇが。」
「だ、そうだ。」
「はぁ…………。」
何だか一人置いてけぼりな気がしないでもないけど、あまり気にしなくていいみたいだからま、いっか。
それよりも――
結局の所、おにーさんの名前は教えてくれないのかな?
「どうした?」
「んと……名前………。」
「ああ、名前だったか。片倉小十郎だ。」
「片倉……さん?」
「おいおい随分と堅っ苦しいじゃねぇか。どうせなら小十郎と呼んでやれよ。」
「ほぇ?でも……いいんですか?」
政宗さんの提案に俺は目を見開く。
だって会ったばっかりのおにーさんなのに、急に名前で呼んだりしていいのかな?
何か凄く歳離れてるって話だし。
戸惑いがちに強面のおにーさん改め、片倉小十郎さんの顔を見上げれば、その精悍な口元が微かに緩んでいる。
「構わねぇ。好きなようにしな。」
そう言って小十郎さんは少しだけ目を細めると、俺の髪をくしゃりと掻き混ぜた。
んー………こうして見ると政宗さんや小十郎さんみたいなちょっと強面のおにーさんも、笑ったり困ったような顔すると、何てゆーか…その…ちょっと可愛く見えたりするなーなんて思ったり?
こーゆーのをギャップ萌えって言うのかな?
え?俺、新たな境地を開拓しちゃったみたいな?
「んじゃ、えっと……小十郎さん?」
「何だ?」
「助けてくれてありがとうございました!」
「―――?!」
母さんにいつも口酸っぱくなる程言われてる事だしね。
礼儀は大切――これはどこに行っても同じだって。
最初はちょっと怖くて緊張してたけど、政宗さんも小十郎さんも俺を助けてくれた優しい人だし。
ちゃんとにお礼、言っておきたかったんだ。
俺は、俺の言葉に驚いたように目を見開いている小十郎さんに、にっこりと笑って見せた。
「いや……には政宗様の危機を救ってもらった借りがあるしな…お互い様だ。気にする事ぁねぇ。」
「That's right(その通りだ)!俺もまさか小十郎以外の奴に背中を守られる事になるとは思わなかったがな。それも――まだ鼻っ垂れのガキに。」
「はわわわわわわ…ッ?!忘れてーーーーーーーーー!!!!」
ニヤリと笑う政宗さんが手を伸ばして俺の目元をスッと撫でる。
その意味ありげな仕草の意図する所に気付いて、俺は慌ててバタバタと両手を振った。
いーーーーーーーーやーーーーーーーー!!!!
恥ずかしい事思い出させないでーーーーーーーー!!
せっかく忘れかけてたのにぃぃぃぃぃぃぃ~~~~!
「びーびー泣く程怖ぇくせに、自ら剣戟の中に首突っ込むなんざ一体何処の物好きかと思えば、元服もまだなガキだってーんだからな。」
「だから忘れて下さいってばぁぁぁあああ!!」
そうなのだ。
あの後、死の恐怖から解放された俺は、安堵のあまり涙腺がぶっ壊れてしまい。
政宗さん達の前で又してもボロ泣きしてしまったのでした……。
俺、確かに昔から涙腺弱くて、部活の試合後とかにもよく泣いてて友達に呆れられたり、感動映画見て号泣したりしてたけど、最近それに拍車が掛かってる気がするよ…。
まぁそのお陰かどうか、俺が見た目通りじゃないって気付いてくれたみたいで、俺は自己紹介と共に自分がまだ14歳のガキで、にーちゃんとケンカして飛び出してきたんだって事を説明出来たんだけどね。
そしたら政宗さんが『助けられた礼をしたいからうちに来い』って言ってくれて。
そういう経緯で今俺は政宗さん達のお言葉に甘えてお家にお邪魔する為に同行させてもらってるのでした。
「ま、いずれにしても、が居なけりゃ俺もただじゃすまなかっただろうからな。充分に礼をしねぇとな。」
「………俺………少しは役に立った??」
「Of course(勿論だ)!何たってこの俺の背中を守ったんだ。侍でも何でも無ぇガキにしちゃこれ以上ねぇ大手柄だぜ?」
「政宗さん……。」
からかい半分だった政宗さんの瞳がそっと細められて。
その大きな手がポンポン――と俺の頭を数回叩く。
その手の感触はどこか佐助兄と幸にーちゃんを思い起こさせて。
俺は何だか目の奥がじんわりとしてしまう。
ぐ…ッ!泣くな俺!!耐えろ俺!
これ以上情けない所晒せないだろマジで!!
いや、一回泣いといて言うのも今更だけど。
「政宗様のおっしゃる通りだ。怖かったろうによくやってくれた。胸を張っていいぞ?」
そう言って政宗さんと同じように微かに目を細める小十郎さん。
その手が、俺の視界を遮るようにしてそっと俺の目の上に覆いかぶさる。
「だから無理する事ぁねぇ。泣きたかったら我慢なんざする必要はねぇ……少なくとも今はな。」
まるで俺を包み込んでくれるようなその暖かさに。
俺は又しても涙腺がぶっ壊れたのを自覚する。
「う……ぇ……ッ!何でそんなに優しい事…ッ……言うんだよぉ…ッ!」
そんな風に言われたら俺、マジで我慢できなくなっちゃうじゃんか。
正直、躑躅ヶ崎館を出てからの俺は終始緊張しっぱなしで、己が身を守る事でいっぱいいっぱいだったから、気を抜く事も出来なかった。
それに、佐助兄とケンカして飛び出してきた手前、早々に泣き言を言って戻る事も出来なかったから、大好きな人達に泣きつく事も出来なくて。
だから絶対に強くなろうと思ったのに。
不安でも怖くても辛くても、大人に甘えたりしちゃいけないんだって思ってたのに。
でも、この人達はそんな俺の事を褒めてくれる。
よくやったって、我慢なんかしなくていいんだって言ってくれる。
その俺を見る目は凄く優しくて。
俺の頭を撫でてくれる手や俺を支えてくれる逞しい腕は、佐助兄や幸にーちゃん――それに俺の父さん代わりになってくれたお館様と同じように暖かくて。
俺は、張りつめていた思いが途切れた瞬間、堰き止めていた色んな想いが一気に溢れ出していくのを感じていた。
「Ha!やっと素直になったじゃねぇか。」
「………そうですな。」
「うううぅぅぅ~~~……お…俺……ッ!」
「ああ、ああ、我慢すんなって言われただろーが。唇噛みしめてんじゃねぇ。」
どこか困ったように笑う政宗さんと小十郎さん。
でも、俺に向けられる視線は変わらず優しいままで。
俺はボロボロと零れ落ちる涙を小十郎さんの大きな手で拭ってもらいながら、涙が枯れるまでわんわんと思う存分泣き続けた。
―――ねぇ佐助兄?俺、もう少しこの人達に甘えても構わないのかな?
佐助兄達と同じような優しい目とあったかい手をしたこの人達に――。
「ガキは素直なのが一番だぜ?」
「………………うん。」
「Ok!イイコだ。」
「……よし、大分落ち着いたな?そうしたらそのままこちらを向けるか?。」
「小十郎さん?」
言われるまま後ろの小十郎さんを振り返ると、真っ白な何かが顔に押し付けられる。
うっぷ!!―――え?何これ?
もしかしてコレ、小十郎さんの手拭い??
訳が分からずに固まっていると、太陽と土の匂いのするそれで、ぐしゃぐしゃになった顔を何度も拭われる。
「これでいい。…………ん?どうした?」
「………………………………………にーちゃん……。」
「何だ?」
「んと…その……こーゆーのしてくれるの、にーちゃんみたいだなって思って……。」
「ケンカしたっていう兄貴か?」
「うん。でも本当のにーちゃんじゃないんだ。一人ぼっちで行く所無かった俺をにーちゃんが拾ってくれて…。」
「その兄貴がどうかしたのか?」
「にーちゃん、いつも俺がボロ泣きした時は、こーやって俺の顔拭いてくれて……そんで……。」
「…………………帰りてぇのか?」
「……………………………………………。」
帰りたくないって言ったら嘘になる。
でも今更どんな顔して戻れって言うんだ?
だって…きっと佐助兄、俺の事怒ってる。
佐助兄の言い付けも守らないで佐助兄がお仕事中に無断で館を飛び出して、勝手にこんな所まで来ちゃったんだもん。
それにきっと幸にーちゃんもお館様も、考え無しな俺の事呆れてるに決まってる。
だから俺……会いたいけど、顔見たいけど………………………帰れないよ……。
「まぁいいじゃねぇか小十郎。いずれは帰らなきゃならねぇだろうが、今はも気持ちの整理がつかねえんだろう。だったら今は俺達がの兄貴がわりをしてやりゃあいい。」
「政宗様……。」
「う…ぇ…?二人が………にーちゃん??」
「Yes!That's right(ああ、そうだ)!」
思いもしなかった政宗さんの言葉に、俺は目を瞬かせる。
「にも事情があるだろうからな。帰れるようになるまではウチに居るといい。」
「よろしいのですか政宗様?」
「それ位、命の恩人に対する礼としちゃ安いもんじゃねぇか。なぁ小十郎?」
「承知致しました。確かに此度のの働きには相応の礼を以って報いねばなりませんからな。それに、政宗様を助けた事が敵に伝わっておれば、このままを1人残すのは危険と言わざるを得ませぬ。」
「ってー事だ。これからは俺と小十郎を兄貴だと思え。Did you understand(分かったか)?」
政宗さんの言葉にコクリと頷くと、政宗さんの口元が嬉しそうに緩む。
それに後押しされるようにして俺はおずおずと口を開いた。
「………………んと……こじゅ兄?」
「ああ。」
「………政にーちゃん?」
「Okay! Well done(よし!よく出来たな)!」
そう言って笑う政宗さんこと、政にーちゃんの顔は何だか本当に嬉しそうで。
俺もつられるように顔が緩んでしまう。
だって又俺に新しいにーちゃん達が出来たんだよ?!
それも、佐助兄や幸にーちゃんに勝るとも劣らないくらい超!男前で優しくて激強のにーちゃん達が。
、14歳。
奥州でも弟分生活驀進中です。