燦々と降り注ぐ太陽は今日も眩しいです。
にーちゃんと俺 6
修学旅行中の某映画村からこの世界にタイムスリップだか、異世界トリップだかしてしまってから早数ヶ月。
今日、俺は初めて長い事お世話になっていた甲斐の国から出ようとしています!
いやいやいや。お使いとか旅行とかって訳じゃない。
っていうか、それ以前に俺が国境の茶屋に居るって誰も知らない筈なんだけどね。
、14歳。
人生初めての『家出』の真っ最中です。
家出の原因?そんなの決まってる!!
佐助兄と大ゲンカしたからだってーのーーーー!
つっても、俺が一方的に噛み付いてただけで、佐助兄は全然声を荒げたりはしなった。
そりゃー俺と佐助兄じゃ歳が離れてるからマトモにケンカにすらなりようがないんだろうけどさ。
でもそれが余計にムカついて。
俺は佐助兄が仕事に出掛けたのを見計らって荷物をまとめると、幸にーちゃんとお館様に置手紙を残して躑躅ヶ崎館を飛び出したのでした。
とはいえ、俺だってそれなりに考えて館を出たんだよ?
俺が住んでた世界と違ってここは旅をするのも命がけなんだって聞かされてたから。
だって、山賊とか盗賊とかって流石に怖いじゃん?!
だから行商人の人達に同行させてもらったり、旅のお坊さんや行者さんみたいな人達と一緒に歩かせてもらったりして、絶対に一人では行動しないようにしてたんだ。
でも、皆それぞれに目的地がある以上いずれはバラバラになってしまう訳で。
俺はとうとう奥州への国境の峠の茶屋で一人きりに戻ってしまったのでした。
「俺、目的地とか決めてなかったからなー……これからどうしよ……。」
ぼんやりと、これから暑くなりそうだから涼しそうな東北方面がいいかなー?なんて思いながら、そっちに向かう人達に同行してただけで、俺自身目的地があった訳じゃないから、いざ一人になるとこれから先どうしたら良いか分からなくなってくる。
行きたい所があればまだマシなんだろうけど、この世界の事はサッパリ分からないし。
とはいえ、いつまでもここに居たっていずれは陽が暮れるだけだ。
俺は仕方なく茶屋のおじさんに支払いをして次の街までの道のりを聞くと、一人街道を歩き始めた。
せめて街道から外れないようにして歩けば、少しは危険も回避できるだろうし。
出来れば早い内に次の宿場町に着きたいなー…なんてボンヤリ考えながら、真っ青な青空を見上げた時だった。
「ほぇ??」
前にも一度聞いた事のある金属がぶつかり合うような甲高い音が左手側の林の中から聞こえてきて、俺は思わず足を止める。
いや、だってさぁ………これって……ねぇ?
何かものすごーーーーく嫌な予感がするんですけど!!
前にこの音聞いた時は、どこかの忍に襲われて死にそうになった挙げ句、攫われたっつー苦い記憶が……ッ!
あ、あははははははははは………まさか又…なんて事………ねぇ?
あの時は佐助兄が助けに来てくれたから無事に帰れたけど、ただ今俺は家出の真っ最中。
俺がここに居る事も襲われるかもしれない事も知る訳ないし、それ以前に勝手に館を飛び出して行方不明になっているどこの馬の骨とも知れないガキ一人助けに来てくれるとも思えないし。
はははは…もしかして俺、今度こそ終わり…みたいな?
冷や汗が背中を流れるのを感じながら、林の奥を凝視する。
つっても、鬱蒼と木が生い茂ってるから、まったくもって何も見えない訳ですが。
でも激しい金属音だけは相変わらず聞こえてきて。
あー……………………つーか、やっぱ段々と近付いてきてんじゃね?この音。
もしかして、俺にとって林ってメチャクチャ鬼門なんじゃないの?!
とにかく、一刻も早くここから離れるに限る!
固まりつつあった足を叱咤して元来た道を戻ろうとした時だった。
「――――――ッ?!」
ザッ――!!という音がして、数メートル先の林の中から青い塊が飛び出してくる。
「――?!Shit!旅人か…ッッ!!」
(あー…………俺、死んだな……。)
だってさ、そう思っても仕方ない状況じゃね?
目の前の青い塊――良く見れば、それは若いおにーさんだった――の手にはキラリと光る一振りの刀が。
その上、俺に視線を向けてきたおにーさんの表情の険しい事といったらもう!
これで無事で済むと思える方がどうかしてるよなー。
半ば諦め半分にそう思って俺はがっくりと肩の力を落とした。
「何ボーっとしてやがるッ?!」
「え?」
どこか焦った様子のその声に目を向けると、青いおにーさんが俺に背を向けて吼える。
「さっさと逃げろ!死にてぇのか!!!」
は?え?え?何??どういう事?
このおにーさん、俺を襲おうとしてるんじゃないの???
じゃなきゃ、刀抜いてる意味が分かんないんだけど?
突然の状況に目を白黒させる俺の姿に、おにーさんが小さく舌打ちする。
「―――っ?!危ねぇッ!Get down!!!!!!!」
へ?Get down???伏せろ???
向けられた言葉に、咄嗟にその場にしゃがみ込む。
次の瞬間、ギュイン――という音がして、俺の頭上を黒いワイヤーの様なものが通り過ぎていった。
え………………………………えええええええええええええええッッッッ?!?!?!?!
い、今の何ぃーーーーーーーーーーーーっっ?!?!
あのワイヤーみたいなのに触れた木が、ものの見事に真っ二つになってんだけどっ?!?!
あれ結構太いよ?!俺の身体位の太さあったよッ!
おにーさんの言葉に従って身体を低くしたから助かったものの、あのままボケッと突っ立ってたら俺の身体、上半身と下半身で真っ二つになってた………みたいな?
ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃ~~~~!マジでシャレになんないよーーーー!!
前回といい今回といい、俺ってばどんだけしゃがみ込む事で命助かってる訳ぇーーーッ?!
突然の事にあわあわしつつ俺は急いで反対側の林の方へ駆け出す。
勿論、体制は低くしたままで。
くそーッ!こういう時、デカいって不利じゃんかよー!!!
何が起こったのか訳が分からないまま、這う這うの体で大木の陰に身を潜めて、助けようとしてくれたらしいおにーさんの方を伺ってみる。
その時になって初めて俺はその場の状況を理解した。
黒い装束に身を包んだ忍が8人、青いおにーさんを取り囲むようにして立っている。
当然その手には忍刀や苦無や、木を真っ二つにしたであろうワイヤーもどきが握られていて。
どう見ても、あのおにーさんが狙われているんだってすぐに分かった。
さっき聞こえてきた金属音はこの青いおにーさんと忍達の剣戟音だったらしい。
「Ha!!どこの忍かは知らねぇが、俺をここに追い込んだのはmistake(失敗)だったな。」
そう言って青いおにーさんは手にしていた一振りの刀を腰に下げた鞘に納める。
え?――と思う間もなく、おにーさんは再び腰の刀をスラリ――と抜き放つ。
それも全部で6本も。
え?えええええええええええええええええ?!?!?!
何それ?!6本って?!
どうやって片手で3本持ってんのーーーーーーっ?!
「ここならObstacle(邪魔)な立木も無ぇ!思う存分刀を振るえるってもんだ。」
そう言ってニヤリと口の端を持ち上げてみせるおにーさん。
うーわー………………さっきはビックリして気付かなかったけど、この青いおにーさん、幸にーちゃんや佐助兄に負けず劣らずの男前なんですけどー。
何で俺の周りには俺の劣等感刺激してくれるようなカッコイイおにーさんばかり現れんのかな。
凹むよ、俺……。
ちょっと遠い世界に旅立とうとしていた俺の意識を、不意に響いた剣戟音が現実に引き戻す。
「WAR DANCE!!!」
テレビの時代劇で見るような殺陣とは比べ物にならないほどの激しい応酬に、俺は無意識にきゅっと身体を竦ませる。
飛び交う苦無や手裏剣、ぶつかりあって火花を散らす剣先。
俺を襲ったワイヤーもどきが何度もあちこちを飛び交い、周囲の木がズタズタに引き裂かれていく。
本当の殺し合い――それが今俺の目の前で繰り広げられていた。
「Ya-Ha!!なかなかやるじゃねぇか!!!」
普通1対8なら、数の論理で圧倒的に青いおにーさんが不利になる筈なのに。
なのに凄くない?!おにーさん、この人数を相手に少しも引けを取ってないよ!
カッコ良さだけじゃなくて、強さも佐助兄や幸にーちゃん並なの?!
だってさ、いくら俺がまだこの世界の事に疎いからって、佐助兄や幸にーちゃんみたいな人がそうそう居るもんじゃないって事くらいは分かるよ?
それ位佐助兄達は凄いんだって。
だからこそ、目の前のこの青いおにーさんも普通じゃないんだって理解出来る。
驚き半分、呆れ半分で目の前の戦いを見ていた俺は、ふと感じた違和感にピクリと眉を寄せた。
あれ?……………何かさ…忍の人数………減ってない??
だって最初におにーさんを取り囲んだ時、黒装束の忍集団は確かに8人居た。
なのに、いつの間にかあのおにーさんと戦ってるのは6人だけになってる。
不思議に思って周囲をクルリと見回せば、いつの間にか青いおにーさんの立っている所の遥か後方の木の枝の上に忍が居て。
その姿は明らかにおにーさんの無防備な背後を狙っていた。
当のおにーさんは…といえば襲いかかってくる他の忍の相手で手一杯なのか、背後で狙っている忍の存在には気付いてないらしい。
え?え?マジで?!
どうしよう!このままじゃあの青いおにーさん、あの後ろ狙ってる忍にやられちゃうかもしれない!
俺を助けようとしてくれたおにーさん。
逃げろって言ってくれたおにーさん。
そんな人が目の前でやられるのを黙って見てるなんて………それでいいのかよッ?!
とはいえ、俺にはあの激しい剣戟の中に飛び込んでいくだけの力も技も何もない訳で。
そんな事したらかえってあの青いおにーさんの足手纏いになってしまうってのも分かってる。
だから―――
俺は少し離れた所に散乱しているズタズタに引き裂かれた木の残骸と、手の平に収まる位の大きさの石を手に取った。
俺があの場に飛び込まなくてもあのおにーさんを助ける方法。
いや、助けられないまでも、後ろの忍に気付いてくれさえすればいいんだ。
だから俺はコレを使う。
ワイヤーもどきによって5センチくらいの厚さの木の板に切り刻まれたソレは、先端部分が少し広がっていていびつなテニスラケットのような形状になっている。
それを右手に握りしめて隠れていた木の陰から飛び出すと、俺は左手に握った石を高く空へと放り上げた。
「は――ッッ!!」
落ちてきた石に向かって右手に握った木のラケットもどきを勢いよく振り下ろす。
次の瞬間ガツ――ッ!という音がして、全力で打ち込んだ石がおにーさんの後ろを狙っていた忍の額に命中した。
想像以上のその衝撃に忍は制御を失った人形のように木の上から崩れ落ちる。
「ぃよっしゃーッ!!」
見たか!テニス部員のサーブの威力とコントロール!!
まぁマトモなラケットじゃない分、威力と精密さは落ちるけど。
でも、とりあえず青いおにーさんを狙っていた忍は撃ち落とす事が出来たんだからモーマンタイ!!
後はおにーさんが残りを撃破してくれれば…そう思った時だった。
「ふぇ――?」
こちらに視線を向けた青いおにーさんが険しい顔で俺の斜め後ろを指差して――
「避けろ――ッ!!」
叫び声に振り返った瞬間、俺の視界に飛び込んできたのは忍刀を振りかぶった忍の表情一つない顔だった。
(あ――やられる――?)
そう思った瞬間。
不意に佐助兄の困ったような表情が脳裏をよぎった。
こういうのを走馬灯っていうのかな?なんてボンヤリ考えながら、俺は静かに目を閉じる。
ごめんね佐助兄。
俺、家出のつもりだったけど、もう帰れないかもしれないや。
こんな事ならもっと早い内にきちんと佐助兄にありがとうを言えば良かった。
いっぱいいっぱい俺を助けてくれて、俺に優しくしてくれて、俺を本当の弟みたいに扱ってくれて、俺凄く嬉しかった。
俺を拾ってくれて、俺のにーちゃんになってくれてありがとうって…言っておけば良かった。
ケンカ別れしたままじゃなくて、ちゃんとにごめんなさいって言っておきたかったな………佐助兄……ごめんね。
「―――唸れ!鳴神ッッ!!!!」
永遠にも感じられた一瞬の沈黙の後。
襲ってくるはずの痛みに身を固くしていた俺の耳に、不意に低い声が聞こえて俺はビクリ――と肩を震わせる。
聞き覚えのないその声に恐る恐る閉じていた目を開けば。
目前に居た筈の忍の姿はどこにもなくて。
その代わりに、広くて大きな背中がいつの間にか俺を護るようにして立ち塞がっていた。
「小十郎!!」
「政宗様!御無事ですか?!」
「当然だろ。この程度の奴らにくれてやる程俺の命は安かねぇ。」
「――ふ…ぇ?」
な?…………何が起こったの??
俺、もしかして助かった…の?
訳が分からなくて呆然としてると、向こうで戦っていた青いおにーさんがホッとしたような顔でこっちに駆けてくる。
「Hey!大丈夫か?アンタ?」
「は……ぅ……俺…………。」
「おいおい…腰でも抜けたか?」
「だ、大丈夫………です……。」
「Ok!ならいい。しかし無謀な事する奴だなアンタは。あの中に首を突っ込もうとするなんざ。」
そう言って背後の黒づくめ忍集団を指差して青いおにーさんがニッと笑みを浮かべて見せる。
そのどこか余裕に満ち溢れた表情に、俺はやっとの事で強張っていた身体中の力を抜く事が出来た。
「はは……何かおにーさんがやられちゃうって思ったら………身体が勝手に…。」
結局自分自身が襲われて、助けられてるんじゃ世話ないんだけど。
苦笑いして目の前の青いおにーさんへ視線を向けると、おにーさんの顔が驚いたような表情へと変わる。
え?何?俺、何か変な事言った???
「変わった奴だな…アンタ。」
「ほぇ?何が―――」
変なんだ――?そう問おうと口を開いた時だった。
「筆頭ーーーっ!!片倉様ーーーーっ!」
ドドドドドド――!という地響きと共に物凄い勢いで何かがこちらへと向かってくるのが見えた。
え…………………な、何……………アレ???
アレって騎馬……だよね??
単車乗り回してる族のおにーさん達じゃないよねぇぇぇぇぇえええ?!?!?!?
「遅ぇぞテメエら!!」
「すいやせん片倉様!」
「途中で罠に引っかかっちまいまして…!」
………………………………………………………族のおにーさん達じゃなくて、どこかの組の893なおにーさん達だったみたいデス…………。
ダメだ俺、やっぱり死んだかも…………………。