にーちゃんと俺 4







佐助(にぃ)と幸にーちゃんに拾われて躑躅ヶ崎館に保護されてから2週間。
俺こと14歳。
初めて一人でのお使いを任される事になりました!!
あえて言うなら『初めてのお使い~in戦国時代~』ってとこ?
とは言っても、前に幸にーちゃんに連れてってもらった事のある茶屋に、注文された団子を取りに行くだけなんだけどね。
いつもなら佐助兄が行ってるらしいんだけど、今日は別のお仕事でまだ帰ってきてないっていうから、俺が佐助兄の代わりに買いに来たってわけ。
幸にーちゃんは何故か最後まで『にはまだ早い!!』って渋ってたけど。



「こんにちはー!幸にーちゃ…じゃなかった!真田様の使いで来た者ですけどー?!」

「あらあら?いらっしゃいませ。今日は猿飛様じゃないんですね?」



俺の姿を見て目を瞬かせたのは、多分ここの女将さん。
前に幸にーちゃんがここに連れてきたくれた時、確かそう言ってた筈だ。
そんな女将さんの表情に苦笑しながら、俺は幸にーちゃんに渡された懐刀を取り出す。
身柄を証明するのに使うようにって言って幸にーちゃんが渡してくれたこの懐刀には、幸にーちゃんの家の家紋だっていう六文銭ってのが描かれてるんだ。
だから、これを見せれば真田幸村の使いだって分かるんだと幸にーちゃんが言ってた。
身分証明だけじゃなくて、何かあった時にはこれで身を守るように――とも言われたけど、基本的にただのお使いでこんなん使うような場面に出くわすとは思えないし。
俺は訝しげに首を傾げる女将さんに見えるように手の中の懐刀を差し出した。


「まぁ!確かに真田様の御家紋ですわね。失礼致しました。ただいまお品をお持ち致します。」


慌てたように奥に駆け込んでいくと、女将さんはすぐに風呂敷に包まれた大きな包みを持って戻ってくる。
え?!何コレ?!
この中全部団子だとかって言うんじゃないよね?!
だってコレ、軽~く50本超える位の量がありそうなんですけど?!
確かに幸にーちゃんって団子が大好物だけど、こんなん食ったらご飯とか入らないんじゃないの?!
そのあまりの量に呆気にとられていた俺に女将さんは『これでも今日は少ない方なんですよ』なんて笑ってみせる。
幸にーちゃん、どんだけ団子食えば気が済むんだろう……。
ちょっと遠い目をしてしまった俺は、多分歳の近い男として間違ってないと思う。
そんなこんなで女将さんにお礼を言って店を出ると――支払いは後日まとめてなんだそうだ。ツケってやつ?――空はすっかり夕暮れに染まっていた。
つーか、本当にこの団子、一体いつ食べるつもりだろう?
オヤツの時間もとうの昔に過ぎてしまっていて、夕餉の時間が迫っているのに……なんて考えながら歩き始めた時だった。


「ほぇ?」

微かな金属音がした気がして、俺は道端の林を見上げる。
この茶屋は城下の外れにあるから、道を挟んだ向かい側には鬱蒼とした林が広がっている。
その奥の方から微かな金属音のようなものが聞こえた気がしたんだ。
俺、これでも結構聴力はいい方なんだよね。
特にこの世界は俺の居た世界と違って色んな雑多な音とかが無い分、微かな音も拾いやすい。
不思議に思って目を眇めつつ闇の広がる林の奥をじっと睨み付けたその時だった。


「――――――ッッ?!?!?!」


ぎゃーーーーーーーッッ?!何か飛んできたーーーー!!!
咄嗟の事で訳が分からずにその場に座り込むと、ヒュッ――という空気を引き裂くような音と共に細い何かが俺の頭があった所を通り越して後ろの木の幹に突き刺さる。
いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~~~~~何コレぇーーーーーーーーッッ?!?!?!?!?!
苦無?!苦無ってやつなのコレ?!
こんなの頭に喰らったら間違いなくあの世行きでしょ?!
うぇぇぇぇ~~~!俺、あのまま突っ立ってたら確実にオダブツだったんじゃん!!
額から背中から首筋からダラダラと流れる冷や汗。
いやさ、だってちょっとヤバイ状況じゃない?これ?!
俺…………………狙われてる……よね?
まさか、ただのお使いで本当にこの懐刀のお世話にならないといけなくなるなんて…ッ!

「だッ…誰だよっ?!俺に何の用?!隠れてないで出てこいよな…ッ!!」

出てこいつって素直に出てくるなら最初からこんな風に襲われたりしないんだろうけど。
でも、やっぱ姿が見えないってメッチャ怖いじゃん!
これって一種のホラーだと思う訳よ!


「如何なされました?お使いの方?何かございましたか??」


ピリピリとした緊張感の中ふと聞こえた茶屋の女将さんの声に、俺は思わず意識をそちらへ向けてしまう。
しまった!――そう思った時には、俺の意識は深い闇の中に引きずり込まれてしまっていた。






















「ん―――ぅ?」

どれくらいの間眠っていたんだろう。
俺は気が付くと何処かの蔵のような所に転がされていた。
何ていうか、酷くカビ臭い感じが旧家の締め切られた蔵を想像させたんだけど、本当の所は良く分からない。
だってこの中に差し込む光はほんの僅か。
遥か上部にある明り取りの様な小さな穴のみ。
暗闇に目が慣れたとしても、全体を把握するのは不可能に近い。
だからここが本当に蔵なのかどうかも確かめようも無いんだ。


「ここ………どこだろう……。」


それだけじゃない。
一体今はいつなんだ?
襲われてからどれだけの時間が経っているのか、さっぱり分からない。
明り取りから差し込む光を見るに、今は昼間ではないらしいって事だけは分かる。
差し込んでくる柔らかな光は俺が見る所、月明かりって感じだ。
あれから数時間ってトコかな?

「そーいえば女将さん、大丈夫だったかなぁ……。」

俺が襲われた時、その場に出くわしてしまったであろう女将さん。
巻き込まれて無けりゃいいんだけど。


「……………………俺、どうなるのかな……。」


襲われて殺されそうになって。
気付いたら何処とも知れない所に連れてこられて。
俺を襲ってきた奴は一体誰なんだろう?
一体俺に何がしたんだろう?
俺をどうしたいんだろう?
俺は―――どうしたらいいんだろう?
考えれば考える程頭の中がグルグルしてきて。
俺はギュッと自身の身体を抱きしめる。
だって、俺……本当に何が何だか分からないんだ。
俺が襲われた理由も、これからどうなるのかも全然想像つかない。

「やっぱり……殺されちゃうのかな……?」

今の所、こうして生かされてはいるけど、最初に投げつけられた苦無の事を考えれば、いつ殺されてもおかしくないのかもしれない。
ただ、何かしら理由があって一時的に生かされてるんだとしたら――。
そう考えるだけで俺の身体を震えが駆け抜ける。
、享年14。
そんなの冗談じゃない!!
訳も分からない内にこの世界に放り出されて、訳も分からない内に襲われて、訳も分からない内に殺されるなんてまっぴらだ!!
それに――せっかく佐助兄や幸にーちゃんっていうにーちゃん達が出来て、ほんの少しだけど本当の兄弟みたいに過ごす事が出来たのに、こんな事でにーちゃん達とお別れしなくちゃいけないなんて、そんなの絶対に嫌だ!!
俺の手を引いてくれたり、俺の事撫でてくれたり、大きな手を差し伸べてくれたのは佐助兄達だけだった。
やっと俺を――普通のガキみたいに扱ってくれる人達が出来たのに。
なのに、こんな所で殺されて、二度と佐助兄達に会えないなんて嫌だよぉ…!

「……っく………ひ…っく………うぇ………。」

じわじわと涙腺が緩んでいくのが分かる。
本当はこんな所で泣いてちゃいけないんだって分かってる。
でも――
佐助兄のあったかい手や、幸にーちゃんの優しい笑顔を思い出したら、会いたくて帰りたくてたまらなくなって。
泣いちゃいけないって思うのに、涙は勝手に俺の瞳から溢れていった。


「うぇぇ……佐助兄ぃぃぃ~~~……ッ…!」


俺はこの世界の人間じゃないけど。
でも俺の帰る所は、俺の家はもう佐助兄や幸にーちゃんが居るあの場所になってるんだ。
だから、だからね。


「…………帰りたい……よぉ………ッ!」


佐助兄の居るあの場所に。
幸にーちゃんが居るあの場所に。
俺の大好きなにーちゃん達が居るあの家に帰りたいよぉ!





「―――はいはい、分かったから泣かないの。」





ぎゅう――と抱え込んでいた膝に顔を伏せた瞬間。
聞き覚えのある声と暖かな何かがふわりと俺の背中を包み込んだ。

「―――――――っ?!」

「遅くなってごめん。?」
「…………佐助…ッ…兄ぃ?」

信じられないその声と温もり。
佐助兄が俺の背中を抱きしめてくれているんだって気付くのに少し時間が掛かってしまった。
え?何で??どうしてここに佐助兄が居るの?
これって夢かなぁ?
会いたいって思ったから出てきてくれたの??


「もう大丈夫。怖い思いしたね。でももうに危害を加える奴はいないから。」
「あ…………ぅ…………。」
?」
「ホントに?」
「―――え?」
「ホントに………佐助兄??」


これって夢じゃないの??
俺の願望が作り出した幻なんかじゃない?
恐る恐る振り返って佐助兄の頬に触れる。
だって直接肌に触れて確かめたかったんだ。
防具や布越しじゃなく、暖かな温もりに触れたかった。
そしてこの手で実感したかった。
これが現実なんだって。
本当に佐助兄がここに居るんだって。


「さ……すけ……にぃ……………。」
「ほらおいで…………。」


佐助兄の腕が大きく広げられて。
俺は自分の図体のデカさなんてそっちのけで佐助兄の腕の中に飛び込んでしまった。


「うぇぇぇ~~~…佐助兄~~~~佐助兄ぃぃぃぃ~~~~!うわぁぁぁああああん!!!」

「本当には世話が焼けるんだから。俺様、又迷子になったのかと思って心配したのよー?」
「こわ……かっ……たッ…よぉ…………ッ!佐助兄…ッ!」
「ああ、よしよし。もう怖い事なんか無いから安心しな。」
「……うぇぇ………ひっく………!う…っく!!」


ポンポンと優しく俺の背中を叩いてくれる佐助兄。
本当は俺なんかみたいなうすらデカいガキに抱き着かれたって鬱陶しいだけの筈なのに。
それでも佐助兄は何度も何度も俺を宥めるように優しく俺の背を撫でては俺の肩をギュッと包み込んでくれた。


「お、俺ッ……もう佐助兄に…っ……あえ…ッない……って……ひっく…思……っ!」


怖かった。怖くて怖くてたまらなかったんだ。
殺されるかもって事も怖かったけど、もう二度と佐助兄達に会えないかもしれないって思ったら、それが何よりも怖くって。

「大丈夫。の事は俺様が何度だって見つけるから。」
「……っく……本当に…ッ??」
「本当本当。迷子になったって、攫われたって、俺様が必ず見つけるよ。」

だからそんなに泣くんじゃないよ――そう言って佐助兄は笑ってくれる。
懐から出した手拭いでぐしゃぐしゃになった俺の顔を拭くその手からは微かに血の匂いがしていて。
きっと俺を助ける為に、誰かを傷付けてきたんだと思う。
でも俺は――それを少しも嫌だと思わなかった。
この手が他の誰かにとって恐ろしく忌み嫌うのものであったとしても、少なくとも俺にとってこの大きくて暖かい手は、俺を包んでくれる優しい温もりである事は間違いないんだ。
他のどんな人が佐助兄の事を嫌っても、誰が佐助兄を恐れたとしても、俺だけはこの暖かさを、優しさを、大きさを忘れない。

俺はね…………佐助兄が大好きだよ?


「佐助兄………?」
「ん?どした??」


すん――と鼻を鳴らして佐助兄の胸元にすり寄ったら、小さく笑われる。



「来てくれて………ありがと……。」



あああぁぁぁぁ………こんな時、俺が他の同い年の奴らと同じくらいのデカさだったら良かったなんて思うよな……。
うすらデカいだけの俺が、普通のガキみたいにこんな風に甘えたって、キモいだけで可愛くも何ともないし。
ごめんね佐助兄――。
ポツリと呟いて佐助兄の腕の中から起き上がろうとした俺の身体は、予想以上に強い佐助兄の腕に遮られて再び元の位置にリターンしてしまう。
あれ?あれれ??何で??
俺みたいなの、邪魔でしょ?佐助兄?!
何でこんなにして俺の事甘やかしてくれんの??
あわあわして佐助兄の顔を見上げると、どこか呆れたような顔して佐助兄は俺の額を一つ弾いた。
あいた…ッ!!!!デコピンは流石に痛いよーーーーーー!!!



「何言ってんの!当然でしょーが!は俺様の可愛い弟分なんだから。」

「―――――ッ?!」



分かったら、兄ちゃんを安心させる為にもう少しこのまま大人しくしてなさい――そんな風に俺の耳元で囁くと、佐助兄は表情を緩めて俺の大好きなあの大きな手で俺の頭を撫でてくれたのだった。




















そして――

「うおぉぉぉぉ~~~~~ッ!無事であったか~~~~~~~ッッッ!!!!!」

躑躅ヶ崎館に帰った俺を待ち受けていたのは、ハグというレベルを通り越してプロレス技にまでなった幸にーちゃんの絞め技でした。
ぐは…ッ!!!死………ぬ…………。




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