にーちゃんと俺 2
「どう?少しは落ち着いた?」
あれから――。
人目も憚らず大泣きしちゃった俺は、おにーさんに連れられて一軒の茶屋に来ていた。
あーもー!凄ぇ恥ずかしー!絶対目ぇ腫れぼったくなってるよ!
おにーさんの言葉に無言で頷いてぐしぐし目を擦ると、おにーさんが窘めるみたいに俺の手を止めて眉をしかめた。
「ほらほらそんなに擦らないの。余計に赤くなるよ?」
「うん……。」
「本当に……アンタ子供みたいだね。」
「…………だって……しょうがないじゃん……俺まだ子供だもん……。」
おにーさんの言葉にぷくっと頬を膨らませる。
そりゃー子供っぽく見えないかもしれないけどさ。
今更だけど、子ども扱いなんてされないって分かってるけどさ。
でもやっぱり釈然としないのは確かで。
俺は俺の言葉に驚いたように目を見開いているおにーさんの姿にぶすっとした顔を向けてしまった。
「子供って………アンタそりゃいくら何でも無いでしょ?!」
「…………………。」
「うそ?本当に??」
「悪かったな……子供っぽくなくって。いいよ。どうせ年相応に見られた事なんかないもん俺。」
「えーと………ちなみに歳、いくつ?」
「……………………………………14歳。」
「嘘ッ?!?!」
う゛~~~~~~!慣れてるとは言ってもやっぱり何かムカつくーー!
涙混じりの目でじっと睨むと、おにーさんが慌てたようにブンブンと手を振ってみせる。
「だってこんなに大きいのに14って…!背なんか俺様と少ししか違わないじゃないの。」
「どーせ図体だけはデカいですよ………。」
「何?よくそんな事言われるの?ええと……?」
そこまで言っておにーさんは困ったように小さく笑う。
あ、そっか。俺達まだ自己紹介とかしてなかった。
怒涛の展開で、俺もおにーさんの名前を聞くとか出来なかったんだよな。
俺もボロ泣きしちゃってたし………うあー……マジに恥ずかしい。
「えと………俺、って言います。おにーさんは??」
「俺様?俺様は―――。」
そこまで言ったおにーさんが、ピタリと動きを止める。
え?何か俺の後ろの方ガン見してる気がするんだけど気のせい??
不思議に思って振り返ってみるけど、別に特におかしな事も無い。
いや、ここが俺からしたら有り得ない風景だって事を考えればおかしい所だらけなんだけど。
でもまぁ時代劇に出てくるような街並みって所では何も変な所は無い筈で。
そう思っておにーさんの方へ視線を向けようとした時だった。
「ほぇ?」
……………何か向こうから物凄い勢いで砂埃が近付いて来てる気がするんだけど……………気のせい?
えええええええぇぇぇ?!?!?き、気のせいだよね?!
砂埃がどんどん大きくなって…………その………ここに向かってきてるっぽい気がするのって…!
「さーーーーーーすーーーーーーけーーーーーーーーーーー!!!!!!」
ぎゃあああああぁぁああぁあぁぁあ?!?!な、何か声した…ッ!
こ、怖ッ!!!轟音と砂埃の向こうから、物凄いでっかい声したんだけど?!
なになに?!コレって何かのオバケとか怪獣とか?!
もう、タイムスリップっていう非常識な事に巻き込まれてるんだから、妖怪でも怪物でも何でもアリな気がしてきたよ!!
「あっちゃー……真田の旦那………。」
段々と近付いてくる砂埃に固まっている俺の横で、おにーさんが何やら頭を抱えてる。
近付いてくるアレに驚いてるって感じじゃないよなこの表情は。
というより、あの砂埃の正体が何なのか知ってるって感じ。
俺は恐る恐るおにーさんの着物をぎゅっと握って、目の前に迫ってきた砂埃にゴクリと喉を鳴らした。
こ、怖くなんて…………………………………うえぇぇぇぇ~~~!やっぱ怖ぇ~~~!!!!
刻一刻と距離を縮めてくるソレに、ガクブルしながら目を見開いてると、ポン――と俺の頭の上に何かが乗った。
「ああ、心配しなくても大丈夫だよ。」
そう言って頭を撫でるおにーさん。
あ、さっき俺の頭の上に乗ったのはおにーさんの手だったんだ。
急に頭に感じたソレに戸惑いながら上目づかいに見上げると、どこか遠い目をしたおにーさんが困ったような笑みを浮かべていた。
心配しなくて大丈夫って………アレ、もう目の前に来てるよ?!
に、逃げた方が良くない?!マジで?!
砂埃と共に近付く声はどんどんと大きくなっていくし、何かドドドドドドドド―――!って凄ぇ地響きみたいなのもするし!
耐えきれなくなって腰を浮かしかけた俺が口を開いた瞬間、物凄い轟音と共に竜巻みたいな何かが俺達の前を走り抜けた。
ぎょえええええええーーーーー!!!!死ぬーーーーーーーッ!!!!!
「佐助ぇぇぇっ!!!!!」
咄嗟におにーさんの腕に縋り付いてぎゅっと目を閉じる。
その途端にズザザザザザザ―――ッっていう何かが滑る音がして、砂埃が俺達を包み込んだ。
「…………旦那、いつも言ってるでしょーが!城下でそんな走り方したら怪我人出るって!」
「お?うむ…すまぬ。」
「皆、旦那みたいなのばかりじゃないんだからね。」
「き、気を付ける……。」
「本当に分かってんのかねぇ……。」
「……………………………………………人だ………。」
「ん?」
………………人だよ。えええええっ?!砂埃の中から人出てきたーーっ?!?!?!
それも、某男性アイドル事務所のアイドルみたいなおにーさんが出てきたよ!!!
んで、又してもめちゃめちゃイケメンだよー!!!!
俺を助けてくれたおにーさんよりは若そうだけど、俺よりはきっと年上だこの人。
あわあわしながら、俺を助けてくれたおにーさんが旦那と呼んだアイドル風のおにーさんを凝視していると、バチッという音がしそうな勢いでそのアイドル風おにーさんと目が合った。
「佐助、こちらの御仁は?」
「ああ、?さっき知り合って……。」
「殿と申されるのか?」
「ぅえ?はい。です………。」
「そうか!某、真田源次郎幸村と申す!」
「ちょ、ちょっと旦那!!」
「………真田…さん??」
「うむ。お見知りおき下され。して、佐助と殿はこのような所で何をしておったのだ?」
不思議そうに首を傾げる真田さんに、真田さんが佐助と呼んだおにーさんががっくりと肩を落とす。
え?何?何でそんなに脱力してんのおにーさん??
「えっと……おにーさんが俺を助けてくれて、そんで………。」
「おにーさん???」
俺の言葉に真田さんがコトリ――と更に首を傾げる。
俺は無言のまま隣に座るおにーさんを指差した。
だって俺、まだこのおにーさんの名前ちゃんとに聞いてねーもん。
どうやら佐助って名前らしいって事は真田さんの言葉から分かったけどさ。
「やれやれ……真田の旦那があっさり喋っちゃうから本当の事言うしかないか。」
「本当の事??」
「忍はそう簡単に素性を明かせないもんなの。」
「しのび……?おにーさん、忍なの?」
「そ。武田軍…真田忍隊、猿飛佐助。お見知りおきを…ってね。」
そう言っておにーさんこと、猿飛佐助さんはニッと笑ってみせた。
うーわー……やっぱりカッコイイおにーさんはこーゆーのも様になるよなー。
うちのクラスの女子とかが見たら、絶対キャーキャー大騒ぎだと思う。
俺も図体だけじゃなくて、こーゆートコがそれなりにカッコ良かったら、少しはモテるようになんのかな?
……………………………無理だよな。
「それで?二人は結局の所何をしておったのだ??確か佐助はお館様の使いで出ていたのではなかったか?」
「そうそう。それで城下に来てみたらが酔っ払いに絡まれててね。」
「何と?!」
「それで猿飛佐助さんに助けてもらったんです。」
「ああ佐助でいいよ。」
「佐助……さん??」
「俺様もって呼ばせてもらうし。」
そう言って佐助さんは片目を瞑ってみせた。
うわぉ!ウィンクって俺初めて見た!!
つーか実際に使う人、居んのな!
でもそれがキモくないって、それが一番凄ぇと思う!!
やっぱりイケメンは何しても様になるってか?!
「成る程そういう事であったか。しかし、殿は佐助によって事なきを得たのであろう?なれば、どうしてそのように真っ赤な顔をしておられるのだ??」
俺の目元を指して真田さんが目を瞬かせる。
え?やっぱり俺そんな目立つ程泣き腫らした顔してるわけ?!
流石に鏡とかないので自分の状況は把握出来ないんだけど、そうまで言われるってのは余程酷いんだよなきっと!
どーうーしーよーうー!!!
「それがさ、何か急に泣き始めちゃったんだよねぇ。」
「佐助さんッ!!」
いやーーーーーーーーー!!!!やめてーーーーー!!!
ただでさえ大泣きした所を佐助さんに見られて恥ずかしいってのに、真田さんにまでそんな事バラさないでぇぇぇぇぇぇ!!
「ふむ………殿、佐助に何かされたのではござらぬか?」
「ちょっと!それどーゆー意味よ?!旦那?!」
失礼な――!そう言ってへにゃりと表情を歪める佐助さん。
でもそんな所もやっぱりカッコイイままなんだよねー。
つーか…………この2人並んでると何か凄ぇ眩しい気がするんですが…ッ?!
ううううぅぅぅ~~~イケメンオーラが目に痛い~~~!
「ではどうして泣いておったのだ?」
「それが分かんないから、こうしてが落ち着くの待ってたんだけどね。そこに旦那が通りかかったって訳。」
「そうであったか。」
「で?結局どうしたの?俺様達にも分かるように話してくれる?」
そう言って又佐助さんは俺の頭をポンッ――と叩いた。
あ………何か凄く優しい目ぇしてる。
さっき佐助さんを一瞬怖いって思ったのが嘘みたいなすっげぇ優しい目。
「はぅう………佐助さぁん……。」
「何か事情があるんでしょ?まぁ俺様も乗り掛かった船だし、最後まで付き合ったげるからさ。………話してみなよ?」
そう言って何回か俺の頭を撫でてくれる佐助さん。
あ゛うー……………俺、正直言うとコレが一番苦手なんだよね。
いや、悪い意味じゃなくて。
常日頃から子ども扱いなんてされた事殆ど無かったから、こうやって大きな手で優しく撫でられると……その………。
何ていうか気持ち良くて嬉しくて、すっごく幸せな気持ちになってクラクラしちゃうんだ。
んで、すっげー甘えたくなっちゃうんだよ!
でも実際そんな事したら絶対ヒかれるに決まってるから………その………出来ないけどさ。
俺だって自分の現実くらい……分かってるもん。
けど………………………少し……ほんの少しだったら……大丈夫かな?
ぐ、グラついてなんかないんだからな…ッ!!
「……………………………………………………本当に?」
「ん?」
「俺の話……聞いてくれる??」
そうだよ。大きな期待しなきゃいいんだ。
信じてくれたらラッキーくらいに考えればいいんだ。
そうそう、いつもと同じ。気持ち半分で。
そーすりゃ何かあっても大丈夫。
「ちょっとちょっと!何?その投げやりな顔?!」
「だって………絶対信じてもらえないもん俺の話。」
「聞いてみなきゃ分かんないでしょーが。」
「左様でござるぞ殿。微力ながらこの幸村もお力になります故。」
「……………………。」
「??」
くっそー!!!そんな顔でそんな風に言われたら、本当に俺の事信じてくれるような気がしてきちゃうじゃないか!
この人なら俺の事本当に助けてくれるかも――なんて思っちゃうじゃんか!
俺の心の中で『期待したって無駄だって諦めてる俺』と『俺を助けてくれたこの人なら…って思ってる俺』とがえらい勢いでせめぎあってる。
「………俺ね………ずっとずっと未来から来たかもしれないんだ………。」
もうここまで来たらどうにでもなれって感じで。
俺は目を丸くして俺の事を見下ろす佐助さんと真田さんの顔を見上げた。