何でも器用に出来て、俺の分かんない事いっぱい教えてくれて、いつも俺と一緒に居てくれて、そんで俺をちゃんとに年相応に扱ってくれる――そんな兄ちゃんが。
にーちゃんと俺 1
俺、!こう見えても中学2年なんだ。
中学生に見えないとか言うな!!
確かに図体だけはデッカイっていつも言われるけど!
小学生の時から電車や映画館なんかで子供料金払う度に止められたりしてたけど!
全然子供っぽくないって…そんなの俺が一番分かってんだよちくしょーーー!!!
でもでもでも!俺だってれっきとした『義務教育期間中の学生』ってやつなんだからな!
――と、常日頃からの俺の心の叫びはこの際置いておくとして。
そんな心と体のギャップに日々悩まされている俺こと、ただ今非常に困った状態に置かれております。
「おうおう!何だテメェはよぅ?!」
何だとはこっちが聞きたいっつーの。
修学旅行で来た時代劇のセットが有名な某映画村。
あ、俺の学校3年生は受験があるから2年の内に修学旅行行くのね。
話それたけど、グループ行動の時間になって江戸時代の町並みを再現したセットを友達とあちこち見て回って。
店屋の中のセットの物珍しい色んなものに気を取られてたら、いつのまにか友達がみんな建物の外に出ててさー。
置いてくぞーなんて呼ばれたから、急いで外に飛び出したんだよ。
そしたらこの有り様。
何か変な恰好したオッチャンにぶつかったと思ったら、嘗め回すように俺を見たオッチャンは急に怖い顔して俺に絡んできたって訳。
うっぷ…ッ!何かすげー酒臭いよこの人!
「オラ!聞いてんのかぁ~?!妙な形ぃしやがって!」
あーもー……ホントうざいよこのオッチャン。
俺、ぶつかった時ちゃんとに謝ったじゃん。
こーゆー面倒くさい時は先生に助けてもらうに限るよな。
建物に入る前に俺達の少し先を担任の先生がクラスの女子と一緒に歩いていたのを思い出して、俺は何とかしてもらおうと女子と先生がいた筈の方へ目を向けた。
うん、目を向けた筈だったんだ。
…………………………………あれ?何で居ない訳??
いや、先生だけじゃなくて、クラスの女子達も俺と一緒に行動してた友達もどこにも居ないんだ。
それどころか。
さっきまで俺達以外の観光客のおじさんやおばさん、若いおねーさん達も居たってのに、一人もその姿が見えないんだ。
それだけじゃない。
居なくなった人達の代わりに、目の前の変な恰好してるオッチャンと同じような恰好の人達がいつのまにか俺達を珍しいものでも見るかのように遠巻きに見ていて。
何てーの?時代劇に出てくる町民とか農民とかみたいなそんな恰好ってやつ。
明らかに着物とかなの。一人も洋服着てる奴とか居なくて。
は?!何これ?いつの間にか撮影とか始まっちゃったりしてるわけ?!
で、みんな邪魔だからってどっか離れた所に行ってるとか??
センセー!みんなー!俺どうしたらいいわけー?!?!
突然の事にどうしたらいいのか分からなくて呆然とその場に立ち尽くす間も、俺の前に立つオッチャンは何やらグダグダと呂律の回らない様子で俺に絡んでくる。
うー……俺、何で修学旅行にまで来てこんな目に合わなきゃいけないんだよー?!
何だか妙に情けなくなってきて、じわりと涙腺が緩んだ――その時だった。
「悪いんだけどー、ちょっとそこ通してくんない?」
この場の雰囲気にそぐわない軽~い声。
こんな時に誰だよ?!
俺、今めっちゃピンチなわけ!
自分の事で精一杯なわけよ!
そう思って声の方に視線を向けると、俺より少し大きな若いおにーさんが俺達の方を見てにっこりと笑みを浮かべていた。
うわー………こんなカッコイイおにーさん初めて見るー。
テレビに出てる芸能人みたいだ。
あ、そっか。ここ撮影する所だから芸能人が居て当たり前か。
何か男の俺の目から見ても凄いカッコイイおにーさんの姿に、俺は今まで感じていた情けなさとか恐怖とかが吹っ飛んでしまって、じーっとその目の前のおにーさんを凝視してしまった。
だってさナマ芸能人だよ?ナマ芸能人!!
「ひっく…ッ!ああん?!何だテメェ?!」
「俺様、そこの店に用があるんだけど。アンタ達が店の前塞いでるから入れない訳。」
笑顔のままそう言って、おにーさんは俺達の後ろの店を指差す。
そっか。俺、店飛び出した瞬間にこのオッチャンにぶつかったから、店の目の前で絡まれてたんだ。
え?でもこの店に用があるって………もしかしてこの建物の中で撮影すんのかな??
それとも中でスタンバってないといけないとか?
俺は慌ててペコリと頭を下げると、入り口を開けるようにして身体を横にずらした。
「ごっ…ごめんなさい!おにーさん!邪魔しちゃって…ッ!」
「あ、ああ…うん。いいよそこまで恐縮しなくても。」
「……………。」
「アンタもそこの店に用があるんじゃないの?ほら、こんな所でいつまでも突っ立ってないで一緒に入らない?」
「え?!」
「ほらほら!いつまでも店の前に突っ立ってたら、店の人にも周りの人にも迷惑でしょ?」
そう言っておにーさんが俺の背中をぐいぐいと押してくる。
え?!何?!俺、別にここには用なんて…ッ!
だって俺さっきここから出たばっかなんだよ?!
でも、おにーさんはすっかり俺と店の中に入る気満々のようで、ワタワタしてる俺にお構いなしに俺を店の中に押し込もうとする。
「待てやテメェ!!何勝手に話進めてんだぁ?ああっ?!」
あ………忘れてた。
俺、現在進行形でオッチャンに絡まれてる最中だったんだ。
相変わらず呂律の回らないその声に困ったように眉尻を下げると、目の前のイケメンのおにーさんがやれやれといったように肩を竦めてみせた。
うわー…イケメンって何しても様になるのなー。
「アンタさ、ここの人間じゃないでしょ?」
「何でぇ…ッ?!それが…ひっくッ……どうしたってんでぃ…ッ!」
「それ位にしといた方がアンタの身の為だぜ?その内騒ぎを聞きつけて役人がここにやってくる。」
「――――ッ?!」
「アンタがどこの国の奴かは知らないけど、ここ甲斐の国ではアンタみたいな奴を擁護してくれる領主なんて居ないんだよ?少なくともお館様は、酒に呑まれて年若い人間に謂れのないケンカを吹っ掛けるような人間……厳罰にはしても優遇したりしないと思うけどね。」
おおおおっ?!おにーさんの言葉に、俺に絡んでたオッチャンの顔がどんどん白くなってく!凄ぇ!!
別におにーさん睨んだり凄んだりとかしてない筈なのに、何故だかオッチャンはその場でガタガタ・ブルブル震えだした。
え?何?おにーさん何かしたの??
俺の目にはにっこり笑ってるようにしか見えないんだけど。
でも明らかに目の前のオッチャンは顔色を変えてその場からじりじりと後ずさり始めた。
「お…おにーさん…?」
「さ、いいからアンタはさっさと中入った!入った!」
「うえぇぇぇ~~?!」
急な展開に恐る恐る声を掛けると、あのカッコイイ笑顔を俺に向けて、おにーさんは俺の背中をポン――と押して俺を店の中に連れ込んだ。
あれれ?何か見た目と違ってこのおにーさんって凄い力持ちなのかな?
だって俺、結構図体デカいから、俺を動かすなんて簡単な事じゃない筈なのに。
俺はビックリしながらも、それでも俺を助けてくれたんであろうおにーさんに逆らう事が出来ずに、そのままおにーさんに促されるまま店の奥の方に再び舞い戻ってしまった。
うえーん…俺、いつになったら皆と合流出来んのー?!
「あ、あの…ッ!」
「ん?」
「えと……助けて…くれたんですよね?ありがとうございます!!」
色々言いたい事は確かにあったけど、とりあえずは助けてくれた事にお礼言わなくちゃ。
礼儀って大切だって、よく母さんに言われるし。
もう一度ペコリと頭を下げると、驚いたように目を見開いてからおにーさんは小さく苦笑してみせた。
「まぁ今回は運が悪かったかもしれないけどさ、アンタも少しは上手く立ち回らないと。いい歳してそんなんじゃ、又似たような奴に絡まれて、身ぐるみ剥がされちまうぜ?」
「え?」
「まぁそんな珍しい恰好してるから目をひいちまったのかもね。アンタもこの国の人じゃないのかな?どこの人?」
え?この国の人間じゃないって…………俺れっきとした日本人なんですが?!
っていうか、見たら分かるでしょー?!
俺、別に髪染めたり、カラコン入れたりとかしてないし、典型的な日本人顔だと思うんだけど?!
なのにこの国の人間じゃないって言われるって……どーゆー事?!
俺中学生に見られないとかって事はよくあるけど、日本人に見られないって事は今まで一度たりともないんですが!
それに珍しい恰好って……俺、普通に制服着てるだけなんだけど?
俺は向けられた予想外の言葉に困ったように笑うしか出来なかった。
「え、ええと…俺、中学の生徒…です。修学旅行で来てて……。」
「……ちゅうがく??せいと?何それ?しゅうがくりょこう??」
何だかすげー片言っぽい言葉を話すおにーさん。
あれ?俺何かおかしな事言ったっけ??
それとも俺が中学生だって言ったから疑ってる…とか?
こんなうすらデカい中学生なんか居ないって?
「え?いやだから中学の修学旅行です。」
「……………。」
「あ、あの………おにーさん??」
な、何か物凄く変なもの見るような目でおにーさんが俺の事見るんですけど?!
え?え?え?何でぇ~~?!
「あのさ………俺様、アンタの言ってる事、理解出来ないんだけど?」
「ふぇえ?!」
「ほんと、アンタどこから来た何者なの?」
「えっと……その……ッ!」
「何か妙な恰好してるから絡まれてるんだと思ってたけど、案外アンタの方が不審者だったりして?もしかして……どっかの間者を拾っちゃった?俺様?」
そう言って笑うおにーさんの目は……何か笑ってなかった。
顔は笑ってるのに、目が笑ってないってやつ。
俺は何故だかゾッとして、一歩後ろに後ずさる。
だってさ、何かさっきのオッチャンに絡まれてる時より怖い感じがしたんだ。
「『かんじゃ』…って………何…それ?俺、分かんない……。」
「まぁ確かに、そう簡単に認めるとも思えないし、アンタの様子見てると全然それらしく見えないけどね。」
「お、俺ッ!本当に学生なんです!先生に聞いてもらえば分かります!!」
「先生??アンタ、どっかの典医の弟子か何か?」
「『てんい』って何ですか?!俺、おにーさんの言ってる事、全然分からないよ!」
もう何が何だか訳分かんない!
何でおにーさんと会話が成り立たない訳?!
これじゃまるで外国に来たか、昔にタイムスリップしちゃったみたいじゃないか!!
そこまで考えて、俺はハタ――と我に返った。
あれ?……………………ちょっと待って。ここ、どこ??
さっき俺が飛び出したセットの店の中って、こんなに色んな物が並んだりしてたっけか?
それに、俺達が店の前を塞いでたから誰もこの中に出入り出来なかった筈なのに、店の中にはいつの間にか着物を着た男の人と女の人が。
あれれ?本当に……何コレ?
「ちょっと、アンタ?どうした訳?」
あ、何かおにーさんの声がスーッと遠く聞こえる。
クラクラして…耳鳴りがしてきた。
急に俺がピタリと動きを止めたからか、心配そうに顔を覗き込んでくるおにーさん。
「ここ…………どこ?」
何かおかしいとは思ってたんだ。
外はまるで時代劇の撮影が始まりそうな風景。
周りには着物姿の人達しか居なくて、俺の知り合いの姿はどこにもない。
飛び出した筈の店の中には、さっきまで無かったような物が数多く並んで、その上いつの間にか居なかった筈の人も居る。
そんで全く成り立たないおにーさんとの会話。
そう…………これじゃまるで俺が時代劇の世界に迷い込んでしまったみたいじゃんか!
「……………っく!……ひ……っく……!」
「ちょ、ちょっと!何?!どうしたの?!」
じわ…って目が熱くなって。
俺の目からボロボロと涙が零れ落ちた。
何かお腹の中から震えるみたいな感じがして何度もしゃくりあげてしまう。
だって俺、今一人ぼっちなんじゃね?
いくらバカな俺でも、目の前の世界が撮影セットの中の事じゃないって事くらいは理解出来る。
俺、たった一人でタイムスリップしちゃったかもしれないんだ。
いつの時代かは分からないけど、明らかに過去の世界に――。
「うー…ッ!………ひく…ッ…っく…!」
「何で急に泣き出すわけ?!ちょっと!!」
目の前のおにーさんが、突然泣き出した俺に慌てたように傍に駆け寄ってくる。
まるで俺様が泣かせたみたいじゃないの!――そう言っておにーさんは俺にキチンと畳まれた布を差し出した。
何これ?手拭いってやつ?
「使って…ッ……いいの?……おにーさん?」
えぐえぐ言いながら俯いてた顔をあげると、困ったようにおにーさんが笑う。
さっきまでの怖い感じは全然しない、俺を助けてくれた時のおにーさんと同じ笑顔に。
俺は何だか妙にホッとしてしまって。
結局その後もボロボロと溢れる涙を止める事が出来なかった。