にーちゃんと俺 15







吉にーちゃんに三成さんの所へ書類とみかんとお茶を届けるように指令を受けた俺、14歳。
又しても困った状況に置かれております。


「ええと………。」


だってさ………お茶をお届けに来た三成さんって人、何かすっごく厳しそうな人で、俺がお茶を持ってきたって言っても一瞬だけこっちをチラッと見ただけで、すぐに手元の書類に視線を戻すと、まるで俺なんか居ないかのようにすぐに筆を走らせ始めちゃったんだ。
休憩させるどころか、俺とマトモに目も合わせなければ、お話もしてくれないんだもん。
まるで空気みたいに扱われて、俺はどうしたらいいのか分からなくなってしまった。
吉にーちゃんには、三成さんを休ませるようにって言われてお茶を持ってきたのに、これじゃ全然意味ないよ。
三成さんってちょっと目つきが鋭くてちょっと怖そうだから話し掛けるの勇気がいるけど、今のままじゃ吉にーちゃんのお願いを叶えられないんだし、そんな怖そうとかとか悠長な事言ってられないよね。
俺はドキドキする心臓を押さえながら、意を決してもう一度三成さんへ声を掛ける事にした。

「あのぅ……。」
「………………………。」
「三成……さん?」
「……………。」

「――ッ!三成さんってばっっ!!!!!」

聞こえて無い筈はないのに顔も上げてくれなければ、こちらに意識も向けてくれない三成さんに、流石に俺もムッとして。
俺はお仕事の邪魔になるとは分かっていたけど、大声を上げて目の前の机をドンッと叩いた。
すると少しばかり不機嫌そうに眉を寄せた三成さんが、じろりと俺を睨み付けるようにこちらを見てくる。
一瞬その視線にビクッとしたけど、俺は勇気を振り絞って目の前の三成さんを睨むようにして見返した。


「……………何だ?」
「お茶冷めちゃいますから飲んで下さい!」
「くだらん……そこに置いておけ。」
「くだらなくないですよ!せっかく兵士さんが三成さんの為にって淹れてくれたのに!それに、吉にーちゃんだって自分も忙しいのに三成さんの事凄く心配して、俺にお茶を持って行くようにって言ってくれたんですよ!」
「吉にーちゃん………だと?」

今までずっと仕事の手を止める事が無かったのに、初めて俺の言葉に何かしらの興味を示してくれた三成さん。
動かしていた筆を止めると、訝しげに俺の方へ視線を向けてきた。
どうやら俺が大谷さんの事を吉にーちゃんって言ったのが分からなかったらしい。
まあそりゃそうだよね。
ここでは誰も大谷さんの事を吉にーちゃんなんて呼ぶ人居ないんだもん。
だから三成さんも俺が誰の事を言っているのか分からなくて疑問に思ったみたいだ。

「恐れながら三成様、大谷様の事にございます。この者は大谷様を兄と慕っておりまして、そのように大谷様をお呼びしております。」

俺の後ろで控えていたお世話係の兵士さんが、俺の代わりに三成さんの問いに応えてくれる。
その兵士さんの言葉を受けた三成さんの表情が一瞬柔らかくなったのは……気のせいかな?


「兄……か。」
「吉にーちゃん、凄く三成さんの事心配してました。だから少しだけでもいいから休んで下さい。」
「刑部が……。」
「はい。吉にーちゃんも今頃は一休みしてると思うし。このみかん、吉にーちゃんから三成さんへって渡されてきた物なんですよ。」

「……………分かった。刑部の心遣いと言うなら受けよう。そこへ置いておけ。」

「え?休まない……んですか?」

「刑部の心遣いは受ける。だが、それは今では無い。それに、それ以外の物は私には無用だ。」
「そんな!俺、吉にーちゃんに三成さんをちゃんとに休ませるって約束してきちゃったのに!それにせっかく兵士さんからも酒まんじゅうも渡されてきたのに……。」


これじゃ俺、何のお使いも出来ないダメダメな奴になっちゃうじゃん!
あまりの事にどうしたらいいか分からなくなって後ろに控えてくれていた兵士さんを振り返る。
その瞬間、兵士さんの手に握られていた書類と吉にーちゃんの文が目に入った。
そうだ!これも渡さないといけないんだった!
お茶とみかんと酒まんじゅうに気を取られてて、渡すの忘れる所だった。
俺は慌てて兵士さんから書類と文を受け取ると、再び仕事に戻ってしまった三成さんにそれらを差し出した。


「これ、吉にーちゃんから渡すようにって言われた書類です。それと、これは吉にーちゃんの言伝だって言ってました。」


俺の口から吉にーちゃんの名前と書類という単語が出たせいか、動かしていた手を止めて再び俺の方へ顔を向けてくれた三成さん。
差し出した書類と文を受け取ると、すぐにそれらを広げて書類に目を通し始めた。
その横顔は整っててホントにカッコイイおにーさんだ。
何て言うの?凄くキレイっていうか美形っていうか。
佐助(にぃ)や幸にーちゃんもカッコイイけど、2人とはちょっと違う感じ?
政にーちゃんやこじゅ(にぃ)達とも違うし…。
でもすっごくカッコイイおにーさんっていうのは間違いないんだよね。
ホント俺の周りってカッコイイおにーさんが多いよなぁ。
暫くその凄くキレイな横顔をボーッと見ていたら、不意に三成さんがこちらに向き直った。


「貴様がこれを纏めたというのは本当か?」

「へ?」
「これだ。」


ポカンとした俺に、三成さんが手にしていた書類をこちらに向けてみせる。
ああ、吉にーちゃんに頼まれて俺がまとめた一覧表か。

「あ、はい。吉にーちゃんに言われて……。」
「……………。」

「あっ…と…その……えと…っ……。」

そのまま俺を見たまま目を逸らさない三成さんに、俺はあわあわと視線を彷徨わせる。
だって三成さんってまっすぐに俺の目ぇ見てくるんだもん。
何て言うかその……凄く恥ずかしくなるっていうか…。
カッコイイおにーさんにじっと見られるって、こんなにドキドキすんの?!


「………。」
「あのっ……何か?」

「………何でも無い。」


そう言って三成さんはフイ――と視線を戻してしまう。
ちょっとホッとしたような、でも残念なような微妙な感覚のまま、俺はホッと溜息を吐いた。

それにしても何で三成さんはこの書類を俺がまとめたって知ってるんだろ?
もしかして吉にーちゃんからの文にでも書いてあったのかな?
不思議に思いはしたけど、それ以上の事を三成さんは言ってこなかったから別に気にする事も無いか。
俺は又しても書類に向き直ってしまった三成さんを、何とかして休ませられないか方法を考えるべく小さく溜息を吐いた。



「貴様は――」



考え込んでいた俺の耳に不意に聞こえてきた三成さんの声に、俺は目を瞬かせる。
だって三成さん、俺の方見てなくて書類や巻物の方へ視線を向けたままなんだもん。
一瞬、自分に声を掛けられたんだって分からなかった位。
でもこの場に居るのは三成さん以外には俺と兵士さんしか居ないし、兵士さんは俺の後ろの方に居てマトモに話せる距離には居ないし。
となると、独り言でもない限り三成さんの言う『貴様』は俺しか居ないって事になる。

「貴様は刑部を兄と慕っているのか?」
「刑部……吉にーちゃんの事?」
「そうだ。」
「うん!吉にーちゃんは凄く優しく俺の事撫でてくれたの!それにね、俺に美味しいお饅頭もくれたり、おにぎりを一緒にはんぶんこもしてくれたんだ!」
「そうか……。」
「吉にーちゃんはね、自分も忙しいのに俺や三成さんの事考えて心配してくれる優しいにーちゃんなんだよ!あ………そんなの三成さんは言われなくても知ってるか。」

俺よりもずっと一緒に居る時間が長い三成さんだもん、今更そんな事言われなくても分かってるよね。
『そんな分かりきった事を言うな!』とか言われそう。
ドキドキしながら三成さんを見ると、意外にも三成さんは目くじらを立てる事も無く、俺をじっと見つめていた。


「……貴様、名は何と言ったか。」

「俺?です。」
、貴様も刑部を兄と慕うからには、その悟性に少しでも近付くべく精進するのだな。」


そう言って三成さんは俺が持ってきたお茶に手を伸ばす。
あ!もしかして休憩してくれる気になったのかな?
良かった~と思ってホッとしてたら、三成さんは俺の持ってきたお茶をぐっと飲み干すと、すぐに資料と書類の広げられた机に向き直ってしまう。
もーーーーーー!!!!!
何で休んでくんないの三成さん!
そりゃお茶飲んでくれたのは良かったけど。
でもそれだけじゃダメなのに!
俺、三成さんを休ませられなけりゃミッションコンプリート!出来ないじゃんか!


「三成さん、休憩して下さい!」
「茶なら飲んだだろうが。」
「そうじゃなくて!吉にーちゃんは三成さんの身体を心配して…ッ」
「私には休んでいる暇など無い。」
「みかんや酒まんじゅう食べる暇も無い程?!」
「当然だ。その為に使う手があれば、筆の一つも握っている。」

そう言って三成さんは言葉通り筆を握るとサラサラと何か紙に書き始める。
みかんの皮剥く暇も、酒まんじゅう口に運ぶ暇も惜しい程忙しいってゆー訳?!
むきーーーーーーーーっっっ!!!
三成さんって、何てガンコ者なの?!
もうこうなったら俺も意地でも三成さんにみかんと酒まんじゅう食べさせてやるんだからな!
俺は湯飲みの脇に置かれたみかんを手に取ると、皮を剥いて一粒取ると三成さんの目の前にそれを差し出した。



「…………………、これは一体何の真似だ?」

「三成さん、みかん剥く暇も無い程忙しいんですよね?だったら俺が剥いてあげる!それなら手を使わなくても吉にーちゃんのくれたみかん食べられるよね?」
「―――ッ?!」


これで『手使えないから食べられない』なんて言わせないんだからな。
唖然としたように俺を見る三成さんに、ニィって笑ってみせる。
あ、ちょっと吉にーちゃんみたいな笑い方になっちゃったかも。


「はい、三成さん!」

「~~~~~~!……………くッ…!」


にっこり笑って口元にみかんを持って行くと、どこか悔しそうに舌打ちして、三成さんがみかんに歯を立てる。
そんな苦々しい顔して食べなくてもいいのに。
すっごい眉間に皺寄ってるよー三成さん。
こじゅ兄にも負けない位の眉間の皺だぁ。
俺は苦笑いしながら残りのみかんを三成さんの前に差し出す。
もしかして残りは食べてくれないかも…なんて心配したけど、ちょっとムスッとしただけで、結局三成さんはそのまま俺が差し出したみかんを1個丸々綺麗に食べ切ってくれた。
で、調子に乗った俺は、そのままの流れで酒まんじゅうに手を伸ばす。
このまま行けば兵士さんがくれた酒まんじゅうも食べてくれるんじゃないかなー……なんて思ったんだよね。
みかんからの流れで、ひょい――と酒まんじゅうを差し出すと、流石に三成さんの目が見開かれる。
あ、やっぱこっちはダメかなぁ?

、貴様…まだ私に食べさせるつもりなのか?!」
「だって三成さん、全然休んでくれそうもないんだもん。せめてこれ位は食べてくれなきゃ俺、吉にーちゃんにあわせる顔無いよ。」

休ませられなくても、せめて食べさせる事が出来たら、吉にーちゃんも少しは喜んでくれると思うんだ。
だって吉にーちゃん言ってたもん、三成さんってロクにご飯も食べないんだって。
だから本当は物を食べない分、少しでも休憩させたかったみたいなんだけど。


「これ以上はいらん!」

「えー?でもみかん1個しか食べてないのに…。」
「私には必要ない。、貴様が食べればいいだろう。でなければ刑部にでもやれば良い。」
「この酒まんじゅうそんなに大きくないから!1個だけでも食べましょうよー!」

「くどい!私はいらんと言っている!」

「もー!三成さんワガママ言わないの!!皆、三成さんの事心配してるんだから!!これじゃ三成さん、俺より小さい子みたいだよ!!皆に心配かけて、ワガママ言って言う事聞かないなんて!!」

俺も家出したり攫われたりして皆に心配掛けたりとかしたけどさ。
でも、だからこそにーちゃん達が俺の事思って言ってくれた事は、ちゃんとに聞いてるつもりだよ。
そりゃあ苦手な人参食べろって言われる時は、ちょっと抵抗しちゃう事もあるけどさ。
なのに三成さんは、心配してくれる皆の言う事全然聞こうとしないんだもん。
これじゃホント俺より小っちゃい子みたい。
佐助兄みたいに、めっ――って怒ってみせると、驚いたように三成さんが目をまん丸くする。

「三成さん、俺よりもずっとおにーさんなんだから、吉にーちゃんや皆に心配掛けるような事しちゃダメだよ!」
「私がずっと年上……、そういえば貴様、一体幾つなんだ?」
「あれ?吉にーちゃんから俺の事聞いてない?」
「知らん。真田の者だという事は聞いているが。」


あれー?吉にーちゃんは俺の事『甲斐武田の秘蔵っ子』って言ってたし、最初から俺の事知ってたみたいだけど、三成さんは俺の事知らなかったのかなぁ?
三成さんも国の偉い人みたいだから、俺が甲斐の子だって事や、俺の名前とか知ってるもんだとばかり思ってたんだけど。
不思議に思いながら首を傾げると、三成さんもちょっと困った顔をした。


「えと、改めまして…、14歳です。よろしくお願いします。」


ぺこりと頭を下げて三成さんを見上げると、びっくりしたような顔で三成さんが俺を凝視している。
え?何?やっぱり子供には見えないって事?


「な……ッ…貴様………14だと?!」

「どうせ14歳には見えないって言うんでしょ?」


もう慣れたけどさ……図体ばっかりデカくて14歳には見えないって言われるのは。
ちょっとふて腐れてそう言うと、眉間に眉を寄せた三成さんが持っていた筆を硯に置いてこちらに向き直る。


、貴様14にもなって何だその素行は?!まさか元服もしていないというのではあるまいな?!」
「え?元服?してない……です……。」


あれ?何か思ってたのと違う反応来たーーーーー?!?!
てっきり14歳には見えないって驚かれると思ったのに………。
でも三成さんの反応はそんな感じじゃなくて。
何て言うか、コレは逆なカンジじゃない?
もっと子供だと思ってたのに、14歳だって聞いて、それならもっとしっかりしなさい――って怒られてる…みたいな?
いや流石にこの反応は俺、想定してなかったよ。

「分かった………貴様が甲斐武田の者である以上、私が烏帽子親になる訳にはいかないが、…貴様が元服するまで、刑部同様に私も年長者として鍛えてやろう。」

「え?吉にーちゃんと同じに?それって三成さんも俺のにーちゃんになってくれるって事?」
「貴様が望むなら義兄であろうと構わん。好きにするがいい。」

そう言う三成さんの口元はどこか柔らかに緩められていて。
俺は嬉しさで、へにゃりと顔が緩む。
締まりのない顔をするな――と三成さんこと三成(にぃ)に言われたけど仕方ないよね。
だって吉にーちゃんの他に又、新しく俺ににーちゃんが出来たんだもん。
それも凄くキレイでカッコイイにーちゃんが。


「えと…三成兄、聞いてもいい??」

「何だ?」

「えとね、俺が14歳だって言ったら驚いてたでしょ?でも三成兄は俺の事14歳に見えないって言わなかったよね?俺、図体デカいから14歳に見えないって思わなかった?」
「体格は確かに歳の割に大きい方だとは思うが、よく見ればまだ貴様が幼い事はすぐに分かるだろう。」
「よく見れば?」

「貴様は身長に比して顔つきが幼すぎるのだ。それに素振りや表情、言い回し…そのどれをとっても、貴様は未熟すぎる。だから私は未だ11・12位かと思ったのだ。」


ほへぇ……俺、顔がガキっぽいのかぁ……。
そんな事言われた事無かったから初めて知った!
他にもガキっぽい所満載なんだ俺って。
でもまぁだから三成兄は俺の事14歳に見えないとか言わなかったんだ。
歳よりガキっぽく見られたのはビックリだけど、でも常日頃実年齢より下に見られた事無いから、ふつーの子供みたいに見てくれたのが嬉しくて、俺は又してもへらっ――って三成兄に笑ってみせた。


「何をそんなに締まりのない顔をしている?」
「だって…三成兄は俺の事、ちゃんとに見てくれて嬉しくて。」

「――――っ?!」

「俺、いつも見た目で図体ばっかりデカいとか、子供には見えないってよく言われてきたから…。」

「…………成る程な…言動が幼いのはその反動か………。」

「え?何か言った?三成兄??」
「いや………。」


何か納得したように呟く三成兄。
それ以上言葉を返さない三成兄に首を傾げてみせると、三成兄の口元が微かに緩んだように見えた。
そのほんの僅かな変化に、一瞬あれ?って思った次の瞬間――。
俺の差し出していた酒まんじゅうに、三成兄の白い歯がガブリ――と突き刺さって。
ビックリして固まった俺の手から残りの酒まんじゅうを奪い取ると、三成兄はそれをポイッと自分の口の中に放り込んでしまった。
え?酒まんじゅう食べるの、あんなに嫌がってたのに………食べてくれた?
何で急に食べる気になってくれたのかは分かんないけど、でも少しでも食べてくれたのが嬉しくて、俺はへにゃりと笑う。
だってこれで少しは吉にーちゃんのお願い、叶えられたって事じゃん?
本当はこのまま休憩してくれれば一番だけど、俺のお願い聞いてみかんと酒まんじゅう食べてくれただけでも、三成兄としては充分譲歩してくれたんだろうし。
そう思って、お仕事の邪魔にならないよう吉にーちゃんの所に帰ろうとした俺の頭に、不意にぽふっと何か柔らかいものが触れる。



「え―――?」



目の前を通り過ぎていく大きな手。
ほんの一瞬だけ髪を撫でていったのが、三成兄の手だと気付くのに少しだけ時間が掛かってしまった。
だって三成兄が俺の事撫でてくれるなんて思ってなかったから。


「三成兄??」

「行くぞ。」
「へ?行くって………何処に??」
「刑部の所へだ。そこに置いた蜜柑と饅頭を持って貴様も来い。」
「え?え?え?何??どーゆー事???」

「……………貴様が休めと言ったのだろうが。」


そう言ってさっさと歩き始めてしまう三成兄。
それを慌てて追いかけながら、俺は机の上に置かれたみかんと酒まんじゅうを腕に抱えて走り出した。




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