そう言って目を細めたその人は、初めて俺を撫でてくれました。
にーちゃんと俺 13
俺、…ただ今非常に困った状況に置かれております。
困ったっていうか、非常に気まずい状況と言わずにはいられません!
「あ、あのぅ………。」
目の前で俺を見下ろすように立ち尽くしている目つきの鋭いおにーさん。
政にーちゃんやこじゅ兄もなかなかに鋭い感じだったけど、目つきの鋭さだけでいったらこのおにーさんはその比じゃない気がする。
某ネコ型ロボットアニメに出てくるキャラも真っ青な凄く特徴的な髪型してるけど、その髪は綺麗な銀色で、その上すっごいイケメンで、すらっとした長身で。
きっと睨むようにして俺を見下ろしてたりしてなかったら、俺はそのカッコ良さにじっとおにーさんを見詰めてしまっていたかもしれない。
それ位すっごくカッコイイおにーさんなんだけど。
でも俺はそう出来ない事情があって、今は上目遣いに俺を見下ろすおにーさんの表情を伺う事しか出来なかった。
「何だ左近?こいつは?!」
「あのですねー三成様、さっき立ち寄った村で拾ったんですよ!」
「拾っただと?!」
「いや、さっきの村って俺達にやられた残党が逃げ込んでたらしいんですけどね……奴等、村人達から食料や金や武器になりそうな物を巻き上げてたらしくて。」
「それがどうした?そのような下種、生かす価値も無い。残滅するのみだ!」
「俺もそう思ってさっさとやっちまったんですけどね。そしたらこいつが奴らに捕まってたらしくて。村人には見えない程身なりがいいからおかしいと思って調べてみたら、何と!甲斐の真田の家紋入りの懐刀持ってたんですよ!」
「真田………だと?」
「で、連れてきたって訳ですー。」
そう言って左近と呼ばれた、これまたすっごいイケメンのおにーさんがニッと笑って俺を指差す。
目の前の目つきの鋭いおにーさんよりは明るくてちょっと軽いカンジのするおにーさんは、町のゲーセンとかに普通に居そうな雰囲気。
でも捕まってた俺を助けてくれた時に見たあの感じは、幸にーちゃんや佐助兄・政にーちゃん達と同じだった。
ここでは婆娑羅者って言われてる、凄く強くて属性っていう特殊な力を持ってる人。
「何か役に立つかなーと思って連れてきたんですけど………どうします?」
「知るか。貴様が連れてきたのだろうが。」
「えー?!そんな事言わないで下さいよー三成様。もしかしたら武田の情報が手に入るかもしれないじゃないですかー!!」
「チッ!……………………刑部!刑部は何処にいる?!」
「……………呼んだか三成?」
三成様と呼ばれた銀色の髪のおにーさんが声を張り上げると、陣幕の外から低い声がして、全身を包帯か晒のようなもので巻かれた人が姿を現した。
っていうか…………………………………………………この人浮いてるよ?!
未確認飛行物体も真っ青な何か乗り物みたいなのに乗って飛んでるよ?!
それにこの人の周りをいくつもの珠みたいなのがグルグルしてるし!
この人手品師か何かなの?!
コレ、トリックとかあんの?!
見えないだけで、ワイヤーとかで吊ってるんだよねぇええええぇぇぇえぇええええ?!
あまりにアンビリバボーな現状に、俺は呆然と目の前のマジシャンさんを見上げる事しか出来なかった。
「やれ、どうした三成よ。」
「刑部…こいつを貴様に預ける。」
「ほう?こやつは?」
「左近が拾ってきた。真田の者らしい。」
「何と…甲斐武田の………。」
「使い道があるなら貴様に任せる。」
「承知した。われが責任を持って預かろう。」
「任せたぞ刑部。左近!貴様はさっさと出立の準備をしろ!」
三成様と呼ばれていたおにーさんに引き摺られるようにして、俺をここに連れてきた左近というらしいおにーさんが陣幕を出て行く。
あ、何かじたばたしてる。
あれって佐助兄に執務に引き摺られてく幸にーちゃんと同じ感じがする。
そんなこんなで賑やかに陣幕から出て行ったおにーさん2人。
そしてその場には俺とマジシャンさんの2人が残された。
うううううぅぅぅ…………何か凄く見られてる気がする…。
俺がさっき、マジシャンさんがここに入って来た時凝視してたのバレちゃったのかなぁ?!
だってあんな状態で見るなって方が無理あるでしょー?!
俺は表情の分かり辛いマジシャンさんをそっと上目遣いに見上げて眉尻を下げた。
「あ、えっと……………その………。」
「怯えずとも良い。われはぬしを三成より任せられた身ゆえな。」
「…………はい。」
「まずは、ぬしの名を聞いておこ。」
「…………です。」
「ほう?その名……確か甲斐武田の秘蔵っ子の名だと記憶しておるが…。」
そう言ってマジシャンさんは目を見開いた。
あー……俺の名前知ってるって事は、やっぱりここの人達は幸にーちゃんやお館様みたいな他の国の偉い人なのかもしれない。
だって前に政にーちゃん達が、俺の事は甲斐の国の子だって他の国にも知られてるって言ってたし。
後で佐助兄や才蔵さんに聞いたら、そーゆーのは国の偉い人達しか知らない事なんだって言ってたから、俺の名前を知ってるって時点でこの人達も偉い人達って事になる筈だ。
もしかして俺、今度こそ幸にーちゃんやお館様、佐助兄を困らせるような状態になっちゃったのかな?
前に家出した時は、俺を拾って助けてくれたのが甲斐と同盟を結んでた政にーちゃんやこじゅ兄達だったから、俺は人質みたいな事にならなくて済んだけど…。
もしかしたらこの人達がお館様や幸にーちゃん達と戦ってる国の人だったら、今回は本当に皆に迷惑を掛けてしまうかもしれない。
ど、どうしよう―――?!
「何と例の秘蔵っ子が自ら懐に飛び込んでくるとは……。」
ヒヒヒ――と甲高い声をあげて笑うマジシャンさん。
あう~…………何かこのカンジ……やっぱり俺ヤバイ人達の所に来ちゃったのかな?
どうしていいか分からなくなって、俺は膝の上で握った手をギュッと握りしめる。
そうしないと泣いてしまいそうだった。
でも!俺、決めたんだ!!
もういつも助けられてばかりで、泣いてばかりのヘタレな弟分から少しずつでも卒業するんだって。
だから俺は目の前で楽しそうに笑っているマジシャンさんをじっと見上げて唇を噛みしめた。
「俺っ!………俺なんか人質にしても意味ないですからっっ!!!」
叫ぶようにしてそう言うと、マジシャンさんの笑いが止まる。
それから暫く沈黙が続いたかと思ったら、次の瞬間マジシャンさんが大きな溜息をついた。
あれ?何でここで溜息つかれるの??
「やれやれ………ぬしは何か思い違いをしておる。」
「思い…違い?」
「われら豊臣は武田と争う気はない。であればぬしを人質に武田に交渉を持ちかけるなど有り得ぬ事よ。」
「そ、そうなんですか…?!」
「マコトよマコト。」
「え?でも…だって…………。」
「ふむ…ぬしはわれの言葉が信じられぬとみえる。われは悲しい、カナシイ。」
「うぇ?!ご、ごめんなさいっ!!俺っ!」
マジシャンさんが片手で顔を覆ってふるふると頭を振ってみせる。
その姿に俺は慌ててその場に立ち上がった。
だって悲しいとか言われるとは思わなかったんだもん。
確かに自分の言葉を信じてもらえないって凄く悲しい事だよね。
なのに俺、最初からマジシャンさん達の事思い込みで見てたんだ。
他国の人だから俺の事人質にするだろう――って。
思い込みとか、見た目とか、噂とか……そういうので勝手に自分の実像とは違う事を押し付けられる辛さは俺が一番分かってる筈なのに。
中学生っぽくないとか、ガキっぽくしてもキモいだけとか、見た目だけで差別され続けてその辛さを嫌という程経験してきた。
だからこそ、それが辛い事だって知ってる筈なのに。
でも俺自身がそれをしようとしてた。
俺は思わず目の前のマジシャンさんの包帯越しの腕に縋り付いて、俯いていたマジシャンさんの顔をそっと見上げた。
「―――――ッ?!」
「ごめんなさい!勝手に思い込んで…俺……おにーさんの言葉、最初からちゃんとに聞こうとしてなかった!」
俺、何てダメダメなんだろ…。
自分がやられて嫌だった事、自分がやろうとしてた。
それでこの人にも悲しい思いさせた。
情けなくて悔しくて、じんわりと目の奥が熱くなってくる。
泣きたくないのに。
でもどうしても自分が許せなくて。
俺はポロポロと零れ落ちる涙を擦りながら、マジシャンさんの腕をきゅっと握りしめた。
「……………………ぬし、何ゆえ泣いておる?」
「ごめんなさい、俺、おにーさんに嫌な思いさせた……っ!」
「それが理由で、ぬしは泣いておるのか?」
不思議そうに俺を見下ろしていたマジシャンさんが、俺の言葉に更に目を丸くする。
それに俺は無言のまま頷いてみせた。
「…………………………………ぬしは変わった童よな。」
溜息交じりにそう呟くマジシャンさん。
その言葉の意味が分からなくて、俺はぐすぐすと鼻を啜りながら首を傾げる。
別に俺、そんな変わり者じゃないと思うんだけど。
まあ、すっげーヘタレですぐ泣く所は…その…ちょっと普通じゃないかもしれないけどさ。
「俺、変……ですか?」
「そうよなァ、少なくとも普通の童であれば、われに近付いたり触れたりはせなんだ。」
そう言ってマジシャンさんは口の端を持ち上げる。
その言葉を聞いて、俺はハタ――と我に返った。
わわわわわわわわわわ?!?!?!
俺、無意識にマジシャンさんの腕掴んじゃってたよ!!
マジシャンさん、包帯巻いてるのに!!!
ただでさえ嫌な思いさせちゃったのに、包帯してる人の腕掴むって…俺どんだけダメダメなの?!
「わわわっ?!ご、ごめんなさい!!!い………痛かった……ですよね?!」
「なに…ぬしが触れた程度、何と言う事もないわ。」
「ほ、ホントに?…………よ、良かった~~~~……俺、おにーさんに痛い思い…っ……させちゃったかと……思って…ッ!」
これ以上やらかしてたら、俺、マジで凹んで立ち直れなかったかも。
ホッとしたのと、申し訳ないのと色んな感情がごちゃ混ぜになって。
俺は又もボロ泣きをしてしまった。
う~~~~~~俺、どうしたらこの泣き虫なの変えられるんだろ。
「やれやれ……又もわれの為に涙を流すか……。、ぬしは……われが恐ろしく思わぬのか?」
「ひっく………っ……おにー…さん………を?…っく……何…で……っ?」
「何でときたか。そうよな、われのこの姿を見て恐ろしくは思わなんだか?」
「????」
「思わぬ…か。だがこの身が業病に侵されていると知れば、恐ろしくもなろう?」
「………っく……『業病』って………ひっく……何…です……か?」
「……………………………。」
俺の言葉に、マジシャンさんが呆気にとられたように無言で固まる。
だって聞いた事ない言葉だったんだもん…仕方ないだろ?!
『病』って言ってるから、病気の事なのかなーとは思うけど。
「業病とは、前世にて重ねた悪業の報いを現世にて受けたが故にかかる病の事よ。われもその病に蝕まれておる。」
それ故、怖れて誰もわれには近付こうとはせぬ――そう言ってマジシャンさんはニィと笑ってみせる。
まるで俺を怖がらせようとするみたいな笑い方。
でも俺はどうしてそれで怖がらないといけないのか理解出来ない。
だって前世で悪い事したから病気になるなんて話、聞いた事無い。
そんな変な話、都市伝説的なのにだってならないよ。
これだったら、怪談とか心霊スポットとかホラー映画とか…オバケみたいな話の方がもっと怖いよ。
「俺、怖くない……。」
「……………。」
「だって前世で悪い事したから病気になるなんて事…っ…ないもんっ!」
「何故そう言える?」
「そんな事言ったらっ…世の中の人全員前世で悪い事したって事に……ひっく……なっちゃう。だって…っ……生まれて死ぬまで…1度も何の病気にもならない人なんて………っく……居ない…っ…でしょ?」
「業病とはそのようなものに非ず。ぬしに分かるように申せば、これは決して治らぬ病よ。」
「普通の病気じゃない…って……事?」
「如何にも。」
「でもそれは、そーゆー病気なだけでっ…前世の悪い事が原因だって事じゃ……ないもん……。」
「ぬしは何を根拠に前世の業が現世に輪廻せぬと断言する?」
「じゃあ…おにーさん…っ…前世でどんな悪い事したの?どうしてそれが…っ…病気の原因だって言えるの?おにーさんこそ、何の証拠があってそうだって…ひっく……決めちゃうの?」
俺は単純に疑問に思ってそうマジシャンさんに問いかける。
別に俺はマジシャンさんを言い負かそうとかそういうんじゃなくて。
ホントに俺には何でそういう風に思うのかが全然理解出来なかったんだ。
首を傾げてそう言うと、何かを言おうとしていたマジシャンさんがグッ――と言葉を詰まらせる。
包帯の下から見える黒い目が困ったように揺れているのを見上げていたら、又してもマジシャンさんに大きな溜息を吐かれてしまった。
あれ?俺又何か変な事言ったの?!
「…………ぬしはほんに変わった童よ。」
そう言ってマジシャンさんは苦笑交じりに笑って、その特徴的な目を細める。
そして、包帯に包まれた手を伸ばして、俺の髪をゆっくりと撫でてくれる。
あ…………凄く優しい撫で方する…この人。
力任せとか、髪がぐしゃぐしゃになるような撫で方する人も居るけど、マジシャンさんはとっても優しく俺に触れてくれるんだ。
何だ………やっぱり、こういうトコもマジシャンさんって怖い人じゃないじゃん。
何か妙に嬉しくなって、へらって笑った次の瞬間、気が抜けたのかぐーって俺のお腹が鳴った。
「?!」
「あ………………はははは…………。」
「ぬし、腹をすかしておるのか?」
「…………はい。」
はう――?!このタイミングでお腹鳴るって!!
超!!!恥ずかしいーーーーーーー!!!
あ、何か頭の中で佐助兄が頭抱えた姿が見えた気がする……。
仕方ないじゃん!お腹の音まではどうにも出来ないよ!
「ふむ………饅頭で良ければ持ち合わせておるが…。」
「もらって……いいんですか?!」
「ぬしが食す気があるなら構わぬ。」
「ありがとうございます!!!」
マジシャンさんが懐から包みを取り出して、俺に差し出してくれる。
それを飛び付く勢いで受け取って、俺は包みを開いた。
白くて大きな饅頭が2個。
すっごく美味しそう!
ヤバイ!唾液出てきた。
だって俺、昨日の昼に落ち武者みたいな人達に捕まってから何も食べてなかったんだもん。
「いただきます!!!」
俺は目の前の美味しそうな饅頭の誘惑に勝てず、ありがたくマジシャンさんからもらった饅頭にパクリとかぶりついた。
おおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおぉ?!
すっごく美味しい~~~~!
幸にーちゃんにも食べさせてあげたいー!
「われの手ずからの物を躊躇いもせず口にするとは…。ぬしはマコト、われもわれの病も恐れてはおらぬ――か。」
「――んぐ?何か…言いました??」
もっしゃもっしゃ食べていたら呟くような声が聞こえて、俺は慌てて饅頭をゴクリと飲み込む。
視線の先のマジシャンさんは饅頭をパクついている俺の手元を見ていて。
俺は慌てて残りの1個の乗った包みを差し出した。
ヤバっ!!俺、調子に乗ってた!
饅頭くれるって言ってたけど、2個あるんだから1個は返さないといけないのに!
絶対食い意地が張ってるって思われた~!
「よいよい。ぬしが食べたいのであれば全て食すと良いわ。」
真っ赤になった俺に気付いたのか、そう言ってマジシャンさんがククク――と笑う。
「え?でも俺、もう1個もらってるし…。」
「構わぬわ。腹をすかしておるのであろ?それに饅頭も、かように喜んで食される方が本望であろ。」
「でも、そしたらおにーさんの無くなっちゃう…。」
手元に残った饅頭1個を見下ろして、俺は途方に暮れる。
食べたいのはやまやまだけど、全部食べちゃうのは流石に申し訳ないし。
でもマジシャンさんはお腹減ってるなら気にせず食べていいって言ってくれる。
でもでもでも―――!
散々悩んで途方に暮れていた俺は、不意に1つの事を思い出す。
よく幸にーちゃんと種類の違うお菓子を半分こしながら食べた事。
そうだよ!半分こすれば、マジシャンさんも食べられるし、俺ももう少しもらえるじゃん!
俺は急いで大きな饅頭を半分にして、その半分をマジシャンさんに差し出した。
「はい!半分こ!!」
これで心おきなく食べられる。
そう思って見上げたマジシャンさんは、又しても驚きに目を見開いて。
そのまま暫く固まっていたのでした。