にーちゃんと俺 11







俺が躑躅ヶ崎館を家出してから、かれこれ3週間。
色々お世話になった奥州の政にーちゃんのお城をお暇したのは10日程前の事。
街道を歩く俺と佐助(にぃ)は、お館様と幸にーちゃんが待つ躑躅ヶ崎館への帰路を急いでいた。
本当は忍である佐助兄に連れていってもらえばずっと早く着くんだけど、俺は自分の力で帰りたいのだと佐助兄にお願いした。
勿論、呑気に街道を歩いていたらその間に前みたいに襲われたりする可能性もある訳だから、本当なら佐助兄に連れていってもらった方がいいってのは分かってる。
でも俺は俺自身の力で、俺自身の足で躑躅ヶ崎館に――家に帰りたかった。
助けてもらうばかりじゃなく、頼るばかりじゃなく俺自身の力で何かをやり遂げたかったんだ。
まぁ家出をやり遂げるってのも変な話だけど。
でもそんな俺の我が儘に、佐助兄は嫌な顔一つせず頷いてくれて。
その代わり、幸にーちゃんやお館様に報告して、何かあった時の為に忍隊を配置するまでは奥州の政にーちゃん達の所で大人しくしてなさい――って言ってくれた。
だから俺は、佐助兄が躑躅ヶ崎館に戻っている数日間、政にーちゃんやこじゅ(にぃ)・成実さんにお世話になって、沢山の奥州のお土産を買ったり美味しいご飯を食べさせてもらったりしていた。
そして、暫くしてからもう一度政にーちゃんの城に俺を迎えに来てくれた佐助兄に連れられて、俺は今度こそ奥州のにーちゃん達とさよならする事になった。

又いつでも遊びに来いと言ってくれた政にーちゃん。
美味しいご飯を沢山食べさせてくれたこじゅ兄。
色んな楽しい所に連れてってくれた成実さん。
お土産を沢山くれたり、いっぱい遊んでくれたお城のおにーさん達。
皆が俺を見送ってくれて、俺は又しても号泣しそうになってしまった。
でも!俺、泣かなかったよ!
だって、佐助兄が奥州とは同盟を結んでるから又会いに来れるって言ってくれたから。
手紙を書けば、お館様や幸にーちゃんの書状と一緒に忍隊の人が届けてくれるって言ってくれたから。
だから俺は「さよなら」じゃなくて「またね」って言って別れたんだ。

それから約10日。
俺は佐助兄と時々現れる忍隊の人達と一緒に、宿場町で質入れして路銀を稼ぎつつ躑躅ヶ崎館を目指していた。
佐助兄は宿代や茶屋での支払いのお金出してくれるって言ってくれたけど、俺はこっちの世界に来た時に持って来ていたカードゲームのカード――ホントは修学旅行で友達とカードゲームで遊ぶつもりだった――を質入れして、自分自身の路銀は用意するって断った。
家出したのは俺の勝手で我が儘で、幸にーちゃんやお館様にお金出してもらうのはおかしいって思ったから。
せめて最後まで俺の力で終わらせないといけないって思うんだ。
家に帰るまでが遠足です――じゃないけど、俺にとって家に帰るまでが家出です!



「大丈夫??少し休憩しようか?」
「ううん、まだ大丈夫!!もう少ししたら城下が見えてくるんでしょ?」
「そうだねーすぐって訳にはいかないけど、今日中には躑躅ヶ崎館に帰れるよ。」
「あとどれ位で城下に着く??」
「んー……この調子ならあと一時もしない内に着けると思うよ。」

ええと『一時』って確か2時間位だっけ?
こっちに来たばかりの時、時間の感覚が分からなくてスマホの辞書機能で調べたんだ。
不思議な事に、俺がこっちの世界に飛ばされてから既に何ヶ月も経つのに、スマホの電源は全然無くならない。
流石に通話やメール・通話系アプリ・SNS系とか交流系は使えないけど、スマホの内臓機能やブラウザは何故か普通に使えてサーチエンジン位なら問題なく使えたのはホント助かった。
だから今でも皆の言葉が分からなかったりすると、俺は辞書アプリやサーチエンジンを使って調べたりしてるんだ。
だから電源が無くならないってのは凄くありがたい。
佐助兄が言うには、スマホの電源が無くならないのは俺自身の時間の流れが止まってるからじゃないかって言うんだけど…。
でも普通に髪は伸びるし爪も伸びるし、お腹も減ればトイレにだって行く。
とても俺の時間が止まってるとは思えないんだけどなぁ??
でも今はそんな事よりも目先の事の方が今の俺にとっては重要で。
俺は、あと2時間程であの懐かしい家に帰れると思うと、少しずつ重くなり始めた足の事さえ気にならなくなっていた。


(おさ)……。」

ひたすらてくてくと街道を歩き続けて、遥か向こうにぼんやりと集落らしいものが見え始めた時。
不意に聞き覚えのある低い声が聞こえて、俺はその声の方を振り返る。


「あ!才蔵さん!!」


佐助兄の部下の霧隠才蔵さん。
俺も時々お話する事もあるんだけど、物静かで冷静なカッコイイお兄さんなんだ。
でもすっごく面倒見もいいんだよね。
お休みの時に釣りに連れていってもらった事もあるし。
そんな久しぶりに見る才蔵さんの姿に、俺は嬉しくなって佐助兄の前で膝を折っている才蔵さんに駆け寄った。

「…………無事で良かった……。」

俺の姿を見て目を細める才蔵さん。
きっと、俺が家出した事で才蔵さん達にも迷惑掛けちゃったんだと思う。
久しぶりに会えた事に舞い上がっていた俺は、己の未熟さと申し訳なさにただ項垂れるしかなかった。


「……ごめんなさい、才蔵さん。」

「どうした?」
「家出して、迷惑かけてごめんなさい。」


そう言うと、何故か才蔵さんは驚いたような顔をして。
そのまま佐助兄に視線を向ける。
そんな才蔵さんの困惑気味な表情に苦笑すると、佐助兄は才蔵さんに向かって無言のまま静かに頷いてみせた。


「…………才蔵…さん??」
「あ、ああ……気にする事は無い。が無事ならそれでいい。」
「うん。ありがとう。」


どこか戸惑い気味に伸ばされた手が、そっと俺の頭に触れる。
そのまま静かに髪を撫でてくれる才蔵さんに俺はにへらっと笑うと、その首元にぎゅっと抱き着いた。


「いっぱいいっぱいごめんなさい。それと迎えに来てくれてありがとう!」


他の忍隊の人達も。
街道沿いでずっと護衛してくれてたんだって俺、知ってるから。
才蔵さんも俺達を迎えに、そして躑躅ヶ崎館まで隠れて護衛する為に来てくれたんだって分かってるから。


、お前は……。」
「え?なーに??」
「……いや、何でもない……。」

「????」


何か言い掛けた才蔵さんは、それ以上は何も言わず立ち上がって、二言三言佐助兄と何か話すと、ふっと消えてしまった。
ホントいつも思うけど忍さんって凄いよなぁ…。
俺も訓練したらあんな風になれるのかなぁ??


「ほら、もう少しで近くの村に着くよ。そしたら少し休憩するからね。」

「はーい!!」


消えてしまった才蔵さんをボンヤリ見送っていたら。
ポン――と佐助兄に肩を叩かれる。
先を歩き始めた佐助兄の後を慌てて追いかけて、俺は走り出した。


「………ねぇ、佐助兄?さっきね、才蔵さん…俺がごめんなさいしたら驚いた顔してたんだけどさ、何でだろ??」

「あー………あれね。」
「それに俺の頭撫でてくれた時も、何か恐々触られたっぽかったし…俺、何か変な事したのかなぁ??」


そりゃ迷惑掛けちゃったからあまりいい気分じゃないのかもしれないけど。
でもどっちかっていうと怒ってるとか気分悪いってカンジじゃなくて、どうしたらいいか分かんないってカンジに見えたんだよなー。
でも俺、ごめんなさいって謝った事以外は特に変な事した覚えはまるで無くて。
だから何で才蔵さんがあんな表情してたのか、何であんな反応してたのかサッパリ分からなかった。


は別に変な事なんかしてないよ。でもね………多分、忍隊の誰でも同じ反応が返ってきたと思うよ。だから気にしなくていい。」
「でも………。」
「………………………気になる?」
「うん……。」


もしかしたら嫌な思いさせちゃったかもしれないって思うと落ち着かないし。
俺、中身はまだまだガキでバカだから、知らない内に何かしちゃってるって事、いっぱいあるから。


「…………才蔵はさ、どうしたらいいか分からなかったんだろうね。まさかに謝られるなんて思ってもいなかっただろうし。」

「何で??才蔵さん達だって俺を探したりしてくれてたんでしょ?迷惑掛けちゃったのは一緒だもん、謝るのは同じでしょ??」
「ああ…にとってはそうなんだよね?でも………俺様達忍はさ、人ならざる道具。命令のままに動く傀儡。だからを探せと命じられれば従うのが当然で、その結果礼を言われたり謝られたりってのは…想定してないんだよ。」

そう言って笑う佐助兄は何だか少し寂しそうで。
俺は無意識に佐助兄の旅装束へ手を伸ばす。
普段の忍装束姿じゃなく、旅の行商人の恰好をしている佐助兄は笠を深く被っていてこちらからその表情はハッキリとは見えないけど、でも見えている口元がどことなく寂しそうにも自嘲気味にも見えた。

「それで才蔵さん、俺がごめんなさいって言ったら驚いた顔してたの?」
「多分ね。」
「でも………何かそれだけじゃない気がする……。」
「どういう事??」
「だって才蔵さん、俺の頭撫でてくれた時、俺に触るの躊躇ってたように見えた……。」
「―――ッ?!」
「俺の事、嫌だったんじゃないのかなぁ?」

だから俺に触りたくなかったんじゃないかって。
それに俺がありがとうって抱き着いた時も固まってたみたいだし。
最後も何か言いたそうだったし。
あれは「何すんだ?!触るんじゃねぇ!」って言いたかったんじゃないかなって…。
そう言うと、佐助兄は困ったように笑って、俺の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜた。


「ちょーっと的外れだけど、固まっちまってたのは確かだねぇ。」
「やっぱり……。」

「だからの思ってるのは的外れだって。才蔵がに触れるのを躊躇ってたのはさ、己の手が血に汚れてるって分かってるからさ……。だからそんな自分がに触れていいのか…悩んだんだろうね。だってのに、当のはそんな事気にするどころか、何を忍ばせてるかも分かりゃしない忍に無防備に飛び付いてくんだから、そりゃ固まりもするって。」

「え?」
「本当、才蔵も災難だったねぇ。」
「えええええええ?!?!?」


えーーーーーと………?
何か、俺やっぱりマズイ事したって事なのかな?
佐助兄、才蔵さんの事災難だったって言ったし?
でも…佐助兄の言ってる事って………。


「んと、才蔵さんは俺に触っちゃいけないって思ってたの?自分が忍だからって。なのに俺の方から飛び付いちゃったから余計混乱させちゃったって事??」


佐助兄の話を俺なりに理解するとそうなるんだけど。
でも、もしそうだとして、何で忍だと触るの躊躇わないといけないのか、俺には分かんない。
そりゃ佐助兄も才蔵さんも他の忍さん達も『忍』である以上、人を殺さなきゃいけない事もあるだろうし、実際そうしてきてるんだと思う。
確かにその手は血に濡れたものなのかもしれない。
けど、だからってどうして俺に触っちゃいけないって思うの?
触られても俺、傷付けられたりしないのに。
皆、俺と同じあったかい手なのに。
不思議に思ってそう佐助兄に問えば、さっきの才蔵さんみたいに佐助兄の目が驚いたように見開かれる。
あれれ?又俺何か変な事言った??
何か皆にそういう顔されると、俺ちょっと自信無くなるんだけど……。


「…………と同じ手だって?」

「うん、そうでしょ?佐助兄も才蔵さんも、俺を撫でてくれるこの手は俺と同じでとってもあったかいもん。」


ね?――そう言って佐助兄の手を取る。
普段の忍装束の時は籠手や冷たい金属の手袋の感触に遮られて触れる事は出来ないけど、今は行商人の恰好をしてるから佐助兄の掌の暖かさを感じる事が出来る。
あちこち傷もついてマメやタコみたいなのもいっぱいあって。
俺よりも固くて厚い皮膚の感触。
でもそれは佐助兄が忍として生きてきた証みたいなものだと思う。
そうした違いはあるかもしれないけど、それ以外は俺と何も変わらない。
暖かくて大きくて頼りがいがあって、そんで凄く優しい手だ。


「はは…っ!俺様も才蔵の事言えないわ。」


反応が無いのをいい事に、にぎにぎと佐助兄の職人さんのような手を弄り倒してたら。
小さく笑ってから、参った――というように佐助兄は天を仰いだ。

「ほえ?何かよく分かんないけど、でもほら!同じ手だってのは分かってくれた??」
「分かった分かった。だから俺様の手くすぐるの止めて。」

「へへへへ……!」

何だか嬉しくなって、俺は佐助兄の手をきゅっと握りしめる。
そしてそのまま手を繋いで、俺は集落の方へと歩き始めた。



「ねーねー佐助兄!」
「んー?」
「見て見て!あそこにすっごい大きい木があるよー!」

遠くに見えていた小さな集落の入り口に差し掛かった辺りで、物凄く大きな木が見えてきて俺は驚きのあまり声をあげた。
いやさ、何の木かは分かんないけど、大人5・6人位が手を繋いでやっと――っていう位太い幹の木が、街道沿いにそびえてる姿はなかなかに壮観だったんだもん。
そのあまりの大きさに、俺は思わずその木に向かって駆け出してしまった。
いや、ホント凄い大きいの!
木登りしたらすっごい楽しそうって思っちゃう位!
ツリーハウスとか作ったら絶対面白いのにな~。
ワクワクしながら大木を見上げていると、ペチ――と佐助兄が俺のデコを小さく叩いた。


「こら!いくら才蔵が警戒してるからって、1人で急に動いちゃ駄目でしょーが!」
「はーい……。」
「ま、そろそろ休憩するつもりだったし、ついでだからここで少し休んでいこうか?もこの木が気になるみたいだし?」

苦笑気味にそう言って、佐助兄は背負った荷物を地面に降ろす。

「ほら、もちゃんとに休んどきな?まだもう少し掛かるんだからね。」
「うん……。」
「何??どうしたの??」
「………………才蔵さん……。」
「才蔵が…どうかした??」
「うん……あのさ佐助兄、さっきの才蔵さんの話だけどさ?俺、飛び付いて嫌がられた訳じゃないんだよね?」
「ああ、その話ね。大丈夫でしょ。あいつ本当に嫌だったらが飛び付いた所で躱して逃げるだろうし。」

そりゃそうだ!
目の前でパッと消えられる位なんだもん、いくら俺が目の前で飛び付いたとしても嫌だと思われたら躱されちゃうよね確かに!
って事は…少なくとも俺、自分から才蔵さんに(さわ)れた時は、嫌がられたり怒られたりする危険性は無いって事だよね、うん。
だって佐助兄の言葉が正しければ『(さわ)れる』って事は『()れる事を許してくれてる』って事だもん。
よし!じゃあ、その点は心配ないな!!
そうと分かれば、ちょっとダメ元でお願いしてみよっかな!


「あのね、佐助兄?お願いというか、聞きたい事があるんだけど…。」
「聞きたい事?」
「うん。才蔵さん、隠れて護衛してくれてるんだよね?それって隠れてなきゃダメ??」
「は?どういう事??」
「んとね、今ここで出てきてもらっちゃダメ?」
「忍ぶのが仕事の忍に姿を現せって??」
「やっぱり……ダメ??」

「駄目って事はないけど……何?才蔵と一緒に何かしたい事でもあるの?」


俺の言葉に不思議そうに首を傾げる佐助兄。
それにコックリと頷いて、俺は佐助兄の顔を見上げた。


「………やれやれ…何をしたいんだか知らないけど、別に才蔵がいいなら構わないよ。」
「やったー!!じゃあ、才蔵さん呼ぶーー!!」
「は?呼ぶって――――」


「才蔵さぁぁぁぁぁああああああぁぁん!!!!!!」


言いかけた佐助兄の言葉を遮る勢いで、俺は思いっきり才蔵さんを呼んでみる。
その俺の大声に、流石の佐助兄も目が点みたいになってしまった。
あ、でもいくら俺だって何も考えないで大声出した訳じゃないよ?!
忍さんレベルとかは流石に潜まれてると分からないけど、ちゃんとに周囲に他の人が居ないって確認したから呼んだんだからな!これでも。


「……………………………………………。」


俺の声が途切れた次の瞬間、焦ったような顔で俺の口を塞ぐ才蔵さんの姿が。

「もがッ………!」
「そんなに大声で呼ばずとも聞こえる。」
「――っぷ。あのねっ才蔵さん!お願いがあるんだ!!」
「お願い??」
「うん!俺、この木のてっぺん登ってみたいの!!」

そこまで言って、俺は今度は才蔵さんの背中にぴょん――と飛び付く。
おっし!良かった!避けられなくて。
これでそのまま躱されてたら俺、ちょっと凹んだかも。


「俺ね、才蔵さんにてっぺんに連れてって欲しいの!!…………………ダメ??」

「何故俺などに……。長が居るだろう?」
「何でって……才蔵さんと見てみたいと思ったから。」
「俺と?……お前は俺が………忍が恐ろしくは無いのか?」


困ったように眉尻を下げて才蔵さんが俺を振り返る。
でも才蔵さんは俺の事を振り払ったりはしなかった。


「ほぇ?どうして才蔵さんを怖がらないといけないの?」
「―――ッ?!己は忍だ……。」
「うん、そうだよね?佐助兄と同じ忍さんだよね?」
「忍は怖れ忌み嫌われるものだ……。」
「……だから、俺も才蔵さんや佐助兄の事、怖がったり嫌ったりしないといけないの?」
「……………………。」

「ははっ!観念しなよ才蔵。には俺様達の常識なんか通用しないんだからさ。」


俺の言葉に絶句してしまった才蔵さん。
それに苦笑して佐助兄は肩をすくめてみせる。
むー…………何かその言われ方は釈然としないけど、とりあえず今は俺の味方してくれてるみたいだからツッコむのは止めておこう。
それよりも今は才蔵さんの方だよ!
才蔵さんは『自分は忍なのに何でだ』――って事ばかり。
さっき佐助兄が言ってた通りだ。
忍は怖がられて嫌われるのが当たり前、()れるのも()れられるのも有り得ない――そんな風に思ってるって。
佐助兄に言われてた事だけど、実際に才蔵さんもそう思ってるんだって分かったら、ちょっと寂しくなった。


「俺ね、才蔵さんも佐助兄も大好きだよ?忍さんだからって関係ないよ?」
「だが俺達のこの手は……。」

「佐助兄が言ってた……忍の手は血で汚れてるって。でもね、その手で忍さん達は幸にーちゃんやお館様、兵士さんや甲斐の国の人達を守ってくれてるんだよね?俺も今こうやって守ってもらってるよ?だから俺は全然怖くも無いし、嫌いになんてなれないよ。」


忍さん達の手は俺にとって『守る手』だから。
だから「汚れてる」とか「忌み嫌われる存在」だって言わないで。
忍だからって俺を遠ざけたりしないで。
俺は才蔵さんに撫でてもらうのも、一緒に釣りをするのも、沢山お話するのも大好きだもん。
そう言うと、才蔵さんは一瞬泣きそうな表情を浮かべた。


「ほら!いいからさっさと行ってきな二人とも!!」


様子を見ていた佐助兄がパン――と手を叩いた次の瞬間。
びゅう――という強い風が周囲を取り巻いて。
俺は咄嗟の事にぎゅっと目を閉じた。

「―――……。」

耳元で聞こえる小さな声に。
俺は恐る恐る閉じていた目を開く。

「あ………。」

俺は、その眼前に広がる光景に言葉を無くした。
いつの間にか、遥か彼方まで見渡せる程のあの大樹のてっぺんに俺は立ってたんだ。


「…………これが見たかったのだろう?」


背中に張り付いていた筈の俺は、いつの間にか体勢を入れ替えられていて、才蔵さんに抱きかかえられるような形になっていて。
その俺の背には俺を支えるように才蔵さんの手が回されていた。


「才蔵さん………。」

「どうだ?感想は――?」


景色の事を言ってるんだろうって事は分かったけど。
でも俺はそれ以上に才蔵さんが俺に触れてくれた事が、背負うのではなく自ら抱えるように手を伸ばしてくれたのが嬉しかった。
だって背負うのは乗っかる方がしがみ付いていれば何とかなるけど、抱きかかえるのは支える方が本人の意思で手を差し伸べなければ出来ない事だから。
才蔵さんが自分の意志で俺に手を伸ばして、俺を支えてくれたのが嬉しかったんだ。


「すっごく嬉しい!!!!」
「何だそれは。」


ぎゅう――と首元にすり寄れば。
小さく笑うような気配がして、俺はすぐ傍の才蔵さんを見下ろす。
その顔には今まで見た事も無いくらい柔らかな笑みが浮かんでいて。
俺は嬉しさのあまりもう一度才蔵さんの首元にしがみ付いた。
これで少しは才蔵さんとも近くなれたかな?



















「二人とも!いつまで上で乳繰り合ってんの?!」
「え?ちち……???」

「……………長、男の悋気は見苦しいかと……。」




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