にーちゃんと俺 10
「はいは~い!そこまでにしてくれよー?」
ずっと背中を撫でてくれる佐助兄の肩口にすり寄っていたら。
どこか呆れたような成実さんの声が聞こえてきて、俺はふと我に返った。
あ、あれ?
俺……色々頭の中がグチャグチャになって忘れてたけど、ここって政にーちゃんの部屋だった…よね?
で、政にーちゃんの他にもこじゅ兄や成実さんも居た…よ…………ね……?
ぎゃーーーーーーーーーーーー?!?!
周りにこんなに人居るのに俺、佐助兄の事大好きって大声で宣言しちゃったよぉぉぉぉぉぉ!
うわぁあああん!恥ずかしすぎるだろ俺ぇぇぇぇぇぇぇぇぇ~~~~!!!!
「ちょっとー感動の対面を邪魔すんのやめてもらえますー?」
「なぁにが感動の対面だよ。今にも接吻しそうな雰囲気醸し出しといてよく言うぜ。ったく目の前で濡れ場なんざ勘弁しろっての。」
不満そうに――でもどこかホッとしたような様子の佐助兄の言葉に、すぐ傍まで来て俺達を見下ろしていた成実さんが肩をすくめてみせる。
そしてそのままこちらに視線を向けるとニッ――と白い歯を見せて俺の頭を2回ほどポンポンと叩いた。
「ほら、もいつまでも忍にしがみ付いてないでこっち来いよ?」
そう言われて成実さんの指差す方へ視線を向ければ、同じようにどこか呆れ顔のこじゅ兄と何だか楽しそうな顔の政にーちゃん。
あわわわわわわわ!ヤバイ!!
こじゅ兄の眉間皺寄ってる!
俺は慌てて佐助兄の腕の中から飛び起きると、さっきまで座っていた所へ駆け戻った。
「ご、ごめんなさい!俺…ッ!」
「Don't worry(心配すんな)!構わないぜ?面白いモン見せてもらったしな。」
クツクツと喉を鳴らして政にーちゃんが笑う。
お、面白いモンって言われた………………。
そりゃ確かに恥ずかしすぎる事したとは思うけどさ…。
俺だって佐助兄を助けたくて必死だったんだもん。
それに俺自身の事でも頭ん中いっぱいで、もうカッコ悪いとか恥ずかしいとか考えられなくなる位グチャグチャになっちゃったんだ。
「あー……………うー………………。」
何と答えたらいいか分からなくなってガックリと項垂れると。
まるでそれを見越してたかのようなタイミングで暖かな何かが背中に触れた。
「ちょっと独眼竜の旦那!うちの可愛い弟分を苛めるの、やめてもらえます?」
「何だよ。苛めてねぇだろうが。」
「よくもまぁそんな事言えるもんだね。独眼竜の旦那が面白いモン見たなんて言うから、項垂れちまったじゃないの。」
「はぁ?!俺が面白いって言ったのはテメェの事だ!」
「かもしれないけど、は自分の事言われたと思ったんだろ?ほら、顔上げな?」
「あぅ…佐助兄ぃぃ……。」
後ろから俺を支えるようにして抱き締めてくれる佐助兄。
覗き込むようにして俺を上向かせると、あの優しくてあったかな視線を向けてくれる。
えへへ…やっぱり佐助兄の腕の中はホワホワあったかいなぁ。
「よしよし心配する事ないぜ?独眼竜の言葉なんか気にする事ない。」
「でも俺……。」
「な…ッ?!Wait!!!!」
「ほぇ??政にーちゃん?」
佐助兄の言葉に慌てたように身を乗り出してきた政にーちゃんが、佐助兄の腕の中から引き剥がすようにして俺の肩をガクガクと揺さぶる。
「誤解すんなよ?!俺はお前の事を面白いモンなんて言ったんじゃねぇ!」
「そうなの?」
「当然だろうが!」
「……そっか。うん、なら良かった。」
政にーちゃんの言葉にホッとして溜息をつく。
いや、だってさ?確かに俺的にもめっちゃ恥ずかしすぎる事した自覚ある訳だし。
普通なら笑われてもヒかれてもおかしくないと思うから。
でも俺を一つしかない目でじっと見つめてくる政にーちゃんの表情には、俺の事をからかうような感じは少しも無くて。
それどころか、俺を見詰める瞳は凄く真剣な光を帯びていたから。
だから俺は素直に政にーちゃんの言葉を信じる事が出来た。
「ほらほら!まぁ色々あるだろうけど、さっさと話を先に進めようぜ~梵。」
「そうですな。政宗様、侵入者の正体も判じました故、まずはの件をご確認なされては如何かと。」
「…………Ok…分かった。その方が良さそうだな。」
成実さんとこじゅ兄の言葉に渋々と言ったように眉を寄せて頷くと、政にーちゃんは元の上座に腰を下ろす。
それを見送ってから、こじゅ兄が俺と佐助兄を振り返って口を開いた。
「さてと……今更聞くまでもねぇと思うが、とりあえず聞いておく。猿飛、テメェがうちに侵入した目的はこのって事で間違いねぇな?」
「まぁ、この状況で今更違うって言った所で信憑性の欠片も無いだろうしねー。右目の旦那のご推察の通り、の保護が俺様の目的だよ。」
「って事は、こいつが本物ので間違いはねぇってこったな?」
「仰せの通りで。しかし、まいったねー。その様子じゃの存在は大分知れ渡っちまってるって事か…。」
「Of course(勿論だ)。うちはテメェらの所ほど忍は充実しちゃいねぇが、それでも黒脛巾からの情報としての事は耳に入ってきてはいる。もう諸国にもコイツの事は知れ渡ってると思った方がいいな。」
「あー………やっぱりそうなりますよねぇ……。」
こじゅ兄と政にーちゃんの言葉にやれやれといったカンジの佐助兄。
腕の中に居る俺には、俺に覆い被さる様にしている佐助兄の表情は伺えないけれど、その声の感じからして、俺の事で佐助兄が困ってるみたいだって事は感じ取る事が出来た。
何が起きてるのか、何の話なのかはイマイチよくは分からないけど、でもこれだけは俺にも分かる。
俺、やっぱり佐助兄に迷惑掛けちゃってるみたいだ。
大好きなにーちゃんに迷惑かけるなんて……俺、なんてダメな弟分なんだろ…。
佐助兄は俺の事、失望も軽蔑も怒りもしてないって言ってくれたけど、でも今回の家出で迷惑を掛けちゃった事は確かなんだ。
だから大好きな佐助兄にこれ以上迷惑掛けたくないのに。
これ以上嫌われちゃうかもしれない可能性は残したくないのに。
でも今の佐助兄達の話の感じじゃ、俺はもっともっと佐助兄に迷惑掛ける事になっちゃうかもしれないカンジがする…。
「佐助兄……?」
「ああ、心配いらないよ。絶対に俺様が前みたいな怖い目に遭わせたりしないからさ。」
「Ahh……その様子から察するに、既に何かしらあったって事か。」
「まぁ…奥州とは同盟結んでるし、も世話になったみたいだから構わないか………ご想像の通り、は1度攫われてる。それも織田にね。」
「What's?!織田だと?!」
申し訳なくなって背後の佐助兄を振り返った俺に、佐助兄は安心させるように小さく笑うと真剣な顔で政にーちゃんに向き直る。
その佐助兄の言葉に政にーちゃんとこじゅ兄は驚いたように顔を見合わせた。
「Hmm…あの織田が餓鬼1人攫って人質交渉ってか?」
「俄かには信じがたいですな…。」
「俺様も正直そう思うんだけどね。」
苦笑気味にそう言って佐助兄はひょい――と肩をすくめる。
「でも織田だと断定する何かがあったんだろー?」
「まぁね。成実の旦那の言う通り、を攫った奴を調べたら織田に通じてたんだけどね…。」
「納得出来ねぇってツラしてんじゃねぇか。」
「あまりにも証拠が出過ぎて逆に疑わしくてねぇ。表向きは織田の忍に攫われたって事になってるけど、実際は別の奴らの仕業だと見てる。」
「えー?証拠が出てるのにか?」
「忍ってのはさ、例え下忍でも極力自分の痕跡を消すよう徹底されてる訳よ。例え死に際でもそれは同じ。なのに、あまりに織田の色を多く残し過ぎてんだよねー奴さん達。まるで織田の忍だと思わせようとしてるみたいで。」
そこまで言った佐助兄はハァ――と小さく溜息をつく。
その様子に眉を寄せたこじゅ兄は、顎に手を当てると静かに目を伏せた。
「何処かの奴らが織田の仕業に見せかけてるってぇ事か……。」
「なぁ、ソレってさー武田じゃ心当たりもう掴んでたりすんのかー??」
「確固たる証拠は無いけど…………豊臣あたりじゃないかと俺様は踏んでる……。」
「豊臣か……。」
「まぁ、どちらにせよ今後もを狙ってくる可能性は高いだろうから……の事は極力内密に頼みますよ。」
口調は軽いけれど、その声音は酷く真剣味を帯びていて。
俺は自分自身の事が話題になってるってのに口を挟む事すら出来なかった。
………俺、何か思った以上にヤバイ状態なんじゃね?!
そんな状態だなんて全然知りもしないから、俺ふら~っと家出してきちゃったよ?!
今は無事にこうしてるけど、ホント一歩間違ったら前みたいに攫われたり、殺されそうになったりしてたのかも?!
出会ったのが政にーちゃん達でホントに良かった~~~~~~~!!!!
「That makes sense(成程な)!…が置かれてる状況は理解した。そういう事ならうちの黒脛巾にも黒幕を探らせる事にするぜ。いいな小十郎?」
「はっ……承知致しました。」
「……………。」
「何だ?怪訝そうな顔しやがって?」
「いや、何というか……何での為にそこまでしてくれるのかと……。」
訝しげに政にーちゃんを見詰める佐助兄。
それにニヤリと口の端を持ち上げて笑みを浮かべると、政にーちゃんは俺に向かってちょいちょいと手招きをする。
不思議に思いつつも呼ばれるままに佐助兄の腕の中から政にーちゃんのすぐ前まで近付いた俺は、次の瞬間佐助兄とはまた違った暖かな感触に包まれてカチンと凍りついた。
えー………………………………と…………?
あれ?俺、政にーちゃんの腕の中に…………居る??
頬に触れるのは肌触りの良い着物の感触と力強い鼓動の音。
そして鼻先を掠める仄かな香の香り。
幸にーちゃんもお館様も時折微かに香の香りがするけど、政にーちゃんのはまた2人のそれとは違う感じだ。
その力強い腕の中に閉じ込められるような形になった俺は、どうしたら良いか分からずに目を瞬かせるしかなかった。
「ちょっと!独眼竜の旦那!!」
「何でそこまですんのかって?コイツは俺の命の恩人で弟分でもあるんだ。そいつが危険な目に遭いそうだってんなら守ってやんのは当然の事だろ――You see?」
最後の一言は、佐助兄の言葉に答えたものだって分かるけど。
でも、何となくそれは俺に向けて言われたような気がして。
俺は驚いて顔をあげる。
まだ出会って間もないのに。
俺、この国の人間じゃないのに。
でも政にーちゃんは俺を助けてくれるって、俺を守るのは当然の事だって言ってくれた。
恩人だって、弟分だって言ってくれた。
俺、最後はこじゅ兄に助けられて、大した事出来なかったのに。
言葉を失って政にーちゃんの整った顔を見上げると、俺の視線に気付いた政にーちゃんの切れ長の目が少しだけ細められる。
優しい――佐助兄や幸にーちゃんと同じ、あったかな目だ。
「ちょっと待った!!弟分はともかくとして、が独眼竜の旦那の恩人って?!」
「ああ、実は昨日国境近くで奇襲にあってな。その時、に政宗様の窮地を救ってもらったってぇ訳だ。」
「はぁー…がねぇ?」
ちょっとー!その呆れてんだか驚いてんだか分かんないニュアンスは何なの佐助兄?!
そりゃビビリで泣き虫でヘタレな俺がそんな事出来る訳ないって思うのは仕方ないとは思うけどさ!
でも俺だっていつまでも守られっぱなしのダメダメ弟分のままじゃないんだからな!
「Ha!俺の背中を守るのは小十郎をおいて他にはないと思ってたんだがな。」
そう言って政にーちゃんが腕の中の俺の髪をワシャワシャと掻き混ぜる。
「が独眼竜の旦那の背を守ったって??」
「テメェからすりゃ『危ない事してんじゃねぇ』ってとこだろうがな。だがな褒めてやれ猿飛。獲物も握った事のねぇコイツがあの剣戟の中に割って入るのは生半可な気持ちじゃ出来やしねぇ。ましてや、コイツはまだ元服もしてねぇんだろ?」
「右目の旦那、何でそれを…。」
「昨日な……まだ14だってその時聞いてな。」
「そっか……。」
「あの時……は俺が誰だか分からねぇってのに、必死でこの俺の身を助けようとした。武器も無ぇ、戦にも出た事も無ぇ…そんな奴が泣きそうなの堪えてでも成した事だ。それは今までテメェらに守られて甘えるだけだった甘ったれで鼻垂れの餓鬼が、自分の力で、自分の想いで少しでも成長しようとした証なんじゃねぇか?その根性と勇気だけは……良くやったと褒めてやってもいいんじゃねぇか?それともその羽をもいで鳥籠に閉じ込めるか?真田の忍―――?」
「独眼竜の旦那………。」
俺の髪を撫でる大きな大きな手の向こう側で。
やっぱり優しい目が俺を静かに見下ろしていて。
俺はじんわりと目の奥が熱くなっていくのを感じる。
良くやったと褒めてくれる政にーちゃんとこじゅ兄。
佐助兄にも言われたけど、ホントは俺みたいなのが下手に剣戟に飛び込めば危ないだけで何にもならないんだって分かってる。
こじゅ兄と政にーちゃんだって本当はそうなんだって事分かった上で、でも頑張ろうとした事は褒めてやれって――そう佐助兄に言ってくれた。
まるで、俺が少しでもにーちゃん達みたいになりたいって、いつまでも守られるだけの弟分じゃ居たくないって思ってる事知ってるみたいに。
「そっか………、頑張ったんだねぇ?」
「ま、そういうこった。」
「あっあのね!ホントは俺なんかが首突っ込んじゃいけないって、危ないって分かってるよ?!さっき佐助兄にも言われたし!」
ちゃんとに言わなくちゃ――そう思って腕の中でわたわたしていると政にーちゃんが腕の力を緩めてくれる。
恐る恐る下からそぉっと見上げれば、力強い瞳が俺を捉えるとゆっくりと無言で頷いてくれて。
俺は、俺達のすぐ後ろで苦笑気味に腕を組んでいる佐助兄を振り返った。
「でもね、どうしてもそうしたいって思った時だけは……許してね、佐助兄。俺、佐助兄や政にーちゃん達が危なかったらきっと………又飛び出しちゃうかもしれないから。」
「………。」
「けど!けどね!俺、約束するから!それ以外は無謀なことしないって!もう言う事聞かないで危ない事したりしないって!」
うん、約束するよ佐助兄。
俺、もう勝手な事してにーちゃん達を困らせたり迷惑掛けたりしない。
俺が勝手な事すれば、危ない事すれば、それを助けようとして今度はにーちゃん達が危険な目に遭うかもしれないって分かったから。
だから俺、佐助兄達が危険な時以外は危ない事しないように気を付けるから……………多分。
「ははっ!例外有りの約束か!やるじゃん~!」
「いいじゃねぇか。それでこそ俺のyounger brother(弟)だぜ!なぁ?」
そう言って再び後ろから政にーちゃんに引き寄せられて。
俺はまるで膝の上に座る子供の様に、尻餅をつくような形で政にーちゃんの膝元にぺたりと座り込まされる。
そのまま後ろから腕を回されて、ぎゅっと腰回りを引き寄せられて俺は小さく身を捩った。
だって俺、脇腹とか弱いんだもん~~~~~!!!
「はわわ?!くすぐったいよー政にーちゃん!!」
「おっと!暴れんなよ。」
「……あー…はは……すっかりこっちでも弟分になっちまってる訳ね……は……。」
「だから言ったろ?は俺の恩人で弟分だってな。」
「で、可愛い弟分の為に奥州でもの身を守る為に一肌脱いで頂ける……と。」
「Ha!何か文句でもあるってのか?真田の忍――?」
「いーえー。御助力感謝致しますよー。けどねー…………。」
あれ?何か佐助兄の手が俺の肩を結構ガッツリ掴んでる……ん…だけ…ど?
いててて!何か引っ張られてるー?!
「はウチの子なんでね。いい加減その手、放して欲しいんですけど?」
「You're kidding(冗談だろ)!テメェにそんな事言える権利なんざ無ぇだろうが。」
「権利ならありますよー。これでも俺様、の保護者であり兄貴分なんで。」
「Shit!言っとくがな、テメェだけが兄貴って訳じゃねぇんだ!」
「生憎ですけど俺様、にとって一番!の兄貴分なんでね。」
「えー……と?……さ、佐助兄?政にーちゃん??」
き、気のせいかな……?
何か俺…さっきからすっごく寒気がするんだけど?!
前と後ろから感じるこのカンジ……ちょっと普通じゃないよーーーー?!!
俺の腰に回ってる腕の力と、俺の肩を掴む手の力が段々強くなってきてるのって……気のせいじゃないよねぇええええぇぇえええ?!?!?!
何か、何か、何か―――!
にーちゃん達、すっげー怖ぇよぉぉぉおおおおおおおおぉぉおぉおぉ!!!!
…………結局、こじゅ兄による鉄拳制裁によって二人の拘束から助け出された俺は。
その日は1日中成実さんに付き添ってもらって相手してもらって。
最後はこじゅ兄と同じ部屋で寝かせてもらいました………。
それにしても…こ、怖かった……。
強面のこじゅ兄が仏様に見える位には。