あの日の僕ら 2






「きっ、菊丸先輩?!どうしてここへ?!」

「あれ?竜崎先生から連絡行ってないか?今日お邪魔するって連絡しておいたんだけどな?」
「大石先輩まで!」

菊丸先輩の後ろからにっこりと笑いながら姿を見せた大石先輩に、俺は再び声を上げた。
思わずリョーマと顔を見合わせてから、俺達は慌てて先輩たちの居るフェンスの前に走り寄る。
竜崎先生の言っていた『お客さん』とは、どうやら先輩たちの事だったらしい。
なるほど、確かに俺たちも知っている人達だ。

「うっす!しっかりやってっかー?」

駆け寄った先の大石先輩達の後ろから、更に声が掛けられて、俺は更に飛び上がる。


「桃ちゃん先輩っっ?!な、何で桃ちゃん先輩まで?!」

「俺だけじゃねーって。ほら!」


そう言って笑う桃ちゃん先輩が指差す先に居たのは海堂先輩。
そして、少し離れた所に手塚先輩と乾先輩、不二先輩、河村先輩の姿。
俺は思いもしなかった状況に面食らってしまって、パクパクと金魚のように口を開けるしかなかった。



「で、一体何しに来たんスか?」

言葉の出ない俺に代わって、リョーマが溜息混じりに問い掛ける。
何だかめんどくさそうというか、機嫌悪そうなリョーマのその様子に苦笑する桃ちゃん先輩と違って、菊丸先輩と大石先輩はピタリと動きを止めてしまう。
おもいっきり目を見開いた菊丸先輩が、何故だかじーっとリョーマを凝視する。
その視線にいささか居心地悪げに身じろぎしてから、リョーマは俺に困ったような視線を向けてきた。


「………もしかして………おチビ?」

「は?」
「うっそー?!本当におチビなわけ?!」


なあなあ本当――?!と俺の肩を激しく揺さぶる菊丸先輩。
そういうのはリョーマ自身にやってもらいたい…と思いながらも、俺は慌てて数回頷いてみせた。

「そうに決まってるじゃないですか。誰だと思ってたんです?」
「だって、こんなにデカくなってると思わなかったんだよ~~!!」
「…………………………。」
「本当にでっかくなったな~おチビ!俺よか大きいんじゃないだろうにゃ~?」

今度はリョーマの背中をバンバンと叩いて、菊丸先輩は楽しそうにニッと笑ってみせた。


まあ、確かに驚くのは無理もないと思う。
桃ちゃん先輩や海堂先輩なんかは、卒業したばかりで数ヶ月前まで一緒だったわけだから、リョーマがデカくなった事は知っているけれど、流石に1年前に卒業した先輩たちは、その後のリョーマの成長は知る由も無いわけだから。
少し離れた所に居た乾先輩、手塚先輩、河村先輩、不二先輩も、菊丸先輩の声が聞こえたのか、驚いた様子でこちらに向かって歩いてくる。
その様子に苦笑して、俺は後ろの先輩達に軽く会釈した。


「お久しぶりです。」
「やあ、久しぶりだね。」
「久しぶり、お邪魔するよ。」

最初に応えてくれたのは不二先輩と乾先輩。

「本当に久しぶりだよね。元気だったかい?」
「はい!先輩たちもお元気そうでなによりです。」

ニコリと笑って河村先輩が手をあげてくれる。
そして手塚先輩も……。

「……調子はどうだ??」
「上々です。今年も全国優勝、狙ってますから!!ね、リョーマ?」

手塚先輩の問いにそう答えて隣のリョーマを振り仰ぐと、いつもの自信に満ちたあの笑顔でニヤリと笑ってリョーマは俺の肩に手を回した。


「当然!俺とが居るんだからね。」


聞く人が聞いたらナマイキな事この上ないかもしれないけど、今の俺達なら胸を張ってそう言える。
2年前の夏までは、俺もそう思う事は出来なかったけれど。
俺は改めて、2年近くパートナーを続けてきたリョーマの、以前よりも自信に満ち溢れた力強い横顔を見上げて、微かに笑みを浮かべた。

「うわ~相変わらずだにゃーおチビは。」
「先輩だってたいして変わってないじゃないスか。」
「そんな事ないぞ!むむっ!おチビ生意気~~!!自分が大きくなったからって!」
「こらこら英二それ位にしとけって。後輩たちに笑われるぞ。」

リョーマを僅かに見上げるようにして食って掛かる菊丸先輩に、大石先輩が軽く苦笑する。
それを見ていた不二先輩と河村先輩、乾先輩が同じように苦笑いして。
すぐ側に居る手塚先輩は、呆れたように頭を抱えている。
数ヶ月前に卒業してしまった海堂先輩と桃ちゃん先輩も、こうしてここに居る。
何だか不思議な空気に、俺は思わず周りを見渡して微笑んでしまった。



「どうしたのさ、?」

いち早くそれに気付いたリョーマが、不思議そうに顔を覗き込んでくる。

「あ、うん……何かあの頃みたいな気がしてさ。ちょっと……嬉しくなっちゃったんだ。」
「あの頃??」

俺の言葉に、今度は菊丸先輩が首をかしげる。
それに照れ臭そうに笑ってみせて、俺はもう一度先輩達を見回した。



「菊丸先輩が居て、大石先輩が居て、桃ちゃん先輩が居て……手塚先輩、乾先輩、不二先輩、河村先輩、海堂先輩、そしてリョーマが居る………何だかあの頃みたいで……。」


決してそれ以降が悪かったとか、実力的に低かったというわけじゃない。
ただ、先輩達全員が居てリョーマが居た、この空間が、この環境が、この空気が凄く好きだった。




「今は俺達、部長と副部長として部をまとめてるわけだけど、俺にとって全ての始まりは、先輩達とリョーマが居た、ここから始まったと思うから……。俺にとって、いつまでも忘れられない大切な時間だから………。」




厳しくも暖かかった、あの日々。
皆で勝ち抜いていった数々の戦いを、俺は決して忘れない。



………。」

すぐ側で俺の顔を覗き込んでいたリョーマが、微かに笑う。
本当にまれにしか見る事の出来ない、そのリョーマの笑みに、俺は改めて自分の言葉に照れを感じて小さく頬を掻いた。

「あ、あはは…何言ってんだろ、俺っ!」
「いいんじゃない?僕達も…多分想いは一緒だよ?でなきゃ、わざわざ中等部にまで顔を出したりしないよ?」

今は殆ど同じ目線になった不二先輩が、にっこりと微笑んでくれる。
周りを見渡せば、同じように皆が俺を優しく見詰めてくれていて。
俺は自分一人がこの想いを抱えていたのではない事を知った。

「俺達も、や越前達と一緒だったあの頃が、大切な思い出だよ。」

河村先輩がそっと俺の頭を撫でてくれる。

「タカさんの言う通りだ。こんなに大きくなったって、お前達は俺達の大切な後輩だし、共に戦った戦友でもあるんだから、な?」
「大石先輩……。」

俺は何だか胸がいっぱいになってしまって、それ以上言葉が出なかった。
大好きで大切な俺の仲間たち。
先輩達もリョーマも俺にとっての最高の宝物なのだと、改めて俺は己の中にある想いを噛み締めた。



「そうだ!せっかく2年前の全国大会優勝の時のメンバーがそろったんスから、いっちょ久しぶりに全員で練習…なんてどーっスか?!」

「無理を言うな桃城。俺達はもう中等部の生徒ではない。今は全国大会に向けて大事な時期だ。部員達の邪魔になる事はつつしめ。」
「うっ……そーっスね………。」

手塚先輩に言われて、桃ちゃん先輩がガクリと肩を落とす。
その目に見えてがっかりとした様子に苦笑しながら、乾先輩が更に桃ちゃん先輩をたしなめる。

「それに、竜崎先生にも確認を取っていないんだから、勝手な事をしたら怒られるのは達だしね。」
「それくらい気付けバカが………。」
「んだとコラ!お前に言われたくねーぞ!!」

数ヶ月ぶりに見る桃ちゃん先輩と海堂先輩のスキンシップに、思わず笑みが漏れる。
俺は、こんな風景をこのまま終わらせたくなくて、そっと隣で呆れたように成り行きを見守っているリョーマに視線を向けた。


「な、リョーマ……やっぱり手塚先輩や乾先輩が言うみたいに、一緒に練習なんてダメなのかな?」
「別に……俺は構わないと思うけど?でも、問題なのは竜崎先生なんでしょ?」
「じゃあ、竜崎先生にオッケーもらえたら……リョーマは構わない?」
「いいけど……。」
「本当?!じゃあ俺、竜崎先生探して了解もらってくる!きっといいって言ってくれると思うんだ。」
「何て言って了解もらうつもり?」
「コーチしてもらうんだって言えば、きっと大丈夫だと思う。何たって全国大会出場経験者なんだから、な?」


俺はリョーマの言葉に飛び上がりたい位の嬉しさを感じて、急いでその場から駆け出した。


先輩達とリョーマと……また一緒にテニスが出来る。
ほんの一時でも、あの幸せな時間を再び感じる事が出来る。
その想いが、俺を突き動かす。
俺は走りながら後ろを振り返って、こちらに視線を向けた先輩達に大きく手を振って見せた。



「絶対竜崎先生に了解もらってきますから、先輩たちはアップしといてくださいねー!!」



驚いている先輩たちの姿が目に映る。
そして、同じように驚いている後輩達の姿も。
後輩達には悪いけど、今日一日だけ先輩達との時間をもたせてもらいたい。
それにあんな凄い先輩達のプレイを間近で見る機会なんて、そうあるものでもないと思うし。
きっと後輩たちにだっていい刺激になるはずだ。
俺は、はやる心を抑えながら、全力で竜崎先生が居るであろう校舎の方へと走った。
俺にとっての幸せな時間を得るために……。
















「そういえば結局の所、先輩達本当に何しに来たんスか?」
「ああ…今年桃達が高等部に入ってきただろう?で、久しぶりに中等部の様子なんかを色々聞いてたら…な、英二?」
「そうそう!何か懐かしくなっちゃってさ~。で、皆で久しぶりに顔を出してみようって事になったんだよん!」
「…………………………。」
「おいおい、何だよ越前、その不信そうな顔はよー?!」
「本当は目当てなんじゃないの?」


「「「「「「「「う……………っ!」」」」」」」」


「……やっぱりね。そんな事じゃないかと思ったっス。」
「とは言っても、元はといえばお前が悪いんだぞ?を独り占めしたりするから……。」
「悪いけどは俺のモノなんで、先輩達手ぇ出さないで下さい。」
「へえ~?言うね、越前?いつからが君のモノになったっていうのかな?」
「2年前の全国大会の時からっス。」
「で、でもっ!それってダブルスのパートナーってだけだろう?!」
「それでも俺のものには変わらないっスよ。何たって『俺だけ』のブレーンになるっては約束したんだから。」
「な、何だと?!それは本当か?!」
「『リョーマ君だけを見ていくよ!』って言ったの、の方っスから。そこん所よろしくっス。」
「ぐぬぬぬぬぬ~~~負けないかんな~おチビ~~!!」
「……………まだまだだね。」




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