皆で勝ち抜いた、数え切れない戦いを……。
あの日の僕ら 1
「リョーマ!!こんな所に居た。」
「ん?何、?」
ジャージ姿のままお気に入りの大木の下で昼寝をしていたリョーマを見つけて、俺、は大きく溜息をついた。
確かリョーマの今日最後の授業は英語だったはずだ。
既にレギュラージャージに着替えている所を見ると、おそらく前の授業はサボったんだろう。
リョーマには中学レベルの英語の授業なんて、意味をなさないのは判るけど、ここまで悪びれる素振りが無いのも問題だと思う。
俺は相変わらずなリョーマに小さく苦笑して見せた。
「もしかして又サボり?もう、ほどほどにしといてくれよ?俺が先生に文句言われるんだから。」
「何でが文句言われるんだよ?」
「あのなー部員達の模範になるべき部長が、真面目に授業に出ないなんて問題だろ?だから副部長の俺に『何とかしろ!』って矛先が向いてくるんだよ。」
「俺、好きで部長になったわけじゃないんだけど?」
「仕方ないだろ?部長は前任の部長と顧問が決めるって事になってるんだからさ。」
そう言ってもう一度苦笑すると、やれやれといったように、大木の根元で身体を横たえていたリョーマがその身を起こす。
そう、俺達は今年最高学年である3年生になった。
そして部活ではリョーマが部長、俺が副部長として部活をまとめている。
当初は予想以上に渋ったリョーマを、俺を副部長にする事で何とかなだめた……というのは、後になって竜崎先生に聞いて知った事だけれど。
とにかく俺達は部長・副部長として後輩達を指導しながら、3年連続全国制覇を目指していた。
「で、何か用事があったんじゃないの?」
ゆっくりと立ち上がったリョーマが、すぐ隣に立つ俺を見下ろしてきて、俺は慌ててここに来た理由を思い出す。
「あ、そうそう!さっき竜崎先生が俺の所に来てさ。」
「竜崎先生が?」
「そう。何でも今日お客さんが来るらしいんだ。」
「で、部活に出られないとでも?」
「ううん、そうじゃなくって……何かお客さんってコートの方に顔を出すらしいんだよ。『あんた達も知ってる奴だよ』って言ってたんだけどさ。」
「は?何それ?」
怪訝そうに眉を寄せるリョーマに、小さく肩をすくめてみせて、俺はそっとリョーマをコートのある方へと促した。
隣を歩くリョーマの横顔を見上げながら、俺は微かに首をかしげる。
「さあ?俺もよく分んないんだけど。とにかく今日は早めに部活始めた方がいいんじゃないかなーと思って。」
「……やれやれ。も大変だね、いちいちそんな事にまで気を回さなきゃならないんだから。」
「だったら少しはリョーマも手伝ってくれよ。」
「ヤダ。」
「リョーマ~~…。」
本当に2年前から少しも変わらないリョーマに、俺は思わず笑みが零れた。
変わったとしたら、身長くらいだろうか。
俺もリョーマも、1年生の時はたいして背も大きい方じゃなかったけれど、リョーマはまるで乾先輩のようにどんどん大きくなっていって、今では俺よりも遥かに背が高くなっている。
2年生の半ば頃からリョーマを見上げるのがあたりまえになっていたから、その頃から俺はリョーマの顔を見上げながらの会話を続けてきた。
菊丸先輩に『おチビ』と言われていた、あのリョーマを。
なるほど、乾先輩の体験談はこうしてリョーマでも実証されたわけだ。
牛乳だけが原因じゃないとは思うけど、こんなに差が出来てしまうんなら、俺もリョーマ同様毎日の牛乳を欠かさなければ良かった。
(ま、それ以外の中身はは殆ど変わらないんだけどね。)
内心でそう思いながら、俺はクスリと笑みを漏らした。
「何?いきなり笑って?気持ち悪いんだけど?」
「ええ?酷いよーリョーマ~。」
横目で俺を胡散臭げに見るリョーマに、もう一度笑みを向けてから、そっと視線を伏せる。
こんな言い方をしてはいるけど、リョーマが俺の事を信頼してくれているのは判る。
それが証拠に、リョーマが俺を見る瞳はいつも優しい。
クールでキツイ印象を与えがちなリョーマだけど、本当は自分の大切な人や仲間には酷く優しいんだって俺は知っているから。
「だって俺の顔見て笑っただろ?何かあるわけ?」
「んー?リョーマは変わらないなーって思ってさ。」
そう言うと、訝しげに首をかしげて歩いていた足を止める。
「変わらない?それって喜んでいい事なの?」
ああ、なるほど。
俺の言葉を、リョーマは『進歩していない』と捉えたらしい。
「悪い意味じゃないって。初めて会った頃と変わらないリョーマを見てたら…何かホッとしてる自分が居るんだ。変だよね。」
困ったように笑って頭を掻くと、大げさに溜息をついてみせるリョーマの姿が目にとまった。
「何言ってるんだか。ずいぶん変わったはずだけど?俺ももさ。」
確かに外見は変わったし、お互いを名前で呼び捨てにするようにもなったから、結構変わったと言って構わないのかもしれないけど。
でも、この場合は性格というか、内面というか…とにかくそういった事が問題なわけで。
2年前、初めてリョーマに会ったあの時から……そして全国大会に優勝したあの時から少しも変わる事無く俺をパートナーとして認めてくれるリョーマが、俺にとってはかけがえの無い存在になっていた。
いつも変わらずに居てくれるリョーマの存在が何だか嬉しかった。
「あ、うん。そうだけどさ…何て言ったらいいのかな……?」
内心の想いをどう表現していいのか分らず、視線を泳がせる。
と、その視線を向けた先、テニスコートを囲っているフェンスの前に、テニス部員とは思えない複数の人影が視界に入って、俺は小さく首をかしげた。
「あれ?誰かコートの前に居るみたいだね?」
「……………………まさか。」
「え?何??」
「お~っ!ひっさしぶり~~~ーーっっ!!!」
コートを前にピタリと硬直したように足を止めたリョーマを振り返った瞬間、聞き覚えのある、それでいて少し低くなった声が俺を呼ぶ。
まさか!と思いながら振り返った俺の視界に飛び込んできたのは、まぎれも無く1年ちょっと前に卒業した菊丸英二先輩その人だった。