アナタと一緒に笑いたい 2







「んで?どうすんだよ一体?」


さんが掛かってきた電話に出たまま去っていく後ろ姿を見送っていた俺に、米屋がそう声を掛けてくる。
視線は変わらずさんの後ろ姿を見ているから、一瞬俺に掛けられた言葉だと気付けなかったけど、ちらっとこっちに横目で視線を向けてきた事で俺はそれに気付いた。

「どうするって………何が?」
さん、見合いさせられちまうんだろ?いいのかよこのままで?」
「いいって……何が?」
「………………はぁ………お前、さんの事好きなんだろ?」

「―――ッ?!」

「このままだと、ホントにさん見合いさせられちまうぜ?」


やれやれといったように肩を竦めてみせる米屋に、小さく息を飲む。
俺の態度…米屋が気付く程、そんなにあからさまだったか?
確かに俺はさんの事好きだけど、それを周囲には悟らせないように接してたつもりだけど。
俺、これでもハッタリとか演技とか結構上手い方だと思うし。
多分だけど、さん自身も俺の気持ちには気付いてない筈だ。
だってのに米屋の奴、いともアッサリと俺の気持ちを看破してみせやがった。

「なぁ、俺そんなにあからさまだったか?」
さんの事か?いや、多分さんも他の奴も気付いてねぇとは思うけど。」
「んじゃ何でお前は分かったんだよ?」

「何でってそりゃ………長い事2人の間に居りゃ分からない訳ないじゃん?」

そう言って米屋はニヤリと口の端を持ち上げる。
確かに俺らは学校も一緒だからよく一緒に居る事が多いし、その点では俺の気持ちがバレちまうってのは分からなくもないけど。
けど2人ってのはどういう事だ?
『長い事俺の傍に居れば…』っていうんならまぁ分かるが。

「俺がこんな事言うのも何だけどさ?多分、さんも出水の事好きだと思うぜ?」
「何を根拠に……。あの人、普通に女の子好きだろ?」
「まぁそりゃそうだろうけどさ。お前だって別に男が好きな訳じゃねぇんだろ?」
「当たり前だ!」
さんも基本恋愛対象は女の子だと思うけどさ?でもあの人、無意識に出水の事見てる事多いんだぜ~?」

そう言って笑う米屋に俺は目を見開く。
いや、何つーか初めて聞いたぞそんな話。


「太刀川隊が防衛任務から本部に戻って来た時とか、特にお前に話し掛ける訳でもねぇんだけど、離れた所から出水の事見てる時がよくあるんだよな。」
「は?だってさん、基本的にオペレーションルームとか、司令室とか、自分の部屋とかに居て、今日みたいにロビーとかに居る事すら殆ど無いだろ?」
「それがさ、何つーか太刀川隊が戻ってくる時はよく居るんだよなーあの人。交代の時間とかは誰だって知ってるから、その時お前を見に来てんじゃねぇかなーと俺は思う訳よ。」
「んなバカな………。」
「お前が無事だって分かるとあの人、あまり見ないような顔して笑うんだぜ?んで、さっさと部屋に戻っちまうみてぇ。」
「…………さんが………。」
さんも無意識なのかもしんねーけど。少なくとも出水の事気に掛けてるってのは確かだぜ?」


米屋の言葉に俺は呆然とその場に立ち尽くす。
いやだって信じろって方が無理あるだろ?
俺の好きな人が、俺の事を気に掛けてくれていたなんて。
これが俺が女の子だったら分からないでもねぇけど。
けど俺もさんも同じ男で。
あの人は俺なんかよりずっと凄ぇ人だから。
俺の事は弟みたいに思ってくれる事はあっても、恋愛対象には見てくれない――そう思ってた。
だから俺はずっと、仲のいい年下の仲間…その立場を必死に守り続けてきたってのに。


さん……。」

「それにさ?さん、他の誰でもなく真っ先に出水の所に来たんだろ?彼女の代役になってくれって。まあ、最初は理由言ってくれなかったみてぇだけど。それってさ、無意識に出水を求めてたんじゃねぇの?」
「それは俺がさんの兄貴と出くわしても、上手い事ハッタリでかわせそうって思ったからだろ?」
「それもあるって言ってたけど、さん出水ん事ベタ褒めだったじゃん?『出水以上に美人でカッコ良くて大人っぽくて頼りになる奴居ない』ってやつ。あれノロケかと思ったぜ~?」

改めて米屋にそう言われて、俺は急激に顔が熱くなる。
確かにそんな事さん言ってたけど。
こうして他人の口から改めて聞かされるとマジで恥ずい!


「マジでさん………俺の事思ってくれてんのかな?」

「さっきも言ったけどさ?まだ無意識って可能性はあるけど、少なくとも出水の事嫌っちゃいないと思うぜ?後はお前がどうしたいか…じゃね?」
「俺がどうしたいか……?」
「そ。さんが出水ん事どう思ってるかはともかく……お前はどうしたいんだよ出水?」
「どうしたい……。」
「このままさんが誰かのモノになってもいいのかよ?それで後悔はねぇって言えんのか?」
「俺は………。」
「お前が本気でさんと向き合わなきゃ、さんも自分の気持ちに気付かないまま誰かのモノになっちまうんだぜ出水?」

そう言って俺をじっと見つめてくる米屋の瞳は、いつもと違って酷く真剣で。
俺は軽口を叩こうとした口を閉じた。
俺自身がどうしたいのか?
そんなの決まってる。
俺自身のこの手でさんを守りたい。
あの人の笑顔を守りたい。
さんと一緒に笑って、はしゃいで、沢山バカな事して。
いつもあの人の傍であの人の笑顔を見ていたいんだ。
そして、あの人が辛い時は俺が支えてやりたい。
あの人が泣く事があったら、その涙を拭って、一緒に歩きたいんだ俺は。
あの人はこのボーダーの上層部だし、俺なんかじゃあの人とは釣り合わないのかもしれないけど。
でも俺に向けてくれるあの柔らかであったかい笑顔を、俺だけのものにしたいんだ。


「……………米屋?」

「うん?」
「……………俺を頼ってくれたさんを助けたい。守りたい。」
「んで?」
「あの人を俺に振り向かせたい。」
「おっしゃ!気持ちは決まったな?」
「おうよ!」
「んじゃ、早速行ってみっか?」

「は?行くって………何処だよ?」


ニヤリと笑って踵を返す米屋に目を瞬かせる。
今の話の流れで、一体何処に行くっつーんだ?


「まずは宇佐美んトコだな。あいつなら多分協力してくれると思うぜ?」


そう言って歩き出す米屋の後ろ姿に。
俺は慌ててその場を駆け出した。






















結局あの後、米屋に連れられて玉狛支部に向かった俺達は、宇佐美の協力のもとまずは女装の為のアレコレを用意する事になった。
女性用の服に始まり、靴やバッグ・化粧品やらアクセサリーやら…俺らにはどうしたらいいんだかサッパリだったから、確かに宇佐美が協力してくれたのはかなり助かったんだが……。
その一方で、目をニヨニヨと半月型にして『さんに目を付けるなんて、なかなかいい趣味してるね~』なんて言われたのは流石に参った。
何か、弱みを握られたような気がしないでもないけど、今はあまり気にしないでおこうと思う。
今はとにかく目の前の事をこなすのが最優先だしな。
けど、その時一緒に聞いたもう一つの話は、俺としてはかなり気になる内容だった。
『ライバル多いけど頑張るんだよ!』って……。
おいおい宇佐美!ライバルって一体誰だ?!
そりゃさんは大人だし、男の俺の目から見てもカッコイイし、何たってボーダーの上層部の人だから、あの人の事を好きになる女の子なんて山ほど居るだろうけど。
もしかしてさんの部下になるオペレーターの女の子の内の誰かか?
でも結構さんと一緒に居る事が多い俺でも、そのライバルが誰かなんて全く思い当たらない。
確かにあの人の周りってオペレーターの女の子達が多いけど、その一方で特定の女の子と凄く親しいってカンジが全然しないんだよな。
だからライバル候補になりそうな親しい子なんて全然思い当たらないんだよなー。
結局、個人情報だからって事で教えてはもらえなかったのだけが、唯一の俺の気掛かりだ。
けど俺もあの人を振り向かせるって覚悟決めた以上、たとえ相手が可愛い女の子でも負けらんねぇし。


「こらこら、眉間に皺寄ってるよ~?メイクの最中はあんまり表情動かさない!」

「あ、悪ィ。」
「心配しなくても、私が超絶美人さんにしてあげるから大丈夫だよ~?」

そう言って笑う宇佐美に、俺はヒクリ――と引き攣った笑みを浮かべる。
俺が眉間に皺を寄せたのは、化粧されてるからだと思ったみたいだ。
いや、まあそりゃ出来ればこんな事したいとは思わねぇし、あまりに見れたようなもんじゃないよりは、そこそこにしてもらった方がいいに決まってるけど、流石に男である俺をそれなりにするってのはなかなかに難しいだろうし。
超絶美人なんてホントに出来んのか?ってのが俺の正直な所だ。

「ははは………ヨロシク頼むわ………。」

「……………………いや、でも意外にアリなんじゃね?」
「アリって……何がだよ?」
「まだ化粧途中なんだろうけどさ、今の段階でも結構『らしく』見えるぜ?」
「でしょ~?」


しげしげと俺を見る米屋の言葉に、宇佐美がビシッ――と親指を立ててみせる。
いや、嬉しくねぇし。
さんの為だからしてるんであって、俺別に女装とかしたい訳じゃねぇから!
超絶美人かどうかはともかく、少なくとも男だとは思えない程度になりゃいいんだからこれ以上こだわらなくていいっつーの!


「はぁ……化粧って凄ぇんだなー。」
「ふっふっふ!コレは私の腕の良さもあるのだよ。」
「へーへー。流石ですよ。」
「それにね、他の女の子達にも協力してもらって、結構いいメイクセットとか揃えたからね!これで化けなかったら詐欺だよ詐欺!!」

「………………………………は?協力って…………宇佐美、お前まさか?!」

「あ、違う違う!別に出水くんの事は言ってないよ?ただ、どうしてもメイクで美人になって好きな人にアタックしたいって子が居るから、協力して…って言って、オススメの化粧品聞いたりアクセサリーやバッグ貸してもらったりしただけ。安心していいよ~。」


うお………思わぬ宇佐美の言葉に、一瞬血の気が引いたぜ。
マジで寿命縮まったような気がする。
冷や汗出なかったのが奇跡だ。
そんなこんなで何だか妙に疲れつつも化粧してもらって。
俺が着てもおかしくないサイズの服を身に着け、あまり派手じゃない赤のペンダントトップが付いた太めのチョーカーと小ぶりなイヤリング、それに細めのシルバーの指輪を着けて、さらに俺の髪色と同じセミロングのウィッグを着け髪を軽くセットしてもらうと。
何というか………俺じゃない俺が鏡の前に立っていた。
いや、まあ超絶美人かどうかはともかく、確かに化けたと思うわ…これなら。
米屋じゃねぇけど、凄ぇな化粧って。
これなら多分、誰も俺だとは思わないだろう。
さんの思惑じゃねぇけど、もし街中で普段の俺とさんの兄貴が出くわす事があっても、流石にこの姿の俺と同一人物だとは思う訳ない。
それ位に、宇佐美の手によって俺は別人に仕立て上げられていた。
一つ問題があるとしたら体格だろうけど、それも含めて体格をカバーしてくれる服を宇佐美が揃えてくれたから、パッと見じゃすぐに違和感を持ったりはされない筈だ。


「うんうん!キレイだよー出水くん!これならさんもイチコロだよ!」
「いやいや!別にさんをオトす為に女装してる訳じゃねぇし!」
「分かってるって。これでさんを助けてあげるんだよね?でもこんな美人の出水くんに助けられたら、さんも絶対出水くんのトリコになるの間違いなしだよ!」

「……………ホントに分かってんのかよ…?」

何つーかツッコむ気も失せて、それ以上の言葉を俺は飲み込んだ。
まあ、宇佐美には大分助けられたのは間違いねぇし。
昨日から必要な物の買い出しやら、色んな物を借りてくれたりと、手を尽くしてくれたしな。
今俺がこうして化けられたのも宇佐美のおかげだし――そして、さんとその兄貴がどこで会おうとしているのかを探って調べてくれたのも宇佐美だ。
俺らだけじゃ、とてもここまでは出来なかっただろう。
後で宇佐美には何か奢らねぇとな。
そう言えば、パタパタと手を振って宇佐美は笑みを浮かべる。

「いいよ~そんなの。」
「でもよ……。」
「じゃあ、上手くいったらきちんと報告して?それで充分だよ。」

『応援してるからね!』そう言って宇佐美は両手をグッと握りしめてブンブンとそれを振り回している。
それに小さく苦笑して、俺は宇佐美の隣で感慨深げに立っている米屋に視線を向けた。


「米屋も……サンキューな。」
「美人にそう言われちゃ、喜ぶしかねぇじゃん?」
「キスしてやろーか~?」
「謹んで辞退させて頂くっての!」

お互いガキみたいにニンマリ顔で顔を見合わせて。
イタズラを思いついた時みたいにキシシ――と歯を見せて笑う。
ホント、米屋と宇佐美には感謝だよな。
同じ男を好きになった俺をキモがるでもなく軽蔑するでもなく、こうして俺の為に色々と動いて助けてくれて。
そしてそんな俺の背を押してくれて。


「さて………心の準備は出来たかよ?『いずみちゃん』?」

「――おう!」


米屋の言葉に一度大きく深呼吸してから、ゆっくりと歩き出す。
ヒールは低いとはいえ、女性用の靴が床を蹴りたてるカツン――という音を聞きながら。
俺は扉の向こうへと進む。


「グッドラック!出水!!」


親指をグッと立てて俺を見送る2人に、俺は同じように親指を立ててその激励に応えてみせた。




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