「ダメったらダメ!!いくらさんの頼みでも、ぜってぇ嫌だかんね!」
「出水ぃぃぃ~~……。」
出水のつれない態度に、俺はその場でガックリと肩を落とすしかなかった。
アナタと一緒に笑いたい 1
俺、25歳。
ここ三門市で、ボーダーと称する界境防衛機関の職員をしている。
東や沢村と同期だから、これでもボーダー内では結構古株の方になる筈だ。
とは言っても俺は三門市の大半の市民が思っているボーダー隊員とは少しばかり違っていた。
学生達と違って純然たるボーダーの職員であるのは間違いないが、俺はトリガーを使用して直接トリオン兵達と戦う事は無い。
何故なら俺はボーダーでは戦闘員ではなくオペレーターを務めているからだ。
確かに当初は戦闘員候補として入隊したのだが、並列処理が得意だった為に俺は戦闘員では無くボーダー内では初の…そして希少な男のオペレーターとなって今日に至る。
今では戦闘部隊の隊員達には、ボーダーでは珍しい男のオペレーターとして認知されている事だろう。
「なぁ、助けると思って頼むよ出水~?」
「だから!絶対嫌だって言ってるじゃないッスか!!」
ロビーでの俺達のやりとりに、何事かと通りすがりの隊員達が訝しげな視線を向けてくるが、この際それは無視だ!
俺には今、それどころじゃない差し迫った事情があるんだから、そんなのいちいち気になんかしていられない。
「おーい、さっきから何か騒いでっけど、何かあったのかよ?」
「おー…米屋かぁ?」
「なになに?めずらしーじゃんさんがこんな所に居るなんて。何かあったんスか?」
俺達の姿を見付けて近付いてきた米屋に軽く手をあげて応える。
まあ確かに基本的に何処かの隊のオペレーターをしている訳でも無い俺が、ロビーでウロウロするなんて殆ど無い事だけど。
俺、今じゃ各隊のオペレーター達を管理するオペレーター長を任されているし、基本的には部屋に籠ってるから俺の姿を見た事無い…って奴も居るだろうし。
「ちょっとなー。出水に頼み事があってはるばる出張してきたんだけどな……。」
そう言って目の前の出水に視線を向けると、又しても嫌そうな顔で俺を見返してくる。
はぁ……やっぱダメかぁ。
いや、うん……まあそうじゃないかなーとは思ってはいたけどさ。
でも出水なら聞いてくれるかも?なんて淡い期待があったんだけど。
ああ………もうこうなったらいっそ米屋にでも頼んでみっか。
けどなぁ……出水と比べて米屋の方がちっとばかし厳しそうだしなぁ。
やっぱ俺としては出来れば出水に頼みてぇトコだけど。
「そこまで嫌そうな顔するって、一体何頼まれたんだよ出水?」
「それがさ!さん、俺に女装してくれって言うんだよ!!」
「はぁ?!女装だぁ?!」
「分かりましたなんて言える訳ねぇだろ!いくらさんの頼みでも!」
「いやまぁ………そりゃそうだろうけどさぁ……。」
確かに俺が出水の立場でも女装しろなんて言われたら、はいそうですか…とは言えねぇわな。
でもそれが分かってても頼みたい事情が、今の俺にはあるんだよな。
俺は、けんもほろろな出水の態度に改めて盛大な溜息を吐くと、大きく肩を落とした。
「そもそもさ?何でさんは出水に女装なんてさせたい訳?」
「そーだよ!さっきからソレ聞いてんのに、さんちっとも答えてくれねぇし!」
「ハァ………出来れば話さずに済ませたかったんだけどなー……仕方ねぇか。」
なんつーか、恥ずかしい話でもあるから出来れば伏せておきたかった所だけど。
そんな事言ってらんねぇよな、頼み事してんのに。
「実はさ…俺、明日の夜に兄貴に彼女紹介するって言っちまってさ……。」
「は?!何それ?!」
「俺さ、子供の頃に両親を事故で亡くしてから兄貴が親代わりみたいなもんだったから、兄貴に頭上がらなくて。その兄貴に『お前もいい歳なんだからフラフラしてないで、そろそろ家庭でも持て』なんて言われて、咄嗟に彼女居るって言っちまったんだよ。」
「で?実際さん、彼女居んの?」
「居たらこんな事頼む訳ねぇだろー……。」
「デスヨネー。」
「だったら俺なんかに女装頼むより、オペレーターの子達にでも頼めばいいじゃん?俺らみたいな戦闘部隊と違って、オペレーターは女の子だらけなんだし?」
「バッカ!そんな事出来る訳ねぇだろ?俺は彼女らの上司なんだぞ?!職権使って頼むなんざ公私混同じゃねぇか!」
「さん、変な所でマジメだよなー…。」
「なー?」
何というか物凄く生暖か~い目で俺を見る出水と米屋。
つーか俺を何だと思ってんだこいつらは?!
変な所って何だ?!俺は端からマジメ人間だっつの!
いやまぁ、それは置いといて。
確かに最初は俺も誰か女の子に彼女の代役頼もうかと思わないでもなかったけど。
でもすぐにそれはマズイと気付いたんだ。
「よく考えてみろよ?女の子に頼んだとしてだ、例えば街中とかでその子と兄貴が出くわしちまったらマズイだろ?代役立てたのがすぐにバレちまうじゃねぇか。」
兄貴もオペレーターの女の子達も生活基盤はこの三門市だ。
いつどこで出くわすか、分かったもんじゃない。
もし俺の居ない時にそんな事にでもなったらフォロー出来ない分、目も当てられない。
その点、野郎だったら街で出くわしたとしても安心だ。
幾ら似てたって、いくら何でも男と女じゃ同一人物とは思う訳がないからな。
せいぜいが俺の紹介した『彼女(仮)』の弟とか従姉弟と思う位だろう。
だから俺は実在する女の子じゃなく、ヤローに女装してもらってやり過ごそうと思った訳だ。
そう事情を説明すると、出水と米屋は何とも言えないような表情で顔を見合わせた。
「さんさぁ?言い方悪ィけど、いくら兄貴に言われたからっていちいち言う事聞かなくたっていいんじゃん?ガキじゃあるまいし、兄貴にどうこう言われる事じゃなくね?」
「米屋の言うのも最もだと思うんだけどさー…俺も兄貴もお互いブラコン気味でなー。特に俺、あの人にはホント頭上がんねぇから。」
「その点はまあ仕方ないとして。で、何で俺を選んだわけ?俺よか女っぽく見える奴なんて沢山居るでしょーが?」
「ああ、そうだよなー。俺らより緑川や空閑なんかのが小さいし、上手くすりゃ女っぽく出来なくもないっつーか。」
出水の言葉に米屋がうんうんと頷いてみせる。
確かにまだ成長過程のお子ちゃまの方が性別ハッキリしない分だけ女の子っぽく見えるかもしれないけど。
でもそれじゃ困るんだよなー。
そう言えば不思議そうに2人が首を傾げる。
「あのなー………お前ら、俺をロリコンにでもしたい訳?いくら女の子っぽく見えるからって緑川や空閑みたいなの兄貴に紹介してみろ、俺どうみてもただのロリコンになっちまうじゃねぇか。」
「「ああ!」」
「『ああ!』じゃねぇよ!………ったく!俺と年齢的に多少は釣り合う位大人っぽく見える奴じゃないと、かえって怪しまれるからガキんちょには頼めねぇんだよ。OK?」
下手すりゃ緑川なんか、俺より甥っ子の方が歳が近いんじゃねぇか?
俺と兄貴、歳が10歳違うから、甥っ子は確か今年9歳になる筈だ。
その甥っ子と余り歳が変わらなさそうな『彼女(仮)』なんか兄貴に紹介してみろ。
俺、即座にボーダー退職させられて、なが~~~~~~~い説教受ける可能性出てくるぞ。
実際俺がロリコンならいざ知らず、事実でもないのにそんな風に見られるのは流石の俺もごめんこうむる。
それなら彼女無しの甲斐性無しに見られた方がまだマシじゃねぇか。
「じゃあさ、沢村本部長補佐に頼めばいいんじゃん?あの人なら大人の女性ってカンジだし。」
「米屋、お前さっきの俺の話聞いてた?実在してる女の子頼めないって言っただろうが。」
「あ、そっか。」
「それに他に好きな奴が居るような子達には頼めねぇだろ?」
「だからって俺に来ますか…。」
頭を抱えてそう溜息を吐く出水。
「ああ……何つーか……その…………出水なら助けてくれんじゃねぇかなーって淡い期待があったってのが一番だけど。」
「さん……。」
「色々考えて出水以上の奴が思い当らなかったんだよ。」
「俺以上の奴??」
「だって俺……出水以上に美人でカッコ良くて大人っぽくて頼りになる奴……思い当らなかったから………。」
確かにちょっと歳離れてるけど、出水って結構雰囲気大人っぽい所あるし。
背はそこそこあるけど……それでも俺の方が少しは高いし、女性でも背が高い子は居ない訳じゃない。
それに出水は美形だから、ちょっとメイクすりゃ化けてくれると思うんだよな。
何より出水は凄ぇ頼りになる。
正直、今まで戦闘時も含めて現実でも何度助けられた事か。
出水の咄嗟の判断力とか、臨機応変な対応力とか、年下だけど俺は凄ぇって思ってるし。
出水ならもしも兄貴と偶発的にエンカウントしても、上手く対応してくれる……そう俺は確信してるから。
だから俺は出水にこの話を持ちかけたんだ。
なんつーか………俺は出水を相当に信頼してんだよな。
「―――ッ!?さん…っ!」
でも………やっぱり嫌がってるのを無理やりってのは…良くねぇよな。
何より俺自身の嘘が招いた結果なんだし。
改めて思えば、俺は随分無理難題を言ってた気がする。
男なら女装してくれなんて言われて二つ返事で引き受ける奴なんか居ないよな。
出水だったからこれで済んでるけど、二宮や三輪なんかだったら、目も当てられない結果になっていただろう。
こーゆー所も俺、出水に甘えてるなぁ。
「ごめんなー無理言って。俺、出水に甘えてるよなぁホント。」
「いや、俺も……さんの事情聞かないで突っぱねちまって……。」
「………………さん、こうなったら彼女居ませんって正直に兄貴に言ったらいいんじゃないッスか?」
向かい合って照れ合っていた俺達に米屋がひょい――と手をあげてそう提案する。
確かにそれが一番いいんだろうけど、そもそもそれが出来ていたらこうして出水に頼み込みに来たりはしてなかったんだよなぁ。
「それも考えたんだけどな……あの人、俺に彼女居ないんならいい人紹介するなんて言い始めてさ……。」
「え?それってまさか…?」
「そ。お見合いさせるってさ。だから彼女居るって言っちまったんだよ。」
何だか取引先の重役の娘だか姪っ子だかで、俺と歳もそう変わらないらしい。
今は大手医療メーカーに勤務しているらしいが、なかなかの才女らしく、研究の為に世界中を飛び回っているとか。
俺には勿体ないような人だと思うが、兄貴は甚く乗り気だ。
だからか、俺に好きな人や彼女が居るなら致し方ないが、そうじゃないなら1度でも会ってみろ――なんて言われて。
見合いの日程や場所まで決められそうになって、それで慌てて彼女が居るって言っちまったという訳だ。
「でもまぁ………これも俺の身から出た錆だしな。仕方ねぇ………正直に兄貴に話して見合いしてくるわ。」
「え?!見合いって………基本的に結婚前提って事でしょ?!」
「バカ!合コンじゃあるまいし、結婚前提じゃない見合いがどこにあんだよ?!」
「んなの分かってるっつの!確認しただけだろーが槍バカ!!」
「てめ…ッ!弾バカのくせに!」
「こらこら、バカ同士で揉めんなー。」
「「さん酷ッ!!」」
声をハモらせて俺を見る出水と米屋に何だか酷く癒されてしまって。
俺は自然に笑みを浮かべてしまう。
彼女の代役を頼むという目的は果たせなかったけど、ここに来てよかったと思う。
少なくとも出水達と話す事でモヤモヤしてた気持ちは収まったし、冷静に頭ん中整理する事も出来たみたいだし。
何つーか、愚痴じゃねぇけど話聞いてもらったのが、一番俺を落ち着かせる事の出来た要因だろう。
よく考えてみりゃ、ここで彼女の代役を立てて兄貴をかわせたとしても、それがいつまでも続く訳じゃない。
いずれは兄貴に『いつ結婚するんだ?』とか言われて、下手すりゃ式場の予約でもされかねないしな。
そう考えりゃ、きちんと兄貴に話をして、このままもう暫く見守っていてほしいと正直に言うしかない。
だって俺はここが――このボーダーが好きだから。
もう暫くは出水達とこうやってくだらない話して笑っていたいから。
「今俺が守りたいものは出水達なんだって………そう言ってみるさ。」
大切な――守りたい女性が出来るまでは、俺にとって最も大切なのは家族である兄貴を除けば共に戦う仲間である出水達。
俺は戦闘員じゃないから直接的に守ってやる事なんて出来ないけど。
でも俺は俺の出来る事で出水を――俺達の為に身体を張ってくれている戦闘員達を守りたいから。
俺に笑顔を向けてくれる奴等を守りたいから。
一緒に笑い合える時間を少しでも多く過ごしたいから。
だから、あともう少しだけ俺に時間を与えて欲しい。
その気持ちを兄貴に伝えるしかないんだよな。
「さん、本当に……いいの?」
「ああ。悪かったな出水。でもサンキューな話聞いてくれて。」
「…………………。」
「米屋もありがとな。」
「いや……俺は何もしてないッスけど……。」
俺よりほんの少しだけ低い位置にある出水と米屋の髪をくしゃくしゃと掻き混ぜると、2人とも微妙そうな表情を浮かべる。
ほんの一瞬何かを言い掛けた出水が口を開きかけた瞬間、俺のスマホの着信音が響いた。
「あ、ワリィ電話だ。んじゃな出水、米屋。」
スマホを片手に、反対の手をあげて別れの合図をすると、無言のまま2人がぺこりと小さく頭を下げる。
他の年長者相手にフレンドリー過ぎる態度はされちゃ困るけど、俺に対してはそんなに馬鹿丁寧な対応しなくていいって言ってんのに。
内心で苦笑しながら俺は手元の電話に出ながらその場を歩き出す。
その俺の背後で2人の高校生が何やら相談し始めていたのを――。
電話の向こうの相手との話に意識を取られ始めた俺は気付く事が出来なかった。