DOWN

咎人たちは風と詠いて(10)

「近づきすぎると、ビーグルの壁を通してでも、我々のナンバーを読み取られてしまいます。そうなれば、自動操縦のついていないこのビーグルでは一巻の終わりです」
「わかってる」
 アクセルを全開にして、砂煙を上げながら、メインベースの周囲をを東から回り込むようにして走る。それを、まるで羽虫のように、灰色の戦闘機のうちの一機が追った。
 しかし、もう一機は挑発には乗らず、基地の上空に留まる。どうやら、そのようにプログラムされているらしい。
 このままでは、シェザースが見つかるのも時間の問題だ。ハンドルを握りながら、ナユトは焦る。
『何逃げ回ってんだ、ナユト。オレは戦うぜ!』
 不意に、スピーカーから聞き覚えのある声が流れた。メインベースの周囲を回るナユトとホナミのビーグルのセンサーが、いくつものビーグルを捉え、モニターに出す。
 己のビーグルを追う一機がそちらに標的を移さぬよう、ナユトはハンドルを切った。
 その横をかすめ、他のビーグルたちは基地に突っ込んでいく。
「お前ら……! やめろ、死ぬぞ!」
 どこまで近づけば紋章のナンバーを読み取られるのか、予想はできなかった。だが、グレスたちのビーグルが間もなく戦闘機のセンサー範囲内に入ることは確かだ。
 戦闘機のうち一機を引き付けているために、仲間たちの行く手を阻むことができない。自機を走らせながら歯がゆく見送るナユトとホナミの前で、数十のビーグルの先頭の一機が基地のパーキング・エリアに肉薄し、バランスを崩したように見えた。
 それは、基地の建物の壁に激突して止まる。
『虫けら扱いされてるオレらにだって、意地はあるんだ……!』
 血を吐くようなつぶやきが聞こえた後、基地に突っ込んで停止したビーグルのハッチが開いた。転がり出たのは、アルキだった。
「くらえっ!」
 手製のボウガンを、高度を下げていた戦闘機に向かってかまえる。
 だが、矢が発射されることはなかった。
「……かっ」
 少年がことばもなく何度か口を開き、閉じるのを繰り返す。数秒後、少年の身体は、舗装されたパーキング・エリアの上に倒れた。
「アルキ!」
 紋章の毒が回ったのだろう。遠くから眺めていたナユトにも、少年が倒れたのが見えた。
 倒れたアルキのそばに、別のビーグルが次々と停車していく。
「落ちろぉ!」
 倒れたアルキのそばに転がったボウガンを、ビーグルを出たグレスが拾い上げる。同時に、イシュタが注意を引き付けるかのように走った。駐車場を横切り、右手に握っていた石を投げつける。
「グレス!」
 叫びながらイシュタが投げた石は、戦闘機の鏡のような表面に、簡単に弾き返された。
「うおおぉぉぉ!」
 雄たけびを上げ、前のめりに倒れていくイシュタの背中を視界に捉えながら、グレスが矢を放つ。
 矢は戦闘機のプロペラに跳ね返され、駐車場の外に落ちた。
 彼の短く太い身体は、口を開け、目を見開いたまま、仰向けに傾いていく。それをやはり、ナユトはビーグルのモニターを通して見ていた。
 戦闘機の注意を基地の建物内のどこかにいるリーダーから引き離すために、次々と、少年たちが倒れていく。それを目にしながら、ナユトには何もなす術がない。
 ビーグルは後から後から基地内に突っ込んでいき、少年たちは降りて石をぶつけようとするものの、右手の紋章のナンバーを読み取られた者はすぐに倒れ、息絶える。その、倒れていく人数は見る見るうちに増えているというのに、戦闘機には傷ひとつつけることができない。
 このままでは、リーダーが管理システムを停止させる前に、こちらが全滅してしまうのではないか。
 だが、注意を引いていなければ、リーダーが死ぬことになるかもしれない。そうなれば、戦いに敗北したことになる。結局何もできず、ナユトは、自分の無力さに腹が立った。
 となりの席のホナミも、同じ気持ちかもしれない。
 そう思って目をやると、少女はオカリナを胸に抱きしめ、じっとモニターを見据えていた。妹を待つときにそうしたように。
 悔やむより、自分のやるべきことをやろう。ふと、そんな思いが胸に沸き上がり、何度目か、ハンドルを切る。
 すると、方向を変えた彼らのビーグルのモニターに、青いビーグルが映し出された。基地ではなく、ナユトが操縦するビーグルに向かって突進する。
「誰だ……?」
 通信機に呼びかけてみるが、応答はない。
 やがて、もう一機の砂上ビーグルは赤茶けた砂煙を上げながら滑り、ナユトたちを追う戦闘機の後ろについた。


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