DOWN

咎人たちは風と詠いて(11)

「何をする気だ?」
 戦闘機は、まだ背後のもう一機に注意を向けていない。
 しかし、基地の周りを三分の一ほど走ったところで、後ろのビーグルが戦闘機のセンサー範囲内により深く食い込んだ。戦闘機はスピードを緩め、さらに近づく背後の獲物を待ち受ける。
「おい!」
 声をかけるが、やはり、答は返ってこない。
 やがて、ビーグルは戦闘機の警戒範囲内に入ったらしく――
 シュッ。
 小さな、ライターの火を点火するときに似た音が、スピーカーを通して聞こえた。同時にモニター上では、戦闘機とビーグルの間で光が交錯する。
 唖然とするナユトとホナミの目に、プロペラの一部を吹き飛ばされて砂の海に沈む戦闘機と、火花を散らして反転する青いビーグルが映った。
 驚きながら、ナユトはビーグルをUターンさせ、腹を上に向けているビーグルのそばでブレーキをかける。
「おい、大丈夫か!」
 ハッチを開けて、ホナミとともに飛び出す。青いビーグルのほうも、のろのろとハッチを持ち上げた。
 這いずるようにして出てきたのは、金髪碧眼の少年だった。彼は、額から血を流しながら、少年と少女を見上げる。
「オーリス……!」
 愕然とするナユトに、オーリスは無言で、紙切れを突きつける。紙切れには、戦闘機の特徴が走り書きされていた。
「フレッセたちに話を聞いて……戦闘機の、仕様を調べた。あれは、敵対行動さえ取らなければ、致命的な対応はしないはず……」
「そんなこと言ったって」
 死んでゆく仲間たちを思い、ナユトは焦った。敵対行動以外で、どうやって戦闘機の注意を引くのか。
「ほら……時間がない」
 浅い呼吸のなか、砂を握りしめて、オーリスは声を絞り出した。
「レーザー砲は、さっきの一発だけだ。だから……もう一機は、きみたちが何とかするんだね。せいぜい……長生きしなよ」
 血と砂に汚れた顔に、珍しく、ほほ笑みを浮かべる。
 オーリスの笑顔を見下ろし茫然とするナユトを、ホナミが呼んだ。
「行きましょう。わたしたちがやるべきことをするの」
 彼女の目は、決意の光に輝いていた。
 覚悟はしてきたはずだ。自分も、グレスやイシュタも、オーリスも――その他の仲間たちも。
「絶対、やってやる!」
 彼は叫び、一足先にビーグルに戻っていたホナミの後を追い、運転席に入ってハンドルを握った。
 鈍い銀色のビーグルは砂のしぶきを上げると、一気に加速して基地に向かう。
「ぼくも、自分の好きなように生きてみたかったな」
 残された少年は、去っていくビーグルを送り出すように、砂を握りしめた右手の拳を突き上げる。
 その腕が地面に落ち、目を閉ざした少年の頬を、そよ風が撫でていった。

 ホナミに言われ、ナユトは基地の手前でビーグルを止め、歩き出す。
 周囲には、仲間たちのビーグルが点在していた。あるものは無造作に乗り捨てられ、あるものは横転し、あるものは建物に激突して煙を上げている。戦闘機のレーザーで貫かれ、穴を空けているものもあった。
 さらに、駐車場に入ると、少年たちの遺体があちこちに横たわっている。ほとんどの遺体には、目立った外傷はない。
「……決して、無駄にはしません」
 横たわるアルキの目を閉じ、つぶやくように言ってから、ホナミは戦闘機を見上げた。
 その下では、石や、壊れたビーグルの部品を武器に、勇気を奮い起こして身がまえる少年たちが並ぶ。
「よせ、お前ら――」
 ナユトの呼びかけは、聞き覚えのある音色に遮られた。
 振り返ると、ホナミがオカリナを吹いていた。澄んだ音色を耳にして、少年たちもまた、怒りも憎しみも忘れ、少女に注意を向ける。戦闘機もありえないはずの音を認識したのか、機首を向けた。
 綺麗なメロディーが、いつのまにか吹き始めた風にのって流れ始める。その音色を聞きながら、ナユトは思い出したように、オーリスに渡されたメモに視線を落とした。
 敵対行動をとらなければ、致命的な対処をされることはない。敵対行動を取らずに相手の注意を引かなくてはいけない。
 その方法に、ナユトも思い至った。

 蒼く歪む月、遠い空の彼方……

 一度聞いただけの、うろ覚えの歌詞だった。それでも、決して上手いとは言えないが、彼は歌った。ツキミの歌声を思い出しながら。

 目を閉じると浮かんでくる、あなたの笑顔……

 驚き、不思議そうにナユトを凝視していた少年たちも、やがて、彼の歌声に唱和する。
 オカリナの音色に、少年たちの歌声。
 戦闘機は、どう判断すべきか迷っているのか、宙に静止したまま動きを見せない。


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