DOWN

咎人たちは風と詠いて(9)

 砂上列車〈スカーレットウィンド〉は町の中心部へと侵入しながら、もう一度、長い汽笛を鳴らした。戦いの始まりを告げる、角笛に似た音色を。
 スピードが段階的に緩められ、簡素なプラットフォームに近づいていく。
「健闘を祈る」
 短いことばを残し、シェザースは一号車の窓から、赤い砂の海に身を躍らせた。
 それを見送った少年たちにできることは、ただ、待つことだけだ。
「けっ、これじゃあ仕事でもしてたほうがマシだぜ」
 つまらなそうに床にひっくり返ろうとしたグレスを、イシュタがつついた。いつにない反応に驚くグレスだが、さすがに余計なことを言うべきでないと判断したらしい。
 うずくまり、祈るだけの彼らの元へ、窓の外から、他の少年の影が歩み寄った。
「ナユト! 聞いてくれ」
 聞き覚えのある声――フレッセだ。友人の声に切羽詰った響きを聞き取り、ナユトは身を起こして出入口に向かう。
「なんだ?」
「さっき、シティ・スリーから連絡があったんだよ。メインベースは空じゃない。一ヶ月前に、二機の戦闘機が配備されていたんだ」
「戦闘機……?」
 メインベースにその戦闘機が置かれたままなら、システムが身の危険を感じれば、それを敵対者の排除に使うだろう。
 しかし、それならば、誘導のはずの自分たちが攻撃を受ける可能性が高いはずだ。だが、今のところ町や列車が攻撃される気配はない。
 もしかしたら、シェザースは、誘導と言いながら、町や列車の情報網を完全に管理システムの意識の外に切り離したのではないか。
「今のままだと、リーダーがやられる。なんとか戦闘機を止められないか?」
「いくら町の者が機械に詳しいっていっても、さすがに武器の扱いは堅く禁じられているし。情報網の設定をいじられるのは、シェザースさんだけだ」
 リーダーは死に、すべてが無駄になる。そして再び、アレツ政府にいいように使われるだけの、ただ無気力な日々が続いていく。
 ここで何とかしなければ、そうなる。その未来が見えたとき、急にナユトの胸に焦燥感が突き上げてきた。
「ちくしょう……」
 思わず、悪態が口をつく。
 その背後の少年たちの半分以上は、状況がよく飲み込めていないようだった。ただ、危機が迫っている雰囲気は感じているのか、目が泳いでいる。
 そんな中、ひとりいつも通りうずくまっていたオーリスが、顔を上げた。
「今、センサーはメインベースの周囲しか働いていない。その周囲で、囮でも使って注意を引くしかないだろうね……」
 彼のことばに、少年たちは一度、顔を見合わせた。
 管理システムは戦闘機を通して、敵対者を認識する。その瞬間、不適格と判断された咎人は紋章の毒で死ぬだろう。
 まさに、命がけの誘導だった。
「オレは行くぜ。ここまで来て、命が惜しいからって止められるか。フレッセ、砂上ビーグルは使えるな?」
「ああ、作戦通り用意してあるぜ。中央広場だ」
 必要なことを聞くと、ナユトはそのまま列車を出て行く。
「わたしも、少しはお役に立ちたいですね」
 ホナミが言い、少年の後を追う。
「あんななよっちいのと女にいいところを取られてたまるかよ。ヒーローはオレ様だ!」
 グレスが、がばっと立ち上がり、仕方なさそうに、それでいて当然のようにイシュタが続く。
 次々と少年たちは立ち上がり、命じられた仕事のためではなく、自分の意志で、砂上列車を出た。
 残されたのは、壁際にうずくまる、金髪の少年。
「さて、と」
 周囲に人の気配が無くなったことを確認すると、彼は小さくつぶやいた。

 爆音が無骨な建物の上空に響く。
 灰色の、大きなプロペラを上部につけた機体が、メインベースを飛び立った。その無人小型戦闘機のセンサーはまだ、砂煙を上げて近づいて来るものの正体を捉えてはいない。
 徐々に、小さな芋虫のような砂上ビーグルがセンサー範囲内に入ってくる。
 戦闘機のうちの一機が、そのビーグルに向かって飛んで行く。
「もう一機いる! もう一機も引き付けないと」
「でも、ここから引き返すのは危険ですよ」
 戦闘機の注意を引きながらハンドルを切ってビーグルをUターンさせるナユトのとなりから、ホナミが声を上げる。


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