#DOWN

決意 ―背神者たちの〈追走〉―(2)

 明るい通路に目が慣れるまで、視界がぼやける。その代わり、ざわめきが大きく聞こえた。
「まさか、あの三人が――」
「大丈夫、我々には賢者さまがついてる」
「そんなネズミどもはどうにでもなる。今度こそ、我々の力は絶対のものとなろう」
 途切れ途切れに聞こえる語り口は、どれも熱っぽく、自分の道を信じて疑わない意志を感じさせる。
 いつもはその熱に圧倒された気分になるが、今日は違う。
「クレオ! 丁度良かった」
 顔見知りの青年が、笑顔で駆け寄ってくる。クレオと違って、その手を汚したことのない、歳の近い青年。
「賢者様が呼んでるぜ。ついに、次の儀式の詳しい段取りが決まったんだ。期待してるぜ、救世主どの」
「ああ」
 笑顔で、少年はうなずいた。
 心の中で、相手に手を合わせながら。

 レイフォード・ワールド、カロアンの街の中央広場に、見るからに目立つ、一行の姿があった。
 緑の芝生に、涼しげな噴水。木々の間に憩っているのは、三人の、少女――らしき姿。
 そんな顔ぶれが人の多い広場の一角に一時間以上もいれば、何人もの男たちに声をかけらるのも当然である。
「だから、わたしは男ですってば!」
 しつこいナンパに腹を立てた女顔の少年、シータが弱い攻撃魔法で相手を吹き飛ばしたのも、一度や二度ではなかった。陽気な性格のルチルが誘ってきた相手についていきかけ、止められたのも。
 幸い、ステラは笑顔で首を振るだけで済んでいる。
 もう一人の少女――銀の妖精の異名を持つ少女リルは、姿を見せていない。
「おっそいわねー」
 木のベンチに腰かけたルチルは、あくび交じりにぼやき、興味の対象を探そうとするように、周囲を見渡した。
 広場の中央には噴水があり、その周囲の芝生やベンチに、多くの人々が憩っていた。ほとんどは、冒険者の姿である。
 数時間ほど前、カロアンに戻った四人は、熱烈な歓迎を受けた。多くのほかの冒険者に食堂に連れていかれ、メニューにあるすべての料理をご馳走される。
 早々に退散したものの、食堂で歓待を受けている間に聞いた話では、少女たちがアガクの塔でクラッカーを退治したおかげで、このワールドのシステム異状が直ったというのだ。
 現に、街の外に出た冒険者たちによると、いつも通りのステータスの魔物が出現するようになっていたという。
 冒険者たちの中で特に知れ渡っていた名前――それは、英雄クレオだった。
「英雄……か」
 溜め息とともに、少女はつぶやいた。
 彼女の座るベンチの背後に、緑の芝生が広がっている。その上に布を敷いて、シータと、車椅子を降りたステラが腰を下ろしていた。
 青空の天頂に輝く太陽の暖かい日差しが、木の葉に遮られ、その根もとを適度な気温に保つ。少しイラつき始めたルチルとは逆に、他の二人は木洩れ日の下、のんびりと自然の景色を眺めていた。
 偽ものの、つくられた景色。つくられたぬくもり。
 それでも、人の記憶がつくり出したものに違いない。
「いつまでもこののどかさが続けばいいのですけどね」
 心地よい陽気に包まれて、思わず眠気に襲われ、シータはつぶやきながら首を振った。ふとその視界に入ったブロンドの少女も、大きなあくびをし、視線に気づいた様子で笑顔を向ける。
 セルサスの支配権が悪意ある者に渡れば、いずれは、自由に日光浴もできなくなるかもそれない。
「続けられるのでしょうか……」
 声を潜めて、少年は自問した。
 彼は今までも、決して、人前で弱音を吐くことはなかった。弱音を吐くような場面にも滅多に遭遇することはなかったし、厳しい局面では、そんな余裕はなかった。
 しかし、今回の件は、今までの『厳しい局面』とはレベルが違う。仮想現実すべてのありように関わる問題だ。
 それを阻止しようというのなら、何かを、犠牲にしなければならないかもしれない。
 その覚悟を胸に、膝の上で手を握りしめる。その手の上に、少女の手が置かれた。
「あなたは……」
 大丈夫、と言いたげな笑顔を向けるステラに、彼は緑の目を見張る。
 目も見えないはずなのに、少女は、常に敏感に周囲の者の気持ちを汲み取っているようだ。その身が不自由なことなど、彼女の心に何一つ影を落としていない。
「そうですね、何とかなるでしょう」
 顔を上げ、シータが空を横切っていく鳥を見上げたと同時に、彼の服の袖が軽く引かれた。見下ろすと、ステラが彼の服の端を引っ張りながら、目を後ろに向けている。

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