#DOWN

決意 ―背神者たちの〈追走〉―(3)

「来たようですね」
 少女の動作の意味を瞬時に察して、振り返るより先に言う。
 まばらに生えた木々の間から、見覚えのある少女が歩み寄ってくる。長い銀髪を背に流し、ウィッチのカラフルな衣装に身を包んだその姿は、木々の間に遊ぶ妖精そのもののようだ。
「待たせたわね」
 彼女が歩みを止めると、動き出せるのがよほど嬉しいのか、ルチルは笑顔でベンチの背もたれを跳び越え、相手の目の前に立つ。
「いいってこと。それより、どうだったの?」
「とりあえず、暗号は送ったわ。相手が待ち合わせの場所に来てるかどうかはわからないけど。待ち合わせの場所への行き方は、前に聞いていたから大丈夫」
 今できる限りの、最善の手段だった。
 次にすることは、自分たちの身で動くことである。ルチルほど嬉々としてではないが、シータも勢いよく立ち上がり、ステラが車椅子に戻るのを手伝う。
「じゃあ、行きましょう。ついて来て」
 短く言って、リルは皆を先導し、歩き出した。
 彼女は通りに出ると南下して、武器や防具などを売る店が並ぶ、東通りに折れる。賑わう道の端で人込みを避けながら歩き続けると、やがて、通行人の姿が減っていく。
 東の門が見えてきたところで、少女は、細い小路に入る。そこは、行き止まりになっていた。
「これじゃあ、どうしようもないんじゃあ……」
 ルチルが言いかけたとき、不意に、リルがステッキを振り上げた。
 がしゃん。
 建物の窓が割れる。
 見たところ、建物は民家らしい。音に驚いた住人たちが、なかで振り返るのが見える。
「あの……リル?」
「さあ、行きましょう」
 平然と言い、窓の向こうに手を伸ばす。すると、彼女の姿は一瞬で消えた。
 残された者たちは、冷汗をかきながら顔を見合わせる。
「確かに、システム上、すぐに直りますけど……」
「誰かに見られると評判落ちそうだねえ……」
 窓の向こう側から、怯えたような少年の顔が見上げている。
「ごめん」
 謝罪しながら、ルチルは手を伸ばす。
 即座に、景色が変わった。彼女の後から、ステラ、シータも転移してくる。
 レイフォード・ワールドを抜けたことで、服装が普段の基本仕様のものに戻る。とはいえ、ルチルとステラはスペース・ワールド、シータはレイフォード・ワールドでの姿と、余り変わりがない。
 周囲のテーブルについている者たちの格好も様々で、特に浮いてはいなかった。車椅子に乗るステラがいるので、どうしても目立ってはいるが。
「とりあえず、あのテーブルにつきましょう」
 リルが指さしたのは、一番カウンターに近いテーブルだ。店内はかなり賑わっているにもかかわらず、そのテーブルは埋まっていない。
 この店についてまったく知らない三人は、すべてリルに任せることにして、彼女に従いカウンターに近づく。
「やあ、リル、友だちを連れて来たのか? 見ない顔だな」
「銀の妖精のお帰りだ、乾杯しようぜ!」
「いやあ、綺麗なお嬢さんが増えて嬉しいねえ」
 あちこちのテーブルから、常連たちが声をかける。それを無視して、リルは、普段指定席にしているカウンターに目を向けた。
「よお、無事に帰ってきたな」
 カウンターで飲んでいた男が振り返り、気軽に声をかけてくる。
「あなたも元気そうで何よりね、ジル」
 メニューも見ず、マスターに激辛リゾットを注文してから、彼女は情報屋の名を呼んだ。
 すでに出来上がった様子の赤い顔を向け、男は背後のテーブルの顔ぶれを見回す。一人一人の顔を確認するごとに、その表情がにやけた。
「訳ありのご一行みたいだな。ま、啓昇党なんかとやり合おうってんだから、それもそうか」
 啓昇党、の名を出すときは声を潜め、ジルは席を立って移動する。リルのとなりにコップを持って移った彼を、初対面の三人は胡散臭そうな目で見る。
 実際、ジルは身なりも挙動も、胡散臭さを絵に描いたような男だ。
「情報屋のジル。見ての通り、胡散臭いけど、けっこう役に立つ男よ」
「リル、そりゃないぜ。オレとお前の仲じゃねえか」
 情報屋は少女の的確な紹介に文句を言うが、長い付き合いなので、言ったところでどうにもならないことはわかっている。
 彼はわざとらしい溜め息を洩らし、コップを置く。

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