#DOWN

決意 ―背神者たちの〈追走〉― (8)

「さ、三人ともぼやっとしてないで、行くよ。リル、ステラを持ち上げるのに、今回はあんたの魔法が必要になるから」
 クレオと並び、先にハシゴの下に着いたルチルが、遅れていた三人に声をかける。その声のもとに、ステラが慌てて車椅子を走らせる。
 リルとシータは一瞬顔を見合わせてから、その後を追った。
 ハシゴは金属製で、ところどころ錆付いていたが、充分な強度を備えていた。
 まずルチル、クレオの順で登り、次にリルがステラの車椅子に浮遊の魔法をかけ、上の二人がステラを迎え入れたのを確認してから、リル、シータの順に登り切る。
 次に広がる光景は、灰色の大きな石を敷き詰めた壁で構成された、長い通路だった。窓も無いのでわかりにくいが、三階に当たる部屋である。
「何ていうか……すでに、塔の広さも無視してるわね」
 一見して、ルチルがそう感想を述べた。
 通路は、どこかの要塞か、城の地下のような雰囲気がある。二階と同じく、狭苦しく重々しい空気をまとっているが、壁には等間隔に燭台が備え付けられており、明るさは充分だ。
 カンテラの火を消して袋に入れ、左手のナイフを右手に持ち替え、例によって、シーフマスターのルチルがパーティーを先導する。
「ここの階段を登れば最上階か……」
「そこに、あなたの友だちが閉じ込められてるんでしょう?」
 クレオが歩きながら神妙な口ぶりでつぶやくのを、その背後を歩く魔法少女が聞き咎める。
「うん、まあ……無事でいてくれるといいけど。一応、食糧も水も充分持ってたようだし……ただ、内側から出口を開けられないだけで」
「ふうん。そうだったの」
「そういえば、詳しいことは話してなかったっけ……友だちは三人。付き合いの長い連中なんだ。それにしても……」
 急に何かを思い出したように、少年は振り向く。最後尾のハンターのほうは見ないようにして、彼は、不思議そうに銀の妖精を見た。
「ほんとに……よく、オレの頼みを聞いてここまでついてきてくれたよね。オレやオレの友だちのことなんて、全然関係ないのに」
「言ったでしょう。退屈しのぎよ」
 銀髪の少女の口ぶりは、関係の無い他人のために危険にさらされているこの状況も、自分にとっては何でもない、と言う調子だった。
「でもさ……一歩間違えば……ゲームオーバーになったら、死ぬかもしれないんだよ? もし、セルサスがこのまま回復しなければ……それで、意識の情報が失われれば……」
「ずっとこのまま、セルサスが復帰するのを待つのは性に合わないの。ルチルの考え方に近いのかもしれないけど。それに……」
 一度口を閉じ、彼女は目をそらす。
「ヒトを捜してるの。そのヒトが、ここに来ているかもしれない。手がかりはないに等しいけど、酒場でじっとしてるより可能性があるから」
「へえ……それって、男?」
 前を行くルチルがここぞとばかりに振り向き、口を挟んだ。その目は、獲物を見つけた猫のように、爛々と輝いている。
「ええ、まあ」
「まさか、恋人じゃないよね?」
 なぜか嫉妬にかられたように口を尖らせる少年剣士に、リルは首を振る。
「恋人じゃないけど、どうしても捜し出さなきゃいけない、運命の人……とでも、言うかしら」
 どこか遠くを見る目で答える少女を、クレオは不思議な気分で見つめる。
 いつも泰然自若としたこの少女が、誰かに運命を感じるなど、想像できない。しかし、いくらワールド内ではレベルが高く、常に冷静な少女でも、『現実世界』では、自分たちと変わらない少女なのだ。
 少なくとも、かつてはそうだったはずだ。約五年前までは。
「それほど会いたい人なら、こんな用事に付き合わないで、捜したほうが良かったんじゃないんじゃないか?」
「今までもさんざん捜したわ。でも、相手は殿堂入り十人のうちの一人なの……簡単に見つかるわけない。それに、セルサスをこのまま放っておくわけにもいかないから」
「え? セルサスを何とかするなら、やっぱりオレに付き合わないほうが――」
 言いかけて、クレオは息をのむ。
 いつも表情の変化が少ない少女が、今まで見たこともないほど優しく、ほほ笑んだのだ。妖精の二つ名に相応しい、透明感のある微笑。
「ゴールに通じる道は、ひとつじゃないの」
 言って、少女は目を伏せる。
 クレオには、彼女のことばの意味がよくわからなかった。だが、意味を問いただそうとはしない。彼のための答が返ってくるとは思えなかった――答は、自らの目で確かめ、つかむものだと、少女の笑顔が伝えていた。
 もしかしたら、答に一番近い所にいるのは、自分かもしれない。
 シータと目が合い、視線をそらしながら、少年は密かにそう思った。

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