#DOWN

決意 ―背神者たちの〈追走〉― (7)

 箱の赤い内部に大事そうに置かれていた物――それは、石でできたメダルだった。メダルの表面には、文字らしいものが刻まれている。
「こんなの、以前はあった?」
 直には触れず、布で包んで持ち上げてみながら、盗賊の少女が疑問を口にする。
「見た覚えはないわ……上に行くのに必要なのかもね」
「誘われてる、ってことかしら」
 挑戦的に笑い、メダルを布に包んで懐にしまうと、彼女は皆を見回した。
「さあ、気合入れていこうか。もっと色んなお宝があるといいんだけど」
「ルチルちゃん、目的は友だちの救出だからね?」
 クレオが焦ったように言うのも聞こえない様子で、身軽な少女は、スキップで階段を駆け上がって行った。
 階段を登りきると、二階に辿り着く。本来なら、一階に似た内装の部屋のはずだが、五人が登り切った先で見た風景は、岩の洞窟の内部だった。
「さすが、構造のつながりを無視してるねえ」
 奇妙なことで感心しながら、ルチルがカンテラに火を入れる。窓らしい穴からいくらか陽は入ってくるが、充分な明るさではない。
「あそこから出られるみたい」
 リルが、ステッキで奥にあるハシゴをさし示す。そこまで続く地面の上には、特に障害物があるわけでもなく、見たところでは、楽に行けそうだった。
 それが、かえって怪しい。冒険者の本能がそう告げる。
「みんな、気をつけて」
 クレオは剣の柄に手をやり、シータはボウガンにカロアンで補充してきた矢をセットし、慎重に歩き出す。
 ルチルは特に、カンテラの明りが行き届かない部屋の隅に気を配った。もっとも、姿を消す魔物も存在する。その上、魔物関係のシステムにも異状が発生している現在は、昨日のリザードマンのように、突然敵が現われる可能性もある。
 できるだけ音を立てないようにしながら、凹凸のある岩の地面の上を一歩一歩、確実にハシゴまでの最短距離を縮めていく。
 緊張感を含んだ空気は冷たく、それでいてじめじめとまとわりつくようだった。狭い空間を支配しようとする闇は濃い。ルチルが掲げるカンテラの光を、少年少女たちは頼りなげに感じる。
 それでも、その光を頼りに歩いて、前方に近づくハシゴを見つける。
 もう少し。
 自分の心にそうささやいてほっとしかけたリルの前で、ステラが錫杖を掲げた。
「ステラ?」
 リルは迷わない。問いかけながら、自らステッキをかまえ、僧侶の視線を追う。
 闇に、ぽつりぽつりと、光の点が現われる。揺れ動く白い光は、尾を引きながら、誘うように宙で踊る。
「ひ、人魂ですか」
 突然現われた光に驚いたように身を引き、シータがボウガンをバッグに挿し込んで、慌てて杖を手にする。
 三体の人魂は、ぞっとするほど白い光をまとい、五人の周囲を回った。
 闇に踊る光はどこか神秘的で美しくもある。だが、それにじっと見とれていると、気力を吸い取られてしまうことを、ベテラン冒険者たちは知っている。
 すでに死んでいる者が魔物と化した、いわゆるアンデッドと呼ばれる種類の魔物で、実体が無いため、普通の武器による攻撃は効果が無い。僧侶系のクラスが、敵として得意とする相手だった。
「ステラ、頼むよ」
 ルチルのことばに、金髪の少女はうなずきを返す。
 彼女は目を閉じ、掲げていた錫杖を振った。その動きに合わせたように、光の粉が周囲へ飛んでいく。
「わたしの助けは必要なさそうですね」
 杖をかまえていたシータがほっと息を吐いたときには、すでに、人魂は溶けるようにして消えていた。浄化され、神のもとに召された――と、データ画面を呼び出したときの〈ライトブレス〉の魔法の説明欄には書かれている。
「疑ってたわけじゃないけど、ステラちゃんが三〇レベルってのはホントだね」
「やっぱり、あの時間表示とかは、間違いだったんだろうねえ」
 クレオとルチルがことばを交わすのを聞き、シータがリルのとなりに身を寄せ、声をひそめて尋ねる。
「時間表示の間違いって、どういうことです?」
「ここに来たときの話よ……ステラのプレイ時間とプレイ回数が、まるで初めて来たときのようになっていたの」
 説明しながら、車椅子の少女を見下ろす。
 すると、ステラは慌てて顔を背けた――かに見えた。
 この少女は、目が見えないはずだ。気のせいに違いない、と、リルは思う。ただ、たまたま気配を感じてこちらを向き、偶然そむけただけだろう、と。

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