#DOWN

決意 ―背神者たちの〈追走〉― (9)

「何かいるみたいだね」
 ルチルの声につられ、剣士は前を向く。
 通路の出口の向こうで、かがり火が燃えているのが見えた。赤い明りの中で、大きな影が揺れている。
 息を詰め、物音を立てないよう、五人はそっと近づいていった。出口が目の前に迫るにつれ、獣のような息遣いが聞こえてくる。
 隠れる場所はない。相手は、通路に鋭い目を向けていた。
「いっ……?」
 大きな、赤く輝く目。それを正面に見て、ルチルは腰を抜かしかける。
 まず、ステラが素早く守りの魔法をかけた。その一瞬後、大きく開かれた、鋭い牙の並ぶ顎を目に捉える間もなく、燃えさかる炎が噴きつける。
 シーフマスターの少女が悲鳴を上げた。
 彼女の目の前に、オレンジ色の壁ができる。焼け付く空気が、むき出しの肌に熱い。
 それでも、彼女が耐えられないほどではなかった。炎自体は、ステラの魔法で完全に防がれている。
「ステラちゃん、ナイスっ」
 嬉しそうにほほ笑む僧侶を振り返ってから剣を抜き、剣士が臆することなく飛び出していく。
 その背中に錫杖の先を向け、車椅子の少女はまた、守りの魔法をかけた。
 円形の部屋は、魔物の巨体に合わせたように広く、天井もほとんど見えないくらい高い。隅に木の棒を組み合わせた燭台が並べられ、奥には、上へ続く、幅の広い階段があった。
 その前に立ちはだかるのは、硬い鱗に全身を包まれ、コウモリに似た翼と鋭い爪、二本の角とワニに似た尾を持つ、有名な怪物――ファイヤードラゴン。
「もう一人、攻撃を引きつけたほうが良さそうですね」
 ボウガンを手に、シータが通路から出ようとする。
 それを、リルが手を出して押し留めた。
「あたしが出るわ」
「えっ」
 止めようとする間もない。リルは振り向きもせず、自分の何倍もの大きさの翼竜の前に駆け出していく。
「普通、あたしの役目なんだけど……」
 手を出して止めようとした体勢のままで茫然とするシータの前、内心ほっとしながら、ルチルが投げ用ナイフを用意する。
 パーティーで一番耐久力がないはずの魔術師が前線に出るなど、普通はあり得ないことだった。攻撃を引きつける役目なら、動きの素早い盗賊系が担当することが多い。
 しかし、昨日のリザードマンとの戦いを思い出したルチルは、リルなら大丈夫だろうという気がした。
 知らず知らずのうちにナイフの柄を強く握りしめながら、次に、背後の少女を振り返る。
「ステラ、ここは頼むよ」
 黙々と、飛び出した二人に防御魔法をかけ、通路の出入口にも見えない防御壁をつくり出しながら、車椅子の少女はうなずいた。
 のんびりしているように見えて、彼女の反応はかなり速い。彼女の地味なフォローを、誰もが頼りになる、と感じる。
「ルナバインド」
 杖を左手に、シータが攻撃力を上げる魔法を使う。右手に持つボウガンに光が宿ると、杖を捨てて、ファイヤードラゴンを狙い撃つ。
 リルも飛び出すと同時にクレオの剣に魔法をかけ、続けて自分のステッキにも同じ魔法をかけた。
「リル、気をつけて!」
 背後から声をかけられ、少女は壁際に走る。長い尾がそのそばを薙ぎ、風圧でバランスを崩しかけながらも、彼女はドラゴンの死角に回る。
 振り向く彼女の視界を、蒼白く輝く矢が横切った。それは、大きな鱗の継ぎ目に吸い込まれるように突き立つ。
 地鳴りのような悲鳴が空気を切り裂く。
 竜が足を踏み鳴らし、暴れた。
「翼の暴風攻撃があるよ。危ない!」
「これくらい、大丈夫」
 ルチルの前まで走りながら、平然とことばを返す魔術師の少女に、赤毛の少女は首を振って見せる。
「そうじゃなくて、スカートが」
「え」
 自分がミニスカートをはいていることを忘れていたリルは、思わず転びかけた。出入口のほうに目を向けると、ボウガンの狙いをつけているシータが慌てたように首を振る。
「み、見てません、何も見てませんって!」
「誰も責めてないんだけど」
 動揺する少年と、そこへ肘を入れるルチルを横目に、少し自分の服装を意識して、リルは再び走り始めた。
 ドラゴンはクレオの姿を追いかけ、炎のブレスを吐いた。炎は石の床にも燃え移り、紅の壁となる。それを魔法で消火しながら、少女は剣士の姿を求めた。
 ドラゴンの視界に入ると、ようやくその姿を見つける。白い鎧がところどころ焼け焦げ、顔にも火傷を負っているらしく、頬が黒く煤けていた。
 一方、彼の剣を相手にするファイヤードラゴンのほうも、その鱗の皮膚にいくつもの切傷を作っていた。

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