#DOWN
決意 ―背神者たちの〈追走〉― (5)
「それは、あなたたちの行動にもよりますよ。あの塔であなたの同僚に出会ったとき、あなたがどうするか」
「お人好しだな。殺しておけばよかったと思うかもしれないぜ。そんな危険な橋を渡るのか?」
「わたしが死んでも、悲しむ人はいませんからね。それに、あなたの生死を決めるのは、あなたの意志を見届けてからでも遅くはない」
「オレは……役目を果たすだけだ。英雄になるための役目を」
声をひそめながらも、少年は強い決意を込め、宣言する。周りに向けてではなく、何より、自分の中の迷いを振り切るように。
シータの表情が、初めて変化する。それはどこか、哀しげに見えた。
「あなたはそれでいいのですか? 傀儡となって、与えられた役割を演じ、創られた運命を辿り続けるままで」
意外なことばをかけられ、英雄の役目を与えられた少年は、わずかに目を見開く。
未来を選択することも許されない運命に、疑問を抱いたことは少なくなかった。
新しい生命の進化の形態をめざそうという思想を持つ、啓昇党の一員である両親の間に生まれ、当然、彼もその思想の影響を受けて育った。
やがて生活の場がサイバースペースに移り、その思想や党の活動が少しずつ変化し――疑問を持つことが多くなっても、英雄の役目に選ばれ、両親の喜びを目にし、訓練に打ち込んでいるうちに、嫌なものはすべて意識の外に追い出していた。
その忘れていたい事実を、突きつけられて。
思わず、迷いが顔に出る。
「あなたが、本当に英雄であり続けると言うのなら……」
クレオの表情を見て、シータは無表情に戻り、言った。
「いつかは、わたしたちを殺そうとするのでしょうね」
そこまで告げると、彼は興味を失ったように、背を向けて歩き出す。
リルを。ルチルを。ステラを。シータを。
いずれ、その手にかけなければならない――それは、先ほどの交信で言われたことでもある。
残された少年はしばらくの間、静まり返った廊下に立ち尽くし、自分の両手を見下ろしていた。
空は晴れ渡っていた。
風は時折そよ風が吹く程度で、旅にはいい日だ。もしシステムの異状がなければ、多くの冒険者が旅立つ姿を目にしたに違いない。
しかし、実際にカロアンの門をくぐったパーティーは、一組だけだった。
「何か、情けない連中だねえ。ちょっとくらい出てみりゃいいのに」
盗賊系の役割として、やはり先頭を歩きながら、驚きの表情で見送る他の冒険者たちの顔を思い出し、ルチルが溜め息交じりに言う。
昨日のリザードマンの異常発生を考えれば、町の外に出ないのは正解に思える。だが、スリルを求めるルチルの目には、黙って町にこもるのは冒険者にあるまじき行為に映るらしい――と、リルは思った。
彼女はステラの車椅子を押し、ルチルとクレオの後ろにいた。最後尾では、昨日と変わらずシータが周囲に目を配っている。
ステラは一人でも問題なく行動できるらしいが、今は、車椅子の上で寝息をたてていた。
「どんな夢を見てるんだか……」
仮想現実のなかでも、夢は見る。幸せそうな少女の顔を後ろからのぞき込み、リルはほほ笑んだ。
顔を上げたとき、彼女は、先を行くクレオがあくびをしているのを見咎める。
「眠れなかったの?」
「ああ……ちょっと緊張しちゃってさ。でもまあ、大丈夫だから」
少年剣士は慌てたように手を振り、愛剣の鞘を叩く。
戦えないほど弱っているわけでもないらしい、とわかって、リルはそれ以上追求しないことにした。
彼女は、知っている。昨日、クレオが一度部屋を出てから、朝まで戻らなかったことを。それに、シータが一度彼を追って出入したことも。
二人とも昨日と変わりない様子で振る舞い、リル自身もまた、何も知らないかのような態度をとっていた。
今は、それでいい、と彼女は思う。
今は、塔で起こる何かに向かう道しかない。
「どうやら、ここまでは問題なく来れたようだね」
ルチルの声で、リルは足を止める。
町から北上して間もなくの所にある、アガクの塔。その扉が、目の前に鎮座していた。
この塔は、レイフォード・ワールドの各地にあるものの中では、高いほうではない。それでも、カロアンの町にあるどの建物よりもはるかに高かった。一度塔をクリアしたことのある者は、塔が四階建てであると知っている。
だが、今は構造がおかしくなっている可能性もあった。
「永遠にループするように変化していないことを祈ろう」
少し緊張した声で言って、クレオがルチルのとなりから進み出て、両開きの木の扉を押し開けようとする。
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