#DOWN

決意 ―背神者たちの〈追走〉― (4)

「そろそろ休みます?」
 ベッドに腰掛けて本を読んでいたシータが、気配に気づいて顔を上げた。
 それを見て、いたずらを咎められた子どもに似た表情で目を見開くクレオに、白いローブのハンターは首をかしげる。
「何か?」
「いや……」
 クレオは慌てて両手を振って見せる。
「何でもないから。た、ただ一瞬、女の子と一緒の部屋にいるみたいだなーと……」
「ライトニングしましょうか?」
「い、いや、しょうがないじゃないかっ」
 剣呑な目でにらむシータから後ずさりしつつ、自分のベッドの上に放ってあったマントと剣を取り、身につける。
「……どこへ?」
「落ち着かないから、ちょっと外で素振りでもしようかなって……すぐ戻るから」
 答えながら、彼は逃げるようにして、部屋を出た。となりの部屋のルチルたちや他の宿泊客を起こさぬよう、静かな足取りで廊下を歩く。
 だが、その足は、外には向けられない。彼は、二階へ向かう階段の下にある影の中に滑り込み、歩みを止める。
 右手を懐に入れ、取り出したとき、そこには大きな法螺貝が握られていた。
「こちら、クレオ……」
 周囲の様子をうかがってから、少年はささやきかける。
『こちらの準備は整った。そちらはどうだ?』
 くぐもったような男の声が、法螺貝から洩れた。その声を聞く少年の顔には、緊張の色がにじんでいる。
「予定通り、明日、塔に向かいます」
『そうか。手順は覚えているな? ある程度、お前の仲間にやらせてもいいが……失敗は許されぬ』
「承知しています」
 普段の少年からは想像もつかない、張りつめた声に、慣れたような丁寧な口調。
 彼は、その調子のまま、ことばを続けた。
「しかし……不穏な因子が混入しているとは、本当でしょうか?」
『間違いない。何としても、取り除かなければならん……もっとも、目的を果たした暁には、お前の仲間たちには全員死んでもらわなければならぬやもしれんが』
 返ってきた答に、少年の目が、わずかに見開かれる。
 しかし、声には動揺を表わさず、最後まで事務的に、彼は交信を終えた。
 それと、ほぼ同時に。
「あなたの、お友だちですか?」
 突然の声に振り向くそこに、あるはずのない姿がある。
 気配も、物音もしなかった。交信しながら、クレオは周囲を見回していたのだ。
「なぜ……ここに」
 そこまで言うので、精一杯だった。
 白いローブに金髪の、少女と見まごう顔立ちの少年が、静かな視線を向けている。責めるでも、驚くでもなく、無表情で。
 どこまで聞いていたのか。
 何を知っているのか。
 問いたいことを口に出せず、クレオは相手の目を見る。相手のほうが問い詰めて来ないのは、まずい状況だと、彼は経験的に知っていた。
 焦りを顔に表す彼とは対照的に、落ち着いた様子で、シータが口を開く。
「……やはり、あなたは、啓昇党の――」
 クレオが動いた。
 音もなく闇の中から抜け出し、素早く、右手の側面を相手のこめかみめがけて振る。明らかに訓練を受けた者の、達人以上の動きだった。
 しかし、彼の手に伝わるのは、宙を薙ぐ感触のみ。
 いつの間に視界から消えたのか。シータはクレオの背後に回りこみながら、宙に伸ばされた腕を取って後ろで捻る。
「つっ……」
 強い。
 内心、クレオは舌を巻く。何年もの間戦い方を叩き込まれてきた彼自身より、このハンターは、はるかに強い。実力の差が、はっきりと身にしみる。
 窓から洩れる月明かりの中、静かな攻防は終わり、彼は目だけで相手を振り向く。姿を捉えることはできないが、今ははっきりと、その気配を感じることができた。
 ただ、神経を研ぎ澄まして相手の動きを待つ。その、彼の背後で、シータが笑った。
「賢明な判断です……さすが、英雄候補だけのことはある。創られた〈救世主〉」
「どこまで知っている?」
 ようやく、質問が口に出た。感情のない声で。
「あなたたちが怪しい動きをしていることは、すでに一部で噂になっていますよ。だから、管理局側もサイバーフォースを投入していた……その動きを見ていれば、あなたたたちの側の行動も大体わかりますからね」
「あんたは、オレたちを止めるのか?」
 シータが、手を放した。クレオは弾かれたように一歩離れ、相手と向き合う。

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