#DOWN
決意 ―背神者たちの〈追走〉― (3)
「あの、さっきの歌……なんていう歌かな? 気に入っちゃって……歌の名前がわかれば、またどこかで聞けるかなー、って」
焦ったような少年のことばに、詩人の唇が、笑みの形に吊り上げられる。
「一曲目は『辿り着けるように』、二曲目は『すべての源に還れ』、さ。でも、他の吟遊詩人に頼んでも聞くことは出来ないと思うぞ? なにせ、オリジナルだからな」
「え……じゃ、じゃあ、あなたはこれからどこに行くの? 行き先で、そのうちまた会えるといいな」
「うーん、吟遊詩人つーのは、あてもなく流れ行くものだからな」
肩をすくめ、彼は少年のことばに困ったような声で応じた。しかし、軽く歪められていたその口もとは、すぐに笑みに変わる。
「まあ、きみたちとは、すぐに会えそうな気がするな。もし会えたときには、よろしく頼むぜ」
「ええ、こちらこそ」
話している限りには、悪い人には見えない。それでも、目が見えないのが、少し不安を煽る。
そんな印象を持ったクレオが身体の向きを直すと、視界の端に、油断なくキダムの背中を見送っているリルとシータが見えた。
「二人も、気になるの? あの人のこと」
キダムは最後のテーブルを回ると、店の主人と一言交わして、外へ出て行く。それを確認して、ようやくリルがスプーンを動かし始める。
「普通の冒険者の気配と少し違う気がする。でも、気のせいかもしれないし……」
「何もなければ、それでいいのですが」
言って、空にした皿を寄せると、シータは席を立つ。
「少しは情報収集をしておかないと、ルチルさんに怒られますからね」
キダムのショーが終わり、ようやく店内はいつもの風景を取り戻しつつある。今なら、他の冒険者から情報を引き出すのも容易いだろう。
情報を求める者に、与える者、仲間と談笑しながら食事をとる者など、普段より人数は多いものの、一見、いつもの冒険者が集う飲食店の様子だ。その中で、シータに続き、クレオとリルも、聞き込みでアガクの塔の情報を得る。
しかし、情報のほとんどは、役に立つかどうか怪しいものだった。塔の窓から人魂が見えたという者がいれば、ドラゴンが上空を飛んでいたという者、巨大な蜘蛛が壁を這いまわっていたという者など、目撃された魔物は様々だ。
ただひとつ共通していた情報は、システムに異状が発生してからも内部に侵入したパーティーは何組かいるが、それが、一組も戻って来ていない、ということだった。
「かなりヤバイことになってるみたいだねえ。盗賊ギルドでも、罠が今まで通りに作動してるかどうか怪しい、って話が出てたよ」
太陽が完全に山並みに姿を消そうとしている頃になって、ルチルが〈知識の壺〉亭に姿を見せ、遅い食事を注文した。
彼女は道具を買い込んで来るついでに、盗賊系クラスのサポートや関係する仕事の登録と依頼などを司る機関、盗賊ギルドにも寄って来たらしい。
「見た者はいないし、いたとしても帰って来てないんだから、内部の情報源はないね。未知のダンジョンに入るつもりで行くしかない」
リルの淡々としたことばで、一同は、表情を引き締める。
「もう、友だちが閉じ込められてから、三日近く経ってるはず……みんな、よろしく頼むよ」
クレオは真剣な目で、テーブルを囲む仲間たちの顔を見回す。
彼が友だちを助けるために集めた仲間たちは、ほほ笑み、あるいは仕方なさそうな表情で、うなずきを返した。
ルチルが食事を終えると、五人は店の主人に声をかけ、一晩泊る部屋を借りた。隣り合った中部屋を二つ借り、男性陣と女性陣に分かれる。クレオが気を利かせて一階を条件につけたので、車椅子でも不便はない。
「いい? 明日のために、きっちり休んでおくんだよ」
廊下を照らす淡いランプの灯の中で、ドアから顔を出したルチルが、まるで姉のように、となりのドアから半身を出している少年剣士に言う。
廊下の窓から見える外は、すでに夜闇に包まれていた。少しだけ、空気が冷たくなったようにも感じる。
「ああ、大丈夫。おやすみ、ルチルちゃん」
「うん、おやすみ」
お互い手を振って、それぞれの部屋に入る。
彼らが選んだのは西洋風の部屋で、並んだベッドの間にある燭台の灯と窓からさし込む月明かりだけが、内部を照らしていた。
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