#DOWN

異変 ―闇に堕ちる〈星〉―(8)

 少女は時間潰しに、方向を変えて歩き始める。行き交う人間の間を縫って、あるプラットフォームに向かって。
 あてもなくさまようような足取りで歩くうち、前方の左右から行き交う人の流れが途切れた。
 どこかで、悲鳴交じりのざわめきが聞こえる。
 じっと目を凝らし、人の姿の間にある、その奥の気配を感じ取る。異質な、人の動きから受ける印象とは違う気配が、五感とは別の所にある感覚を通し、伝わる。
 その気配を捉えながら、ゆっくりと近づく。
「暴走してる! 気をつけろ!」
 誰かが叫ぶ。
 逃げるように人の姿が離れていく一角に、リルは真っ直ぐ歩いた。感じ取れる気配が、強く、はっきりとしてくる。
 低い、エンジンの駆動音らしき音がした。キャタピラーにドーム状の中心機構を搭載した清掃用ロボットが一機、人々を追い立てるように、アームを回しながら走る。何人かが接触して転倒し、ひかれそうになって、周囲の者に助け出されていた。
 充分に離れた者は、遠巻きに騒動を眺めている。
「ちょっと、どうなってんの!」
 聞き覚えのある声を耳にして振り向くと、リルは多くの人の姿の間の奥に、予想通りの姿を見た。
 ルチルが、光線銃――レイガンをかまえ、彼女の正面に迫りつつある清掃用ロボットに銃口を向ける。
 ほとんど狙いをつけてもいない早撃ちで、光線が発射された。それは正確に、ロボットの停止スイッチに当たったらしい。
 種類にもよるが、このワールドに出回っているレイガンは、威力を自由に変えられるものが多い。ルチルのレイガンの出力は最小に設定されていたらしく、ロボットへの影響はスイッチを押すだけで終わる。
 ロボットは停止し、一瞬何が起こったかわからなかった人々の間から、拍手が起こる。皆、ほっとしたような笑みを浮かべていた。
 だが、リルは、その人々のなかに加わる気分にはなれない。
 ゲームの世界の行動と言えども、ある程度、個人のセンスや思考速度が反映される。今回は、本来あり得ない事態なので、尚更だ。その異常事態に即座に反応したこと、射撃の正確さからして、ルチルは普段から銃を扱いなれているということになる。
 ――厄介なヒトと関わってしまったかもしれない。
 面倒臭そうに肩をすくめながら、人込みから抜け出そうと、人の少ないほうへ移動する。
「どうした!」
 背後から、新たなざわめきといくつかの悲鳴、そして、それに消されそうなほど小さく、とさっ、と軽い落下音が届く。
 その瞬間、彼女は身体を反転させ、走り出した。
「何をする気だ!」
「お嬢ちゃん!」
 横から呼び止めようとする声が聞こえたのを知りながらも、彼女は止まらない。正面の一点、ひっくり返った車椅子を見てプラットフォームに駆けつけ、そのまま、シャトルや宇宙船の通り道となるゲートに飛び降りた。
 危なげなく着地して、チラリと見上げる。段差は、それほど高くない。しかし、リルの身長の倍よりは高い。
 頭上で大勢の客が見下ろしている。ゲートの中央部方向にあるトンネルからは、何か大きな質量が押し出されてくる気配があった。
 それも気にせず、リルは閉ざされた出口の方向を見た。細い線が二本引かれただけの床の上に、ブロンドの少女が倒れていた。
 駆け寄って、背中に手を回して上体を抱え起こす。
 肩にかかる金髪に色白な肌、大きな空色の目。リルと同年くらいの、美少女だった。彼女は起こされると目を開けるが、まだ朦朧としているように視線を泳がせる。どうやら、落下したときに頭を打ったらしい、とリルは思った。
「あなた……」
 話しかけようとして、彼女は口をつぐむ。
 上のざわめきに、切迫したものが混ざり始めていた。顔を上げると、トンネルから鋭い機首を突き出してくる、シャトルが見える。
 彼女は、金髪の少女の背中と膝の裏に腕を差し込むと、持ち上げた。自身より少し背の高い身体を抱え上げても、まったくふらつきはしない。
 シャトルは、高速で近づいて来た。
 小柄な少女の身体めがけて。

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