#DOWN

異変 ―闇に堕ちる〈星〉―(7)

 イルズ・ステーションは、人の姿であふれ返っていた。ステーション・ゼロより空間が狭い円盤状のステーション内では、中心部のロビーに並ぶ長椅子の周囲を初め、どこもかしこも人の姿だらけである。
 円盤の外周に並ぶプラットフォームのひとつに降り立ち、三人の少年少女は、側面ハッチを開けたままのシャトルに身体を向けた。
「ジェンガンさん、世話になったね」
「ああ。依頼料は確かに受け取ったぜ」
 ルチルが覗き込むと、クレジット・カードの小さなモニターで残金を確認していたジェンガンは、操縦席でそのカードを振った。
「また機会があったら利用してくれ。この辺も最近盗賊団やらが増えたから、坊主もそっちの嬢ちゃんも、気をつけてな」
「ああ、おっさんもな」
「気をつけて」
 クレオとリルが交互に声をかけると、ジェンガンは手を上げて応える。その大きな姿が、上から下りて来たハッチに隠された。
 完全にハッチが閉じると、やがてシャトルは動き出す。新しい目的地へ。
 開いた出口から飛び出していくシャトルをプラットフォームで見送った三人は、とりあえず、中央部に向けて歩いた。中央部は少し床が高くなっていて、各方面行きのプラットフォームが一望できる。
「それで、さ。あんたたち、どうするつもりなの?」
 肩を並べて歩きながら、ルチルが顔を横に向け、クレオとリルを見た。
 ルチルと同行するのは、ここまでのはずだった。たまたま、同じシャトルに乗り合わせただけの相手だ。
 クレオは少し迷った後、彼女を巻き込まないことにしたらしかった。
「少しここで休んでから、ちょっと行くところがあるんだけど……ルチルちゃんはこれからどうするの?」
「どうしよっかなー」
 焦らすように言ってから、彼女は笑った。
「あたしも、少しここで休んでくことにするよ。その辺でジュースでも飲んでるから、出発するときになったら声かけてね」
 軽く手を振り、ジュースの販売機を探しに壁際に向かっていく。
 その後ろ姿を少しぼうっとして見送っていたクレオは、何を思い出したのか、急に焦ったようにリルを振り返った。
「え、えと、友だちに連絡とって来るから、ちょっと待っててくれる?」
 ジャケットのポケットから小さな通信機を取り出し、それを隠すように抱えて問う。
「その辺ブラブラしてるから」
 内心少年の様子を不審に思いながら、少女はその場を離れた。適当に歩き出して、数歩目に振り返ると、クレオが人の姿が少ない端のほうへ駆けて行くのが見える。
 それ以上追跡はしないで、リルは再び歩き出す。少年の背中が離れていくのと、反対方向へ。
 人込みの中を歩きながら、彼女は片手でコートの内ポケットに手をやり、通信機を探り当てた。そのまま、キーを見ずに、長いコードを打ち込む。すべてのキーを押し終える前に、彼女の左耳に、目立たないイヤホンが当てられていた。
 わずかなタイムラグのあと、低い声が流れる。
『おお、リルか。そっちから掛けてくるとはな』
「何かわかった?」
 短い、極限まで圧縮したような問いかけだ。
 それでも、相手には通じたらしい。
『ああ。どうやら、かなりの腕のクラッカーが数名関わってるのは確からしい。それだけ組織的だと、どっかの思想団体かもな』
「でも、それでセルサスがやられるなんて……」
『かなり初期に作って放置してた、直通ラインの防壁を破られたらしい。丁度見直しが始まる寸前だったようだぜ。まったく、災難だな。……今のところは、こっちに入ってるのはこれくらいだな』
「そう……」
 それほど期待をかけていたわけではない。それでも、少女は急転直下の解決をどこかで望んでいたのか、溜め息を洩らす。
「ありがとう、ジル。また頼むわ」
『ああ……土産、忘れるなよ』
 情報屋に、ささやくように付け加えられて、少女は肩をすくめた。
「わかってる……じゃあ」
 相手はまだ話したそうな気配だったが、それに付き合っているといつまでたっても終わらないので、一方的に通信を終わらせる。
 クレオのほうも終わったかと振り向くが、少年の背中は、まだ壁際にあった。

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