#DOWN

異変 ―闇に堕ちる〈星〉―(6)

 地下シェルターに並ぶ、肉体の老化を減速させるカプセルに入り、それぞれの脳をセルサスの創り出す仮想現実につなげる。その仮想現実のなかで生活し、あるいは眠り続けながら、地球上に残った人類は待ち続ける――破壊された地上が浄化されるか、脱出した人類が迎えに来てくれるまで。
 小惑星との衝突で死傷者は出なかったが、家族と生き別れた者も多い。彼らは、もう、二度と会えないと覚悟していた。
「早く……脱出した人たちが迎えに来てくれるといいけど」
 少年が、天井を見上げた。
 そして、肩にかかる日に焼けた腕に気がつく。視線を反対側にやると、赤毛の少女の顔があった。寝息が頬にかかり、彼は赤面する。ルチルは、少年に背中からかぶさるようにして寝入っていた。
 目のやり場に困って、リルを見る。リルのほうも、静かな寝息をたてていた。クレオは、その、妖精の二つ名に相応しい寝顔に見入る。
 目が離せずに、じっと見つめていると、あたたかそうな襟のファーに顔を埋めるようにして眠る少女の唇が動く。少年は見ているのがばれたか、と焦るが、少女が目覚める気配はない。
「お母さん……」
 彼女の唇から洩れたのは、かすかな、ささやきのようだった。
 そのことばに、クレオは一瞬、胸を衝かれたように動きを止めた。しかし、彼のその感情を、太い声が拭い去る。
「両手に花ってヤツだな、坊や」
 操縦席から、ジェンガンが意地の悪い笑みを見せた。
 クレオが反論しようと口を開きかけたとき、リルが彼の肩にもたれかかった。少年は思わず、口を閉じて身体を緊張させる。
「あと十分足らずだ。それまで幸せを噛みしめてな」
 ジェンガンのことばに内心うなずきながら、彼ははかない幸福の時間を楽しむことにした。
 目を閉じて、ぬくもりをはっきりと感じる。
 首筋にかかる肌の温度と頬にかかる息遣い、肩のかすかな重み。そして――
 固いものが額にぶつかる感触で、クレオは情けない声を洩らした。
「イテーッ! 何やってんだよ、オヤジ」
 目を開けると、メインモニターの画像が視界に入る。画面の上からのびた白い光線が前方に浮かぶ岩に当たり、それを蒸発させたところだった。
「どうなってんの?」
 少女たちも目覚めたらしい。ルチルが最後部席から身を乗り出して画面に見入る。
「わからねえ。レーダーにも反応はなかったぞ。ったく、こんなボロシャトルを襲うとは、どこの海賊だ?」
 舌打ちしながら、ジェンガンは操縦桿を引く。画面の端に映し出された後部カメラからの映像に、急激に機首の角度を変えるシャトルの背後から追いすがる、黒の戦闘機の輪郭がかすかに見えた。
 角ばったカブトムシのようなシルエットを見ながら、上下左右に圧力を受けて、乗員は席にしがみつく。ジェンガンは小惑星や大きな岩の周囲をめぐり、それを障害物にして相手を振り切ろうとした。
「おっさん、外部シールド張れるか?」
 レイガンを手にしてエネルギー残量を確かめ、クレオが尋ねる。緩んでいることが多い少年の顔は、いつになく真剣だ。
 その様子をチラリと見て、ジェンガンは右手の指を黄色のボタンに伸ばす。
「いいか、二〇秒しかもたないぞ」
 シュッ、と小さな空気音がした。窓を模した側面モニターが横にスライドして壁に消え、直接宇宙空間が見える。シャトルの周囲をめぐる透明なシールド内は、気圧なども制御されていた。シールドの周波数をレイガンのそれと合わせることで、シールド内から光線を撃つことが可能だ。
 クレオは窓から顔と手を出し、レイガンのスコープをのぞく。
「一八……一七……」
 ルチルがカウントダウンする。それを聞くと焦ってしまいそうなので、彼女の声を無視し、彼はスコープ内の円形の映像に集中した。中心のバツ印の向こうで、戦闘機が素早く揺れる。
 クレオは待った。迫り来るタイムリミットを意識の外から追い出して、背後の闇に溶け込みそうな戦闘機を見続ける。
 やがて――
 パシン、という小さな音がした。白い光の筋が真っ直ぐ、黒の上に線を引く。
 結果を見ないうちに、耳もとで機械音がして、クレオは慌てて身体を機内に引いた。窓が閉じ、再びシャトルの中と外が隔絶される。
「追ってこないようだな」
 メインモニターの隅の四角い枠内を見て、ジェンガンが無愛想に言った。少年が映像を覗き込んで、パイロットが言った通りの事実を確認する。
 ジェンガンは、後ろから乗り出してきた顔を振り返ると、口もとを軽く吊り上げた。
「なかなかやるじゃないか、坊主」
 左手の親指を立てて、少年を称える。
 少し照れたように、少年も親指を立てて見せた。
「あ〜、クレオったら、素敵ィ」
 ルチルが後ろから、クレオの首に抱きついた。先ほどまでの勇ましい表情はどこへやら、少年は、えへへ、と、鼻の下を伸ばしてにやつく。
 それをよそに、リルは窓の外を見ながら、ジャケットの内ポケットに入れたレイガンの熱を持った銃口を、軽く指で弾いた。

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