#DOWN

異変 ―闇に堕ちる〈星〉―(4)

 高い天井に、柔らかい光を放つ灰色の壁。壁には等間隔で透明な素材が使われ、外の宇宙空間を眺めることができた。
 スペース・ワールドの出発地点、宇宙ステーション・ゼロのロビーだ。空間の中央には長椅子が並び、多くのワールド参加者が休憩し、あるいは仲間と作戦を話し合ったり、談笑している。
「ここからレイフォード・ワールドに行く道筋はわかってるの?」
 スペース・ワールドに入った途端、リルとクレオが今までこのワールドで手に入れた装備が手元に出現する。リルは、玩具のように小さな光線銃、ハンドレイガンを、白いコートの内ポケットに入れていた。
 一方のクレオは、対レーザー用の特殊繊維で編まれたチョッキを着て、大型レイガンをベルトに吊るしている。
「ちょっと遠回りになるけど、ここから惑星スノークに行って、そっからイルズ・ステーションに行くんだ。そこから友だちがレイフォードに行った直後、セルサスが応答しなくなったから、間違いない」
「じゃ、スノーク行きのバスに乗りましょ。あなたもパイロットじゃないみたいだし」
 多くのVRGでは、最初に自分のクラスを選ぶ。冒険ファンタジーなら戦士、魔術師、格闘家など、このスペース・ワールドでは、パイロット、銀河警察の刑事、宇宙海賊、商人などだ。
「オレが払っとくよ」
 クレオがチョッキからクレジット・カードを取り出し、フロントに目をやる。
 しかし、その視線の先にあったフロントが、大きな男の身体で隠された。駆け出そうとしていたクレオが見上げると、体格のいい三〇前後の大男の顔が、愛想笑いを浮かべている。
「ぼうやたち、アシが必要なんじゃないか」
 男に見下ろされ、クレオは一歩、後ずさる。その後ろで、リルが見上げた。
「あなた、運び屋?」
 運び屋も、パイロットの一種だ。大男は懐から、パイロット用のIDカードを取り出して見せる。そこには、ジェンガン・ローアという名が書かれていた。
「行きたい場所はどこだ? バスより、二割引で連れてってやるぜ」
「本当にそうなら、頼みたいところだけど」
 バスと違い、直接イルズ・ステーションに向かえるなら、魅力的な提案だった。もちろん、このゲームを何度も経験しているリルは、運び屋のふりをして客を襲う宇宙海賊などがいるのも知っていた。
 それでも、返り討ちにする自信があるから、彼女はジェンガンの提案をのむ気になった。
「ただ、できれば同じ行き先のヤツをあと二人まで捜して乗せたいから、同乗者がいてもいいならの話だけどな。もう十分ほど待ってもらえるか?」
「その条件でいいわ。ここで待ってるから」
 クレオが迷っているうちに、リルがそう決めて、ロビーの端に備え付けられた長椅子に座った。
 しばらくすると、ジェンガンが一人の少女を連れて戻ってくる。
 その少女はクレオと同年くらいで、リルとはまったく逆の雰囲気をまとっていた。
 炎のような短い赤毛に、日に焼けた肌。露出度の高い涼しげな服の上から、ポケットに様々な小道具入りのベストを着ている。ベルトにホルダーごと吊るされた、奇妙な紋章が刻まれた見かけない形の光線銃が目立つ。
「あら、キミたちが同乗者? よろしくね。あたしはルチル。キミたちは?」
「リル」
「オレは、クレオ。一八歳。よろしく!」
 明るい声で問う少女に、リルは短く答え、クレオは背筋を正して自己紹介した。
「今日の客は三人か。行き先はイルズ・ステーション。よろしく頼むぜ」
 ジェンガンが、三人の少年少女を、個人シャトル用のプラットフォームが並ぶポート04に先導する。
 プラットフォームには一機ずつ、シャトルが横付けされていた。シャトルが発進信号を出すと、進行方向にあるハッチが開く。同時に見えないシールドがシャトルからハッチまでのゲートを包み、周囲の気圧を保護する。
 普段なら、真空に投げ出されたところで『現実に』死ぬわけではない。どのVRGも、ゲームオーバー後は、所持金ゼロやスタート地点に戻されるといったペナルティを受けるだけだ。セルサスの機能が制限されている今は、どうなるか誰にも保障できないが。
 ジェンガンのシャトルは弾丸に似た形状で、灰色の五人乗りのものだった。側面ハッチが上に持ち上がり、パイロットのジェンガンは操縦席に、その後ろにリルとクレオ、最後部座席にルチルが座った。
『快適な旅をどうぞ』
 テロップが表示された前面モニターに、開いていく出口が映る。ジェンガンは慣れた調子で操縦桿を握り、シャトルを操った。
 シャトルがステーションから、暗黒の宇宙に飛び出す。遠くには、尾を引いて画面の外へ流れる光の点も見えた。

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