#DOWN

異変 ―闇に堕ちる〈星〉―(3)

「あなた……誰?」
 リルが無感動に問うと、少年は、反応があったのがよほど嬉しかったのか、頬を紅潮させて答える。
「オレ、クレオって言うんだ。きみは?」
「あたしは、リル」
 短く答えて、彼女は素早く、自分の両手を少年の手から解放した。
「あなた、何の用でここに来たの?」
「あ……」
 彼女のことばで、クレオは本来の目的を思い出したらしい。
「そうだ! レイフォード・ワールドで、塔に閉じ込められてる連中がいるんだよ。セルサスに言っても反応ないし、誰か、パス持ってる人、一緒に来てくれないかな?」
「塔って、アガクの塔? あそこは、かなりレベルが必要なはず」
 いくつもあるヴァーチャル・リアリティー・ゲーム――VRGのなかでも、異世界ファンタジー風のRPGは数多い。そのなかで、エメラ・レイフォードが製作したレイフォード・ワールドは、二番目に多い利用者を得ていた。
「ああ、オレ、レベル二三まではあるから、あと何人かいれば大丈夫なんだ。ただ、ここからレイフォードに行くのに、スペース・ワールドを通らなきゃいけないけど。どうも、記録されてる前回の移動がそのまま有効らしい」
 本来なら、この仮想現実を支配するAI、セルサスが移動を管理しているはずだった。どこでも行きたい場所を言えば、セルサスがそこに移動させてくれる。
 リルは、目覚めてからここへ来るまで普通通りの気分でいたが、自室の部屋からここに移動できたのも、いつもそうしていたのが記録されていたからというだけらしい。
 ためしに、彼女は天井を仰ぎ見た。
「セルサス?」
 周囲の者たちが、邪魔をしないように口をつぐんだ。皆、彼女の呼びかけが大切なものだということを理解している。
 しんとなった店内から、声という存在がなくなる。それは、数分の時間が経過しても、変わりなかった。
「やっぱ駄目みたいだな」
「それじゃ、オレ、家に帰るのにスペース・ワールド通んなきゃなんねえよ」
 酔っ払いたちの会話をきっかけに、店内がざわめく。
 スペース・ワールドは、宇宙空間を舞台としたVRGだ。こちらも、人気の高いワールドである。
「システム自体に問題があるなら、あたしたちがこうしていることもできないはずだし……基礎プログラムは動いているみたいね。セルサスのパーソナリティだけが停止しているか、機能を制限されているんでしょう」
 リルは立ち上がり、ポケットからコインを出してカウンターに置いた。
「行くのかい?」
 本来代金は取らないが、心づけとして珍しい装飾のコインを拾い上げながら、マスターが尋ねる。
 クレオが、嬉しそうに目を見開いた。その期待に応えるのは少々嫌だったが、リルは、小さくうなずく。
「あたしは、レイフォード・ワールドでも、スペース・ワールドでも、レベル二〇以上はあるわ。その条件に合う人は、ここじゃ他にいないでしょう」
「ありがとう、リルちゃん!」
 クレオは手をのばし、再び少女の手首を取ろうとした。
 その手をすり抜け、リルはドアに向かう。
「早くしないと、置いてくわよ」
 軽く手を振り、ドアノブを回す。そっと押し開けると、先には闇が広がっている。
 駆け寄ってくる気配を背中に感じながら、ためらいもなく一歩踏み出した途端、周囲の景色が一変した。

0:トップ
1:次項
2:前項
#:長編一覧
*:小説目次