咎人たちは風と詠いて - 3 -



 シティ・ワンからシティ・スリーまで、砂上列車の咎人たちは、仕事の合間を使い、町の仲間たちに作戦を伝えて回った。
 伝える情報の内容は、シェザースが考えた情報網分断作戦の手順だった。作戦の決行は、砂上列車が次にシティ・ワンに停車したときと決まっている。
 だが、表面上はいつも通り、咎人たちは黙々と仕事を続ける。幸い、いつでも思い通りに命を奪うことができるという安心からか、政府の監視員などがこの惑星を訪れることは極まれだ。惑星アレツから近いとは言えないので、開発は、機械と咎人という労力に任されている。
「あと二時間か」
 車両点検を終えたナユトは、一号車に置かれた木箱の上に腰掛けた。周囲には、主だったメンバーたちが顔をそろえている。
「本当にやる気なんだね。みんな、二年前の失敗を繰り返したい?」
 オーリスがいつものようにネガティヴなことばを口にして、あきれたように片目を開ける。
「けっ、臆病者が。気に入らねえアレツの機械をぶち壊せるんだぜ? このチャンスを逃せるかよ」
 グレスが獰猛に笑う。その横で、イシュタがうなずいた。
「一度でいいから、自分の好きなときに好きな場所を歩いてみたい」
 イシュタもグレス同様、仲間の間では余りいい印象を持たれていない。それでも今は、彼の本心からのことばに、全員がうなずいた。 
「絶対、成功させてやる」
 ナユトのことばと、ほぼ同時に。
 少年たちは、同じことばを心に抱いていた。
 そしてまた、機関車内の唯一の大人の内心も、ドアを挟んだとなりの車両の咎人たちと同調している。
「いつかは、こういう日が来ると思ったさ」
 刃が歪んだナイフを鞘から少し抜いて片目で見下ろし、彼は、ふっと笑った。
「今度は、お前たちのところに行けるかもしれん。ちょっと遅れたけどな。……しかし、その前にやることがある。オレたち大人が未来にあてたツケを、子どもたちに回る前に払わないといけないんだ」
 シュッ、と、小さな摩擦音が鳴った。
 ナイフを上着のポケットに入れながら視線をやると、黒髪の少女が歩み寄ってくる。
 ずいぶんしっかりした少女だ、とシェザースは思う。ホナミは妹を失って間もないというのに、他人を安心させる落ち着きとほほ笑みを欠かさなかった。
「リーダー……作戦によると、リーダーが一人でメインベースに乗り込むことになっていますが……
「ああ。人が多いほど目立つし、注意は町の情報網を沈黙させ、列車から偽情報を流すことで充分引けるだろう。うまくメインベースの端末に辿り着ければ、そこから中枢をクラックして兵装を無力化できるかもしれない」
「しかし……お一人で基地のすべてを相手にされるのは危険です。センサーに発見された時点で攻撃を受けるでしょう」
「センサーとレーザーの位置は、二年前に把握してある。そのときから変化はない。死角もきちんと計算し、割り出してある。心配は要らないさ」
 初めて、シェザースは笑みを見せた。なだめるような笑顔。
 それも、次の瞬間には一変する。どこか悲壮な、真剣な顔に。
「それより……作戦が失敗したら、後は頼むぞ。システムの復帰の仕方は、ナユトに教えてある。どうやったのかがバレさえしなければ、第二、第三のチャンスが巡ってくるかもしれない」
「今回が、第二、ですね」
 少女はうなずき、希望を込めて、相手の目を正視する。
「でも、第三、はいりません。これで最後にしましょう」
「ああ……これが、終わりだ」
 力強く、首を縦に振る。
 呼応するかのように鳴り響いた汽笛も、いつもよりたくましく聞こえた。
 
 砂上列車〈スカーレットウィンド〉は町の中心部へと侵入しながら、もう一度、長い汽笛を鳴らした。戦いの始まりを告げる、角笛に似た音色を。
 スピードが段階的に緩められ、簡素なプラットフォームに近づいていく。
「健闘を祈る」
 短いことばを残し、シェザースは一号車の窓から、赤い砂の海に身を躍らせた。
 それを見送った少年たちにできることは、ただ、待つことだけだ。
「けっ、これじゃあ仕事でもしてたほうがマシだぜ」
 つまらなそうに床にひっくり返ろうとしたグレスを、イシュタがつついた。いつにない反応に驚くグレスだが、さすがに余計なことを言うべきでないと判断したらしい。
 うずくまり、祈るだけの彼らの元へ、窓の外から、他の少年の影が歩み寄った。
「ナユト! 聞いてくれ」
 聞き覚えのある声――フレッセだ。友人の声に切羽詰った響きを聞き取り、ナユトは身を起こして出入口に向かう。
「なんだ?」
「さっき、シティ・スリーから連絡があったんだよ。メインベースは空じゃない。一ヶ月前に、二機の戦闘機が配備されていたんだ」
「戦闘機……?」
 メインベースにその戦闘機が置かれたままなら、システムが身の危険を感じれば、それを敵対者の排除に使うだろう。
 しかし、それならば、誘導のはずの自分たちが攻撃を受ける可能性が高いはずだ。だが、今のところ町や列車が攻撃される気配はない。
 もしかしたら、シェザースは、誘導と言いながら、町や列車の情報網を完全に管理システムの意識の外に切り離したのではないか。
「今のままだと、リーダーがやられる。なんとか戦闘機を止められないか?」
「いくら町の者が機械に詳しいっていっても、さすがに武器の扱いは堅く禁じられているし。情報網の設定をいじられるのは、シェザースさんだけだ」
 リーダーは死に、すべてが無駄になる。そして再び、アレツ政府にいいように使われるだけの、ただ無気力な日々が続いていく。
 ここで何とかしなければ、そうなる。その未来が見えたとき、急にナユトの胸に焦燥感が突き上げてきた。
「ちくしょう……
 思わず、悪態が口をつく。
 その背後の少年たちの半分以上は、状況がよく飲み込めていないようだった。ただ、危機が迫っている雰囲気は感じているのか、目が泳いでいる。
 そんな中、ひとりいつも通りうずくまっていたオーリスが、顔を上げた。
「今、センサーはメインベースの周囲しか働いていない。その周囲で、囮でも使って注意を引くしかないだろうね……
 彼のことばに、少年たちは一度、顔を見合わせた。
 管理システムは戦闘機を通して、敵対者を認識する。その瞬間、不適格と判断された咎人は紋章の毒で死ぬだろう。
 まさに、命がけの誘導だった。
「オレは行くぜ。ここまで来て、命が惜しいからって止められるか。フレッセ、砂上ビーグルは使えるな?」
「ああ、作戦通り用意してあるぜ。中央広場だ」
 必要なことを聞くと、ナユトはそのまま列車を出て行く。
「わたしも、少しはお役に立ちたいですね」
 ホナミが言い、少年の後を追う。
「あんななよっちいのと女にいいところを取られてたまるかよ。ヒーローはオレ様だ!」
 グレスが、がばっと立ち上がり、仕方なさそうに、それでいて当然のようにイシュタが続く。
 次々と少年たちは立ち上がり、命じられた仕事のためではなく、自分の意志で、砂上列車を出た。
 残されたのは、壁際にうずくまる、金髪の少年。
「さて、と」
 周囲に人の気配が無くなったことを確認すると、彼は小さくつぶやいた。

 爆音が無骨な建物の上空に響く。
 灰色の、大きなプロペラを上部につけた機体が、メインベースを飛び立った。その無人小型戦闘機のセンサーはまだ、砂煙を上げて近づいて来るものの正体を捉えてはいない。
 徐々に、小さな芋虫のような砂上ビーグルがセンサー範囲内に入ってくる。
 戦闘機のうちの一機が、そのビーグルに向かって飛んで行く。
「もう一機いる! もう一機も引き付けないと」
「でも、ここから引き返すのは危険ですよ」
 戦闘機の注意を引きながらハンドルを切ってビーグルをUターンさせるナユトのとなりから、ホナミが声を上げる。
「近づきすぎると、ビーグルの壁を通してでも、我々のナンバーを読み取られてしまいます。そうなれば、自動操縦のついていないこのビーグルでは一巻の終わりです」
「わかってる」
 アクセルを全開にして、砂煙を上げながら、メインベースの周囲をを東から回り込むようにして走る。それを、まるで羽虫のように、灰色の戦闘機のうちの一機が追った。
 しかし、もう一機は挑発には乗らず、基地の上空に留まる。どうやら、そのようにプログラムされているらしい。
 このままでは、シェザースが見つかるのも時間の問題だ。ハンドルを握りながら、ナユトは焦る。
『何逃げ回ってんだ、ナユト。オレは戦うぜ!』
 不意に、スピーカーから聞き覚えのある声が流れた。メインベースの周囲を回るナユトとホナミのビーグルのセンサーが、いくつものビーグルを捉え、モニターに出す。
 己のビーグルを追う一機がそちらに標的を移さぬよう、ナユトはハンドルを切った。
 その横をかすめ、他のビーグルたちは基地に突っ込んでいく。
「お前ら……! やめろ、死ぬぞ!」
 どこまで近づけば紋章のナンバーを読み取られるのか、予想はできなかった。だが、グレスたちのビーグルが間もなく戦闘機のセンサー範囲内に入ることは確かだ。
 戦闘機のうち一機を引き付けているために、仲間たちの行く手を阻むことができない。自機を走らせながら歯がゆく見送るナユトとホナミの前で、数十のビーグルの先頭の一機が基地のパーキング・エリアに肉薄し、バランスを崩したように見えた。
 それは、基地の建物の壁に激突して止まる。
『虫けら扱いされてるオレらにだって、意地はあるんだ……!』
 血を吐くようなつぶやきが聞こえた後、基地に突っ込んで停止したビーグルのハッチが開いた。転がり出たのは、アルキだった。
「くらえっ!」
 手製のボウガンを、高度を下げていた戦闘機に向かってかまえる。
 だが、矢が発射されることはなかった。
……かっ」
 少年がことばもなく何度か口を開き、閉じるのを繰り返す。数秒後、少年の身体は、舗装されたパーキング・エリアの上に倒れた。
「アルキ!」
 紋章の毒が回ったのだろう。遠くから眺めていたナユトにも、少年が倒れたのが見えた。
 倒れたアルキのそばに、別のビーグルが次々と停車していく。
「落ちろぉ!」
 倒れたアルキのそばに転がったボウガンを、ビーグルを出たグレスが拾い上げる。同時に、イシュタが注意を引き付けるかのように走った。駐車場を横切り、右手に握っていた石を投げつける。
「グレス!」
 叫びながらイシュタが投げた石は、戦闘機の鏡のような表面に、簡単に弾き返された。
「うおおぉぉぉ!」
 雄たけびを上げ、前のめりに倒れていくイシュタの背中を視界に捉えながら、グレスが矢を放つ。
 矢は戦闘機のプロペラに跳ね返され、駐車場の外に落ちた。
 彼の短く太い身体は、口を開け、目を見開いたまま、仰向けに傾いていく。それをやはり、ナユトはビーグルのモニターを通して見ていた。
 戦闘機の注意を基地の建物内のどこかにいるリーダーから引き離すために、次々と、少年たちが倒れていく。それを目にしながら、ナユトには何もなす術がない。
 ビーグルは後から後から基地内に突っ込んでいき、少年たちは降りて石をぶつけようとするものの、右手の紋章のナンバーを読み取られた者はすぐに倒れ、息絶える。その、倒れていく人数は見る見るうちに増えているというのに、戦闘機には傷ひとつつけることができない。
 このままでは、リーダーが管理システムを停止させる前に、こちらが全滅してしまうのではないか。
 だが、注意を引いていなければ、リーダーが死ぬことになるかもしれない。そうなれば、戦いに敗北したことになる。結局何もできず、ナユトは、自分の無力さに腹が立った。
 となりの席のホナミも、同じ気持ちかもしれない。
 そう思って目をやると、少女はオカリナを胸に抱きしめ、じっとモニターを見据えていた。妹を待つときにそうしたように。
 悔やむより、自分のやるべきことをやろう。ふと、そんな思いが胸に沸き上がり、何度目か、ハンドルを切る。
 すると、方向を変えた彼らのビーグルのモニターに、青いビーグルが映し出された。基地ではなく、ナユトが操縦するビーグルに向かって突進する。
「誰だ……?」
 通信機に呼びかけてみるが、応答はない。
 やがて、もう一機の砂上ビーグルは赤茶けた砂煙を上げながら滑り、ナユトたちを追う戦闘機の後ろについた。