澱んだ水がある。
 ポツポツと白い食器類の端が見えていて、それらを一つずつ掬ってスポンジで撫でるように洗っていく。
 台所に居るのは俺一人、両親は親戚の結婚式とやらで不在。
 帰りは明日の夜になるとか。

 ギィと脱衣所の扉が開く、ふわりと石鹸の香りがした。
「明、お風呂空いたよ〜」
 淡い桃色のパジャマを着た長い髪の女が脱衣所から出てくる。
 なんのことはない、彼女は俺の姉貴だ。
「ああ、あとで入る」
「早く入りなよ、お湯が冷めるから」
 姉貴はそれだけ言うと、鼻歌交じりに階段を上がる。階段の先には姉貴の部屋、その向かいは俺の部屋。
「くそッ……」
 どうしようもなくイラついた。
 二十歳を過ぎても料理一つまともに作れない姉貴、その後かたづけを弟に任せる姉貴。
 否、イラついているのはそんな陳腐な理由が原因ではなかった。
 自分の気持ちを相手に言えない、その言葉を口に出すことすら罪となるような、そんな世の中がイラついた。
 俺は姉貴のことが好きだ。そうハッキリ言えたらどんなに楽か。だが、それは罪なコトだ。近親同士の恋愛感情は禁忌だ。
 俺はひたすらに姉貴への思いを押し殺した。だから姉貴は俺の気持ちを知らない。
「くそッ……!」
 姉貴は知らない、今まで俺がどんなに耐えてきたのかを。
 俺が耐えているから姉貴はああも暢気で居られる、それなのに姉貴は寝間着で無防備に俺の前に表れる。
 ああ…、一体いつからだろう。姉貴に対して姉貴以上の感情を抱き始めたのは。
 姉貴は間違いなく俺の姉貴、血のつながった姉貴だ。
 でも…、それでも俺は姉貴を好きになってしまった。姉貴の体が欲しいと思うようになってしまった。
 後はただ、ひたすら耐えるだけの毎日。1年が経ち、5年が経った。
 きっと時間が解決してくれると思った。他に好きな女ができて、俺はその女とつき合う筈だった。でもその女は俺の前には表れなかった。
 姉貴はどんどん綺麗になる。もう俺は耐えられない。耐えられる筈がない。
 このままでは壊れてしまうと思った。否、俺はもう既に壊れているのかも知れない。
 姉貴が好きな筈なのに、姉貴の嫌がることなんかやりたくないのに。それでももう我慢できない、無理矢理にでも、姉貴の純潔が奪いたい、姉貴を犯したい!
 俺はチャンスを待った。邪魔な両親が居なくなり、姉貴と二人きり、邪魔の入らない今日という日を。
 今日、俺は禁忌を犯す。人の世界ではタブーと言われている行為を行う。
 躊躇うのは初めの一歩だけ、その一歩さえ踏み出してしまえばあとはもう堕ちていくだけ。
 堕ちるのは俺。そして勿論俺をこんなにブチ壊した姉貴も道連れに堕とす。
 姉貴を犯す。姉貴を孕ませる。親父は俺を殴るだろうか?母は泣くだろうか?
 ああ――もう、そんなコトはどうでもいい。
 外は暗闇、時計は10時。いい頃合いだ。
 俺は夜を待った。決行は夜と決めていた。
 理由は特にない、しいて言うなら姉貴を犯した後、そのまま二人で眠りたかった。だから夜を選んだ。
 そうだ、食器を全部洗い終えたらすぐに姉貴の部屋にいくことにしよう。
 食器を洗い終えた瞬間が始まりの瞬間。
 食器を真面目に、急いで洗おう。残りは僅かの筈。すぐに終わる。
 終わったら俺は姉貴の部屋に行ける。そうだ、ナイフも持っていこう。姉貴が抵抗したときのために。
 勿論俺は姉貴を傷つけるようなことはしない。あくまで脅しのために持っていく。
「ふ…ぅ………」
 無意味に肩に力が籠もる、それを深呼吸で抜く。
 シナリオはもう決まった。あとは実行に移すだけだ。
 心なしか緊張した。失敗は許されない、否―――失敗はしない。
 俺には分かる、姉貴なら俺の気持ちを分かってくれる。俺を受け入れてくれる。
 初めは抵抗されるかもしれない、でもそれは初めだけ。姉貴もすぐに俺と同じになる。
 残る食器はあと1枚。俺はそれをおざなりに洗い、水で濯ぐと食器籠に移す。
「さて、と」
 手を洗う。冷蔵庫横にかけてあるタオルで手を拭く。
 覚悟は決まった。
 ナイフは俺の部屋にある、すぐに取りに行こう。
 準備が整ったら姉貴の部屋に行く、なにも怖がることはない。きっと巧くいく。
 今夜、姉貴が抱ける―――そう想像するだけで股間のモノが膨れあがって破裂しそうになる。
 動悸が早い、体中の血管がドクドクと波打って破裂してしまいそうだ。
 ああ、早く姉貴の部屋に行かないと、本当に、壊れて、しまう。
 早く―――。

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