一口に土岐坂家の女官といっても、いろんな方がいらっしゃいます。たとえば須本真弥さんなどは、分家出身ではなく一般公募でやってきた方でした。中肉中背、髪はボブカット。年もまだ十九才、高校を卒業したばかりで、きっとアルバイト感覚でやってきた方だったのでしょう。寮で同じ部屋に割り振られた冴木香里さん(こちらは分家関係の方だそうです)の話では、ずいぶんと口数の多い方だったそうです。
 土岐坂家では、原則的に二人一組で作業に従事します。組むのは特別な事情がない限り寮で同居している相手で、作業内容は日によって掃除や洗濯、炊事だったりとまちまちです。
 その日の担当は中庭の掃除で、真弥さん達は竹箒で庭に降り積もった落ち葉や紅葉を集めていました。掃除は毎日行われているのですが、何しろ庭木の数が数なので、どれほど時間をかけても終わる気がしないと、真弥さんは早くも愚痴を零し始めていたそうです。
「せめてさぁ、葉っぱを集めたら焼き芋していいとか、そういうご褒美があればやる気も出ると思うんだよねぇ」
「そう……かな?」
 子供っぽい真弥さんの愚痴に、香里さんは無視も出来ず、適当な相づちを返しました。香里さんはどちらかといえば慎重な性格で、作業中真弥さんが私語をするときなども常に辺りに気を配り、人目が無いか注意していました。尤も、私語を見とがめられたからといって厳罰に処されるという事は無く、大切なお客様の面前でといったような特殊な事情が無い限りは、ひとまず口頭での注意で済むのが慣例でした。なので香里さんがそのように気を配っていたのは、ひとえに香里さんの性分だといえます。
「てゆーか、今時旧態依然としすぎだと思わない? ケータイ預けなきゃいけないって最初から解ってたら、こんな所絶対来なかったんだけどなぁ」
「う、うん……そうだね」
「大体、あの愛奈って女なんなの? 何百人って女官をアゴで使ってさ。あたしより年下のクセに何様だっての。名家の一人娘だからっていい気になりすぎ、ちょームカツクんだけど」
「ちょっと、ちょっと!」
 真弥さんの言葉に、香里さんは顔を青ざめさせながら、慌てて両手を出してその口を塞ごうとしました。何故ならそこはお屋敷のすぐ側、濡れ縁の脇だったからです。こんな所で“主人”の悪口などを言ったら誰に聞かれるか解らないと香里さんは思ったのでしょう。
「だ、だめだよ! 悪口なんか言ったら、酷い目に遭わせられちゃう」
「噂でしょ? だいじょーぶだって。あんなお人好しそーな女に何か出来るわけないじゃん。力ずくなら絶対あたしが勝つし」
「で、でも……」
「あー、香里さんひょっとして疑ってる? 見てよこの力こぶ。これでも高校の頃は陸上部のマネージャーやってて、ハードル運んだり砲丸運んだりしてたんだから!」
 そういう問題ではない、と香里さんは思ったそうですが、口には出来ませんでした。この辺りが分家出身者と“一般公募”の方の違いと言えるかもしれません。
「そうそう、噂と言えば――」
 真弥さんが話題を切り替えようとしてきたので、香里さんは一瞬ホッとしました。こんな場所で主人の悪口を垂れ流すよりは、噂話のほうがまだマシだと思ったからです。
「ほら、あの人。寮の中でも結構年いってる方の人……関塚さんだっけ?」
「関塚さん……?」
 関塚梓――旧姓は六藤――分家の娘であれば、だいたい十代のうちに屋敷に来るのが慣例な中、二十三才という年齢で屋敷にやってきた女官の話は、香里さんも耳に掠った事があったそうです。
「そうそう、あの和服美人〜って感じで、夜会巻きでお尻のおっきな人! あの人ってさ、けっこー色々あってここに流されてきちゃったらしいよ?」
「へ、へぇ〜……そうなんだ」
 香里さんもそういった噂話は決して嫌いではなく、仕事中でさえなければ、積極的に食らいつきたい所でした。しかし性分故にどうしても周囲を気にして視線を這わせてしまいます。
「なんかさ、元は何処か老舗の旅館の若女将だったんだって。でもほら、この間の地震で大きな被害が出ちゃって、しかも夫側の両親が死んじゃって経営がかなりヤバくなっちゃったらしいよ。それで土岐坂家に援助してもらう代わりに、あの年で夫と別居して女官勤めする事になっちゃったんだってさ」
「そうなんだ……大変なんだね」
 二十三才というのは“あの年で”と言われるほどの年なのだろうかと、香里さんはそこが大変引っかかったそうです。何故なら香里さん自身のお年もたった二つしか違わなかったのですから。
「しかもね、それだけじゃないの! あの人、15も年の離れた弟が居るらしくって、その子が病弱でずっと寝たきりなんだって! その子の面倒も看なきゃいけなくって、ずっと仕送りを――」
 ぴしゃーん!
 そんな甲高い音を立てて、濡れ縁に面した障子戸が左右に開かれたのはその時でした。突然の事に、香里さんは心臓が止まりかけるほど驚いたそうです。真弥さんもまた慌てて口を閉じ、背後の濡れ縁を振り返りました。
「……今の話、もっと詳しく聞かせて」
 両手で障子戸を開け放った姿勢のままそこに立っていたのは、なんとも優しげな笑みを浮かべた少女でした。緋色の袴に金の刺繍の入った白衣(びゃくえ)、白足袋。背中まで伸ばした美しい黒髪に、柔和な微笑み――見紛う筈もない屋敷の主、土岐坂愛奈。
「ひぃっ」
 先ほどまでの大きな口はどこへやら、真弥さんは愛奈さまを見るなりそんな悲鳴めいた声を上げて、まるで香里さんを盾にするように後じさりました。香里さんの方はといえば、同居人の意外な気の小ささについては既に知っている所だったので、そんな様子を見ても特に驚きはしませんでした。
 むしろ、愛奈さまの体の向こう側にかいま見える部屋の様子に少しだけ驚いたそうです。何故なら、愛奈さまが居たのは四畳半ほどの小さな和室で、丸められた座布団とその側に一冊の文庫小説が伏せられていたのです。つまり、たまたま障子戸の向こうを通りがかったというわけではなく、ずっとこの部屋に居て、当然の事ながら自分に対する悪口も耳にしている筈なのに、そのことについては全く触れる様子がないばかりか、まるで昆虫好きの少年がカブトムシを見つけた時のように目を輝かせていたのですから。
「ねえ、あなた。今すっごく面白い事を言ってたでしょ? もう一度最初から、詳しく聞かせて?」
「あっ、あっ……あの、えっと……」
 真弥さんはすっかり言葉を無くし、下を向いたまま震えていました。香里さんも愛奈さまの方を直視できず、それ故に次の瞬間何が起きたのか、どちらも解らなかったそうです。
 ダンッ!――地響きのような音が突然聞こえて、真弥さんと香里さんはハッと顔を上げて愛奈さまの方を見ました。みしっ、と遅れて聞こえた床の軋みに、恐らくは返事に焦れた愛奈さまが力士が四股を踏むように足を慣らしたのだと二人とも理解しました。
「同じ事を何度も言わせないで、イライラするから。……今してた話を最初から、もっと詳しく話せばいいのよ。簡単でしょう?」
「は、はい……えと、あの……お、落ち葉で……焼き芋を……」
 きっと頭が混乱していたのでしょう。少し考えれば、愛奈さまがそんな話を求めている筈はないと解りそうなものです。
 ギリッと。その瞬間、香里さんは歯ぎしりのような音を聞いたそうです。そして気がついたときには、濡れ縁から愛奈さまの姿は消えてしました。
「ぎゃあっ!」
 次の瞬間、すぐ側に居た筈の真弥さんの体は愛奈さまに蹴り飛ばされ、集めた紅葉の塊の中に突っ伏していました。愛奈さまは白足袋が汚れるのも構わずに土足のまま倒れている真弥さんの側に着地すると、その髪を掴んで無理矢理膝立ちにさせました。
「そうじゃないでしょ? 私が聞きたいのは、“姉と弟”の話なの。次に関係ない話をしたら、このまま髪の毛毟り取っちゃうよ?」
「ひっ……え、えと……関塚梓さんという人に……年の離れた、弟が居て……」
「うんうん、それで?」
「それ、で……その弟が、体が弱くて……関塚さんは……と、とっても弟想いな人で……だから、仕送りとかして……わ、私が聞いたのはそれだけ、です……ごめんなさい……」
 くひゅっ――そんな、空気の漏れるような音が、一体何の音なのか、真弥さんにも、香里さんにも解りませんでした。そう、例えるならそれは巨大な怪物――竜のような生き物が、生まれて初めて笑おうとしたものの巧くいかず、口の隙間から空気が漏れる音だけが聞こえたような――。
「弟想いの姉ぇぇ……?」
 綺麗で柔和な愛奈さまの顔が、憎しみとも愉悦ともつかないもので歪み、真弥さんも香里さんも震え上がりました。二人とも、決して見てはいけないものを見てしまったと確信しました。
「くひゅっ」
 その空気が漏れるような音は、愛奈さまの歪んだ口元から漏れました。愛奈さまは掴んでいた真弥さんの髪を離し、その場でくひゅっ、くひゅと奇妙な笑い声を漏らし、そして踵を返して濡れ縁の側まで戻りました。そのまま上がるのかと思いきや、両手を大きく振りかざし、バンバンバンと三度、濡れ縁を叩きました。
「ねえっ」
 そして、くるりと。今度は嬉しくてたまらないといった顔で振り返ると、再び真弥さんの元に歩み寄り、腕を引いて立たせ、今度は肩を揺さぶりながら問いただしました。
「もっと他に無いの!? まだ何か隠してるんじゃないの?」
「ぁっ、ぁっ……な、何も隠して、なんか……」
 真弥さんは目尻に涙を溜めながら目を伏せました。ちっ、と愛奈さまは小さく舌打ちをして、殆ど突き飛ばすように真弥さんの肩から手を離しました。
「……まぁいいわ。いい話を聞かせてもらったから、サボってたことは目を瞑ってあげる」
 丁度退屈をしていた所だったの――愛奈さまは独り言のように呟き、そのままついと。踵を返して汚れてしまった白足袋を脱ぎ捨て、素足で濡れ縁へと上がると鼻歌交じりに屋敷の奥へと消えていきました。

 関塚梓の年の離れた弟が――つまり、私の弟が土岐坂家別邸へと招かれたのは、この日から一週間後の事でした。


 

 

 

 

『キツネツキ・外伝2』

続・土岐坂愛奈の退屈な日常

 

 

 

 

 

 



 昔から、何の取り柄もない娘だと言われて育ちました。両親からはなにか期待を背負わされるでもなく、せめて女の子らしい特技をということでピアノや茶道、華道などを習わされましたが、どれも人並み以上にはなれませんでした。女子校、女子大という育ちの為か、男性との縁も殆ど無く、大学卒業後は両親の勧めるままに老舗の旅館を営んでいる方の元へと嫁ぎました。そのままきっと、波風のない人生が続くのだろうと。そのころの私は全く危機感など抱いてはいませんでした。ましてや、嫁いでから一年経たずに三百年続くと言われる老舗の旅館が閉館の危機を迎えるなど、夢にも思ってはいませんでした。
 全てがあの日に起きた地震のせいだと言うのは、少々語弊があるかもしれません。嫁ぐ前は大変羽振りが良さそうに見えた夫の実家も、実のところは火の車で、破綻するのは時間の問題であったようでした。元々傾いていた旅館の経営を、地震による一部家屋の倒壊、夫側の両親の事故死が拍車をかけたという言い方が正しいように思えます。
 そう、嫁いでたった一年足らずで、私は窮地に立たされたのです。優しかった夫はみるみるうちに酒におぼれ、お前が嫁に来た途端この有様だと。まるで疫病神でも見るような目で私を罵りました。
 後から解った事なのですが、どうも夫とその両親は、私の家柄にずいぶんと期待を寄せていたようでした。地元では名の通った名家である土岐坂家――その分家ともなれば、資産もそれなりのものだろうと。事実、裕福であった時期はあったようでした。しかしそれは私が生まれる遙か前までの話で、今は分家とは名ばかりの、資産的な意味合いではただの一般家庭に過ぎないものしか持ち合わせてはいませんでした。そういった“期待はずれ”も相まって、夫の私に対する態度は一層冷たくなったようです。
 正直、別れる事も考慮しました。しかし、生まれて初めて真剣にお付き合いし、何も知らなかった初な私に殿方というものを教えてくれた夫の事を、私は心底愛していたのです。
 何とか夫の窮地を救ってあげたい。三百年続いているという老舗を、夫の代で終わらせたくない――私は人並み以下であることはあっても以上では決してない頭で知恵を絞って、なんとか打開策はないかと考えました。
 その結果、一つだけ夫を助ける事が出来るかもしれない案を思いつきました。それは本家の力を借りることでした。勿論私は思いつくなりすぐにその件を本家へと打診しました。恐らくは門前払いになるだろうと、薄々思いながら。
 やはり、というべきでしょうか。本家からの返事は色よいものではありませんでした。但し、一つ条件を呑むのなら融資をしても良いとの事でした。
 その条件というのが、融資した分のお金を夫が払い終えるまで、私が土岐坂家の別邸で女官として勤めるというものでした。正直、そんなことで良いのかと、耳を疑いたくなるほどの好条件に聞こえました。私一人が下働きをするだけで、夫の元に何百万というお金を融資して下さるというのですから、このときばかりは本家の方々が神様のように見え、そして十五の時に本家への三年間の奉公をお断りした事を大変申し訳なく思ったものです。
 形だけを見れば、借金の形に身を売った――そう見えなくもなかったかもしれません。いいえ、実際にその通りだったのでしょう。事情が事情ですから、本来女官に支払われるべきお給金も、私への割り当ては大変少ないものになっていました。私はそれらは全て体を悪くして働けない父親と、病弱で寝たきりの弟の介護費用へと当てました。
 弟についても、少し触れておかねばならないかもしれません。私の母は元来病弱で、子供を産むのは大変な危険が伴うと言われて育ったそうです。しかしどうしても家の跡取りが欲しいという父の意向から妊娠を承諾したものの、生まれたのが女子――すなわち私で、父は大変がっかりしたそうです。その後も母の具合を見ながら、どうしても男の跡取りが欲しいという父の願いから幾度かの流産の末に、母の命と引き替えに生まれたのが十五も年の離れた弟の久也でした。しかし弟は母以上に体が弱く、幼い頃からいくつもの大手術をしなければばならなくて、その手術費用を捻出する為に父は身を粉にして働き、その無理がたたって今ではまともに歩くことも出来ない体になってしまいました。私が十五の時に土岐坂家への奉公をお断りしたのも、病弱な弟の介護の手が足りず、どうしても家を長く空ける事ができなかったという事情もありました。
 父にとっても、弟にとっても、私の仕送りが生命線といえるものでした。嫁いだ先の旅館があのような事になり、本家からの借金の代わりとしての女官勤め、しかもお給金まで頂けるのですから、もはや私には選択肢はありませんでした。
 いくつか心残りがあるとすれば、愛した夫と離ればなれにならなければならないことと、弟の様子を見に行けない事でした。年の離れた弟ではありましたが、それ故に弟というよりもまるで我が子のように愛しく、事実弟にとっても、私は単なる姉以上の存在であったと思います。
 そう、私たちは間違いなく並の姉弟以上の絆で結ばれていたのです。少なくとも、この時までは、確実に。



 それは忘れもしない、ある秋の日の事です。私はいつものように、ルームメイトの方と共にその日の仕事を――洗濯でした――を行っていました。私がお勤めをしているこの屋敷には洗濯機というものはないらしく、洗濯は全て手作業で行わなければいけませんでした。秋とはいえ、もう大分水が冷たく、時折動かなくなる手と指を息で暖めながら作業をしていました。
 そんな矢先、使いの方が来て私だけが愛奈さまに呼ばれたのです。土岐坂家へとやってきて三月にはなっていましたが、その時まで私は一度も雇い主である愛奈さまのお顔を拝したことがありませんでした。
 私が通されたのは八畳の和室で、愛奈さまは奥の襖を背にする形で鎮座しておられました。愛奈さまの前にも畳二畳分ほどの距離を明けて座布団が置かれていて、それは私用なのだとすぐに解りました。私は緊張のあまり汗ばんだ手で障子戸を締め、座布団の上に正座しました。
 恐る恐る顔を上げて、愛奈さまのお姿をその時始めて目の当たりにしました。鮮やかな緋色の袴に、金の刺繍入りの白衣。羨みたくなるほどに綺麗な黒髪、そして人形のように白い肌。美を司る神様の生まれ変わりのような、整った顔立ち。そして、菩薩のように柔らかい笑み――。
 とても怖い方だという噂は私も耳にしていたのですが、そんな様子は微塵も感じさせない、大変優しそうな方だという印象を私は受けました。同時に、全身の強ばりが俄に解け、少しだけ体が楽になりました。
 愛奈さまはそんな私の内面の心の動きまで見透かしたように、にっこりと微笑んで、そして口を開かれました。
「関塚梓さん……で間違いないわよね?」
「は、はいっ」
「この前ね、他の人から貴方の事を聞いたの。………………とっても苦労してる人だって」
「それは……いえ、決してそのような……」
 答えあぐねて、私は口ごもってしまいました。苦労している――そう答える事自体、本家への批判、悪口ととられるのではないかと思ったからです。
「愛奈さまを始め、本家の方々には大変良くして頂いてます。苦労などと思った事はございません」
「あぁ、そういう意味じゃないの。うーん……なんて言ったらいいのかなぁ……」
 愛奈さまは困ったように笑い、うーんと唸りながら腕を組まれました。見たところ、愛奈さまは胸元の方も大変豊かなようで、腕を組むのも一苦労というように、私には見えました。
「私ね、持って回った言い回しとか、物事を婉曲に言ったりするの苦手なの。だから、率直に言うね。…………弟さんと一緒に暮らしたくない?」
「それは……」
 即答しかけて、私は思いとどまりました。本音としては、一も二もなく首肯したいところでした。しかし、愚かにも私は疑ってしまったのです。或いは、愛奈さまには何か魂胆があるのではないか――と。
「関塚さん――面倒だから梓って呼ぶわね。私の方が全然年下だけど、別に良いでしょ? 旧姓は確か六藤だっけ? 貴方も一応分家の子なら、私の力のことくらい聞いた事があるでしょ?」
「は、はい! それはもう……」
 愛奈さまの力――それは癒しの力。手で触れるだけで、忽ち傷や病を治してしまう、奇跡の力。
 その力があれば、或いは弟も――と、一度も思わなかったといえば嘘になります。しかしそれは分不相応な望みであると、少なくともこのときまでは思っていました。
「……たとえばの話だけど。そう、たとえば……その弟さんをこの屋敷に招いて、私が直々に治療してあげるって言ったら、梓は反対する?」
「えっ」
 愛奈さまの言葉は、一字一句聞き逃さずに耳に入れた筈でした。しかし、どうしてもその内容が理解できなくて、私は不遜にもそのような言葉を漏らしてしまいました。
「ああ、お金の事とかは気にしなくていいよ? 私がたんに好きでそうするだけだから。もちろん、梓がダメっていうなら、私も無理にとは言わないけど」
「い、いえ……その、あのっ」
 千載一遇とは、こういうことを言うのでしょうか。さながら、一等が当たっていると解っている宝くじを「ただであげようか?」と目の前でヒラヒラされているような気分でした。
「申し出は、大変ありがたいのですが……」
 下手な事を言って、愛奈さまの機嫌を損ねてしまっては元も子もありません。それでも、私は尋ねずにはいられませんでした。
「私のような者に、どうして、そのような……」
「そうだねぇ、やっぱり話がうますぎるって思われちゃうよねぇ。……理由かぁ……ただの気まぐれ……って言っちゃうと、梓とその弟さんに失礼かな? たまたま梓に病気の弟が居るって話を聞いて、その子の為に精一杯働いてるって話も聞いて、じぃーんって感動しちゃって、何とかしてあげたいって思ったから……っていうのじゃダメ?」
「そんな……愛奈さま……本当に……本当に、弟を治して頂けるのですか?」
 こんなにも優しく、慈愛に満ちたお方の心遣いを疑ってしまった自分の心が恥ずかしくて、私は舌を噛み切りたい衝動にかられました。仮に立場が逆であったとして、私に愛奈さまと同じような振る舞いが出来たでしょうか。私のような、分家の端女の家族にまで心配りをするその広大無辺な器量はまさしく、土岐坂家の一人娘としてふさわしいものに思えました。
「愛奈さま……私の方から謹んでお願い申し上げます……どうか、どうか弟を……弟の体を愛奈さまのお力で……どうか……」
 強いられたわけではなく、ましてや媚びる為でもなく。私は心底愛奈さまの器に感服して、畳の上に手を突き、深々と頭を下げながら懇願しました。
「うんうん、解ってるって。よかったぁ、梓にダメって言われたらどうしようって不安だったの。……大丈夫、任せておいて、出来る限りの事をしてあげるから」
 ほら、顔を上げて?――そのように促されて、私は恐る恐る顔を上げました。視界に映る愛奈さまのお顔はぐにゃぐにゃに歪んでしまっていて、その時始めて私は自分が感激の余り涙を流してしまっていることに気がつきました。
「……だけどね、梓。出来る限りのことはしてあげるけど、私も神様じゃあないから。………………ひょっとしたら、梓が望むような結果にはならないかもしれないけど、その時の覚悟だけはしておいてね?」
 だからきっと、そのように呟かれた愛奈さまのお顔が悪魔か何かが笑っているように見えたのも、きっと涙で歪んでいたからなのだと。
 その時の私は愛奈さまへの感激も相まって、そのようにしか受け止める事ができませんでした。



 もし、この世に天使や女神といった存在の生まれ変わりのような人間が居るのだとしたら、愛奈さまは間違いなくそうなのだろうと、私は確信しました。
 愛奈さまに呼び出された翌日には、私は今まで住んでいた寮の部屋からお屋敷の離れの一角へと住まいを移すように命じられました。そこはどうやらお客様をお泊めする施設も兼ねている場所らしく、間を襖で仕切る事も出来る十二畳の和室には木箪笥もあり、さらに押入には二人分のお布団まで用意されていました。愛奈さまの使いの方の話では、弟の容態が良くなるまではこの離れで私も共に寝起きするようにとの事でした。何から何まで行き届いた愛奈さまの配慮に、私はただただ感服するばかりでした。
 弟が屋敷に連れてこられたのは、さらに翌日の夕方の事でした。丁度救急車に病人が運ばれる時に使われるようなストレッチャーでやってきた弟は、私の記憶にあるそれよりもさらに弱々しく、今にも命の炎が消えてしまいそうなほどに儚げに見えました。
 弟の体は愛奈さまの使いの女官達の手で布団の方へと移されました。弟は意識があるのか無いのか、それとも眠っているのか、ぴくりとも動きませんでした。私は弟の体に掛け布団をかけてやり、その下でそっと手を握ってやりました。弟の手は、まるで人形のそれのように冷たく感じました。
「久也、久也……起きて、元気な声を聞かせて」
 私は久也の手を両手で挟むようにして擦りながら、必死に呼びかけました。やがて久也はゆっくりと瞼を上げ、どこか微睡んだ瞳を私の方へと向けました。
「おねえ……ちゃん?」
「うん! お姉ちゃんだよ! 良かったね、久也。これからはずっと一緒だよ、久也の体も、すごい人が治してくれるんだって!」
 私の言葉はちゃんと聞こえていて、きちんと理解もしているようでした。ただ、充分な返事を返すだけの体力がないのか、久也は小さく微笑むとそのまま瞼を閉じてしまいました。
「久也、久也……今までごめんね……」
 事情があったとはいえ、こんなにも体の弱り切った弟の介護を人任せにせざるを得なかった自分に腹が立って、同時に情けなくもなって、私は涙を堪え切れませんでした。――背後からバキバキと、まるで落雷が大木を裂くようなすさまじい音が聞こえたのはその時でした。
「あぁ、ごめんね。驚かせちゃった?」
 慌てて振り返った私が目にしたのは、下半分に無惨な大穴を空けられた障子戸と、その穴から袴の片足が抜けずに困っている様子の愛奈さまの姿でした。
「ちょっとそこで躓いちゃって。袴が引っかかっちゃって抜けなくなっちゃったの」
「だ、大丈夫ですか? お怪我は――」
「へーきへーき。こんなのこうして……よっと」
 愛奈さまは無理矢理障子戸の穴を広げて足を抜き、そのまま片足でケンケンをするようにして私の隣まで来るとその場に腰を下ろしました。
「ふぅーん、この子が梓の弟さんかぁ。……名前はなんていうの?」
「久也……六藤久也です。その、旧姓ですから……」
「ひさや……ヒーくんかぁ。…………でもあんまり似てないなぁ」
 愛奈さまは久也の寝顔をまじまじと覗き込みながらそんな事を呟きました。
「似てない……?」
「あぁ、梓に、って意味だよ。……確かに具合悪そうだね。これはちょっと時間がかかっちゃうかも」
 愛奈さまの言葉に、私はむしろ安堵を覚えました。ひょっとしたら「これは私の手には負えない」と言われるのではないかと、不安だった為です。時間がかかるという事は、少なくとも治る見込みはあるのだと、私はそのように解釈をしました。
「じゃあ早速明日から治療を始めよっか。……しばらくはお義父さまのお客が来る予定もないしね」
「よろしくお願い申し上げます、愛奈さま」
 私は三つ指をつき、額を畳みの縁に付けて懇願しました。名だたる医者も匙を投げた弟の体を回復させるには、もはや愛奈さまの奇跡の御業に縋るしかありませんでした。
「任せといて!…………って言いたいところだけどさ、治療を始める前に、梓にはいくつか言っておかないといけないことがあるの」
「何なりとお申し付けください」
 弟の体の回復の助けになるのなら、例え生き血が欲しいと言われても二つ返事で差し出す所存でした。しかし、愛奈さまが言われた事は、不謹慎ながらも些か拍子抜けするものでした。
「あぁ、そんなに難しい話じゃないの。治療はこの部屋でする予定だけど、その際、梓には隣の部屋――襖で仕切ったもう半分の部屋の方に行ってて欲しいの。周りに人がいると私が集中できないからさ」
「畏まりました。治療が終わるまで、決して愛奈さまの邪魔はいたしません」
 愛奈さまの申し出を断る理由がどこにありましょう。ただ弟の回復を願う事しか出来ない己がもどかしく、むしろ治療中は巨大な剣山の上ににでも正座していろと言われた方が気が楽な程です。
 愛奈さまの邪魔をしない――それはもう至極当然の事で、言われるまでもなく私はそのつもりでした。
「あと、途中で中を覗いたりしちゃ絶対ダメだからね? 約束だよ?」
「はい……絶対に、絶対に覗いたりは致しません」
 私はただただ伏して、堅く誓いました。




 このお屋敷は男子禁制の場であると聞いた事があります。未成年とはいえ、弟を屋敷に招く事は結構な人数の反対を買ったのだということを、私は人づての噂で耳にしました。最終的には愛奈さまの鶴の一声で押し切られたとはいえ、そのような裏の苦労を微塵も感じさせない愛奈さまに、私は前にも増して敬服する思いでした。
 お屋敷には百人近くか、或いはそれ以上の方が女官勤めをされており、その大半は分家から奉公として来ている方達なのですが、毎年そのうちの何人かは自らの意思で屋敷に残り、そのまま愛奈さまにお仕えすると聞きました。私も愛奈さまと接するうちに、その方達の気持ちがとてもよく解るようになりました。或いは、この身に一切のしがらみが無く、自分の意思で全てを決める事が出来たとしたら、きっと私もそのように一生を愛奈さまに捧げた事でしょう。

 弟の治療は、主に夕方、或いは夜に行われました。日によって時間が多少前後するのは、ひとえに愛奈さまのご都合によるものでした。お忙しい中、なんとか時間を割いて治療に来て下さる愛奈さまに、ただただ伏してお礼を申し上げることしか出来ない自分がとてももどかしく思えました。
 治療にかかる時間は一度につきおよそ三十分といった所でした。その間、私は愛奈さまが治療を終えて部屋から出てくるのを、襖で仕切られた隣の部屋で正座をして待ちました。
 始めのうちは、弟にも目に見えた変化はありませんでした。それとなく弟に尋ねてみても「少しだけ気分が良くなった気がする」というような曖昧な答えしか返ってこず、本当に具合が良くなっているのか、それとも私や愛奈さまに気を遣っているだけなのか解りませんでした。
 しかし、心配する必要はありませんでした。一日一日では目に見える差にはならなくとも、三日、五日と経つうちに、弟の容態は間違いなく介抱に向かっていたのです。
「おねえちゃん、見て」
 ある日の治療の後。そう言って、弟が私の目の前で自力で立ち上がった時の驚きは、かつてない程のものでした。
 なんとも頼りない、生まれたての子鹿のように足を震わせながらではありましたが、弟は確かに何の支えもなしに自力で立っておりました。それは私の知る限り、かつて一度も見る事の無かった奇跡の光景でした。
「もう少し続ければ、歩けるようにもなるし、もちろん走ったり跳ねたりもできるようになるよ。だから今は焦らず、無理もしちゃダメだからね?」
 傍らに正座なさっている愛奈さまは微かに疲れの色をお顔の端々に滲ませておられました。きっと、“力”というものは使えば使うほどにお疲れになられるのだろうと、私は想像し、もはや感謝の言葉もありませんでした。
 愛奈さまは久也に肩を貸すようにして、その体を再び布団へと横たえ、そして部屋を後にしました。私は、弾かれたようにその背を追いました。
「愛奈さま……重ね重ねお礼申し上げます。本当にありがとうございました」
 渡り廊下で愛奈さまに追いつくなり、私はその場に指と膝をついて平伏しました。
「いーのいーの、私が好きでやってることだから。気にしないで」
「愛奈さま……」
 この胸の苦しさを、一体どのような言葉で表現すれば良いのでしょう。返しきれないほどの恩を受けているというのに、それを返しようのないもどかしさは、それ自体が拷問のようではありませんか。
「どうか、どうか僅かずつでもご恩を返させて下さい。何か私に出来る事がありましたら、何なりと仰って頂けないでしょうか」
「なぁーに? それ。……つまり、梓は何でも私の言うこと聞いてくれるってコト?」
「はい! 愛奈さまのご命令であれば、どんな事であっても厭いません。どうか」
「……言ったね?」
 愛奈さまが膝をかがめ、両膝と両手をついている私と殆ど目線を同じにして、再度口になさいました。
「何でもするって言ったね?」
 まるで言質を取るような愛奈さまの言葉に、私は俄に固まってしまいました。
「ぁ、ぇと……」
「今の言葉、絶対に忘れちゃだめだよ」
 私が言葉を失っていると、愛奈さまは意味深な笑みを残して、ついと体を起こしてそのまま廊下の奥へと消えていきました。

 私が、己の軽率な発言を本当の意味で後悔するのは、もっとずっと後の事でした。


 愛奈さまに対する感謝の気持ちは、それこそどれほど言葉を重ねても表しきれるものではありません。
 ですが、その中に僅かだけ――ほんの僅かに、澱のようなものが混じり始めたのは、いつの頃からだったのでしょう。

「こんばんは〜。ヒーくん、具合どう?」
 夕暮れ時になり、ご自分のお勤めを終えた愛奈さまは私と弟の住まう離れへといらっしゃいます。その手にはしばしば男物の玩具が握られている事がありました。
「じゃーん! 今日はね、新しいソフト持ってきてあげたよ!」
 そう言って、愛奈さまは小脇に抱えたゲームソフト4,5本を久也の布団の側に並べました。久也も、まるで飼い主の足音を覚えた飼い猫のように、愛奈さまの足音が聞こえてくるだけで笑顔を零して布団から身を起こしており、そうやって並べられたソフトを見るなりわぁ、と歓喜の声を上げました。
「あ、愛奈さま……先日あんなにたくさん頂いたばかりです。いくらなんでも……」
 ぎゅう、と。心臓を絞られるような申し訳なさに、私はつい泣きそうな声を漏らしてしまいます。ちらりと視線を部屋の隅へと寄せれば、以前に愛奈さまが持ってきて下さった“お土産”がちょっとした山のようになっていました。
「いーからいーから。蔵にあるのをちょこちょこ持ってきてるだけだし。ねえほら、ヒーくんはどれで遊ぶ?」
 久也は私と愛奈さまの顔を交互に見て、やや困ったように微笑を浮かべました。実は二人きりの時に、あまり愛奈さまに甘えてはダメだと、少々きつく叱ったのを気にしているようでした。
「…………ふぅーん、そういうコトかぁ」
 そして愛奈さまも、私の顔と弟の顔を見比べて、納得したとばかりに小さく頷かれました。
「じゃあ、先に治療の方始めよっか。……梓、出ていって」
「……はい」
 さながら厄介払いでもするように手を振られ、私はその場を後にするべく立ち上がりました。
「梓、そっちじゃなくって、あっち」
 いつものように、襖を挟んだ隣の間へと移動しようとした私は、愛奈さまの言葉に足を止めました。
「今日からはそっちじゃなくて、あっちで待ってて。障子の向こうの廊下で」
「……畏まりました」
 愛奈さまがそう仰るのであれば、たとえそこが煮えたぎる溶岩の上であろうとも、拒否する権利などありません。言われるままに 廊下へと出て障子戸を締めると、障子戸越しに愛奈さまと弟の楽しげな声が聞こえてきました。
「………………。」
 何を不満に感じる事があるのでしょう。他人が居ては集中出来ないから、治療を行う際には二人だけにしてほしいというのは、愛奈さまに一番最初に言われた事です。むしろ、愛奈さまに言われるまでもなく、私が自ら部屋を出なければならない所を、みなまで言わせてしまった事を悔いるべきです。隣の間ではなく、廊下の方へと移動させられた件については、きっとそんな簡単な事も察することが出来ない私への叱責なのでしょう。
 そう、至らないのは私のほうであると、頭では解っているのですが。
 弟の命を心配していた時とは別の種類の不安に、私の心中は苛まれるのです。


 久也の容態が回復するに比例して、愛奈さまと久也が二人きりで過ごす時間は長くなっていきました。
 特に愛奈さまがお休み――即ち、何のお勤めもない日などは殆ど朝から晩まで、二人きりでテレビを見たり、ボードゲームに興じたりといった様子で、私の目から見る限りでは、お二人の様子は単純に遊んでいるだけにしか見えませんでした。
 しかし、それでも。
「じゃあ梓。今から治療を始めるから、席を外して」
 愛奈さまにそう言われれば、私は席を外さざるを得ませんでした。その間、何か別の仕事を割り振られていればまだ気も楽だったのですが、弟が屋敷にやってからというもの、その身の回りの世話こそが私の仕事というような形になっておりました。
 その為、“治療中”は離れの部屋の外の廊下に座して待機し、ただひたすらに愛奈さまからのお声がかかるのを待たねばなりませんでした。それも頻繁ではなく、数時間に一度飲み物が欲しい、食事が欲しい、或いは飲み物を零してしまったから片づけるように――といった内容でした。
 本来、愛奈さまの身の回りのお世話というのは、私のような屋敷に来たばかりの女官にはまわされる事のない、大変名誉ある仕事なのですが、どういうわけか私の中にそういった感慨めいたものは一切存在しませんでした。
 むしろ、大切なものが日に日に切り崩されていくような、漠然とした不安ばかりが大きくなり、居ても立ってもいられませんでした。しかし私自身、己の不安の正体がわからず、ましてやその解決法など見当もつきませんでした。
 私に出来る事はとにかく誠心誠意愛奈さまにお仕えし、弟の治療をしていただく事のみでした。

「梓、今日からしばらくヒーくんは私の部屋に泊まるから」
 それは、治療が始まってから約一ヶ月が経過し、もはや恒例のように夜更けまで“治療”が続いた後の事でした。
「どういう……事でございますか?」
 一瞬、私は耳を疑いました。治療が長引き、夜更けまで愛奈さまが離れにいらっしゃるのは仕方がない事だと思っていました。
 しかし、何故弟を愛奈さまの部屋に泊めなければならないのか、その理由が皆目見当がつかなかったからです。
「ヒーくん、大分体の調子が良くなってきたみたいだから、ちょっと本格的な治療をしてあげたいの。それには自分の部屋の方がリラックスできるし、集中も出来るから」
「そういう事でしたら……」
 私に反対など出来ようはずもありません。ちらりと室内のほうに視線をやると、パジャマ姿のままではありますが、以前とは比べものにならないほどしっかりと自力で立っている久也が、早くも愛奈さまの側へと歩み寄るところでした。
(……人見知りな子だったのに)
 それは、いわゆる嫉妬と呼ばれる感情だったのかもしれません。幼い頃から母代わりとなって面倒を見てきた私は、ひいき目なしに久也に最も慕われておりました。しかしそれ故に人見知りが激しく、私以外の人間に対しては――実の父親ですら――近づくどころかまともに口を利くことすら躊躇うような子だった筈なのですが。
「……愛奈さま、弟を……久也をどうかよろしくお願いします」
 私は愛奈さまの足下に三つ指をつき、伏してお願い申し上げました。愛奈さまからの返事は無く、やがて二人分の足音が静かに遠ざかって行きました。



 ただの心配性――もし私に相談を持ちかけることの出来る相手が居れば、きっとそう言われたことでしょう。
 元々、弟の事で四六時中しつづけても足りない程に心配をし続けていたからでしょうか、その心配の種が無くなったとたん、まるで重い荷物を下ろした直後に自分の体の重みを感じられないような――そんな落ち着かない気分のまま、日々を過ごしました。
 弟は相変わらず愛奈さまのお部屋へと通い、確かにそのたびにわずかずつではあるものの体調は良くなっているようでした。夜に弟を部屋から送り出し、そして眠れぬ夜が明けて朝方戻ってくる弟を迎え、布団に寝かせる――そんな事が、週に二,三度あるようになりました。
 治療のためにやむを得ない事だとは分かっているのですが、自分の息子のように世話をし続けてきた弟がたとえ全幅の信頼を寄せている相手とはいえ、年頃の女性と一晩中密室で過ごしているというこの状況は、私の心に良くない想像を抱かせました。もちろん、愛奈さまに限ってそのような事はあるはずがないとすぐに思い直すのですが、同時にこうも思うのです。
 仮に、私が妄想しているような事があったとしても、私はそれに対して何も言う事が出来ないのではないかと。

 体調が快方に向かうにつれて、久也の態度もどこかよそよそしく変わりつつあるように感じられました。最初は久也も年頃なのだから、一種の反抗期のようなものだろうと思っていたのですが、次第に本当にそれだけだろうかと思うようになりました。
 ……本当に、自分でも嫌になるくらいの心配性です。悪癖だと分かってはいるのですが、どうしても悪い想像を止められず、最後には自己嫌悪に陥るというのが、最近の私の日課でもありました。
 そして、私の中で膨らんでいくある種の思いが日に日に押さえがたいものになるのを感じました。
 それは果たして好奇心故なのか――いえ、おそらくはもっと薄暗い、どんよりとした感情が発端だったのだと思います。
 私はどうしても、愛奈さまと久也が本当は何をしているのかを確かめずにはいられなくなったのです。


 “そうなった”のは、理由――いえ、きっかけと呼ぶべきでしょう――がありました。
 最初にそれを感じたのは、いつものように弟が朝帰りをした時でした。弟の様子が、明らかに普段とは違ったのです。
 それまでは、どこか眠そうな――それでいて、遊びの興奮冷めやらず――といった様子であったのが、その日は目は虚ろげでまるで魂をどこかに置き忘れてきたように見えました。
 それとなく何があったのかを訪ねてもみましたが、特に何もという返事以外は得られませんでした。そのくせどこかよそよそしく、たとえば同じ室内に居て目を合わせても即座に逸らされる――というような事が続きました。
 ざわりと。今まで必死に押さえつけ、押し殺し続けてきた不安が首をもたげたのはそのときです。
「ねえ、久也?」
 私は自分の気持ちを抑えかねて、とうとう口に出してしまいました。
「ひょっとして……愛奈さまに何か変な事をされてるんじゃないの?」
 自分は恐れ多いことを口にしている――それは重々承知しているのですが、聞かずにはいられませんでした。
「……どうしてそんな事を聞くの?」
 久也は露骨に狼狽えながら、そんな言葉を返してきました。私は、自分の中の不安がますます膨らむのを感じました。
「だって……最近の久也、ちょっと様子が変だから……」
「別にヘンじゃないよ」
 怒ったような口調で、久也は私の言葉にかぶせるように返してきました。
「愛奈さまは僕の体を治してくれてるんだよ。おねえちゃんが考えてるようないやらしいことなんて何もなかったよ」
「私は別に……」
 言葉に詰まっていると「ああもう!」と久也が叫ぶように声を荒げました。
「一人になりたい、出ていって」
「ひ、久也……?」
「ねえちゃん、ちょっとウザい。部屋から出て行ってよ」
 くらりと。私は血の気が引くのを感じました。
 およそ声を荒げたことなど無い、優しい子だったのに――まるで悪魔か何かが取り憑いてしまったのではないかと危ぶみたくなるほどに、私を見る久也の目は攻撃的でした。
「……わかった。おねえちゃん、ちょっと外に出てるね」
 その言葉を、巧く発音できたかどうか、自分でもわかりませんでした。きっと唇は色を失い、顔色も蒼白だったことでしょう。
 静かに立ち上がり、廊下へと出て障子戸を閉めました。部屋の前から離れようとしたのですが、足が震えて巧く歩けませんでした。
 ハッと。視線を感じたのはそのときでした。私が立っていた離れとは、庭池を挟んだそのさらに向こう側。濡れ縁の曲がり角の所に、愛奈さまが立っておられたのです。
 目が合いました。いえ、あってしまった、と言うべきかもしれません。愛奈さまは笑っておられました。笑顔を見せておられたわけでも、微笑んでおられたわけでもありません。
 私を見て、嗤っておられたのです。


 翌日、愛奈さまがいつものように私たちの住まう離れの部屋へと来られ、私は部屋の外へと追いやられました。いつもならば、その場で静かに置物のようにじっと身をすくめ愛奈さまからの指示を待つのですが、今回は違いました。私は身を障子戸の方へと寄せ、二人の会話を聞こうと試みました。
 以前の私であれば、それはとても考えられない事でした。決して、決して愛奈さまへの忠誠が消えたわけでも、受けた恩を忘れたわけでもありません。ただ、どうしようもない不安の波に突き動かされて、そうせずにはいられなかったのです。
 私と二人を隔てているのは、一枚の障子戸です。普段の話し声ならば、聞こうと意図しなくても勝手に漏れ聞こえてくるのですが、ごく希にそうではない事が今までにもありました。二人が声を抑えるという事は、私に聞かれたくないという事であるのは明白ですので、昨日までの私は意識的にその内容が耳に届かないように必死でした。
 しかし、今は違います。その二人の内緒話こそが、久也が変わってしまった要因の一つであるように思えてならないのです。
 私は二人が小声で話すのを待ちました。そして不意に、中からの話し声が途絶えた瞬間、反射的に耳を障子戸にすりつけるようにして、身を寄せました。
「……ねぇ、愛奈さま」
 久也の声でした。
「ぼくね、またアレやりたい」
 微かに聞き取れる程度の小声でした。七才の子供が欲しいオモチャをおねだりするような、媚びた声。
「しーっ、“アレ”はナイショだって言ったでしょ?」
 窘めつつも、どこか嬉々とした、愛奈さまの声。きっと笑っておられるのだと思います。
「大丈夫だよ、聞こえてないよ、絶対」
 ちらりと、障子戸ごしに久也が私の方を見るのを感じました。そして、その視線が再び部屋の中――おそらくは愛奈さまの方へと向くのも。
「……どうしよっかなぁ」
 一瞬の間のあと、愛奈さまは悪戯っぽい声で仰いました。
「ヒーくんは、そんなに“アレ”したい?」
 返事はありませんでした。しかし、久也が何度も頷いているのが、気配として分かりました。
「ふふ、ヒーくんのおませさん。そんなに気に入ったんだ?」
「うん……ボク、もっと実験したい」
 実験?――久也の言葉を、私は頭の中で反芻していました。実験……その単語には、ひどく不吉なものを覚えました。
「どうしよっかなぁ」
 再度、愛奈さまは仰いました。そして、微かな衣擦れの音。
「じゃあ、ヒーくんが上手にできたら、考えてあげる」
 また、衣擦れの音。
「えっ……あいな、さま?」
 久也の声には、戸惑いが混じっていました。ふふと、微かに聞こえる、愛奈さまの笑い声。
「ほら、もっとこっちに来て…………どうしたの?」
「だ、だって……外に、ねえちゃんが……」
「大丈夫、バレないから。……ね?」
 二人の気配が、一カ所に固まるのを、私は感じました。同時に、どうしようもなく口の中が乾いていくのも。
 まさか。
 そんな。
 一体これはどういう事なのでしょう。否、そもそも一体二人は何をするつもりなのでしょう。
「あんっ」
 突然の声に、私はバネ仕掛けの人形のように、びくんと背をそらせてしまいました。部屋の中から聞こえたその声は間違いなく愛奈さまのもので、それでいてひどく甘い――いうなれば恋人からの愛撫を受けて、つい漏れてしまったような声でした。
「んぅ……そう……そこ……あっ、あん」
 部屋の中から漏れ聞こえてくる嬌声に、私は全身に鳥肌が立つのを押さえられませんでした。
 驚きでも、怒りでも、悲しみでも、恐怖ですらない、正体不明の感情に支配されていました。
 一体、中では何が行われているのか。確かめるのは簡単です。私と二人とを隔てているのは、一枚の障子戸――当然鍵すらかかっていないのですから。少し手を当てて、横へとずらせば、全ての疑問は解決されるのです。
 しかし、同時にそれは決してやってはならないことでもありました。このお屋敷の中において、愛奈さまの命令は絶対なものです。呼ぶまで、部屋の外で待機をしていろと命じられた私が、勝手に部屋の中の様子を覗く事は、間違いなく愛奈さまの命に背くことなのです。
 ああ、でも。
 でも……!
「…………。」
 気がつくと、私は両方の手をそっと、障子戸の縁に押し当てていました。やってはならないと、あれほど自分を窘め続けた行為を、今まさに行おうとしていました。耳障りなほどに脈打つ心臓を押さえつけるように、両手の脇をキュッとしめたまま、わずかに。ほんのわずかだけ、障子戸を開けて、中の様子を盗み見ました。



 最初に見えたのは、久也の後ろ姿でした。立っているわけでも、座っているわけでもなく、まるで四つん這いにでもなっているかのように、水色のパジャマを着た下半身と足の裏だけが、私の位置から見えました。
「んっ、んっ……」
 微かに聞こえる、弟の息づかいに追い立てられるように、私はさらに障子戸の隙間を二ミリほど広げました。
「あぁぁ……イイよぉ…………そこっ、そこもっと丁寧に舐めて……あんっ」
 愛奈さまの声に、私はどきりと心臓を跳ねさせ、思わず障子戸の隙間から体を引いてしまいました。
「あ、あんっ」
 私の体は、完全に硬直しきっていました。そんな私の耳に、まるで耳元で囁かれているかのようにはっきりと、愛奈さまの甘い声が響きます。
 隙間を空けた事で声が聞き取りやすくなったことは間違いないはずです。しかしその分を差し引いて尚、愛奈さまのお声ははっきりと聞こえすぎるように感じました。
「ふふ、ヒーくん上手になったねぇ。最初の頃とは前々違うよぉ……」
 愛奈さまの声に誘われるように、私は再び障子戸の前へと張り付き、その隙間に目を寄せました。どくどくと、不自然なリズムで心臓が脈打つのを感じます。何故そんな事になっているのかを考えるよりも、とにかくこの障子の向こうで何が起きているのかを知りたくてたまりませんでした。
 私は誘惑に抗えず、さらに二ミリほど隙間を広げました。四つん這いになっている久也のお尻の向こうに愛奈さまのお顔が見えました。頬がやや紅潮し、瞳はうっとりと濡れた――私が見た事のない類いのお顔でした。
「はぁぁ……イイよぉ……ヒーくん、すっごく上手……」
 “治療”で疲れた愛奈さまの為に、久也がマッサージでもしているのでしょうか。それにしては二人の位置関係がおかしいように思えました。愛奈さまは畳の上に足を広げるような形で座っておられ、久也は四つん這いになってその股ぐらに頭を寄せているのですから。
「んはぁ……あいなはま……んぷふっ……」
 不意に聞こえた久也の声はくぐもって聞こえました。まるで口に飴か何かを含んだまま喋ったような、そんな声に聞こえました。
 不整脈のような動悸が、ますます強くなるのを感じました。
「ふふ……どぉ? ヒーくん……美味しい?」
「はひ……おひひいへふ……」
 やはり、愛奈さまに飴かなにかをもらっているのかもしれません。微かにですが、久也のお尻越しに頭が上下しているように見えました。その久也の頭の上に愛奈さまが右手をのせ、まるで愛しむように撫でておられました。
「先っぽからトロォっていっぱい溢れてきてるでしょ? それはね、ヒーくんが気持ち良くしてくれてるから溢れてきちゃうんだよ?」
 愛奈さまの仰っていることは、もはや私の理解の範疇を超えてしました。そんな私をあざ笑うかのように、徐に愛奈さまが体の位置を変えました。
 四つん這いになっていた久也の体の右側に位置どるような動きでした。一体どういう理由があって、愛奈さまが体の位置を移動なさったのかは、私には皆目検討がつきませんでした。
 ただ、確かなことは二人が何をしているのか――それが私の目の届く範囲に露わになったということでした。
「ほら、ヒーくん。……つづき」
 まるで恋人にねだるような愛奈さまの声。久也は突然体の位置を変えた愛奈さまに戸惑いつつも、促されるままにそれまで行っていた行為を続行させました。
 先ほどは見えなかった、愛奈さまの着衣の乱れ。袴の隙間から隆々とそそり立っているのは、まだ片手で数えられる程しか見た事が無い、性交時の男性器そのものでした。その先端部が、ゆっくりと久也の唇に包まれ、飲み込まれていくのを、私は見入らずにはいられませんでした。
 愛奈さまが“そういう体”であるという話はすでに知っていました。ですから“そのこと”に関しての驚きはまったくと言っていいほどにありませんでした。完全にゼロではなかったのは、それがかつて見た夫のそれよりも、何倍も凶悪なものに見えたからです。
「あぁぁっ……あはぁぁぁっ」
 久也の髪をかきむしるようにしながら、愛奈さまが甘い声を上げられます。久也はまるで極太の千歳飴でもしゃぶっているかのように、愛奈さまのペニスを深々と咥えては頭を上げ、さらに咥えるといった作業を繰り返していました。
「あふっ……あふっ……あはぁぁ……」
 ご自分の左手の中指と薬指を唇に引っかけるようにしてしゃぶりながら、愛奈さまがさらに蕩けたような声を上げられます。時折自ら腰をくねらせるようにしながら、右手で久也の頭を抑えるようにしながら、さらなる愛撫を促しているようでした。
 くらりと。目眩を感じて失神しかかったのはその時でした。意識がブラックアウトする寸前になって、自分がもう長いこと呼吸をしていないという事を思い出して、慌てて肺に空気を送り込みました。
 そう、私は文字通り呼吸をする事も忘れて、二人の姿に見入ってしまっていたのです。
「あぁぁ……あぁぁぁ…………イイ……イイよぉ……ヒーくん……ひーくぅん……」
 ぜえぜえと――勿論、極力音を立てないように善処はしましたが――呼吸を整えながら、私は隙間の向こうに広がる禁忌へと、再び意識を集中しました。愛奈さまの右手はもはや、久也の頭を撫でてなどいませんでした。髪を掴み、時には押さえつけ時には引っ張り上げるようにして、久也の唇にペニスを突き入れていました。
「はぁぁ……はぁぁぁぁ…………出るぅぅ…………出ちゃうぅぅ……はあはあ…………ヒーくん、ちゃんと全部飲んでね……?」
 愛奈さまは突然膝立ちになり、四つん這いになっている久也の頭を両手で固定するようにして腰を振り始めました。
「はぁはぁはぁ……ヒーくんの……ヒーくんのクチぃ……あぁぁぁぁぁーーーーーーーーーッ!!!」
 それはもう、両手で両耳を塞いでいたとしてもはっきりと聞こえるような叫び声でした。愛奈さまは久也の頭を引き寄せるようにしながら、自らの腰を突き出し、ビクビクと腰を震わせておられました。
「あふぅぅ……んぁっ……いっぱい出るぅぅ…………あふぅ……………」
 ビクンッ!
 ビクッ、ビクン!
 細かな痙攣の中、愛奈さまは何度か大きく体を震わせ、そのまま一分ほど体を硬直させてから漸く久也の頭から手を離されました。同時に久也の唇から糸を引きながらペニスを引き抜かれました。
「ッッ……ごふっ……げほっ、げほっ……がはっ……」
 その瞬間、まるでペニスそのものが蓋となっていたかのようなタイミングで、久也が激しく咳き込み始めました。同時にその口から溢れた……呆れるほどに大量の精液が、どろりとゼリーのように畳の上に丸く広がりました。
「あーあー……ダメじゃない。ちゃんと飲んでって言ったのに」
「かはっ……けほっ……ごめんなっ……さッ……けほっ……けほっ……」
 謝罪をしながらも噎せ続ける久也を、愛奈さまは膝立ちのまま侮蔑するような目で見下ろしておられました。そして徐にその頭を掴み、ぐいと畳の上へと擦りつけるように押さえつけました。
「ごめんなさいじゃないでしょ? 何度も教えたのに、どうしてちゃんと出来ないの?」
 愛奈さまの声には、噎せ続ける久也に対する哀れみや同情といった感情は全く含まれていないように聞こえました。普段の愛奈さまとは全く違う、低く抑えたような――“怖い声”に、久也は怯えたように慌てて体を起こしました。
「あぐっ……ちゃ、ちゃんと……舐めます、から……」
 そして、畳の上に広がったゼリー状の精液を、久也は舌先ですくい取るように舐め始めます。さながら、飢餓状態の野良犬がアスファルトの上に落ちたヨーグルトでもなめ取るかのように、汚らしく、音を響かせながら。
 愛奈さまはそんな久也の姿を膝立ちのまま見下ろし、満足そうに息を吐かれた後、手早く衣類を正されました。
「………ちゃんと飲めなかったのは不満だけど、それなりに良かったよ、ヒーくん。……約束通り、明後日の夜に“実験”させてあげる」
「本当!?」
「……………その代わり、いつも通り梓には……“お姉ちゃん”には絶対内緒だよ?」
「うん!」
 愛奈さまの言葉に、久也は殆ど即答で大きく頷いていました。最愛の弟のそんな仕草に、私は槍で胸を刺し貫かれたかのような痛みを感じました。
 おそらくは、今までにも同様のやりとりが何度か行われたのでしょう。久也も、最初は戸惑ったのかもしれません。しかし今はもう、その心の中は大きく愛奈さまに傾いているように見えました。
「……ふふ、悪い子。でもね、それでいいんだよ? 私がもっともっと、ヒーくんの知らない世界を教えてあげる」



 

 “治療”はいつもよりもやや長引き、愛奈さまの退室と入れ替わる形で私は室内へと戻りました。
 久也も、愛奈さまも、私の前では極普段通りの、今までとなんら変わらぬ様子でした。それもそのはずです。恐らく先ほどのような事は、過去にも何度も行われていたのでしょうから。
 部屋に戻ると、嗅ぎ慣れない香りがしました。どうやら消臭スプレーの香りらしく、それは“あの場所”の方から漂っていました。
「ひさ――」
 声をかけようとして、私は舌が上あごに張り付くのを感じました。先ほどまで繰り広げられていた凶行を目の当たりにして、口の中から水分というものが失われてしまっていたのです。
 私は意識的に口の中に潤いを取り戻しながら、一つ一つの言葉を慎重に紡ぎ出しました。
「ひさや……ぐあいは、どう?」
「……別に。普通だけど」
 久也は、愛奈さまから頂いた携帯型ゲームの画面に視線を落としたまま、私の方を見もせずにおざなりに答えました。
「……おなか、すいてない?」
「いらない」
「そう……」
 私はそれ以上、久也に対してかける言葉がありませんでした。
 知りたい事。問いたい事はそれこそ星の数ほどあるというのに。それを口にするのが怖くて、私は黙っていることしか出来なかったのです。
 一体全体、何が起きているのでしょうか。愛奈さまは間違いなく、私と弟にとって救世主と呼べるお方です。弟が愛奈さまに懐いてしまうのは至極当然な流れであることは、私にも解ります。
 しかし。
 しかしあれは。あれを異常な行いだと感じてしまうのは、私の了見が狭いだけなのでしょうか。
 久也が口にしていたのは、愛奈さまの男性器でした。久也が自分からそれを望んだとは考えたくはありません。むしろ愛奈さまが切り出し、或いは促し、治療行為の代償としてそういう行為を求めたと考えるのが妥当に思えます。いいえ、治療行為が代価ではなく、愛奈さまが口になさっていた“実験”がそれなのかもしれません。
 ねえ、久也……実験って、どういう事? 何をするの?――そう聞く事が出来たら、どんなに楽でしょう。自分の臆病な性格がこれほど恨めしく思えた事はありませんでした。もし、口にしてしまったが最後、辛うじて繋がっていた久也との最後の糸まで断ち切られてしまう気がして、とても声には出せないのです。


 それから後は、就寝するまで殆ど会話らしい会話もありませんでした。布団こそ一つの部屋に並んでいましたが、私と久也との間には海よりも深い溝があるように感じずにはいられませんでした。
 久也は比較的布団に入ってすぐに寝息を立て始めましたが、私はとても眠ることが出来ませんでした。
 おそらくは、私が何かを失敗してしまったせいで、今のような状況になってしまったはずなのです。その失敗とは何か。この先失敗をしない為にはどうすれば良いのか。それを考えずにはいられませんでした。
 暗闇の中で、ふと。私の脳裏に愛奈さまの言葉がよみがえりました。
『ヒーくん。……約束通り、明後日の夜に“実験”させてあげる…………その代わり、いつも通り梓には……“お姉ちゃん”には絶対内緒だよ?』
 愛奈さまのお声と同時に、その姿までもが。丁度今日の夕方、障子戸から覗いていた私の目に映ったままの姿で脳裏に映ります。――同時に、私は肝が冷えるのを感じました。
 何故なら、久也に囁く様に仰った愛奈さまの、その目が。私の方を見ていたような気がしてきたからです。それは確かな事なのか、臆病な私が記憶を改変してしまった為なのか。もはや確かめる術もありません。

 或いは。
 このときの私がひとかけらの勇気を握りしめて、久也を問いただしていたならば。力ずくでも愛奈さまから久也を引き離していたならば。あのような結末だけは避けられたのかもしれません。
 しかし現実の私は何処までも愚かしくて、無力で。
 事態の悪化を文字通り傍観することしか出来なかったのです。



 平穏な日々が続きました。少なくとも、表面上はそう思えるだけの、穏やかな日々が。
 愛奈さまが仰った『明後日』という日も何事もなく過ぎました。弟は密かにそのことを気にしているようでしたが、これについては愛奈さまの方の事情が変わったようでした。というのも、私たち姉弟の住まう離れに愛奈さまがいらっしゃる頻度が極端に減ったのです。
「ごめんね、最近忙しくて」
 僅かな時間を縫うようにやってこられる愛奈さまは申し訳なさそうに笑い、その都度新作のゲームソフトやお菓子、オモチャの類いをお土産として持って来られるのですが、十分と経たずに母屋の方へと戻っていかれました。
 年の瀬が近いという事もあり、忙しいというのは実際そうだったのだろうと思います。何しろかつて例を見ない程に頻繁にお屋敷にお客様が尋ねてこられては、その全てに愛奈さまが応じておられたのですから。
 そう、嫁いだとはいえ私もかつては土岐坂の分家に育った者です。土岐坂家というものがどういった事を生業とし、土岐坂の巫女となることが何を意味するのか。愛奈さまに不自由をさせない為だけに用意されたこのお屋敷と、数百人にも及ぶ女官達。それらを維持して尚、“お客様”からの喜捨が上回るからこそ、愛奈さまは愛奈さまとして、このお屋敷の頂点に君臨されておられるのです。
 かつては、同じ女性の身でありながら――体の仕組みが多少違うとはいえ――土岐坂の巫女としての仕事を十二分にこなす愛奈さまを尊敬し、崇拝すらしておりました。私が十八の頃――愛奈さまと同じお年頃の頃、はたして同じ事が出来たでしょうか。仮に人にはない異能の力がこの手にあったとしても、ただただその力に振り回され、他人の為に活かすことも出来なかったに違いないと思えます。
 傑物、麒麟児――世が世ならそう呼ばれるようなお方ではないのかと思った事もあります。事実、側にお仕えしていて人ならざる気配を感じた事も一度や二度ではありません。まるで、深い深い穴の底、光すら届かぬ闇の底に眠る、巨大な竜のような。たとえ姿は見えなくとも、穴の縁に立っただけでその存在に肌が震えるような――愛奈さまのおそばに居る時ほど、私は自分という存在の矮小さを自覚せずにはいられませんでした。
 そう、私は矮小な――いえ、卑小なと言い換えても差し支えない、醜い人間です。
 あれほど。
 あれほど愛奈さまを敬愛し、愛奈さまの為ならば命も惜しまないと誓ってから、年も変わらぬうちに、その心を失いかけているのですから。
 私にとって、“あの夜”の出来事はそれほどの衝撃だったのです。
 確かに。確かに愛奈さまには不穏な噂もいくつかありました。目にとまった女官を徹底的に苛め抜き、廃人にしてしまったというものや、許嫁の居る女官を無理矢理手込めにし、破談にしたというものなど、思わず耳を覆いたくなるようなものも多数ありました。
 しかしそのどれもがあくまで“噂”であり、自分がそういう目に遭った――というものではありませんでした。それ故、私は信じず、愛奈さまを貶める為に誰かが流した流言飛語に過ぎないと高をくくっていたのです。
 今にして思えば、恐らく噂は真実であったのではないかと思えます。だとすれば、私は愛奈さまに対してどのような気持ちを向ければ良いのでしょうか。
 愛奈さまは、私が信じる、私の中に存在する愛奈さまとは似て非なるお方でした。それでも私は、愛奈さまに対し変わらぬ敬愛を抱き続けねばならないのでしょうか……。
 

「ねえ、梓ってさ。裁縫得意?」
 “衝撃の一夜”から一月ほど経った頃。年末年始の主な行事も過ぎ去り、“日常”が戻って来た矢先の事でした。お庭の掃除をしていた私は不意に愛奈さまに声をかけられました。
「裁縫……で、ございますか。……その、人並み程度には……」
 久方ぶりに見る愛奈さまのお顔は以前にも増して気品に満ちているように見えました。それでいて両の瞳は少年のそれのように爛々と輝き、思わず頬を赤らめてしまいそうなほどに魅力的でした。
 同時に、それほどまでにお綺麗な愛奈さまとはあまりに違う私というみすぼらしい女が、その視界を汚してしまっているという事実に、私はひどく惨めな気分にさせられました。
「人並みってことは、雑巾の手縫いくらいは出来る?」
「はい、そのくらいでしたら……」
「そ。じゃあさ、梓にちょっと頼みたい事があるの」
 来て――そう言って、愛奈さまは私の手を取り、母屋の方へと歩き出されました。私は慌てて手にしていた竹箒を濡れ縁の脇に立てかけ、愛奈さまに連れられて母屋へと上がりました。
 いくつかの廊下を曲がり、屋敷の奥も奥、両側を漆喰の壁に囲まれた廊下を百メートルほどは歩いた先の行き止まりで、愛奈さまは足を止められました。……いえ、行き止まりなどではなく、薄暗い闇の向こうには、確かに部屋の入り口らしきものがありました。お屋敷の殆どの部屋は障子戸か襖だというのに、その部屋は木の扉にドアノブのついたもので、愛奈さまは手にしていた鍵をドアノブの下の鍵穴に差し込み、カチャリと回しました。
 愛奈さまがノブを回し、中へと入られます。
「梓も入って」
 ドアの隙間から手だけを出された愛奈さまに手招きをされて、私も中へと入りました。最初に感じたのは、むっとする埃の匂いでした。
 かちりと、愛奈さまがドアの脇のスイッチを操作され、程なく室内に明かりが点りました。
「えっ……」
 思わずそんな声を漏らしてしまったのは、そこが不自然なまでに狭い部屋だったからです。三畳の和室、それでいて四方は漆喰の壁に囲まれ、窓一つありませんでした。そのくせ天井だけはいやに高く、その高い天井から二メートルほどのコードがのびた先に点っている白熱電球にすら、梯子を使わねば触れられそうにないほどに高いのです。
 家具はといえば、粗末な木のテーブルと、同じく古びた木箪笥。これで簡易トイレがあれば、まさしく囚人のための部屋だと、私は思いました。
「なんかさ、雑巾が足りないんだって。この間の大掃除で使い切っちゃったらしくって」
 辺りを見回して唖然としている私を尻目に、愛奈さまのお声は普段通りでした。いえ、普段よりもやや弾んでいるようにすら思えました。
「だから、梓に縫って欲しいの」
「あの、愛奈さま……ひょっとして……」
「そ。ここで」
 ついと、愛奈さまは足下の畳を指さし、大きく頷かれました。
「枚数は……そだねぇ、ざっと千枚」
「千枚も、でございますか?」
「大丈夫。別に今すぐ必要ってわけじゃないから、ゆっくり縫ってくれればいいの。但し――」
 愛奈さまがやや声の調子を落とされました。……まるで、子供に怖い話でも聞かせる前触れのように。
「作業時間は、夜八時から朝の六時まで。それ以外の時間はどこで何をしててもいいけど、時間になったら必ずここに来て、雑巾を縫うこと。途中の退出も不可だから、トイレとお風呂は事前に済ませておいてね」
「ま、待ってください……愛奈さま……一体どういう……」
「ああ、お腹がすくといけないから、夜の十二時に夜食を作って持っていかせるね。トイレもその時だったらいいよ。だけどそれ以外の時間はダメ。鍵かけちゃうからね」
「えっ、えっ……?」
「昼夜逆転の生活になっちゃうけど、その分お給金も上乗せするからさ。ノルマは……そだねぇ、一日十枚くらいにしよっか。凝ったものじゃなくていいから、それくらいなら縫えるでしょ?」
「あ、あの! どうしても、ここで縫わなくてはいけないのでしょうか……せめて、弟と同じ離れの部屋で――」
「ダメ。縫うのはここ」
 食い下がることを許さない、満面の笑みでの否定でした。私は両足から力が抜けるのを感じました。
「ゴメンね、梓。でもこれは決まりだから。私の力でもどうしようもないの。大丈夫、千枚縫い終わったら終わりだからさ。それにずっと部屋から出られないわけでもないんだし」
「あの……愛奈さま……そのお話は……お、お断りすることは……出来ないのでしょうか……」
 力の抜けた足では立ち上がる事も出来ず、失礼を承知の上で私は畳に膝をついたまま、愛奈さまに懇願しました。
 愛奈さまに申しつけられた事に不服があったわけではありません。むしろ、私が愛奈さまに受けた恩を考えれば、買ってでもやらなければならない仕事だとは思います。
 ですが、ここはなんとしてもお断りしなければと、私はひとかけらの勇気を振り絞りました。
 そうしなければ、きっと、また……。
「断る? どうして?」
 愛奈さまはきょとんと、首を傾げるようにして言われました。
「梓、前に自分に出来ることならどんなことでもやるって言わなかったっけ?」
「そ、それは……」
「梓は私に嘘ついたの?」
「ひぁっ…………ち、違っ……」
 私は思わず愛奈さまから目を逸らし、そのまま畳に手を突いて身を丸めてしまいました。私を見下ろす愛奈さまの空虚な目。その目の向こうから、全く別の生き物が私の顔を覗き込んでいるような――そんな恐怖を感じて、咄嗟に身を縮こまらせずにはいられませんでした。
 否、縮こまる――どころではありません。私は震えていました。それはもう無様なまでに、ひとかけらの勇気などあっという間に吹き飛んでしまうほどに。
 自分はどうしようもないほどに意気地なしなのだと。身をもって痛感する瞬間でした。
「……や、やらせて……いただきます…………愛奈さまの、お言葉、通りに」
「そう。じゃあすぐにでも必要は道具と材料はここに運ばせるから。今夜から早速始めてね」
 愛奈さまは私の返事を待たずに、部屋から出ていかれました。私は伏したまま、いつまでも収まらぬ体の震えに翻弄されながら、願わずにはいられませんでした。
 どうか。
 どうか酷いことにだけは、なりませんように。



 孤独という言葉を、かつてこれほど痛感したことはありませんでした。
 愛奈さまに命じられた作業時間は夜の八時から朝の六時まで。それ以外の時間は基本的に自由で、屋敷の中であれば出歩くことも可能でした。しかし、その時間帯は他の方達が忙しなく働いている時間帯でもあり、事情を知らない方達は揃って奇異の目で私を見るのです。
 当然、立ち話など出来るはずもありません。かといって、久也が寝起きしている部屋に戻ろうとすると、障子戸ごしに愛奈さまと久也の楽しげな声が聞こえて来て、私はどうしても中に踏みいることは出来ませんでした。
 作業時間以外は自由――愛奈さまはそう仰いました。しかし実際には、私には行く場所など何処にもありませんでした。至極当然のように、私は作業時間以外の殆どの時間をあの牢獄の様な三畳間で過ごすようになりました。
 恐らくは、そのように言い含められているのでしょう。夜中に夜食を持ってきてくださる女官の方は、一度も口を利いてくれませんでした。その態度はさながら、囚人に食事を運ぶ以外のことは何もしてはいけないと上官に命令された刑務官のようでした。
 慣れというものは恐ろしいもので、その囚人のような暮らしも一週間が経った頃にはさほどの苦ではないように感じ始めていました。恐らくは、私という女の性に合っていたのかもしれません。和気藹々とした職場で人あたり良くてきぱきと仕事をこなすよりも、日の当たらない場所で一人黙々と作業に従事するのが向いているのでしょう。或いは、これは罰などではなく、愛奈さまが私という人間の本質を見抜いた上で割り振った適材適所なのかもしれないと、そう私が思い始めた頃――でした。
 “あの声”が聞こえてきたのは。

 丁度夜食を終えて、その膳を下げてもらってしばらくの頃でした。初めは空耳かと思い、無視して作業を続けていました。しかしどうにも空耳ではないように思えて、私はいつしか手を止め、耳を澄ましていました。
 どうやらその声は壁の向こうから聞こえてくるようでした。尤も、それを声と表現して良いのかは疑問でした。どちらかといえば、動物か何かの鳴き声のようだったからです。
 私はさらに耳を澄ましました。すると鳴き声とは別の音も聞こえてきました。こちらは間違いなく“音”であると解ります。それも金属音です。何か、鎖のようなものをすりあわせているような音でした。
 私は針と糸、そして縫いかけの雑巾をテーブルの上に置き、声が聞こえてくる方の壁へと身を寄せました。一体何の音(或いは声)なのか、判別しようと思い、壁に耳をつけてみようと思ったのです。私の頭に、テレビドラマなどで登場人物が壁にコップを当てて音を探ろうとしているシーンが思い浮かんだのはその時です。当時は何故あのようなことをするのか不思議でしたが、実際に自分でやってみるとその理由がよくわかりました。壁に耳を当てようとすると、どうしても肩が邪魔になり、うまくいかないのです。
 私は咄嗟に室内を見回しました。膳は下げられてしまったので、部屋の中にはコップの代わりになりそうなものはありませんでした。私はやむなく体の向きを工夫してなんとか壁に耳を当て、声の正体を探ろうとしました。
 どうやらそれは動物の声ではなく、紛れもない人の声のようでした。ただ、恐らくは口に詰め物か何かをされているのでしょう。それでも、ひっきりなしに繰り返されるそのうなり声は、どう聞いても助けを求めているようにしか聞こえませんでした。
 どうしよう――そう思い、私は咄嗟に背後の、部屋の扉へと視線を這わせました。大声で人を呼ぶべきか否か、迷っていたその時。唐突に予期せぬ人物の声が耳に飛び込んできました。
「えっ……」
 掠れた声でついそう漏らし、私は再度壁に耳を当てました。
「ごめんね、随分遅くなっちゃって」
 そう、それは間違いなく愛奈さまの声でした。ひやりと、私は全身の血が冷たくなるような、そんな悪寒を感じました。
「なかなか時間がとれなくってさ。でも、今夜は大丈夫。約束通り、ヒーくんの大好きな実験をさせてあげる」
 実験――愛奈さまの言葉に、私は全身が震え出すのを堪えきれませんでした。まるで、私自身が実験用のモルモットとして、愛奈さまに解剖されるのを待っているような――そんな錯覚すら覚えました。
「ひっ」
 思わずそんな声を漏らしてしまい、私は慌てて両手で口を押さえました。どういうわけか、突然部屋の光源である白熱電球が明滅をし始めたのです。白熱電球はそのまま何度かチカチカと瞬いたかと思えば、まるで命の終わりを迎えたように一切の光を無くしてしまいました。
 三畳間の空間には、窓はありません。体を包み込む闇の質量に、私は耐えがたいほどの息苦しさを覚えました。――そんな私の目に、一筋の光がうっすらと浮かび上がってきました。
 錯覚――ではありませんでした。それはどうやら、壁に走った亀裂から漏れる光のようでした。それも、愛奈さまのお声が聞こえた方の壁です。
 まさか、と思い、私は壁の亀裂へと顔を寄せました。さすがに亀裂は僅かで、壁の向こうを見通すということは出来ませんでした。それがなんとももどかしくて、気がつくと私は壁に亀裂に爪を立て、それを広げるように力を込めていました。
 あっ、と思った時には手遅れでした。古くなっていた壁は亀裂に沿ってぽろりと、丁度私の手のひら大ほどの漆喰のカケラが剥がれ落ちてしまったのです。幸い、というべきなのでしょうか。剥がれた漆喰の固まりは手前側には大きく、奥に向かって小さい、錘のような形をしていた為、“空いた穴越しに、壁の向こうと目が合う”というようなことはありませんでした。しかし、漆喰が剥がれた場所には小指の先ほどの穴がぽっかりと空いてしまっており、それは覗き穴としては申し分のない大きさでした。
「……っ……」
 まるで、目に見えない何かに覗け、と命令されているような気分でした。それ故に、そう仕向けられること自体が罠のように思えて、私は軽々には動けませんでした。
「それじゃあ、早速解剖から始めようか。今日はヒーくんがやっていいよ?」
 私を金縛りから解き放ったのは、そんな愛奈さまのお言葉でした。壁の向こうに、久也が居る!――私は弾かれたように壁に身を寄せ、そして穴を覗き込みました。


 壁の向こうは、板張りの部屋でした。広さについては穴から見える範囲ではよく解らず、少なくとも六畳以上の広さはあるようでした。
 そこに、一人の女性が吊されていました。……いいえ、吊されていたと言うのは少々語弊があります。女性は両手を鎖に繋がれ、その鎖は天井へと続いていましたが、両足はきちんと床についていました。但し、その両足首にも鎖が繋がれ、地面から出た鉤状の突起へと繋がっていました。
 女官服を着ていることから、恐らくは女官の誰かなのでしょう。ひょっとしたら顔見知りの方かもしれませんが、目にはアイマスクが、口には猿ぐつわを噛まされている為、人相については判別がつきませんでした。
 そうやって痛々しいまでに拘束されている女官の前に愛奈さまと、そしてパジャマ姿の久也が立っていました。愛奈さまはにこにこと柔和な笑みを浮かべておられ、そしてその傍らに立つ久也は笑みとも苦笑ともつかない、引きつったような顔をしていました。
「はい、ハサミ」
 愛奈さまが、手にしていた裁ちばさみを久也の手へと渡しました。久也はハサミを握り、一度自分の顔の高さまで持ち上げました。さながら、名刀の刃先に魅入る侍か何かのように、口の端を僅かに歪めながら。
「本当に僕がやっていいの?」
「うん。待たせちゃったお詫び。…………好きなように切っちゃっていいよ」
 愛奈さまの許しを得て、にぃと久也が笑いました。壁向こうの部屋の明かりはどうやらロウソクらしく、室内に出来た影が絶えずゆらゆらと揺れるのですが、そのせいでしょうか。
 久也の笑みが、まるで悪魔かなにかが乗り移って笑っているように、私には見えました。
 久也がハサミを手に、鎖に繋がれた女性の前へと歩み寄ります。人の気配を察したのか、女性は身じろぎするようによりいっそううなり声を上げます。助けてと言っているのか、やめてと言っているのかは解りませんが、およそ助けを求めるような声であるのは間違いありません。
「静かに」
 愛奈さまが釘を刺すように言い、女性の背後に回るや、その首根っこを掴まれました。
「下手に動いたら危ないよ。自業自得で怪我しても、治してなんかあげないからね?」
 そして、まるで耳元に吐息を吹きかけるような優しい声で囁くと、女性は暴れるのを止めました。安堵したというよりは、観念したといったほうが正しいように思えます。
「いいよ、ヒーくん。始めて」
 こくりと、久也が頷き、そして裁ちばさみを女性の方へと向けます。よほど興奮しているのか、久也はずっと肩で息をしていました。そしてその裁ちばさみを、まずは女官服の袖のあたりへと向け、ジョキジョキと切り始めます。
「くす、ヒーくんってば遠慮しなくていいんだよ? “解剖”なんだから」
 久也は一度手を止め、愛奈さまの方を向いて頷いてから、再度ハサミを動かします。みるみるうちに女官服の上衣である白衣が寸断され、白衣がバラバラの布になって辺りにまき散らされました。女性は白衣の下にはねずみ色の長袖の肌着を着ていて、久也はそれをヘソの下の辺りから首回りまで、縦に一直線にハサミを入れ、さらに縦横に切れ目を入れて力任せに破り捨てました。
 心なしか、久也の息づかいが荒くなったように感じました。女性の服を好き勝手に切り刻み、脱がす――その行為自体に、激しく興奮を覚えているようでした。その証拠に、パジャマズボンの股間部分ははっきりと解るほどに大きく膨らんでいました。
 愛奈さまは女性の背後に回ったまま、服を切り裂く久也の様子を興味深そうに観察されていました。時折ぺろりと、舌なめずりでもするように唇を舐めながら。
 女性は肌着の下に、ワイヤー無しのスポーツブラをつけていましたが、久也は一度そちらにハサミをいれようとして止め、先に袴のほうの帯へとハサミをいれました。帯を切られた袴はすとんと地面に落ち、あっという間に女性の下着と素足が露わになりました。それまで小刻みに震えながらも大人しかった女性が、くぐもった声で叫びました。
 久也はさらにスポーツブラにハサミをいれようとして、躊躇うように手を止めました。
 そしてちらりと、機嫌を伺うように女性の背後に立つ愛奈さまの方へと視線を向けます。
「あいなさま」
「なーに?」
「本当に……全部切ってもいいの?」
「くす、ヒーくんは全部切っちゃうの怖いのかな?」
 愛奈さまは笑い、そして女性の背後から、久也の側へと歩み寄ります。
「この女はね、仕事をサボったり、影でコソコソ人の悪口広めたりする悪い子なの。悪い子にはお仕置きしなきゃいけないんだよ? だから、ヒーくんが何をしてもいいの」
「何をしても……いいの?」
「うん、いいよ。ヒーくんは本当はどうしたいの?」
 聞いてあげるとばかりに、愛奈さまは少し身を屈め、久也の方へと耳を向けられます。久也は躊躇いつつも、愛奈さまに耳打ちをしました。たちまち、愛奈さまは目を輝かせ「いいね」と笑みを浮かべられました。
「それ、やっちゃいなよ」
「でも……」
「いいから。ヒーくんがやらないなら、私がやっちゃうよ?」
 愛奈さまがハサミを奪うような素振りを見せると、久也は忽ち弾かれたように一歩歩み出し、女性の前へと立ちました。そしてやや背伸びをするように女性のスポーツブラの、丁度乳首の先辺りの記事を摘んでひっぱり、その摘んだ部分だけを、じょきりと切り落としました。
「ぷっ……アハハハハハハ! なにこれー! ちょーウケるーーーーー!」
 久也がもう片方の胸の方も同じように切り、丁度胸の先端部だけ露出するような切り方をされたその姿を見るなり、愛奈さまは堰を切ったように笑い出されました。
「ヒーくんいい趣味してるよぉ。さいっこーに無様だよこの格好! うわー、私がこんな格好にされたら恥ずかしくて死んじゃうかも」
 目をふさがれ、口を塞がれていても、耳にはなにもされていません。愛奈さまのお言葉は間違いなく聞こえているのでしょう。女性は自らの醜態を嘆くように大きく体を揺すり、じゃらじゃらと鎖が擦れる音を立てますが、脱出出来る筈もありません。
「ヒーくん、ちょっとハサミ貸して?」
 言われるままに、久也は刃の方を自分に向けて、愛奈さまへとハサミを手渡します。愛奈さまはハサミを受け取るや、その金属部分でぺたぺたと、女性の頬を叩かれました。
「ねえねえ、今どんな気分? 泣きたいくらい惨めな気持ちになってる?」
「ううぅ……」
 女性は猿ぐつわごしに、くぐもった声で噎びながら、こくこくと頷きます。
「なにそれ、聞こえない。ちゃんと口で言いなさいよ」
 しかし愛奈さまは愉悦の笑みを浮かべたまま、今度はハサミの刃を広げ、露出している女性の胸の先端部分を挟むように摘み上げます。
「んぅ!」
「あ、ごめん痛かった? でも大丈夫、まだ血が出たりはしてないよ。だけどね、質問に答えてくれないなら、このままどんどん力込めちゃうよ?」
「ンッ……ンンッ……ンーーーーーーーッ!!!」
 悲痛なまでに、女性は噎びます。答えたくても答えられないに決まっています。その口にはしっかりと猿ぐつわがされているのですから。しかし、愛奈さまはまるでそのことを無視するかのように、ぺろりと。アイマスクの下から溢れ頬を濡らす涙を舌先で舐めとり、笑みを浮かべます。
「ねえ真弥。質問にちゃんと答えて? 私はね、ちょっとやそっと陰口を叩かれたくらいじゃなんとも思わないけど、無視されるのだけは我慢できないの」
 愛奈さまは刃を広げて先端部を解放し、ハサミを閉じました。そして閉じたまま、今度はまるでナイフでも使うような手つきで、露わになっている腹部へと垂直に押し当てます。
「だから別に、貴方がまた懲りずに陰口を言ってたこととか、全然気にしないし、私だけじゃなくて双子の妹の優巳のことまで悪く言ってたことも、全然気にしてないよ。同室の子に自分の仕事押しつけて、こっそりサボったりしてることとかも全部知ってるけど、そんなのは全然平気。だけどね、聞いた事に答えてもらえないのは、すっごくイライラするの」
 愛奈さまが、ハサミの先端をさらに女性の――真弥さんのお腹に押しつけます。真弥さんは必死に体を引いてその痛みから逃れようとしているようですが、体を引いても引いても、愛奈さまは容赦なくハサミを押しつけてくるので逃れられません。これがハサミではなくナイフや包丁であれば、とっくに突き刺さっているほどの力の込めようでした。
「ねえ、真弥。あなた私の事大嫌いなんでしょ? ほら、面と向かって言ってみなさいよ。コソコソ陰口ばかり叩いてないで、私の目を見て言いなさいよ。……あのヒトブタみたいに」
「うううぅ……ぅぅぅーーーーー!」
 真弥さんはアイマスクの下から涙を溢れさせながら、必死にかぶりを振ります。愛奈さまはいつになく興奮なさっているようで、このままでは本当に真弥さんのお腹にハサミを突き立てかねないように見えました。
「あいなさま……もう……」
 不意に呟かれた、久也の言葉に、まるで愛奈さまは夢から覚めたようにハッと目を見開かれました。たちまち、ついとハサミを引き、真弥さんから距離をとります。
「ごめんごめん、今日はヒーくんが実験するんだったね。ついいつもの調子でヤッちゃうところだったよ」
 てへっ、と舌を出す愛奈さま。先ほどの真弥さんに詰め寄っていた人物と同じとは思えないほどの、愛くるしい笑顔を浮かべ、ハサミを久也の手へと戻します。
「お詫びに、私はちょっと席を外すから。……その間、ヒーくんの好きにしていいよ」
「えっ……」
 久也が呆気にとられている間に、愛奈さまはあっさりと穴から見える範囲外へと消え、そのまま戸を開け閉めする音だけが、私の耳まで届きました。
 久也は呆然と、愛奈さまが去って行かれた方をしばらく見続け、そしてはたと思い出したように真弥さんの方を向き直りました。
「うっ、うーーーっ!」
 愛奈さまが去ったということは、声と音で真弥さんにも伝わっているのでしょう。残った久也だけならば、泣き落としが通じるかも知れない――真弥さんの唸り声と身じろぎは、そういう訴えに見えました。
 しかし、久也がとった行動は、真弥さんの願いとは正反対のものでした。
 まず久也は、スポーツブラにハサミを入れ、今度は完全に取り去ってしまいました。形の良い、お椀型の乳房が露わになるや、目を輝かせてその先端にむしゃぶりつきました。
「ゥゥゥ……」
 真弥さんがくぐもった声を漏らすのも構わず、久也は夢中になって乳房を舐め回します。あの久也が、まだ十歳にも満たない久也が、パジャマ越しでもはっきりと解るほどに股間を膨らませたまま、女性の乳房にむしゃぶりついている――その光景は、先ほどの愛奈さまと真弥さんのやりとり以上に私にはショックでした。
 そう、ショックな筈なのに、私は目を背ける事が出来ませんでした。むしろ、魅入られたように、穴の向こうに広がる光景を見続けました。



 三十分近くもの間、久也は真弥さんの胸にしゃぶりついていました。時折口を離しては、自分が塗りつけた唾液をさらに塗り込むように揉みこね、さらに舌を這わせる――その繰り返しでした。
 さながら、愛奈さまという箍の外れた、欲望のままに動く一匹の獣のようでした。大人の女性の体に欲情はしているが、どうすればそれが解消されるのかの知識は無い――久也の姿は、まさにそれでした。
 まるで身の内側で燃え上がる炎に突き動かされるかのように、久也は真弥さんの体をなで回すように触り、ヘソや首、脇腹、腕、様々なところに舌を這わせます。
 ほどなく久也は再びハサミを手に取り、真弥さんの最後の衣類――ピンク色のショーツを切り落としました。
「うわぁ……」
 露わになった恥毛と女性器を目の前にして、久也はそんな落胆とも感嘆ともつかない声を上げました。そして真弥さんの足の間にかがみ込むようにして、その股ぐらを覗き込みます。真弥さんは抵抗するように噎び、身じろぎをしますが、およそ拘束は解けるものではありません。
「……すごい……こんな風になってるんだ……どうしてあいなさまと違うんだろう」
 久也は真弥さんの足の間に潜り込み、両手で大陰唇を広げて覗き込んでいました。真弥さんは抵抗するように唸り、身じろぎを繰り返していましたが、拘束されたままではさしたる効果は無く、やがて根負けするように大人しくなりました。久也の手つきも、まるで真弥さんを一人の女性とは思っていない、それこそ性教育用の人体模型か何かくらいにしか思っていないような、遠慮の無さでした。
「……ぬるぬるしてる」
 真弥さんの女性器をひとしきり弄った後、久也はぽつりと漏らし、足の間から体をどかしました。その興味は今度は太ももの方へと移ったらしく、しきりに肌を撫でたり、舌を這わせたりを繰り返していました。
 程なく、久也の動きに変化がありました。足にしがみつくようにして太ももを舐め回していた時、その腰がくねるように動き、真弥さんの足に股間を掏り当てるように動いていたのです。久也も、自分の行動の変化に気づいたのでしょう。一度真弥さんから離れたかと思えば、徐にズボンと下着を脱ぎ始めました。
 久也の裸は、何度も見たことがあります。しかし、その男性器がこれほどまでにそそり立っているところを見るのは初めてでした。それは歴とした男性のものに比べてはなんとも小さく、弱々しいものの、普段の様子からは想像出来ないほどに大きく屹立したものでした。
 久也はまだ先端まで皮に包まれたそれを右手で掴んだまま真弥さんの側へと歩み寄りました。そして先端部を真弥さんの足に擦りつけるようにして動かし始めます。
「うっ、あっ……あっ……」
 弟の、快楽の虜になったような声に、私は思わず耳を覆いそうになります。これは見てはいけないものだと、私の中の正気の部分が語りかけてくるのを感じました。見てはいけない、止めなくてはいけない――と。
 そう、止めるのは簡単です。たった一言、声をかけてやれば、久也はたちまちこの行いを止める筈なのです。誰にも見られていないと確信しているからこその、傍若無人な振る舞いなのですから。
 ああでも、でも。
 性知識が無いが故の暴走を繰り返すその姿は、例えようもないほどに魅力的で。
 いつしか私は自らも息を荒げ、体が火照るのを感じながら、次に久也が何をするのかを見守らずにはいられませんでした。
「はあ……はあ……はあ……」
 久也は息を荒げながら、真弥さんの足に必死に男性器の先を擦りつけていました。本当は足以外にも擦りつけたいようでしたが、真弥さんが鎖に繋がれた状態で立たされているため、どうしても足以外の場所には擦りつけられないようでした。
「んっ……」
 久也を見守りながら、私はついそんな息を漏らしてしまいます。覗き穴からの光景があまりに非日常過ぎて、それが現実に起きていることではなく、さながら映画かなにかでも見ているような錯覚を起こしたようでした。その錯覚はいつしか私自身が鎖に繋がれていて、私の足に久也の男性器が擦りつけられているような、そんな妄想へと移り変わって――
「ヒーくん、ただいまー」
 愛奈さまの突然の声に心臓が飛び出さんばかりに驚いたのは、私だけではありませんでした。久也もまた、文字通り飛び上がるようにして真弥さんから離れ、慌てて脱いだズボンを掴み上げて股間部分を隠していました。
「くすっ、ヒーくん、“実験”楽しかった?」
 顔を真っ赤にしたまま硬直してしまっている久也の側に、愛奈さまが歩み寄ります。
「あっ」
 久也が悲鳴を上げたのは、愛奈さまが強引に股間部分を隠していたズボンを取り上げて放り投げてしまったからでした。
「隠さなくていいんだよ? ほら、ヒーくんの大きくなっちゃってるおちんちん見せて?」
 なおも両手で股間を隠し続ける久也に、愛奈さまは優しく語りかけます。久也は顔を赤くしたまま戸惑っているようでしたが、やがて愛奈さまの圧力に屈したかのように、手をどけてパンパンに膨れあがっている股間部分を露わにしました。
「うふっ、可愛いおちんちんだねぇ」
 愛奈さまは久也の前にしゃがみ込み、間近で観察でもするように顔を近づけ、ちょんちょんと指先で突き始めます。よほど敏感なのでしょう、愛奈さまがそうやって突く度に、久也はまるで女の子のような甲高い声で喘ぎ、身じろぎをします。
「ねえ、ヒーくん……すっごいコトしてあげよっか?」
「すっごい……こと……?」
「うん。……こっちにおいで?」
 そう言って、愛奈さまは壁を背にして床の上に直にあぐらを掻いて座られました。その位置が丁度私の覗き穴の真正面で、思わず私は穴から身を逸らしてしまいました。しかしすぐに、こんな小さな穴がバレるわけがないと思い直して、再度穴を覗き込みました。
 久也が、愛奈さまに抱かれるように座っていました。胡座をかいて座っておられる愛奈さまに背中をつける形で座った久也の股間へと、愛奈さまが右手を這わせます。
「アッ」
 愛奈さまが勃起しっぱなしの男性器を握りしめた瞬間、久也はまたしても女の子のような声を上げます。その瞬間、愛奈さまがなんとも嬉しそうな――愉悦の笑みを浮かべたのを私は見逃しませんでした。
「うふっ」
 愛奈さまは左手で久也の体を抱きながら、右手でやさしく男性器を扱き始めました。
「あっ、あっ」
 愛奈さまに扱かれる度に、久也は感極まったような声を上げます。それは紛れもない、快感によってはじき出される声でした。
「んー……ヒーくんの年だと、射精はまだ無理なのかなー? …………じゃあ、ちょっとだけ成長させてあげるね」
 愛奈さまが微笑み、その右手が微かに光ったように見えました。
「えっ、あっ……ぁっ…………ぁぁあぁっ……!」
 久也がビクンと体を震わせ、その目を見開きます。ガクガクと痙攣するように全身を揺らす最中も、ペニスを弄る愛奈さまの右手は止まりません。
「あっ、あっ……ぅあっ……」
 ペニス自体が、まるで久也のコントローラであるかのようでした。愛奈さまの愛撫に合わせるように、久也は身をくねらせ、何とも甘ったるい喘ぎを漏らします。
「あぁっ、ぁっ、あっ……あうっ……!」
 気のせいか、愛奈さまに弄られれば弄られるほどに、ペニスが徐々に肥大しているように見えました。最初は先端まで完全に皮に覆われていた筈なのに、今はもう、亀頭部分が露出しようとしているのです。そればかりか、先端からは透明な蜜が溢れ、それらが愛奈さまの指に絡みつき、にちゃにちゃと音まで立て始めていました。
「うふっ……もうすっかり大人のおちんちんだねぇ……そろそろかなー?」
 久也の首の辺りをれろりと舐めながら、愛奈さまがペニスを弄る手を加速させます。
「あっ、あっ、あっ!」
 にちゃにちゃと、透明な液まみれの手に扱かれて、久也が一際甲高い声を上げました。
「あうっ! あうううっ!!」
 びゅるっ!
 ペニスの先端部分から迸った白濁の固まりが、床の上にぴちゃりと落ちました。さらに立て続けに二度、三度と射精は続き、床の上へと散りました。
「ふふふ……気持ち良かった?」
 恐らくは初めての射精による快楽の為でしょう。放心したように脱力しきっている久也の体を背後から抱きながら、愛奈さまは優しく語りかけます。久也が脱力したままこくりと頷くと、愛奈さまは両目を輝かせながら口の端をつり上げました。
「じゃあ、もっとしてあげる」
 ペニスを握ったままの手が、再度愛撫を始めます。
「うっ、あっ……あ!」
「ふふ、出したばっかりは敏感なんだよね。でも大丈夫、すぐまた気持ち良くなるよ」
 愛奈さまの手に扱かれて、たちまち久也のペニスは先ほどの射精前の状態にまで膨張します。そして、五分と立たずに二度目の射精が始まりました。
「はうううっ!」
 久也は背を逸らしながら声を上げ、びゅっ、びゅっ、と精液を飛ばします。床の上に散ったその白い固まりは、先ほどのものとは比べるべくもなく少なく、勢いも乏しいものでした。
「うふふ、ヒーくんちょっと疲れちゃった? でもね、大丈夫……すぐにまた出せるようにしてあげる」
 小悪魔のような笑みを浮かべ、ペニスを握っている愛奈さまの右手が仄かに光ります。
「えっ……う、あぁぁ……」
 明らかな困惑の声。見る見るうちにペニスは膨張し、猛々しく屹立しました。
「あい、な……さま……?」
「これでまたいっぱい出せるよ。ほぉら」
「ひぁっ……」
 ぬちゃ、にちゃっ。
 愛奈さまの手で再びペニスを扱き上げられ、久也は怯えすら混じった声を漏らします。
「ふふふ……ねえ、ヒーくん?」
 ゆっくりと、焦らすようにペニスを扱きながら、愛奈さまはまるで恋人にでも甘えるような声で囁きかけます。
「“アイ姉ちゃん大好き”って言って?」
「ぇ……どうし……ぅああああっ!」
「言って? お願い」
 はあはあと、息を荒げながら、愛奈さまはペニスを扱き続けます。その目はうっとりと潤み、まるで夢でも見ているように虚ろになっていました。
「あ、あい……ねえちゃん、だいすき……」
「もっとちゃんと言って。……ほら、“アイ姉ちゃん大好き”って言うのっ」
 苛立つような愛奈さまの声。久也の顔に、一瞬怯えの色が走りました。
「あ、アイ姉ちゃん、大好き!」
「んっ…………〜〜〜〜っっっっっ……!」
 ゾクゾクゾクッ――まるでその震えが伝わってきそうなほどに、愛奈さまがぶるりと身を震わせます。
「もっと」
 にゅり、にゅるっ、にちゃっ。
「もっと言って!」
 にちゃ、にちゅっ、ぬちょっ。
 激しく音を立てるようにペニスを弄りながら、愛奈さまは急かします。
「うっ、ぁああっ……アイ姉ちゃん、大好き…………アイ姉ちゃん、大好きっっ……!」
「あぁぁ……私も好きだよぉ……ヒーくん大好きぃ……はあはあはあっ……」
 左手で久也の体を抱きしめながら、右手で久也のペニスを扱きながら。愛奈さまは焦れったげに体をくねらせながら、喘ぐように言い、れろり、れろりと久也の頬や首へと舌を這わせます。
「ねぇ、ヒーくん気持ちいい? ねえねえ、ほら、どうされたら気持ちいいのかちゃんと言って?」
「アッ、あッ! あ、あいな……さま、に……おちんちん触られたら、きも――アグゥゥッ!」
「アイ姉ちゃん、でしょ?」
 ギュウ、と。見るからに強くペニスを握りしめられ、久也は悲痛な声を上げます。
「あ、アイ姉ちゃんに……おちんちん触られたら、気持ちいい……です……」
「うふふ……そうだよ? ヒーくんは、今私におちんちん弄られて気持ち良くなっちゃってるんだよ?」
 さながら、自分自身に言い聞かせているような、そんな口調でした。
「ほら、ヒーくん。次はどうしてほしいの? どうされたいの?」
「あうっ、あううっ……ぼ、僕……アイ……姉ちゃん、に……もっと、おちんちんを……」
「違う」
 またしても、愛奈さまは久也のペニスを握りしめ、まるで演技の下手な俳優に苛立っている映画監督のような声で愛奈さまは言いました。
「“アイ姉ちゃんの手でイかせて欲しい”でしょ?」
 そして、久也のペニスを握りしめたまま、親指の腹で先端部を弄りながら、今度は一転。まるで母親が子供に語りかけるような、そんな優しい声色でした。
 それはさながら、一瞬のうちに夜叉と菩薩が入れ替わったような。そんな怖気の走る光景でした。
「あ、あっ……アイ姉ちゃん、の……手で、イかせて欲しい、です……あぁぁ!!」
「んんーーー…………よく言えたねぇ。じゃあ、お姉ちゃんの手でいっぱい、いーっぱいヒーくんのおちんちん気持ち良くして、イかせてあげる」
 愛奈さまの右手が艶めかしく蠢き、まるでペニスを揉むような動きでゆっくりと上下し始めます。
「あっ、あっ……またっ、出ちゃう……あっ、アッ!」
「あんっ、もう……ヒーくんったら早漏なんだから。……ほらほら、もうちょっと我慢して?」
「出ちゃうっ! 出ちゃう!」
 かぶりを振りながら、久也は殆ど叫ぶように言いました。「あはぁ」と、そんな久也を見て、愛奈さまはいたずらっ子のような笑みを浮かべました。
「あぁぁー……イイよぉ、ヒーくんの切ない顔……すっごくいい…………はぁはぁ……ねえほら、“アイ姉ちゃん大好き”って言って!」
「アイ姉ちゃん大好きっ……アイ姉ちゃん大好き……! アイ姉ちゃん大好きぃぃぃ!!!」
「ああんっ、ヒーくん! ヒーくん! あぁぁ〜〜〜〜っ……ヒーくん好きぃ……はぁはぁはぁ……だめぇっ……興奮しすぎて……私もっっ…………あッ、あンッ!!」
 久也はその体を大きく仰け反らせ、白濁液を迸らせると同時に、愛奈さまもまた声を上げ、体をビクンと震わせました。
「やっ……触ってもないのに……出ちゃっ……ぅンっ……あん! あんっ!」
 恐らくは、久也と同時に絶頂を迎えたであろう、愛奈さまの艶声。それはかつて聞いた事が無いほどに雅で、魂が震えるような美声でした。――ペニスを握る愛奈さまの右手が、かつて無いほどに光を放ったのもその時でした。それはまるで、興奮のあまり力が暴走してしまったかのような、そんな暴力的な光の奔流でした。
「うあっ、ああああっ! あああっ!!」
 久也が上げたそれは嬌声ではなく、もはや悲鳴でした。
「あううっ!」
 ドリュッ――ペニスの先端から、これまでの倍以上の量の精液が迸りました。
「はうっ、はううっ、はうっ!」
 ビクン、ビクンと大きく体を揺らしながら、さらに二度、三度と射精が続きます。おびただしい量の精液が、まるで弁が壊れた水道のようにあふれ出し、床の上に散っていきます。
「あうっ、あうっ、あうっ!」
 四回目、五回目、六回目――射精はまだ続きます。久也は完全に白目を向き、その体は不自然なまでに痙攣をしていました。さすがに見ていられなくなって、思わず声をあげかけたその時、愛奈さまの右手がペニスから離れました。
「はうううっ!」
 最後にもう一度だけ射精が行われ、それきり久也は糸の切れた人形のようにぐったりと脱力してしまいました。そんな久也の体を、愛奈さまは両手で強く抱きしめました。
「はあはあはあ…………興奮しすぎて、私も出しちゃった……うふふ……」
 愛奈さまは失神してしまっている久也の唇を、精液まみれになっている右手の指で弄りながら恥ずかしそうに微笑み、そして唐突に立ち上がりました。
(えっ)
 と思ったのは、立ち上がる際、愛奈さまがあまりにも、失神している久也を無造作に押しのけたからでした。ほんの一瞬前まで、まるで愛しい恋人でも抱きしめているかのようだっただけに、その豹変っぷりが余計に際だっていました。
「あぁん……こんなコトなら私も服脱いじゃえばよかった。シャワー浴びなきゃ」
 床に倒れたままになっている、失神した久也のことなどもはや眼中にないとでも言わんばかりに、愛奈さまはお一人でさっさと部屋から出ていかれました。そして数分後、三人の女官が部屋へと入って来て、一人は久也を抱えて、もう二人は真弥さんの拘束を解き、共に部屋から出て行きました。
 最後に部屋の明かりであったロウソクが全て消され、覗き穴の向こうは完全に闇に閉ざされました。そうなって始めて、私は自室の白熱電球がその輝きを取り戻していることに気がつきました。どうやら電球の寿命ではなく、一時的な停電のようなものだったらしく、コードからぶら下がっている白熱電球はまるで私をあざ笑うように、ゆらゆらと揺れていました。


 “実験”は、その後もたびたび行われました。


「ヒーくん、今日はね、ちょっと変わった実験をやるよ」
 覗き穴の向こうには、愛奈さまと久也。そして鎖に繋がれた真弥さんが居ました。真弥さんが一体どういった経緯で“実験体”に選ばれたのか、愛奈さまの言葉から推測するしかないのですが、一言で言うならば“口は災いの元”ということのようです。確かに真弥さんという方は殆ど面識の無い私にまでその噂が伝わってくるほどに評判の悪い方で、少しでも気に入らない事があると誰彼構わずに愚痴を零したり、見ていないとすぐ仕事の手を抜いたりする人だと聞きました。
 故に、なのでしょうか。愛奈さまはこうして“実験”の度に真弥さんを拘束しては、まるでモルモットでもいたぶるように久也と共にその体を弄り続けていました。
 今回はつけられていたアイマスクも猿ぐつわも無く、真弥さんは怒りとも不安ともつかない目で、愛奈さまと久也を見ていました。
「くすっ」
 そんな真弥さんを鼻先で笑って、愛奈さまは懐から小さな笛を取り出しました。笛というよりは、ホイッスルと言うのが正しいかも知れません。そう、丁度学校で、体育教師が使うあの笛です。
 愛奈さまは懐から取り出したその笛を咥え、ピィと鳴らしました。しかし、何も起こりません。久也も不思議そうに目をぱちくりさせていました。
「これはね、正真正銘ただの笛だよ。だけどね――」
 愛奈さまは笛を懐へとしまうと、天井から吊されるような形で拘束されている真弥さんの背後へと回りました。
 そして、
「ひっ」
 怯える真弥さんの首を左手で掴みました。ぽう、と愛奈さまの左手が仄かに光るのが見えました。
「あっ、あっ……やっ、なにすっ……やめっ……やめて、よ……」
 “何か”を感じているのか、真弥さんはじたばたと暴れますが、両手両足を鎖で拘束されていては、ろくに身動きもとれません。
「暴れちゃだーめ、手元狂って大変なことになっちゃっても知らないよ?」
「あがっ、あぎぎぎぎっ……がぁぁっ……!」
 愛奈さまの左手から迸る光が、より強いものに変わると、真弥さんは弓のように体を反らしながら体を痙攣させ始めました。そんな状態が一分ほども続き、愛奈さまが手を離すと同時に真弥さんは脱力したように崩れ落ちました。本来ならばその場に膝をつくところなのでしょうが、天井からの鎖に拘束された手のせいで、そうはなりませんでした。
「さーて、うまくいったかなー?」
 愛奈さまは嬉々としたお顔で、久也の側へと駆け寄ると、懐から出した笛を久也の手に握らせました。
「ヒーくん、吹いてみて」
「えっ……でも……」
「何が起こるかはお楽しみ。ほらほら、早く吹いて」
 愛奈さま自身が“実験結果”が楽しみでたまらないといった顔で急かし、久也は渋々といった具合に笛を咥え、ピィと鳴らしました。
「あっ……!」
 忽ち、脱力しきっていた真弥さんが目を見開き、ビクンと体を揺らしました。
「ヒーくん、もっと大きく。思い切り吹いちゃって」
 愛奈さまに促されるままに、久也は大きく息を吸い込み、ぴぃーーーーーーっと強くならしました。
「ひぁっ!? やっ、やめっ……えっ、うそ……どうして…………あぁぁぁぁあっ………………」
 がちゃがちゃと、鎖を揺らすようにして真弥さんは暴れ、ギュッと太ももを閉じるような仕草をします。その閉じた足の間、丁度股間の辺りから、徐々に女官服の袴の色が変わっていくのを見えました。
「うふふ……ほら、ヒーくん、もっと吹いてあげて」
 愛奈さまに促され、久也は再度息を吸い込み、ピィーーーーと鳴らしました。
「やっ、やぁぁぁあぁぁぁぁぁぁ!」
 真弥さんは悲鳴を上げ、そして袴のシミが一気に広がりました。染みだけではありません、その足下に水たまりが出来る程の、盛大な“お漏らし”でした。
「ふふふ、優巳以外の子だとあんまり巧くいかないから、失敗するかもしれないって思ってたんだけど……やっぱり私って天才なのかも」
 愛奈さまは満足そうに微笑み、恥辱のためか涙すら流している真弥さんの側へと歩み寄ります。
「ぅぅぅっ…………わ、私っ、に……何、を……したのっ……」
「んー、いい目になってきたねえ。いいよぉ、すっごくいい。そういう目で睨まれるの、私大好き」
 愛奈さまは真弥さんの顎の下を撫でるように指を這わせながら、まるで自分が仕上げた芸術作品でも眺めているようにうっとりと目を細めます。
「さっき、ちょっとだけ真弥ちゃんの頭の中を弄ってあげたの。ああいう甲高い笛の音を聞いたら、自分の意思とは関係なしにお漏らししちゃうように」
「っ……! そん、なっ……」
「あ、ちなみにこれ、今だけじゃなくてずっとだから。貴方がここを出て、どこかの誰かと結婚とかして、子供とか産んだ後とかでも全然有効だから。……くすくす、うっかり小学校の運動会とか見に行ったりしないほうがいいとおもうよー?」
「や、やめて……よ……な、治して……治してよぉ!」
「治して欲しい?」
「当たり前じゃない!」
「じゃあ、貴方がそのクソ生意気な口を閉じたまま十年間喋らずに我慢したら治してあげる」
「……っ……!」
「うふふ、いー顔。でもまだちょっと弱いかなぁ? そーだ、いっそお漏らしだけじゃなくて、もう片方の方も漏らしちゃうように改造しちゃおっかなぁ?」
 ぺろりと舌なめずりをして、愛奈さまが真弥さんの後ろへと回ります。それだけで、真弥さんは全身を震わせて涙を溢れさせました。
「ひっ……や、やめて! ぜったいやめてよぉ! そんなこと、されたら……私、私っ……」
「ふふ、どうしよっかなぁ。……ねえ、ヒーくんはどっちがいいと思う?」
「僕、は……」
「お願い、止めるように言って! お願い!」
 久也の声をかき消すほどの大声で、真弥さんは叫んでました。
「うるさい、黙れ」
 それは、愛奈さまの口から出たとは信じられないほどに低く、恐ろしい声でした。まるでその声自体に強制力があるかのように、真弥さんは口を開いたまま声を引きつらせるように黙りました。
「えと……あ、後片付けする人が……大変、だと思う、から……だから、止めた方がいいと、思う……」
 愛奈さまの剣幕に気圧されるように、久也は怯えながらも“反対”しました。忽ち、真弥さんの顔が笑顔に変わりました。
「ヒーくんは優しいねぇ。…………良かったね、真弥ちゃん。ヒーくんが反対したから、それだけは止めてあげる」
「ぁっ……ぁっ……」
「“ありがとうございます”は?」
「ひぃっ! あ、ありがとう……ございます……」
「はい、よく言えました。……ヒーくん、笛かして」
 愛奈さまは手を差し出し、久也から笛を受け取るや、すぐさまピィと強く鳴らしました。
「ひぁっ!?」
 たちまち、びくんと真弥さんが体を揺らします。愛奈さまはさらに立て続けにぴっ、ぴっ、ぴっ、と小刻みに鳴らし続けました。
「ひっ、ひぁっ! やめっ、あっ、あぁっ、あっ!」
 痛々しいまでに、真弥さんは腹部を跳ねさせ、その都度真弥さんの足下に出来た水たまりは大きくなりました。
「くすくすくす、いっぱい出たねぇ〜? うわー、すっごい匂い。よく人前でこんな臭いオシッコが出来るよね、常識を疑うよ」
 愛奈さまは鼻を摘み、ぱたぱたと仰ぐように手を振り、真弥さんをあざけります。
「ッ……! あん、たがっ……!」
「なぁに? “もう片方”も漏れるようにしてほしいの?」
 一瞬、凄まじい形相で愛奈さまを睨んだ真弥さんでしたが、笑顔のまま返された言葉に、たちまちその顔は怯えの色に変わりました。その時、私は確かに見ました。愛奈さまがぽつりと「もう少しかな」と呟かれたのを。
「くすっ。ここはオシッコ臭くて我慢できないから、今日の実験はこれで終わりにしよっか」
 ヒーくん、行こ?――愛奈さまは久也の手をとり、部屋から出ていかれました。後に残された真弥さんは、いつものように数分後にやってきた女官達に鎖を外され、連れていかれました。
 
 一部始終を見届けて、私は覗き穴から体を離し、もはや蓋扱いとなっている漆喰にカケラをはめ込みました。
 体に微かな火照りを感じました。疼き、と言い換えても良いものに思えます。
 あのような人体実験じみた行いをなさる愛奈さまと、その助手のように扱われている久也について、驚きもしなくなったのは一体いつからでしょうか。以前の私であれば、信じられない、愛奈さまがあんなことをする筈が無いと、ショックにうちひしがれていたはずです。そして、その行為に付き合わされている久也の元へ、居ても立っても居られずにかけつけていた筈です。
 しかし、現実の私は。この夜な夜な繰り広げられる実験の光景にすっかり魅了されてしまっていたのです。それどころか、時には真弥さんの立場に自分を置き換えて、まるで私自身が愛奈さまの実験を受けているかのような妄想に体を熱くさえしていたのです。
 私は。
 私は狂ってしまったのでしょうか?



 


「今日のテーマはね、ずばり……“人体貫通”だよ」
 愛奈さまはそう言い、鎖に繋がれた真弥さんの衣類をショーツ一枚だけのこしてはぎ取ってしまわれました。そして真弥さんの背後に回るや、その背中に右手の指先だけを押し当てます。
「ヒーくんは前から見ててね」
 愛奈さまの右手に光が点ります。真弥さんはこれから自分の身に起こるであろうことに怯えているのでしょう、必死に身じろぎをしていましたが、そんなことで愛奈さまが躊躇うはずもありません。その口元に猿ぐつわが噛まされていることが、真弥さんの恐怖をいっそう駆り立てているようでした。
 何故なら、実験を見守ってきた私同様、真弥さんにも解っている筈だからです。猿ぐつわを噛まされるということは即ち、“愛奈さまが耳障りに思う程に悲鳴を上げたくなる実験”であるという証拠なのですから。
「んー……なかなか、これは難しいかも……」
 どうやら、作業は難航しているようでした。しかし愛奈さまは諦めません。私も、愛奈さまの指先の辺りを注視していました。幸い、私の位置からは真弥さんの横顔が、そして背中に触れている指が見えていました。
 おや、と思ったのは、愛奈さまの指が短く見えたからです。いえ、指が縮んだのではありませんでした。その指先が、紛れもなく真弥さんの背中に埋没していたのです。
「んっ、なるほど……こんな感じなのね。おっけー、だんだんコツが解ってきたよ」
 愛奈さまが、さらに指先を真弥さんの背中へとめり込ませていきます。さながら、一流のマジシャンの手品でも見ているかのようでした。みるみるうちに愛奈さまの手は手首の辺りまで埋没していたのです。幸い、と言うべきなのでしょうか。出血のようなものは見られませんでした。
 しかし。
「ンンンンッ! ンンッ!! ンンッーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
 愛奈さまの手が埋没するに従って、真弥さんは気が狂ったように叫び始めました。激痛でも走っているのでしょうか、その目は時折白目を向き、失神すらしているようでした。しかしそれも愛奈さまがさらに腕をめり込ませるまでのほんの数秒で、真弥さんは何度も何度も失神と覚醒を繰り返していました。
「うるさいなぁ。猿ぐつわしといてよかったよ。……ほらほら、動いちゃダメだって。あぁー、これは真弥ちゃんの心臓かなぁ? ドックドックってすっごい動いてるよぉ。うふふ、ぎゅうーって握ってみよっかなぁ?」
 愛奈さまは冗談っぽく言いながら、さらに腕を進めていきます。やがてその指先が徐々に、真弥さんの胸の辺りからにょきりと生えました。
「ん、抜けたかな? ヒーくんどう? 見えるー?」
「う、うん……すごい……」
 すごい、とは言うものの、久也はどちらかというと愛奈さまの指よりも、真弥さんの乳房のほうに興味があるようでした。
「じゃあ実験成功、だねー。真弥ちゃんもお疲れさま。……がんばったご褒美に、このまま内臓愛撫してあげるよ」
「ンンッ! ンンンッ!!!!」
 真弥さんは両目から涙を溢れさせながら必死に首を振り続けます。しかし、愛奈さまはニコニコと天使のような笑顔を浮かべながら、真弥さんの体の前面に露出していた指を体内へと戻しました。
「ンンンンーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
「あっはっ。これはどこかなー? 胃かな? それとも真弥ちゃんの子宮かな? ふふ、暖かぁい」
 愛奈さまが一体どのような原理で、真弥さんの体の中に手を入れているのかは、私のような女には理解出来る筈がありません。ですが、最初の頃に比べ、愛奈さまの手つきはかなり大胆なものになっていました。それはもう殆ど、柔らかいプリンの中に指を差し込み、好き勝手にかき回しているような、それほどに遠慮の無い手つきに変わっていました。
「ここが肺でしょ? んでこっちが肝臓でぇ、これは……膵臓かな? あはー、プニプニしてるー! んんっ、これは大動脈かな、触るとギュンギュン血が通ってるの解るよぉ。ねえねえ、ちょっとだけ爪で引っ掻いてあげよっか?」
 愛奈さまの言葉はもう、真弥さんには聞こえていなかったのかもしれません。初めの頃は愛奈さまが数センチ手を動かしただけで白目を向きながら叫んでいた真弥さんも、実験が一時間も続いた頃にはすっかり大人しくなっていました。一体真弥さんがどのように感じていたのかは、想像するしかありません。それはきっと、麻酔無しで体の中をかき回されるような、凄まじい苦痛だったのではないでしょうか。
「なーんか、電池きれちゃった感じ? つまんなーい」
 呟いて、愛奈さまは右手を真弥さんの背中から抜きました。その手は、血液こそ付着していませんでしたが、ぬらぬらとした不気味な液体にまみれていて、愛奈さまは自身不思議そうに顔を寄せるなり、うっ、と忽ち背けてしまわれました。
「うわ、何これ、くっさぁい…………優巳にしたときはこんな風にならなかったのに。……このバカ、匂いがとれなくなったらどうしてくれるのよ」
 げし、と愛奈さまは死人のように脱力しきっている真弥さんの腹部に蹴りを入れ、そのまま怒ったような足取りで部屋から出ていかれました。置いていかれた形になった久也も慌てて後を追い、その後はいつもの流れでした。
 幸い、真弥さんは命に別状は無かったようでした。後片付けにきた女官に肩を貸されながらですが、自分の足でしっかりと歩いて部屋から出て行くのが見えました。

 きっとこの日のことが、真弥さんにはよほど堪えたのではないでしょうか。
 数日後、女官の一人が脱走したという話を、私は人づてに聞くなり、きっと真弥さんに違いないと思いました。


 どうやら脱走は失敗に終わったらしいということを、私は壁越しに聞こえてくる愛奈さまのお声で知りました。
「バカなことしたねえ、真弥ちゃん。ここからは絶対に逃げられないんだよ?」
 漆喰のカケラの蓋を取り去って身を寄せた私は、はっと息を呑みました。そこにはいつものように拘束をされた真弥さんの姿があったのですが、その姿が真新しいものだったのです。
 まず、真弥さんは衣類を一切まとっておらず、全裸でした。それでいて、まるで大の字を描くように両手両足を金属製の拘束具で壁に直に拘束されていました。真っ先に頭に浮かんだのは“磔”でした。
「うううぐっ……ううっ……」
 真弥さんはいつもの猿ぐつわとは違う、穴のあいたプラスチックのボールに革製のバンドがついたようなもので口を塞がれていました。その穴からはひっきりなしに涎が漏れていて、見栄えという点では猿ぐつわの数倍もみっともなく見えるものでした。
「ついでに言うと、真弥ちゃんが脱走の計画を話した柚紀って子は、私のスパイなんだよねー。そろそろ真弥ちゃんが何か企む頃だろうからって、味方のフリしていろいろ探ってきてって頼んでおいたの。そしたらもードンピシャ。読みが当たりすぎて笑いが止まらなくなっちゃったよ」
 あざ笑うような笑み。そして、愛奈さまは大きくため息をつかれました。
「ほーんと、誰も彼も頭が悪くてガッカリだよね。もっとさ、私の予想を裏切るようなスゴい事とかやって欲しいのに、だーれもやってくれないんだもん。……私はね、真弥ちゃんには結構期待してたんだよ? 真弥ちゃんってヘタレのビビリで、相手の方が強いとすぐ媚び売るようなどうしようもないクズだけど、そういう子をギリギリまで追い込んだことって無かったから、何をしてくれるかすっごく楽しみにしてたのに」
 ただの脱走なんてガッカリ――そう言い、愛奈さまは傍らに立つ久也に、部屋の隅にある箱を持ってくるようにと命じました。
「……やっぱり、“あの女”だけなのかなぁ。あの女だけが特別だなんて思いたくないのに。あんなのその辺にゴロゴロ居るって確かめたいのに。ねえ、どうして私の期待に応えてくれないの?」
 愛奈さまは、久也にとって来させた木箱の中に手を入れると、何か細い棒のようなものを取り出しました。それはよく見ると、細い棒の先に針の突いた――いわゆるダーツと呼ばれるものでした。
 まさか――私が胸を高鳴らせていると、愛奈さまは躊躇せずにそれを真弥さんめがけて投げつけました。
「んうっ、うーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!」
 ダーツは吸い込まれるように、真弥さんの太ももに命中しました。太い針の刺さったその場所からは、見る見るうちに赤いものがにじみ出て、雫となって垂れていきました。
 まさか。
 まさか人間を的にダーツを投げるなんて。
 愛奈さまの行いに、私はショックの余り息が止まりそうでした。
「あい、なさま……」
 そのような光景を目の当たりにして、久也もまた絶句しているようでした。そんな久也の手に、愛奈さまは優しくダーツを握らせます。
「はい、ヒーくんもやってみなよ。面白いよ?」
「ぼ、僕も……するの?」
「胴体は10点、足は20点、手は当てにくいから30点。顔は50点で、首は80点くらいにしようか。5本ずつ投げて、得点が多かったほうが勝ちだよ?」
 言って、愛奈さまは箱からダーツを拾い上げ、躊躇いもせずに投げました。ダーツは真弥さんの顔、目のすぐ脇、耳をかすめた壁に当たり、忽ち真弥さんはくぐもった悲鳴を上げました。
「……首も固定しとけばよかったかなぁ。投げた後動くなんてズルいよね。……当てにくいから、目に当たったら100点ってことにしようか。……ほら、ヒーくんも投げなよ」
「で、でも……」
「……もし、ヒーくんの点数のほうが高かったら、ヒーくんが大好きな“エッチな実験”をさせてあげるよ?」
 愛奈さまは久也の背後に回り、両肩に手を置いて、そのように囁きます。
「エッチな実験したいって、ずっと言ってたでしょ?」
「う、うん……」
「じゃあほら、よぉく狙って投げて?」
 愛奈さまに促されて、久也がダーツを投げました。しかし勢いが弱く、ダーツは真弥さんのお腹の辺りに当たるも、刺さらずに落ちてしまいました。
「あーん、おっしい! ヒーくんもっと強く投げなきゃだめだよ。刺さらなきゃ得点はもらえないんだよ?」
 そう言って、愛奈さまは再度ダーツを久也の手に握らせます。
「ほら、今度は思い切り投げるの」
 優しい口調、声ではありましたが、恐ろしいほどに強制力を感じる言葉でした。端で見ているだけの私ですら、もし次にダーツを外したら、今度は自分がダーツの的にされるのではと思わされるほどに。
 久也は意を決したように、思い切り振りかぶってダーツを投げました。ダーツは真弥さんの脇腹の辺りに深々と刺さり、部屋中にくぐもった悲鳴が木霊しました。
「うふっ、いいねいいね。そうこなくっちゃ。じゃあ、次は私の番ね」
 愛奈さまは嬉々としてダーツを手にとり、片目を閉じて慎重に狙いをつけます。
「どこにしよっかなぁ。顔かな? それとも首かな?」
「うっ、うーーーっ! うぅぅーーーーーーーっ!!!!」
 がちゃがちゃと拘束具を揺らしながら、真弥さんは必死に体を揺すります。その目にはもう、愛奈さまに対する憎しみも怒りも残ってはいませんでした。ただただ怯えて懇願する、奴隷のような顔でした。
「よし、きーめた。首!」
 ビュンッ。愛奈さまの手から放たれたダーツはそんな風切り音を残して、真弥さんの首――その僅か右2センチほどのところに突き刺さりました。
「あーん、おっしぃ! もうちょっとだったのにぃ!」
 本気で首を狙って、そして当たらなかったことを悔しがっているとしか思えない素振りでした。そんな愛奈さまの異常性を目の当たりにして、驚きもしない私も、既に正気ではないのかもしれません。
 愛奈さまは引き続き、久也にダーツを握らせます。
「はい、ヒーくんの番だよ」
 愛奈さまに促されて、久也もまたダーツを投げました。今度は真弥さんの足に突き刺さりました。気のせいか、久也の動揺は先ほどに比べて和らいでいるように見えました。
 いえ、和らいでいるどころではありません。その顔にはありありと愉悦の笑みが浮かんでいました。そう、人間を的にしてダーツに興じるというこの異常な遊戯の毒に侵されでもしたかのように。
「足とお腹で、ヒーくんは30点かぁ。私はまだ20点だから、そろそろ挽回したいところだねぇ。……よーし、それじゃ今度は手堅くお腹を狙っちゃおうかな?」
 愛奈さまの四投目。風切り音を立てて放たれたそれは腹ではなく、またしても首。その左1センチほどに突き刺さりました。
「あーーーん! もぉ、折角お腹狙うって油断させたのにぃ!」
 地団駄を踏む愛奈さまを尻目に、久也は自らダーツを拾い上げます。そして何の躊躇いも無く放たれたそれは、真弥さんの胸、乳房の辺りに突き刺さりました。
 室内に響く、真弥さんの悲鳴。それを耳にして、久也はますます口元を歪めていました。その興奮の度合いを示すかのように股間は勃起し、パジャマズボンの前は痛々しいまでに盛り上がっていました。
「わぁー、また当てたんだ。ヒーくん上手だねえ、これはお姉ちゃんの負けかなぁ。……ヒーくん、投げたかったら続けて投げていいよ。私の最後の一本は、ヒーくんの後に投げるから」
 愛奈さまに促されて、久也は大きく頷きました。ダーツを拾い上げ、そして放たれたそれは、真弥さんの陰毛の辺りへと突き刺さりました。
「わぁぁ、ヒーくんえげつないところ狙うねえ。それとも偶然かな? とにかくこれでヒーくんは合計50点、私は最初の20点だけかぁ。…………逆転するには顔か首に当てるしかないのかぁ、自信ないなぁ」
 なんとも思わせぶりな独り言を呟きながら、愛奈さまが最後のダーツを握ります。片目を瞑り、放たれたそれは、これまでとは比較にならない速度で真弥さんの体に突き刺さりました。
「ンンンンーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
 耳を劈く絶叫とは、まさにこのことでした。愛奈さまの放ったダーツは、寸分の狂いもなく真弥さんの右目を瞼の上から正確に刺し貫いていたのです。
「あぁー、適当に投げたら当たっちゃったよぉ。偶然って怖いねぇ。ってことは、ヒーくんが50点で、私が120点だから、私の勝ちだね」
 愛奈さまは体を反らすようにして悶絶している真弥さんの側へと歩み寄り、ダーツが刺さっているのは生きている人間の体であるという事など全く頓着しないような手つきで、無造作に引き抜いていきます。
 そして、
「あれぇ、真弥ちゃんどうしたの? なんかいっぱい血が出てるよー? ひょっとして痛いの?」
 全てのダーツを抜き終わるや、まるでたったいまその存在に気づいたとでも言いたげな惚けた口調で、愛奈さまは言いました。
 真弥さんは片目から血の涙を流しながら愛奈さまを睨み付けていました。先ほどまでは、明らかに怯えの色が勝っていた真弥さんでしたが、その恐怖をさらに怒りが上回ったのでしょう。
 愛奈さまにも、そんな真弥さんの変化は伝わったようでした。
「なぁに? 何か言いたいことでもあるのかなー?」
 王者の特権。さながら、処刑を見物していた王様が、気まぐれに罪人の嘆願に耳を傾けるかのように、愛奈さまは真弥さんの口を塞いでいた器具を外します。
「殺してやる!」
 器具が外されるや、真弥さんは叫ぶように言いました。
「っ……こんなこと、絶対に許されない。何回失敗しても、絶対に出てやる! ここを出たら、あんたがやってること全部バラしてやる!」
 血の叫び――とでも言うべきなのでしょうか。真弥さんの言葉には“決意”が感じられました。決して揺らぐことの無い、小山のような大きさの金属の塊を彷彿とさせるような、そんな断固たるもの。
 鉄の意志を。
「クソ女ッ! 殺してやる! 殺してやる! 殺してやる!」
 がちゃがちゃと、自身を拘束している鎖を振り切ろうとするように暴れながら、真弥さんは尚も叫びます。その鬼気迫る様はおよそ十代の女性とは思えませんでした。あまりの迫力に、久也は愛奈さまを盾にするように隠れていました。
「……ねえ、真弥ちゃん? 一つ気になることがあるんだけど」
 そんな、鬼女のような真弥さんとは対照的に、愛奈さまは実に平然と、落ち着いておられました。その涼風のようなお声に、真弥さんまでもが呆気にとられたように、無事な方の目を丸くしていました。
「仮に、真弥ちゃんが巧く外に脱走できたとして、真弥ちゃんの“作り話”をどうやって他の人に信じさせるの?」
「はぁ!?」
 真弥さんが、忽ち激昂するのが、表情だけで解りました。
「ふざけるな! そんなの、この傷跡を見せれば――……っ……」
 真弥さんがしゃべり終わる前に、愛奈さまの右手が痛々しく血涙を流す右目を押さえました。そして、ぽう、と光りを放つ手をしばらく宛がい、離したその場所には。
「あっ……」
 血の涙の跡こそ残ったままですが、真弥さんの右目には傷一つ残っていませんでした。愛奈さまは同様に、他の場所にも手を当て、傷を治してしまいました。
「……もう一度聞くね? 一体誰が、真弥ちゃんが人間ダーツの的にされたって信じてくれるのかな?」
「っ……バケ、モノ……ッ……!」
 真弥さんは愛奈さまを睨みます。怯え、恐怖を怒りが上回ったはずのその目には、明らかな動揺が映し出されていました。
 くすりと、そんな真弥さんを落ち着かせるかのように、愛奈さまが天使のような微笑みを浮かべました。
「大丈夫だよ、真弥ちゃんは大事な大事なオモチャなんだから。万に一つでも逃がしたりするワケないじゃない。………………真弥ちゃんが壊れて動かなくなるまで、一生飼い殺しにしてあげるよ」
 ちなみに――愛奈さまは、真弥さんの頬を愛しげに撫でながら、さらに言葉を続けます。
「絶望した真弥ちゃんが、たとえば自殺したりしちゃっても、私が必ず治してあげるから。ここにはピストルなんて無いけど、もしそういうので頭撃って、脳みそが粉々に吹っ飛んじゃってても、真弥ちゃんの脳みそのカケラ一つ一つ集めて、元通りに治してあげる」
 脳が粉々になっても復元することができる――本当にそんな事が可能なのでしょうか。出来る筈が無いと思う一方で、愛奈さまならば或いはと思わされます。同じ想像を真弥さんもしたのでしょうか。その両目はもう、完全に怯えに塗りつぶされていました。
「真弥ちゃんの言った通り、私はバケモノだから、何だってできるんだよ? ……私に出来ないのは、私自身の傷を治すことだけ」
 一歩、二歩。愛奈さまが真弥さんから後ずさります。
「次はもっと、もーっと痛い実験をするよ。でもね、安心して? 最後にはきちんと、元通りに治してあげるから」
 もはや言葉を失っている真弥さんを残して、愛奈さまは久也を伴って部屋を出て行かれました。その後の流れはいつもと同じで、私は漆喰のカケラで壁の穴を塞ぎ、自分の仕事に戻りました。
 いつもならば。これまでならば、“実験”を見た後は、体の芯がぽう、と熱くなり、その熱が引かないうちは寝付くこともままなりませんでした。しかし今日に限っては、熱くなるどころか、むしろ芯の芯まで冷え切る思いでした。
 愛奈さまの真弥さんへの仕打ちは、単純に真弥さんの事が嫌いで、許せなくて苛めている――だけではないように思えます。何か目的があって、その為にあえて非道な振る舞いをしているように思えるのです。
 そう、愛奈さまの一挙手一投足が、言葉が、真弥さんに何かを促しているとしか思えないのです。
 もしやと、私の頭に一つの想像が浮かびました。しかし、それはありえないと、すぐに首を振りました。
 何故ならそれは、愛奈さまがご自身の死を望まれている場合でしか成り立たない推測だったからです。



 青天の霹靂とは、まさにこういう事を言うのでしょう。いつものように朝方まで雑巾を縫い、その日の分の雑巾をきちんとそろえて、受け取りに来るはずの女官を待っていた私の前に、突然愛奈さまが現れたのです。
「やほー。久しぶりだねえ、元気してた?」
「そんな……どうして、愛奈さまが……」
 突然の愛奈さまの来訪に、私はおろおろと狼狽えるばかりで、思わず平服してしまいました。
「ほらほら、そんなことしなくていいってば。ていうか、ひょっとして梓ってば、自分が縫った雑巾の枚数覚えてないの?」
「えっ……」
「昨日までの分で、980枚。だから、そこにあるのを合わせて、丁度千枚」
 あっ、と。私は呆気にとられていました。確かに、最初に部屋に案内された時に、千枚の雑巾を縫ったらこの仕事は終わりだと、愛奈さまに言われていました。
「変なコト頼んじゃってゴメンね、梓。私も気が進まなかったんだけどさー……」
 ちらりと、愛奈さまは一瞬背後に対して目配せをするような、そんなアイコンタクトをなさいました。そして、身を屈めて私の耳の方へと、唇を寄せました。
「…………実を言うとさ、梓を特別扱いしてることで、結構いろんなところに反発があってさ。そういう連中を黙らせる為に、梓にはちょっとキツい仕事してもらわなきゃいけなかったの」
「そのような……事情が、あったのですか」
 舌がもつれるような感じがあり、巧く喋ることが出来ませんでした。そういえば、前に誰かと話をしたのは十日以上前であると、今更ながらに気がつきました。
「本当にゴメンね。私がびしっと言ってあげられれば良かったんだろうけど、ここには私より年上の女官もいっぱい居るし、なかなか……ね」
 以前の私であれば、さすが愛奈さまは器の桁が違うと絶賛し、感涙して噎び泣いているところだったかもしれません。
 ですが。今の私には夜な夜な繰り広げられるあの光景が。裸に剥いた人間をモルモットかなにかのように扱う愛奈さまのお姿が忘れられず、素直に喜ぶことが出来ませんでした。
「そういうわけだから、梓も今日からは前みたいにヒーくんと同じ部屋に戻れるよ。良かったね」
 久也と同じ部屋に戻れる――本来であれば、それは飛び上がるほどに喜ばしいことです。ですが、一月以上にも渡る座敷牢のような暮らしのせいでしょうか。それとも愛奈さまの実験を目の当たりにしたせいでしょうか。
 私はどうしても、素直に喜べませんでした。
「…………少し、お散歩しようか」
 そんな私の浮かない顔を見て、愛奈さまが仰いました。ずっと昼夜逆転の生活を送っており、本来ならば縫った雑巾を提出した後は眠ることになっていたのですが、愛奈さまの申し出は断ることが出来ませんでした。
 なるべく眠気を表に出さないように努めながら、私は愛奈さまに先導される形で屋敷の外、中庭へと降りました。身を刺すような寒気と、それを穏やかに包み込む陽光。暦の上では二月の終わりですが、ぽかぽかと暖かく春の訪れを感じさせるような、そんな陽気でした。
 時刻は八時過ぎ――九時前くらいでしょうか。周囲では、たくさんの女官達がそれぞれの持ち場で忙しなく働いていました。こういう光景を見ていると、私も何かをしなくてはという気にさせられます。もちろん、愛奈さまに連れ添う形での“散歩”ですから、誰かが文句を言ってくるようなことなどは無いのですが。
「ねえ、梓はさ――」
 或いは、人生最後の瞬間というものは、えてしてこのように訪れるのではないでしょうか。
 前もって知らせがあるでもなく。
 何か特別な幸福や不幸の後でもなく。
 何気ない日常の風景の中に、まるで暗殺者が音もなく忍び寄ってくるかのように。
 “それ”は愛奈さまの言葉を割るように、茂みの中から飛び出してきました。
「え」
 辛うじて私が口に出来たのは、そんな間の抜けた一言だけでした。茂みから飛び出してきたその影が、刃物を構えた人間であると解ったときには、もうその切っ先が隣に立つ愛奈さまの胸部へと突き立てられようとしていました。
「愛奈さま!」
 私に出来たことは、ただただ悲痛な叫びを上げることだけでした。その切っ先が埋没する様を見ていられずに、私は思わず顔を背けました。
「あはっ」
 しかし、次の瞬間私が耳にしたのは、なんとも嬉しげな愛奈さまのお声でした。恐る恐る視線を戻すと、刃物の切っ先は愛奈さまの巫女服の胸元のあたりに突きつけられたまま止まっていました。
 そしてその刃物を持っていた人物――真弥さんの腹部には愛奈さまの蹴り足が突き刺さる形になっていて、程なく真弥さんは激しく咳き込みながらその手の中からぽろりと刃物を落としました。
「アハハハハハハハハハハハハッ!!」
 腹部を押さえ蹲り、激しく咳き込み続ける真弥さんを見下ろしながら、愛奈さまは狂ったように笑っておられました。それはもう、嬉しくて仕方が無くて、笑う以外に表現のしようがないというほどに。
「嬉しいよぉ、真弥ちゃん! 本当に殺しに来てくれたんだ! 包丁まで持ち出して、本気の本気で私の事殺しにきてくれたんだ!」
 これが。
 これが命を狙われた人間がする、命を狙われた直後の反応なのでしょうか。
 愛奈さまの喜び様はそれはもう凄まじく、まるで恋人からサプライズプレゼントでももらったかのように、今にも飛び跳ねんばかりにはしゃいでおられました。
「あ、ごめんね、真弥ちゃん。痛かった? 咄嗟のことで私も全然手加減なんか出来なかったの。だけどね、それだけ真弥ちゃんは惜しかったっていうことなんだよ?」
 あろうことか、愛奈さまは蹲っている真弥さんの前にしゃがみ、慰めの言葉までかけておられます。まるで、暗殺の失敗を共に嘆こうとでも言わんばかりに、愛奈さまの言葉には同情を誘う響きが含まれていました。
 そう、愛奈さまは今この時に限って言えば、“煽り”ではなく、心の底から真弥さんを褒め称え、そしてその失敗を共に嘆こうとしているように聞こえました。
 少なくとも、私には。
「っっ…………殺してやる、土岐坂愛奈! 何回失敗しても、必ず殺してやる!」
 しかし真弥さんにはそうは聞こえなかったのでしょう。いつものようにあざけられていると感じたのかもしれません。
 その顔を憎しみに歪めながら、今にも噛みつかんばかりに愛奈さまを睨み付けます。
「…………〜〜〜〜〜〜ッっ……!」
 ぶるるっ――愛奈さまが不意に立ち上がり、体を震わせました。自らの体を抱きしめるように肩を抱きながら、まるで尿意でも我慢するかのように。
「……いい!」
 そして真弥さんを見下ろしながら、叫ぶように言いました。
「はぁぁぁ……イイよぉ、その目…………あの時のヒトブタそっくり……あぁぁあぁっ……お願い、真弥ちゃん、もっと言って? 私のことどうしたいって?」
「っ……キチガイ女! 必ずお前の息の根を止めて、狂った笑いを止めてやる! 絶対に殺してやる!」
「っっっっっっっっ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!!!」
 体を小刻みに震わせる――どころではありませんでした。愛奈さまは自らの体を抱きしめながら、ビクンと。大きく跳ねさせました。
「ダメッ……ヤバいよぉ……興奮しすぎて、ビクンって勃っちゃったよぉ…………はあはあ……もっと、真弥ちゃんでももっともっとも〜〜〜〜〜〜っと遊びたかったのに……ダメっ……もぉ我慢できない!」
 次の瞬間、愛奈さまは蹲っている真弥さんの右手首を掴み、軽々と持ち上げて立たせました。さらに呆気にとられている真弥さんが瞬きする間もなく、そのままひょいと背負い投げでもするように、玉砂利の上へと叩きつけました。
「かっ、はっ……!」
 無防備に背中から玉砂利の上へと落とされた真弥さんは目を見開き、息を詰まらせながら藻掻いていました。愛奈さまは、苦しむ真弥さんの前髪を掴んで膝立ちにさせ、今度は側にある子供の背丈ほどもある庭石へと、背中から叩きつけました。
 かひっ――そんな声にならない声が真弥さんの口から漏れました。
「はぁぁぁぁ……イイッ、真弥ちゃんの目……すっごくいい……もっと私を憎んで! 殺したいって睨み付けて!」
 愛奈さまは真弥さんの髪を掴んだまま、岩へと真弥さんを押しつけたまま、あろうことか緋袴を脱いでしまわれました。そして隆々とそそり立った肉槍を、真弥さんの眼前へと突きつけました。
「ひっ……」
 さすがの真弥さんも、このときばかりは悲鳴をもらしました。その質量、力強さは愛奈さまのなんとも女性らしい体つきからは到底想像も出来ないほどに荒々しいものでした。
「真弥ちゃん、舐めて?」
 さながら、恋人に甘えるような甘い声で愛奈さまは言いました。愛奈さまの突然の行動に完全に呆気にとられていた真弥さんも、遅れて現状を把握したのか。
「ふざっ――」
 罵声を上げようとして、突然その口の動きが止まりました。
「あがっ、あっ……」
 見れば、真弥さんの髪を掴んでいる愛奈さまの手から、黒い光のようなものが立ち上っていました。陽光に照らされたお庭の中で、その手に宿る光はあまりに弱々しく、目をこらさねば見えないほどのものでした。しかしそのか弱い光はじわり、じわりと着実に真弥さんの頭の中へと浸透し、何らかの作用を及ぼしているようでした。
「ほら、早く」
 愛奈さまが焦れるように、屹立した男根の先端を真弥さんの頬へと押し当てます。既に先端部からは透明な蜜が盛れ始めていて、それらは真弥さんの頬にぬりつけられ、陽光の煌めきを放っていました。
「あぐっ、あぎっ……ああっ……」
 真弥さんが“抵抗”をしているであろうことは、端で見ている私にもはっきりと解りました。しかしその“抵抗”よりも、愛奈さまの力の及ぼす影響の方が遙かに大きいらしく、真弥さんは徐々に己の方へと向けられた肉槍の先端へと唇を近づけていきます。
「ううっ……ぅぅぅっぅうぅ……んふっ…………」
 まるでキスでもするように、肉槍の先端へと唇をつけた瞬間、真弥さんは両目から涙を溢れさせました。
 殺したいほどに。言葉だけではなく、文字通り行動をもって殺そうとする程に憎い相手の性器への口づけを強いられるというのは、一体どれほどの屈辱を真弥さんに与えているのでしょうか。
 そして、それほどまでに己を憎んでいる相手に奉仕を強いるということは、どれほどの興奮と快楽を――。
「うふふ……真弥ちゃんの口の中あったかぁい…… あんっ……もっと奥まで咥えていいんだよ?」
 頬を紅潮させながら、愛奈さまは真弥さんの頭を掴み、ゆっくりと腰を前後させます。
「はぁぁっ……もっと、もっと睨んで……私の事殺したいって目で睨みながらシてぇ…………あぁあんっ……!」
 真弥さんの前髪を掴み、自分の方を睨ませながら。愛奈さまは時折身震いすら交えて、甘い吐息を声を漏らします。
 もはや、傍らに立つ私のことなど。そしてここが屋敷の奥深くの密室などではなく、朝日に照らされた玉砂利の庭だということすらも念頭にないほどに、愛奈さまは真弥さんの奉仕に没頭しておられました。
「はあはあはあ……いい……イイぃ……もっと、もっと強く吸って、音を立ててしゃぶって!」
 愛奈さまが催促をし、真弥さんの前髪を掴んでいる手の光がより強烈なものになります。たちまち、真弥さんの動きが愛奈さまの言葉の通りのものへと変わりました。
「んぐっ、んぐっ、んぶぶっ、んぶっ……」
 噛む――ということすら、出来ないのでしょう。真弥さんはめいっぱいに口を開かされ、時折根元近くまで剛直を頬張らせられながら、奉仕を続けていました。否、愛奈さまに強制されているそれは、もはや奉仕とは呼べないものでした。
「はぁあぁぁ……」
 時折愛奈さまは真弥さんの唇から剛直を引き抜いては、何かを期待するように舌なめずりをしながら視線を送りました。
 そんな愛奈さまの意図を察しているのかいないのか、察しているもののそんなものはまるきり無視して、ただたんに自分の想いを口にしているのか。
「……殺して、やるっ」
 吐き捨てるように真弥さんが言うたびに、愛奈さまはぶるりと大きく体を震わせ、再度真弥さんの唇に剛直をねじ込みました。
「あぁぁーーーーー……イイよぉ、気持ちいい……はぁはぁ……真弥ちゃんの目イイ…………ヒトブタにしゃぶらせてるみたいですっごく興奮しちゃう……」
 愛奈さまはうっとりと濡れた目で真弥さんを見下ろしてはいますが、その目はもはや真弥さんを捉えていないことは明らかでした。愛奈さまは、愛奈さまが“ヒトブタ”と嘲る女性の影を真弥さんの姿に投影し、その幻想に浸りながら淫らに腰をくねらせていました。
「はぁはぁ……気持ちいいよぉ…………あんっ、そこぉ……そこ、弱いのぉ……もっと、ぺろぺろってしてぇ……あんっ! あっ、あん! だめっ、だめっ……でちゃう、……でちゃうよぉ……!」
 ビクッ、ビクッ――愛奈さまが腰回りを小刻みに震わせながら、甘い声を上げます。その甘えたような声とは裏腹に、右手はがっしりと真弥さんの髪を掴んで後頭部を庭石に押しつけるように固定し、頭を引いて逃がすことも許さないとばかりに剛直を突き入れていました。
「あっ、あっ、あっ……キーちゃんのフェラ超きもちいい……あぁぁぁ……でちゃう……濃いの、でちゃううぅ……!!」
 キーちゃん?――ここで初めて愛奈さまの口から出た名前に、私は軽い驚きを覚えました。それは恐らく“ヒトブタ”と愛奈さまが嘲る相手のあだ名であると推測できます。同時に、その相手が愛奈さまにとって単純に憎いだけの相手ではないことを示唆しているように思えました。
「あっ、あっ、あっ……出るっ、出るっ……あっ、あぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっっっ!!!」
 真弥さんの頭を掴んだまま、腰を突き出すように背を逸らしました。
「ンンンッ……ンンッ、ンンーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」
 同時に、真弥さんが喉奥で悲痛な叫びを上げました。もがき、なんとか愛奈さまのものを口から抜こうとしているようでしたが、その抵抗は決して実りませんでした。何よりも真弥さんの背後には大きな庭石があり、体を逃がすことも頭を動かすことも不可能でした。
 ゴクリと、一度喉が鳴れば、あとは立て続けでした。
「あぁぁ〜〜〜〜……飲んでるよぉ……この娘、私のこと、殺したいくらい憎いって言ってたのに。私の精液、ごくごく喉慣らして飲んでるよぉ……アハッ!」
 そんな真弥さんの姿を濡れた目で見下ろしながら、愛奈さまは最後の一滴まで真弥さんに飲ませようとするかのように、執拗にしゃぶらせ続けました。
「ゴブッ! ぐぶっ!」
 それは、いつまでも続く射精に耐えかねるように真弥さんが大きく噎せ、鼻からも精液を溢れさせても変わりませんでした。
 当然噛むことなど許されず、許容量を超えた精液に噎せる間もしゃぶりつづけることを強要されるというのは、地獄のような苦痛を伴うことではないでしょうか。
「うふふ……」
 ようやく満足なさったのか、愛奈さまが真弥さんの髪から手を離し肉槍を引き抜くなり、真弥さんは四つん這いになって激しく咳き込みました。
「ガハッ、ガフッ、がはっ!」
 そして咳き込みながら、うげえと唸りながら吐瀉を始めました。真っ白い玉砂利の上に、どろりとした濁った白い粘液が大量にぶちまけられ、何よりも私は“その量”に目を剥きました。
 それは他の不純物など殆ど混じっていないもので――真弥さんは朝食をとられる前だったのかもしれません――もちろん、全てが愛奈さまの精液ではないのでしょうが、それにしてもと思わされる量だったのです。
「……誰が吐いていいって言ったの」
 先ほどまでの嬉々とした声とは打って変わった、低い声でした。殆ど同時に、愛奈さまは四つん這いになっている真弥さんの横腹を蹴りつけました。
「あぐっ」
 真弥さんは悲鳴を上げ、1メートルほど離れた玉砂利の上に体を転がしました。真弥さんが蹴られた瞬間に体を逃がしたのだろうと思いたくなるほどに、強烈な蹴りでした。
「ほら、どうしたの? もっと私の事睨んでよ。殺したいって言ってよ、殺してやるって言いなさいよ」
「……っ……!」
 再び、愛奈さまが真弥さんの側へと歩み寄ろうとした瞬間でした。真弥さんは瞬時に立ち上がり、その場から逃げ出しました。恐らくは、面と向かっては敵わないと思ったのでしょう。
 私にも、真弥さんの判断は正しいように思えました。
「……アハッ!」
 相手が、愛奈さまでさえなければ――。



 
 愛奈さまの着用されている巫女服というのは、白衣に緋袴という、じつに走りにくい代物です。勿論真弥さんが着用されている女官服も似たり寄ったりの構成なので、それだけで有利不利は生まれないと言えます。
 それにしても。
 それにしてもという身のこなしを、私は目の当たりにしました。真弥さんが逃げ、愛奈さまが衣服を正してそれを追い始めるまでに、二人の距離は50メートル以上は開いたはずでした。しかし、ほんの2,3秒で真弥さんは愛奈さまに捕まってしまったのです。目の前で見ていた私にすら、何が起きたのか解りませんでした。さながらそれは人ではない何かがほんの一瞬だけ、ひらりと空を駆けでもしたかのようにすら見えました。

「ほら、真弥ちゃん? みんなに挨拶して?」
 愛奈さまに捕まった真弥さんは、今度はお屋敷の縁側へと連れて来られました。そして縁側に腰掛け、再び膝下まで袴を下ろした愛奈さまの前で、まるで忠誠でも誓っているかのように跪いていました。
「わ、わたし、は……」
 愛奈さまに頭を撫でられながら、真弥さんはまるで見えない手で舌と声帯を操られているような不自然な発声で、言葉を続けます。
「あいな、さま、の……おちんぽ、どれい、です」
 “それ”を見せられているのは、私とたまたま運悪く辺りを通りかかった女官達の計四名でした。皆、一様に「気の毒に……」という思いを強引に無表情に固めたような顔で見守っていました。目を背ける者は居ませんでした。そんなことをすれば、次は自分がターゲットにされるかもしれないからです。
「お、おちんぽだいすき、です……あいなさまのおちんぽみるく、ごくごくってのどをならして、のみたい、です」
「んふふ、よく言えたねぇ。……ご褒美に真弥ちゃんが大好きなモノ、いっぱいしゃぶらせてあげる」
 そして、真弥さんの“抵抗”むなしく、先ほど同様その唇の中へと、肉槍を挿入されました。先ほどとの違いはといえば、単純に咥えるだけであったのではなく、今度は手を使い舌を使い、さも愛しげに舐めることを“強要”されていることでした。
 そう、ただ見ている分には真弥さんが心底それを望み、舌を這わせ音を立ててしゃぶっているように見えるかもしれません。しかし実際には、真弥さんの前髪をしっかりと掴んで離さない愛奈さまからの強要によることは明らかでした。
 
 そのような事が、昼前まで続けられました。愛奈さまは真弥さんにしゃぶらせる事自体に飽きると、一端口を離させ、無理矢理に淫らな言葉を引き出しました。さんざんに精液を飲ませてくださいと懇願させた後で、今度はあえて口から引き抜き、顔へと放ったりもしました。恐らくは、悔しげな真弥さんの顔が愛奈さまのさらなる興奮をかきたてるのか、射精はしつこいほどに幾度となく繰り返され、その都度真弥さんの顔は無残に白く汚されました。

 驚嘆すべきは、愛奈さまの精力ではないでしょうか。昼食も摂らず、やがて真弥さんに無理矢理しゃぶらせることに飽いた愛奈さまは、真弥さんを畳の間へと上がらせ――予め布団が敷かれていたのは、“そのための部屋”として、愛奈さまが常日頃から用意させていたからでしょうか?――その体を組み敷いてしまわれたのです。
「い、いやぁっ! それだけは、それだけは絶対にイヤァ!!!!」
 自分が何をされるか、さすがに真弥さんにも解ったのでしょう。このときの真弥さんの暴れ様は凄まじいの一言でした。
 私はてっきり愛奈さまは先ほどまでよろしく真弥さんの頭へと手を当て、“力”で抵抗を封じるものだとばかり思っていました。
「うふふ……いいよぉ。その“絶対にイヤ!”っていう感じ、たまんない。なおさら真弥ちゃんを犯したくなっちゃうよ」
 しかし実際には、愛奈さまは“力”を使わず、まるで真弥さんを力ずくでねじ伏せること自体を楽しんでいるようでした。暴れる両手首を掴んでは畳の上に押しつけ、衣類をはぎ取り、尚も暴れると――。
「がはっ」
 愛奈さまは容赦なく真弥さんのお腹を殴りつけました。そして痛みに震えている真弥さんの衣類をさらに剥いでいきます。
「い、イヤ……おね、がい……たすけて……」
 その時、私は初めて気がつきました。真弥さんの“たすけて”という願いが、愛奈さまではなく私に向けられているということに。
「あれ? 梓まだ居たんだ? 他の子達はさっきこっそり散っちゃったのに」
 そして真弥さんに促されて、愛奈さまもまた私の方へと目を向けました。そして愛奈さまのお言葉で、私自身も気づかされました。先ほど、縁側で真弥さんの痴態の見学を強制されていた他の女官達が人知れず居なくなっているということに。
 確かに記憶を辿れば、愛奈さまが真弥さんを連れて畳の間へと移動する際、ついてこいとは一言も言われませんでした。しかし実際には、私は八畳ほどの畳の間の入り口、廊下の上に正座をし、二人の絡み合う様を見ていたのです。
 そう、さながら――“覗き穴”から愛奈さまの実験を見学しているが如くに。
「……丁度いいや。梓、こっちにきて真弥ちゃんの両手押さえつけて」
 なんという残酷な命令でしょうか。真弥さんが辛うじて助けを求めた私に、愛奈さまは加担しろと仰るのです。
 勿論、逆らうことなど出来るはずもありません。私は愛奈さまのご命令通り、真弥さんの頭の側へと周り、その両手を畳の上に押しつけるようにして、頭の上で押さえつけました。
「なんでっ……どうして……」
 思わず目を背けたくなるほどの悲痛な声でした。事実、私の胸中は罪悪感で一杯でした。しかし、愛奈さまの命令では、私には逆らう余地などありませんでした。
「っっっ……おぼえて、なさいよ……あんたも、あんたも絶対に許さない! 土岐坂愛奈を殺したら、次は……!」
 そんな、と。思わず弱音が口から出てしまいそうになります。真弥さんに親の敵のような目で睨み付けられ、さすがに目を背けそうになった私を庇うように、愛奈さまがぽつりと盛らしました。
「梓、やっぱり手をどけていいよ」
「え……でも……」
「いいから」
 まるで機嫌を損ねたようなお声でした。私は慌てて真弥さんの手を離し、部屋の隅へと移動して正座で愛奈さまへと向き直りました。
「真弥」
 そんな私の前で、愛奈さまは吐き捨てるように言い、真弥さんのお腹を思い切りなぐりつけました。
「かッ」
 真弥さんは舌を突き出すように喘ぎ、腹部を押さえて畳の上でもんどり打ちます。
「憎む相手を間違えるな。あんたが憎まなきゃいけないのはこの私」
 そして呼吸もままならず咳き込んでいる様子の真弥さんの後ろ髪を掴み、頭を持ち上げたかと思えば畳の上へと振り下ろしました。
 ぎゃっ、という悲鳴が真弥さんの口から漏れ、私は思わず顔を背けてしまいました。
「“浮気”なんて許さない。あんたは全身全霊で私のことを憎んで、私を殺すことだけ考えればいいの、解った?」
「……っっっっ………………あ、あぁぁぁぁあああああああああああああああ!!!」
 再び、後ろ髪を掴んで、頭を持ち上げようとした愛奈さまに、突然真弥さんが獣のような咆哮を上げてとびかかりました。最後の力を振り絞ったのでしょう、真弥さんのそれはか弱い女性のそれとは思えないほどに力強く、一瞬にして愛奈さまの手を振り払いました。
 虚を突かれた、というのもあったのでしょう。愛奈さまは一瞬だけ真弥さんに上を取られた形になりましたが、次の瞬間には二人の体の位置は真逆になっていました。
 真弥さんは丁度、警察官に取り押さえられた犯罪者のような――俯せに片腕だけ背中に回されたような姿勢で、愛奈さまに押さえつけられていました。しかし尚気勢だけは衰えないのか、歯を食いしばりながら視界の外に居る愛奈さまを睨み付けようと体を懸命に揺すっていました。
「……そう、それでいいんだよ」
 ぺろりと、舌なめずりをする愛奈さまは、すっかり上機嫌に戻っていました。


「っ……くっ……止め、ろ……イヤだ……イヤッ……イヤぁぁああっ!!!」
 尚も抵抗する真弥さんを押さえつけながら、愛奈さまは無理矢理に仰向けにしました。脚を開かせ、猛りっぱなしの肉槍をその秘裂へと押し当て、埋没させていきます。
「ひぃっぃいっ……気持ち、悪い…………止め、ろ……私の、中に入ってくる、なぁ!」
 叫びながら、真弥さんは尚も暴れます。――が、その力にも些かの衰えが見えました。それもそのはず、実際に挿入に及ぶまで、一時間以上もの間愛奈さまともみ合いを演じていたのですから。
「うふふ……活きがいい獲物は大好きだよ。…………やっぱり、美味しく食べるには手間暇かけないとね」
 真弥さんの決死の抵抗も、愛奈さまにしてみればシェフの一手間くらいの感覚だったのかもしれません。真弥さんに暴れたいだけ暴れさせ、抵抗の気力が萎え始めたところを見計らって再度押し倒す様は実に手慣れたものでした。
「い、やっ……は、入って……イヤァアアアアアア! イヤァァァァァアァァァァァア!!!!!!!!!!!」
 肉槍が埋没するに従って、真弥さんは狂ったように叫び出しました。殺したいほど憎む相手にレイプされるというのは、一体どれほどの嫌悪感を伴う苦行なのでしょうか。
 胸の痛みと同時に、私は不思議な鼓動の高鳴りを感じずにはいられませんでした。
「そうだよ? 真弥ちゃんはね、憎くて憎くて仕方が無い、殺してやりたい女ランキング一位の私に今からレイプされちゃうんだよ?」
「っっ……くっ……い、イヤっ…………」
 ほろりと、大粒の涙が真弥さんの両目から溢れました。先ほどまでのように、ただ諾々と流れる悔し涙とは違う、心の傷に伴って溢れる涙のように、私には見えました。
「あぁぁぁーーー……いいよぉ、その目、その顔! さいっこーーーーだよぉ……はぁはぁはぁ……ねえねえ、悔しい? 憎くて憎くて堪らない相手にレイプされて、悔しくて堪らないんでしょ?」
 まるで返事を催促するように、愛奈さまは大きく腰を使い、二度、三度と真弥さんの中を突き上げます。
「ほらほら、どうしたの? もう叫ばないの?」
 腰を使いながら、愛奈さまは真弥さんの頭を両手で掴み、まるで口づけでもしようとするかのように顔を寄せます。が、実際に唇が触れあうことはなく、愛奈さまはぺろりと真弥さんの涙の後を舐めた後、あっさりと体を引かれました。
「…………“ヒトブタ”はこんなに簡単に泣かないんだけどな」
 そしてぽつりと。辛うじて聞き取れるような小さな声で、つまらなそうに呟きました。
「……ッ!」
 或いは、その“呟き”の瞬間。愛奈さまの“気”が緩んだのかもしれません。必死の人間の力というものは侮りがたいと、私は再度思わされたのはその時です。
 それまで幾度となく愛奈さまに痛めつけられ、体の力という力を削がれ、もはや女々しく泣くしか術がないように思われた真弥さんの手が、まるで意識の隙間を狙ったかのように、動いたのです。
 狙ったのは恐らく“目”だと思われます。愛奈さまのお言葉が真実であれば、愛奈さまはご自分の傷だけは治すことが出来ません。即ち目を傷つけることが出来れば、それは愛奈さまに一生治らない傷をつけることとなります。勿論そんな事をしてしまってはその後どのような目に遭わされるか想像するにも恐ろしいことですが、今の真弥さんにとっては愛奈さまに一矢報いることが出来れば死んでもいいという覚悟だったのではないかと思われます。
 しかし――もはややはりというべきでしょうか――真弥さんの決死の覚悟も、最後の抵抗も、実ることはありませんでした。
 愛奈さまの目を狙ったであろう、真弥さんの右手は、愛奈さまに手首を掴まれる形で止められました。そして私は見ました。先ほどの呟きの瞬間、明らかにモチベーションを落としていた――興奮が冷めたと言い換えてもいいかもしれません――愛奈さまのお顔に、笑顔が戻るのを。
「何、真弥……今、私の目を狙ったの?」
 ぶるっ――呟きながら、愛奈さまが体を震わせます。ひょっとしたら、愛奈さまにとって、憎まれる、命を狙われるということは、愛されることと同義なのかもしれません。
 そうでなければ、これほどまでに嬉しそうな顔が出来るでしょうか。
「レイプされて、もう何やっても敵わないから好きにして……って感じで油断させておいて、最後の最後で私の目抉ってやろうって思ってたの?」
「…………ッ……!」
 もはや、愛奈さまとは言葉も交わしたくない――そう表現するかのように、真弥さんはぺっ、と愛奈さまに向けての唾吐きでした。組み伏せられている真弥さんと、組み伏せている愛奈さまの位置関係もあり、お世辞にも勢いよくとは言えなかったそれを、愛奈さまは甘んじて頬に受けたようでした。
「アハッ」
 それはなんとも嬉しげな――これまでで一番嬉しそうな、愛奈さまの声でした。


「あぁぁあっっ……ぅっ……ぁっ、……やっ、い、やっ……やぁぁぁあぁあッ!!!!」
 四つん這いのまま愛奈さまに好き放題に突き上げられ、真弥さんはなんとも悲痛な声を上げ、ぶるりと体を震わせます。
「あはぁ、またイッちゃったねぇ? これでもう10回目くらいかな?」
 ずんっ、と。愛奈さまは恐らくは絶頂の波に翻弄されているであろう真弥さんの体を全く気遣った様子もなく、強く腰を突き出します。
「ひぅっ……!」
 それだけで、尻だけを持ち上げて伏せたような形になっていた真弥さんは声を上げ、ビクンと上体を持ち上げます。それは真弥さんの意思ではなく、“反射”でそのように動いてしまうだけなのでしょうが、真弥さんはそれすらも屈辱だと言わんばかりに強く唇を噛み締めていました。
「くすくす……強情だねぇ。正直、ちょっとだけ予想外だったよ。真弥ちゃんってここまで芯の強い子じゃないと思ってたんだけどなぁ?」
 確かに、と。私は愛奈さまのお言葉に同意していました。私から見ても、真弥さんという人はどちらかといえば強きに靡き、弱きに強く当たるようなタイプの人だという印章でした。
 しかし今目の当たりにしている真弥さんは極めてあきらめの悪い、この状況においても一発逆転を虎視眈々と狙うような、とても芯の強い女性でした。
 或いは、と私が思わざるを得ないのは、愛奈さまの存在です。ひょっとしたら、真弥さんがここまで自分というものを強く持てたのは、愛奈さまの存在故ではないかと。さながら、それだけでは何の役にも立たない、強度もさしてないクズ鉄が、愛奈さまという強烈な炎と残虐な仕打ちという名の槌に打たれることで、玉鋼のごとき強靱な金属へと生まれ変わったのではないでしょうか。
 ただ、それは果たして真弥さんにとって良いことだったのかどうかは、私にはわかりません。
 何故なら。
「ほらほら、真弥ちゃん。今度は“横”から突いてあげる。くふふ」
 真弥さんの心が強靱であればあるほどに、愛奈さまは嬉々としてそれを折ろうとするであろうことは明白だからです。
「……ッ……くっ……」
 愛奈さまが強く腰をつかっても、真弥さんは強く唇を噛み締め噤んだままろくに声も盛らしません。そのことが愛奈さまのさらなる興奮を呼び、腰使いはますます激しいものになります。
「あぁーーーっ……イイッ……必死に声押し殺してる真弥ちゃん可愛い! キスしたくなっちゃう!」
「ッ…………死ねッ…………ッ…………!」
 真弥さんは一言、吐き捨てるように言い、そしてまた強く口を噤みます。
「ッ………………ッッ!!  ッッッ!!!!」
 しかし、愛奈さまの動きに連動してその体は不自然に跳ね、足のつま先などはピンと反り返っています。手は悲痛なまでに布団のカバーを掴み、その手も時折指が逆関節に反るように不自然に折れ曲がっていました。
「……ッッッッあッ……ァ!」
 そして、愛奈さまの動きに堪りかねたように、ごく希に漏れる声。そのたびに、真弥さんは生き恥を晒したように大粒の涙を両目からこぼしました。
「ふふ、気持ちいいんでしょ? 素直に認めちゃいなよ」
 真弥さんの反応に満足しているのか、愛奈さまは天使のような微笑みを浮かべながら、さらに肉の槍を埋没させていきます。
「あがっ……あぎっ……あがッ!」
 途端、真弥さんの声から苦痛めいた声が漏れました。というのも、愛奈さまのそれがあまりに大きすぎるからのようでした。先ほどまで、真弥さんを陵辱しているときですら、愛奈さまは根元まで突き入れることはなさらず、2/3ほどの挿入で済ませていました。
「うふふ、子宮をぐいぐい押されてるの解る? でもね、まだまだ奥まで入れられるよ?」
 男性器で、子宮を強く押される――それは同じ女で、男性経験もある私ですらも未知の感覚でした。何より、夫のそれでは到底そこまで届くようなことはなく――それは恐らく、私が至らなかったことが原因だとは思うのですが――それ故に、私は真弥さんが味わっているであろう未知の感覚に、強い興味が湧くのを感じました。
 否、それは“興味”ではなく、ひょっとしたら“羨望”と呼ばれるものだったのかもしれません。
 いつしか私は、自分の下腹の辺りがじっとりと熱を帯びていることを自覚せずにはいられませんでした。
「ねえねえ、真弥ちゃん処女じゃないんだから、“経験済み”なんだよね? 私で何人目? まさか三人目以降ってことはないよね?」
 愛奈さまは真弥さんの片足を潜るようにして、真弥さんを正常位の形にしながら、被さるようにして問いかけます。
「ねえほら、教えて? “私の”は何番目くらいに“良い”のか」
「…………ッ……死ね……!」
 吐き捨てるように言い、真弥さんは再度唾を吐きました。愛奈さまは今度は受けず、軽く頭を振って避けると、目を細めて微笑みました。
 そして、両手で真弥さんの腰のくびれの当たりを掴むや、突然激しく突き上げました。
「あがっ、あああっ! あぁぁああ!!」
 たちまち真弥さんは目を剥くように背を逸らし、悲鳴を上げました。自分の腰を掴んでいる愛奈さまの手首を両手でそれぞれ掴み、外そうとしているようでしたが、その試みは全くの無駄でした。
「あぁあっ、あっ……やっ……イヤッ、イヤッ……イヤッ…………!!!」
 真弥さんの声に、悲鳴以外のものが混じり始めます。それに比例するように、愛奈さまの手を外そうとする真弥さんの手の動きがいっそう切羽詰まったものに変わります。
「くす……イッちゃえ」
 いたずらっ子のような愛奈さまの呟き。とんっ、と最後は軽く小突くように腰を使うと――。
「ヒッ……あっ、あぁぁああああ!!」
 真弥さんはあられもないほどに、びくんびくんと腰を跳ねさせました。愛奈さまの言葉通り、絶頂を迎えたであろうことは明らかでした。
「あはぁ……真弥ちゃんのナカすっごいウネってるよぉ、きゅきゅきゅーって締まって、精子欲しい〜〜って絡みついてきてるよ?」
「……っっっっ……!」
「“期待”には応えてあげないといけないかなぁ? ……うふふ、真弥ちゃん。私はね、気に入った子にしか中出しはしてあげないことにしてるの。だから、光栄に思っていいんだよ?」
「なっ……ッ……ンッ!!」
 再び、愛奈さまが動き始めます。それまでのような、真弥さんをイかせる為の動きではなく、ただただ自分が気持ち良くなるためだけの動きのように、私には見えました。
「な、中って……やめっ……何言っ…………あうっ! やっ……ぬ、抜けっ……ひんっ!」
「あはァッ、いいんだよ? ほらぁ、もっともっと抵抗して? その方がいっぱいいっぱい興奮できて、濃い精子たくさん出ちゃうから、ほら、もっと抵抗しなさいよ」
 はぁはぁと、愛奈さまは息を荒げながら、さらに腰を使います。ただ前後させるのではなく、時折腰をくねらせながら。そうすることで真弥さんが顔を歪めるのを楽しそうに見下ろしながら。
「い、イヤッ……止めろ! 中、は……中に出されるのだけはイヤァぁあああ! ぬ、抜けっ…………抜いてっ………………!!!!」
 真弥さんにとって、愛奈さまの精子を受け入れるということは、恐らく殺されるよりも辛く、屈辱的なことなのではないでしょうか。そうでなければ、先の先まであれほど気丈に愛奈さまの陵辱に耐えていた真弥さんが、ここまで露骨に狼狽えるでしょうか。
「真弥ちゃん、それはダメだよ? 私のこと殺そうとしたり、目を抉ろうとしたくせに、私に“お願い”なんて通ると本気で思ってるの?」
「……っっ……きょ、今日、は……危ない、日……かもしれないの……だ、だから…………」
「へぇ?」
 真弥さんの言葉に興味をそそられたのでしょうか。愛奈さまが嬉しげに声を上げて、ぴたりと腰の動きを止めました。
「真弥ちゃん、自分の危険日とかちゃんと把握してるんだ? こんな田舎の僻地に住み込みで働いてて、任期が終わるまでは男とは顔を合わせることだって無いのに、それなのに危険日の計算とかやってるんだ?」
 そう、愛奈さまが仰る通り、このお屋敷は原則として男子禁制の場です。ただ、現在は――。
「それとも、密かにヒーくんの体でも狙ってたのかな? そういうことでもない限り、危険日の計算やってるなんてちょっとおかしいと私は思うんだけどな?」
 愛奈さまに詰め寄られ、真弥さんは思わず視線を横に逸らしていました。それが、真弥さんの心中を如実に現したように、私には思えました。
 くすりと、愛奈さまが小さく笑みを盛らしました。
「……そんなに妊娠が怖いなら、いっそ本当に孕ませてあげよっか?」
「えっ……」
 絶句している真弥さんの腹部へと、愛奈さまが右手を当てます。そしてその手に黒い光が宿り、真弥さんの腹部へと吸い込まれていくのが見えました。
「やっ、イヤッ……何っ……何、してるの……うっ…………」
「ふふ……子宮が疼くでしょ? 今ね、真弥ちゃんが妊娠しやすくなるように子宮を改造してあげてるんだよ?」
「そん、な……やめっ……やめろ! 手を、手をどけッ……」
 愛奈さまの手をどけようとした真弥さんの体が突然、不自然に硬直しました。恐らくそれも、愛奈さまの“制御”によるものなのでしょう。
「真弥ちゃんにはもう解ってるよね? 私の“力”が本物だってコト。……ふふ、だから、私が妊娠させるって言ったら、確実に妊娠させるよ?」
「あっ、あっ……」
 恐らくは恐怖に震えている真弥さんを満足げに目を細めて見下ろしながら、愛奈さまは再び真弥さんの腰のくびれを掴み、ゆっくりと抽送を再開しました。
「い、イヤ……おね、がい……妊娠は……妊娠だけは…………」
 愛奈さまの手を掴み、真弥さんはまるで心が折れたかのように、両目から涙を溢れさせながらイヤイヤと首を振り続けます。
「……人間って不思議だねぇ? 嫌いな相手に殺されるのは我慢できても、嫌いな相手に孕まされるのは我慢できないんだ? アハ!」
 しかし、愛奈さまはそんな真弥さんを見ても動きを止めるどころか、よりねちっこく。真弥さんを嬲るように腰をくねらせます。真弥さんの必死の懇願ですら、興奮を呼ぶスパイスの一つに過ぎないと言わんばかりに。
「くふふ、ほぉら、真弥ちゃん。もうすぐだよ? ちゃんと想像してる? 殺したいくらい憎いって言ってた私の子供を孕まされちゃうんだよ? くふくふ、勿論堕胎なんかさせてあげないよ? そしてお腹が大きくなった真弥ちゃんを、いっぱいいっぱいイジめてあげるね。あぁん、今から楽しみ!」
「ひぃっ……ひぃぃぃっぃぃぃっっ!!!
 真弥さんの口から漏れたもの――それは、心の底からの悲鳴でした。土岐坂愛奈という常人ならざる少女と、その少女がやろうとしている人の業を外れた行為に対する、ごく当たり前の反応でした。
「や、止めっ……おね、がっ……ゆるっ、しっ……ゆるっ、して……許して、くださっっ……」
「ダメダメ、許さないよ? 真弥ちゃんはね、憎い相手にどぴゅどぴゅ中出しされて、その子供を孕まされちゃうの。それはもう決定事項なの……ほら、ほら……出るよ、出るよ?」
 愛奈さまは踊るように腰をくねらせ、真弥さんに被さり息を荒げながら突き上げます。イヤイヤをする真弥さんの姿にさらなる興奮を募らせ、その目を爛々と輝かせながら。
「ほら、ほら……こっち向いて? 嫌がる顔ちゃんと見せてっ……ぅんっ…………あぁぁあ……来た来た……気持ちいいの、いっぱい来たぁっ……ンッ……あぁぁっ出るっ…………あンッ!」
「イヤッ、イヤッ、イヤッ……イヤッ……ひっ……っっっっ……ヤァァァァァァァァァァァァァァァァァァアッ!!!」
 半狂乱になって暴れる真弥さんを押さえつけながら、愛奈さまがびくっ、びくと体を震わせます。その太い肉槍からは、おそらくたっぷりと精液が注ぎ込まれているのでしょう。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
 真弥さんの絶叫は、屋敷の全域に聞こえるのではないかという程でした。
「あっ、あんっ……真弥ちゃんの体、すっごい鳥肌立ってる……くふふ、そんなに嫌がらないでよぉ……ますます興奮して……射精止まらな…………あンッ……だめ、また出ちゃう……ぁんっ!」
 ビュルッ――そんな音が聞こえてきそうな程に勢いよく、結合部から白濁色の液体が溢れるのが見えました。そんな、と。思わず私は絶句してしまいました。それほどまでに、注ぎ込まれた精液が入りきらずに外に溢れ出すというようなことが、果たしてありうるのでしょうか。
 実際に目の当たりにしていて尚、私は信じられませんでした。
(……ぁっ……)
 そして、同時に。
 それほどの射精を受けるということが、一体どれほどの快楽を生むのだろうという妄想を、私は止められませんでした。



 どれくらい前からでしょうか。
「あっ、あっ、あっ、あぁっ、あっ、あっ!」
 愛奈さまに突かれても、真弥さんは声を抑えなくなっていました。その声はもう隠しようがないほどに艶を帯び、全身はほんのりピンク色に上気し、ほとんど絶え間なくと言っても良いほどに痙攣を繰り返していました。
「あひぁっ、あぁっ、ひぃっ、ああぁっ、ひぅっ、あああぁう!!」
 喘ぎっぱなしの口元からははしたなく涎を溢れさせ、時折歯の根が合わないとばかりにガチガチと音を鳴らしながら。
「らめっ、らめっ、らめっ……………………あっッーーーーーーーーーーーーッ!!!」
 ビクビクビクッ!――真弥さんの体が大きく跳ねます。脱力したその体を、愛奈さまは容赦なく起こし、今度は愛奈さまの上に跨がせる形で下から激しく突き上げ始めます。
「あっ、あっ、あっ……やっ、いやっ……いやぁあっ!!」
 気のせいでしょうか。真弥さんの“イヤ”の理由が変わっているのではないかという気がしました。それは言うなれば、禁煙を誓ったニコチン中毒者が、タバコを勧められた際に口にする拒絶の言葉に近い響きを持っているように感じられるのです。
「い、やっ……ま、またっ……ひぐっ……やっ、止めっ……あっ、あぐぅぅぅぅう!!!!!」
 真弥さんは何かに耐えるように身を屈め、歯を食いしばりながら身を震わせます。いいえ、“何か”などという不確かな言い方をするまでもありません。真弥さんが耐えているのは、絶頂による快楽そのものでした。
 くすりと、愛奈さまが小さく笑いました。
「……ねえ、真弥?」
 どういった心境の変化でしょうか。真弥さんの名を呼び捨てで、愛奈さまは続けます。
「随分“良さそう”だけど…………私の、そんなに良い?」
「ぁっ……」
 惚けたように、真弥さんはまだ焦点のうつろな目で愛奈さまを見下ろしていました。その目には、恐らくまだ自覚はないのでしょうが、はっきりと焦燥の色が浮き出ていました。そしてその“焦れ”の正体が、愛奈さまが動きを止めたことによって引き起こされていることも、真弥さんには解っていないようでした。
「ほら、真弥答えて? 処女じゃなかったんだし、私以外にも経験あるんでしょ? その中で、何番目に良い?」
「ひぁっ、あん!」
 答えを急かすように、愛奈さまは一度だけ真弥さんの体を突き上げました。それで真弥さんにも――自分が一体“何”に焦れているのかが解ったようでした。
「あ、あう……あ……」
 真弥さんの声にならない声が、その心中を如実に現しているかのようでした。絶対に認められない事実と、体が欲して止まないものが天秤の両側にそれぞれのしかかり、激しく揺れているような。そんな心中が見てとれるほどでした。
(そんなに……)
 と、思わざるをえません。先ほどまで、間違いなく真弥さんは愛奈さまを憎み、隙あらばそののど笛を噛みちぎらんばかりに憎悪していました。その真弥さんがほんの1,2時間でここまで変わってしまう程のことなのでしょう。
 愛奈さまに抱かれる――それに伴う快楽というものは、“それほどのもの”という証左に他なりませんでした。
「私の方がイイって言わないなら、続きしてあげない」
 真弥さんの答えに焦れるかのように、愛奈さまは冷たく言い放ち、真弥さんの体をどかそうとするような素振りをしました。
 “それ”がきっかけでした。
「い、……いい……」
「なぁに? もっとはっきり言わないとわからない」
「ぁっ……待って……、あ……あいなの、ほうが……いい…………」
「“あいな”?」
 露骨に機嫌を悪くしたような愛奈さまの声に、傍観者の私まで肝が震えました。恐らく真弥さんはその比ではないでしょう。
「ひぃっ……あ…………あいな、さまの、ほう、が……いい、です……」
「ふぅん?」
 真弥さんの答えに満足されたのでしょう。愛奈さまの声は満足そうでした。
「じゃあ、どれくらい“良い”?」
「あっ……」
 そして、再び真弥さんの体を揺さぶるようにして、抽送を再開させました。
「あっ、あっ、あッ!」
「ほら、真弥。答えて? 答えないと止めちゃうよ?」
「あっ、イヤッ……止めないで…………愛奈さまの、方が……ずっと良い…………気持ちいい!!」
 私は目を疑いました。私が瞬きをした刹那のうちに、真弥さんがそっくりな別人に置き換えられたのではないかとすら思いたくなりました。
 愛奈さまに抱かれながら、“良い”と甘い声で呟くその女性は、私が知っている真弥さんではなくなっていました。
「本当に? さっきまで私に中出しされるのあんなに嫌がってたのに、それなのに私の方がイイの?」
「あっ、ぁっ、イイのぉ……すっごくいい……溶けちゃいそうなくらい気持ちいいぃぃ……!」
 自ら口に出して認めることで、真弥さんの中にあった最後の箍が外れてしまったのかもしれません。いつしか、真弥さんは自ら腰を使い始めていました。ぐちゅにちゅと卑猥な音が、二人が繋がっている場所から絶え間なく盛れ続けます。
「あぁっぁああっ、いいいっ!! 気持ちいい……気持ちいい! あぁぁぁあ!!」
 もどかしそうに身をくねらせ、涎まみれの唇に指を引っかけるようにして舐め回しながら、真弥さんは淫らに腰を振り続けます。
 そんな真弥さんの体を、愛奈さまは唐突にひょいと持ち上げるようにして、自分の上からどかしてしまわれました。
「ぁっ、ぇ……そんな……」
 大好物の骨付き肉の匂いだけ嗅がされて、目の前から消された犬のような声を上げる真弥さんを余所に、愛奈さまはむくりと体を起こし、布団の上に立たれました。その股間からは今尚隆々と、女性的な体つきには余りに似つかわしくない肉の槍が天を仰いでおり、二人分の体液にテラテラと濡れたそれを見ているだけで、私は思わず生唾を飲み込んでしまいました。
「あいな、さま……あの……」
 真弥さんは尿意でも我慢しているかのように太ももをすりあわせながら、まるで蜜の匂いにミツバチが引き寄せられるように、愛奈さまの股間へと身を寄せていきます。それは誰にそうしろと命じられたわけでもない、紛れもなく真弥さんの意思による行動でした。
「お、おねがい……します……もっと、もっとしてください……おねがいします……」
 はぁはぁと息を乱しながら、もはや辛抱できないとばかりに自ら股間を弄りながら。
 真弥さんは懇願していました。それはもはや禁煙に苦しむ愛煙家などという表現では生ぬるく感じられる光景でした。もっと強烈な、麻薬切れの禁断症状に苦しんでいる中毒患者そのものでした。
「くす……そんなに欲しいの?」
「は、はい!」
「じゃあ、おねだりして見せて」
 真弥さんは、迷いすらしませんでした。はい、と小さく言うなり、自ら布団の上で足を開き、ドロドロになった秘裂を指で開きました
「おねがいします……愛奈さまのおちんちんを真弥のおまんこに挿れてください」
「んー、どうしよっかなぁ?」
 真弥さんの“変化”を楽しむように、愛奈さまはくすくすと笑っておられました。しかし、当の真弥さんにしてみれば、それは笑い事ではなかったのでしょう。
「お願いします! 愛奈さま、どうか……お願いします、お願いします」
 必死な人の姿を笑うことは、人として恥ずかしいことです。しかしそれを鑑みても、今の真弥さんの姿は余りに滑稽なものに、私の目には映りました。
「くす……じゃあ、まずしゃぶってみせてよ。上手に出来たら、ごほうびに挿れてあげる」
 愛奈さまの答えに、真弥さんは忽ち笑顔になりました。さながら、地獄で蜘蛛の糸を見つけたカンダタのような気分だったのではないでしょうか。
 弾かれたように肉槍にむしゃぶりつこうとする真弥さんを、愛奈さまはその頭を掴んで強引に止めました。
「真弥、する前に何か言うことは?」
「ぁ…………あ、愛奈さまのおちんぽ……しゃぶらせて、いただきます……」
「んー……ま、いっか。じゃあ、やってみせて」
「はい!」
 愛奈さまの手がどけられ、真弥さんは早速とばかりにむしゃぶりつきました。それはもう必死を通り越して鬼気迫るといった勢いで、じゅぽじゅぽと汚らしく音を立てながら。
「はあむっ、あむっ……じゅぼぼぼっ、んぐっ、はあっ……あいな、はまほ……んぐっ……おちんぽ汁、おいしひれふっ……んぐぐっ……じゅぶっ、んぶぶっ!」
 うっとりと目を細めながら、真弥さんは限界まで肉槍を頬張り、頭を前後させます。
「ふふ、そんなに美味しい? じゅぼじゅぼ音を立てて、唾液ごとゴクゴク喉を慣らして飲むくらいに美味しいの?」
「はひっ、おいひい、れふっ……あいな、ははほっ、おひんぽ、じる……じぃんって、頭シビれるくらひっ……おいひっ……んぐっ……んぶぶっ!」
「アハハ、何言ってるか全然わかんないよ。喋ってる時くらいしゃぶるの止めたら?」
「んんっ、ンンンンッ!!!」
 真弥さんは先端を咥えたまま、小さく首を横に振ります。そんな真弥さんの頭を、愛奈さまが掴んだかと思った瞬間、グググと強引にねじ込みました。
「そんなにしゃぶるの好きなら、根元までしゃぶらせてあげる」
「んんッッ、んんんんっっぐっ!!!」
 真弥さんが不自然に体を痙攣させ、手足をばたつかせます。一体、どれほど奥まで挿入されたのでしょう、真弥さんの目がぐりんと白目を向くのが見えました。
「アハッ、いい顔! ……ンッ……このまま出しちゃうよ?」
 そうして奥まで咥えさせたまま、ぶるりと愛奈さまが体を震わせます。
「ンンンン〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッ!!!!」
 真弥さんが喉奥で噎び、体を痙攣させます。絶頂による脱力でしょうか、フッと愛奈さまの手の力が緩んだ瞬間、真弥さんは堪りかねるように剛直から口を離しました。
「げほっ、けほっ、けほっ……!」
 大きく噎せる真弥さんの髪を愛奈さまは掴み、咳き込んでいることなどお構いなしに肉槍の先端を擦りつけます。今だ射精の続いている肉槍を擦りつけられ、真弥さんの顔は広範囲に渡って白く、どろりとした液体に汚されました。
「……嬉しいでしょ? 真弥」
 そうされることが――という意味なのでしょう。はいと、真弥さんは咳き込みながらも頷きました。
 その瞬間、愛奈さまが舌打ちをするのを、私は見逃しませんでした。
「真弥、四つん這い」
 愛奈さまが短く言うと、真弥さんはたちまち布団の上に四つん這いになり、愛奈さまに尻を差し出すような格好になりました。愛奈さまは真弥さんの後ろに膝を突き、待ち焦がれるように涎を垂らしている秘裂に容赦なく肉槍をねじ込みました。
「ああああっ!」
 語尾にハートマークが付随しているような、そんな甘い声でした。愛奈さまは真弥さんの腰を掴み、まるで苛立ちをぶつけるように激しく突き上げます。
「あっ、あァッ! あぁぁん! あんっ、あん! あぁぁっ、愛奈さまっ、愛奈さまぁっ!!」
 真弥さんの体への気遣いなどまるでないような、そんな激しい抽送を受けて尚、真弥さんはサカった動物のような声を上げ続けます。心なしか、愛奈さまの動きがより乱暴なものへと変わったように、感じられました。
「あぁぁあっ、あぁーーーーーーーーッ!!! あひっ、あぁぁあっ! ひぁぁあっ……やっ、すごい、れすぅ……コレ、スゴい……い、イきっぱなしで、止まらなっ……あーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!!!」
 真弥さんは狂ったように「気持ちいい」を連呼し、叫び続けていました。この光景を見て、一体誰が“無理矢理”から始まったものだと思うでしょうか。
 真弥さんは、もはや完全に愛奈さまの虜となったようでした。
「はぁはぁはぁ……あいなひゃまぁ……はやふっ……くらひゃい……あいなひゃまっ、の……へいえひっ……まやに、いっぱいくらひゃい……あひンッ!」
「……そんなに欲しいの? 私の精液」
 真弥さんに被さりながら、愛奈さまが被さるように囁きます。
「はひっ、ほしっ、れふっ……いっぱい……どぴゅどぴゅっへぇ……はぁはぁ……なはらひ……きもひぃ……れふぅ……」
「くす……最初はあんなに嫌がってたのに」
 それはもう、殆ど吐き捨てるような言い方でした。愛奈さまはついと体を起こし、事務的とすら言える腰つきでさんざんに真弥さんに声を上げさせた後。
「……っ……」
 最後の射精の瞬間だけは、真弥さんから体を離すように引き抜いてしまわれました。
「ふぇ……?」
 どうして――真弥さんの呟きには、そんな響きがありました。その尻に、背にお世辞にも大量とは言えない精液が降りかかるのを感じながら、何故中に出してくれなかったのかと。
「あの……あいな、さま……」
 恐る恐る体を起こし、真弥さんは愛奈さまの方へと向き直りました。その目が、いつになく冷たい輝きを放っていることは、真弥さんにも解ったようでした。
「あ、あの……何か……きゃっ」
 真弥さんの悲鳴は、愛奈さまに突き飛ばされた際のものでした。
「えっ、えっ……?」
「もういい。飽きた」
 愛奈さまは短くそれだけを言うと、手早く衣類を正し始めました。そんな愛奈さまを前に、真弥さんは顔色を蒼白にしました。
「どうし……え……? あ、あの……私、何か…………きゃあっ!」
 尚も食い下がろうと、着替えをする愛奈さまの手を取ろうとした真弥さんを、愛奈さまは再度、前回とは比べものにならないほどに強く突き飛ばしました。
「飽きたって言ってるの。次に許可無く私の体に触れたら、両目をえぐり出して鼻を削いでやる」
 ひぃと、真弥さんは怯えたように声を上げ、身を縮めるように肩を抱いてその場に座り込んでしまいました。愛奈さまの声には、決して冗談ではないと思わせるだけの力がありました。
「あぁぁ……愛奈、さま……」
 真弥さんは尚未練が残るのか、愛奈さまの姿を見上げながら自慰に耽っていました。まるで、愛奈さまに抱かれているときの快楽を少しでも思い出そうとしているかのように。
「ちっ」
 と。そんな真弥さんを心底汚いものでも見るような目で見下ろし、露骨に舌打ちまでなさいました。そして着替えを終えるや、くるりと。まるで今存在を思い出したと言わんばかりに私の方を向かれました。
「あれ、梓まだ居たんだ。……くふふ、梓も好きだねぇ。飽きもせず、ずーっっと見てたんだ?」
「ぁ、いえ……その……」
 私は頬が熱くなるのを感じずにはいられませんでした。傍観していたのは、愛奈さまの命令でもなんでもなく、私自身がそうすることを望んだからに他なりません。それが人として恥ずべき行為に数えられるということを、私は今の今まで、愛奈さまに声をかけられるまで忘れていたことが、自分でも信じられませんでした。
「……物欲しそうな目しちゃって。そんなに私に抱いて欲しい?」
 えっ――愛奈さまの言葉に、私は言葉を失いました。きっと、顔も蒼白になっていたのではないでしょうか。
 愛奈さまの言葉が全くの的外れだったから――ではありません。その逆、私の欲求を寸分の狂いも無く見抜いていたからです。
「……なーんか消化不良だし、梓さえ良ければ口直しに抱いてあげてもいいよ?」
「ぁ……ぁ……」
 愛奈さまに見られ、愛奈さまに“誘われている”というだけで、背筋がゾワゾワと痺れるのを感じました。
 あの快楽を。“あの真弥さん”が“あのようになる”ほどの快楽を、私も味わうことが出来るかもしれないのです。その瞬間のことを妄想するだけで、体中に甘い痺れが走って力が抜けてしまうのを感じました。
 ……そう、このときの私はもう、狂い始めていたのかもしれません。“初めから”ではなかったのだと思う事が、せめてもの私の矜恃でした。
 私は、私の体は、愛奈さまを欲していました。愛奈さまに抱かれ、殺意を抱くほどの憎悪すらも容易く融和させてしまう天上の快楽を味わってみたいと思い始めていました。
「あ――」
 このときほど、私は口べたな自分を、決断の遅い自分を呪ったことはありませんでした。
 何故なら。
「なんてね、冗談。梓は“そういう娘”じゃないってちゃんと解ってるよ」
 私が答えるよりも先に愛奈さまはそう言い、ふいと風を切って廊下の奥へと消えていってしまわれたからです。その背に思わず手を伸ばしかけて、慌てて引きました。しかし私の耳には、いつまでも。いつまでも愛奈さまからのお誘いの言葉が残り続けていました。


 
 いつもの日常が、私の周囲に戻ってきました。あの座敷牢のような部屋から解放され、私は久也と共に離れの部屋で寝起きし、日々の仕事に従事する――以前との違いはといえば、十分に健康になった久也に愛奈さまからの呼び出しがかからなくなったことでしょうか。
 そう、久方ぶりに顔を合わせた久也は、見違えるほどに顔色も良く、心なしか体も一回り成長しているようにすら感じました。とはいっても、それでやっと年相応に見える程度である辺りが、どれほど命が危うい状況であったのかを如実に物語っていました。
 本来ならば、姉として久也の容態の回復を喜ばねばならない所です。ですが、私はどうしてもそういう気持ちになれませんでした。愛奈さまの治療を受ける都度、まるで人格ごと作り替えられているかのように変貌していく弟を、私は直視できなくなっていたのかもしれません。
 ……いいえ、“それだけ”であったならば、私はきっと久也を以前の久也に戻そうと、躍起になっていたことでしょう。私が“それ”すら諦めてしまったのはきっと――いえ、間違いなく。久也と愛奈さまの“実験”を目の当たりにしたからです。あのように裸の人間相手に嬉々としてダーツを投げるような久也を、自分の弟だと認めたくない――そんな思いが、私の中にあったのでしょう。しかし、同時に思うのです。久也に潔白であることを求められる程、私自身汚れの無い人間であるだろうか――と。
 あの日、あの時。目の前で愛奈さまに強姦される真弥さんを見ながら、私はいつしか自分自身を真弥さんに重ねていました。その妄想を楽しんでさえいました。必死に拒んでも尚、人外の力で組み伏せられ、陵辱を受ける真弥さんを羨みながら――いえ、もはや妬んでいたと言ったほうが正しいかもしれません。きっと、私自身“あの場”の熱気のようなものに絆されていたのでしょう。愛奈さまが去って尚、その熱気は私の体内に留まり続け、漸く頭が冷え自分が夫の居る身であることを思い出したのは夜、布団に入ってからでした。夫に対する申し訳なさもさることながら、自分ががひどく哀れで醜い生き物に思えて、その夜は一睡もできませんでした。
 そして、それほどに罪悪感に苛まれて尚。夫のことを想って尚。お屋敷の中で愛奈さまのお姿を見かける度に、私は愛奈さまに抱かれるという夢想を思い出さずにはいられませんでした。愛奈さまの細く白い指先を、その唇の動きを、気がつくと凝視してしまっているのです。時には、そのお声を耳にしただけで、下腹に疼きにも似た痺れが走ることすらありました。
 もちろん私は、自分が愛奈さまに対してそのような劣情を抱いていることなど極力おくびにも出さぬ様努めました。しかしそのように努めながらも、内心では愛奈さまに気づいて欲しいと願ってもいました。
 当然そのような私の自分勝手な妄想など現実になるはずも無く、真弥さんの件以降の平穏無事な日々を、私は焦れながら過ごさねばなりませんでした。


 人は、健康であることの幸福を、病気にかかってから噛み締めるといいます。同様に、毎日を平穏無事に過ごせているという幸福を噛み締めることができるのは、災厄がその身に降りかかってからなのかもしれません。
「……ねえ、あいなさま。もう“実験”はやらないの?」
 昼過ぎ頃。雑用を終えて離れの部屋へと戻ってきた私の足を止めたのは、障子戸の向こうから聞こえた久也の声でした。私は咄嗟に息を殺して、その場に屈み、耳を澄ませました。
「ヒーくんは、もっと実験したいの?」
「うん……ぼく、もっと実験したい」
 私と一緒の時には、絶対に口にしないような媚びきった声。久也のそんな声に、胸の奥が少しだけザワつきました。
「どうしよっかなー?」
 対する愛奈さまは、小悪魔のような口調でした。
「ヒーくんがシたいのは、ホントに実験なのかなー?」
「う、うん…………実験……シたい……」
 心なしか、久也の息が荒い様に感じました。私は居ても立っても居られず、思い切って少しだけ障子戸を開き、中の様子を盗み見ました。私の目に真っ先に飛び込んできたのは、部屋の中で膝を崩して座っておられる愛奈さま。そしてその膝の上で、背後から抱きしめられるような形で座っているパジャマ姿の久也でした。
「くす、ヒーくんは嘘つきだねぇ。…………ホントは違うんでしょ?」
 愛奈さまの手が、久也の腹部の辺りをなで回し、そのまま足の間へと降りていきます。手の動きに連動するように、久也が足を開き、無防備に晒されたその場所は、パジャマズボンの上からでもありありと解るほどに、パンパンに膨らんでいました。
「あっ…………アッ!」
 その膨らみを、愛奈さまの手が優しく上下に撫で摩ると、久也は女の子のように甲高い声で喘ぎ出しました。くすくすと、愛奈さまの笑い声が次第に大きくなります。
「ヒーくん、気持ちいい?」
 膨らみを撫で摩りながら、愛奈さまが甘えるような声で囁きます。久也は息も絶え絶えに喘ぎながら、何度も頷きました。
「あはっ、ヒーくんってば、自分で腰動かしちゃってるし。だんだん物足りなくなってきたのかなー?」
 躊躇って、久也は一度だけ頷きました。
「じゃあ、どうして欲しい?」
 ぶるっ――愛奈さまが微かに身震いしながら囁きます。舌なめずりをしながら、まるで獲物でも捕らえているかのように、両腕で久也の体を抱きしめながら。
「ま、前、した、時……みたい、に……」
「前した時みたいに?」
「お、おちんちん……握って、こしゅこしゅって、して、欲しい……」
「あはーっ! ヒーくん、お姉ちゃんにおちんちん握って欲しいの? こんな風にズボン越しじゃなくて、直接手でこしゅこしゅして欲しいの?」
 こくこくと、久也が小刻みに頷きます。私の脳裏にも、以前目撃した――愛奈さまにペニスを扱かれて何度も射精をする久也の痴態が蘇りました。愛奈さまのお力によって本来ならばあり得ない量、回数の射精を短時間に連続で経験した久也の体には、その際の強烈な快感が刻みつけられているのかもしれません。
「ぼく、あのときみたいに……いっぱいシャセイしたい……」
 はぁはぁと。焦れきった目で久也は愛奈さまの白衣をギュッと握りしめ、縋るように呟きました。
「ヒーくんってば、欲張りなんだから。……いっぱい、いーっぱい射精したいの?」
「うん……いっぱい、シャセイしたい……」
「じゃあ、ほら……自分でズボン脱いで、おちんちん見せて?」
 愛奈さまに促されて、久也は愛奈さまに抱きしめられたまま、自分の手でズボンと下着を足首まで下ろし、あぐらを掻くような姿勢をとりました。
「うふふ、もうすっかり大人おちんちんだねぇ」
 その股間に屹立しているペニスを見下ろしながら、愛奈さまは呟きました。その手が、久也の体を滑るように下り、まるで蛇が獲物に絡みつくような動きでペニスを握りしめます。
「あァッ!」
 愛奈さまにペニスを握られた瞬間、久也は体をハネさせながら声を上げました。
「イイよぉ、ヒーくんの声。声変わり前の、女の子みたいな声でハァハァ喘がれると、それだけで興奮しちゃう」
 愛奈さまは満足そうに舌なめずりをし、ペニスを優しく扱き始めました。その手は、みるみるうちにペニスの先端から溢れた蜜でぬらつき、にちゃにちゃと音を立て始めます。
「アッ、アッ、アッ!」
「うふっ、体びくんびくん跳ねちゃってるし。ヒーくんすっごく良さそーだねぇ?」
 れろり。喘ぐ久也の頬を舐めながら、愛奈さまはペニスを握っている右手の動きを徐々に早めていかれます。比例するように久也の喘ぎ越えが甲高く、声の感覚が狭くなっていきます。
「アァッ、アァッ! あっ………………」
 その刹那でした。突然愛奈さまの右手がペニスから離れ、寸止めをされた久也が間の抜けた声を上げながら、愛奈さまの方を振り返りました。
「はい、おしまい」
「えっ……あいなさま……」
 どうして――久也がそう口にする前に、その体は愛奈さまによって突き飛ばされ、畳の上につんのめっていました。
「どうしてやめるのかって? それはね」
 くるりと、愛奈さまが障子戸の方を向かれました。そしてそのまま、ずんずんと歩み寄ってこられます。
 まさか――私が慌てて逃げようとした瞬間、愛奈さまの手によって障子戸がぴしゃんと音を立てて開け放たれました。
「梓お姉ちゃんがのぞき見してるから、だよ」


 事態の変化に、思考能力がまったく追いついていませんでした。腰砕けになったまま、ただただ怯えて見上げることしか出来ない私を、愛奈さまは心底愉快そうに見下ろしておられました。
「えっ……ねえちゃっ…………どう、して……」
 久也のそんな呟きで、私は漸く自我というものを取り戻したように思えます。慌てて視線を久也の方へと向けると、久也もまた慌てて脱ぎ捨ててあったパジャマズボンを手にとり、自らの股間を隠そうとしていました。
「ねえ梓。私が気づいてないって本気で思ってた? 雑巾縫わせる為だけに、あんな部屋に入れたと本気の本気で信じてた?」
 愛奈さまの言葉に、私は冷や汗が止まりませんでした。何故なら、覗き見をしていた私を見下ろす愛奈さまは怒っている様子など微塵も無く、楽しくて堪らないといった顔をなさっていたからです。
「真弥とシた時だって、終始羨ましそうな目でガン見してたの、気がついてないと思った? その後も襲って欲しそうに、わざと私の目の前でお皿落としたりして、きっかけ作ろうとしてたよね?」
 間違いなく、私の顔は蒼白になっていたと思います。やはり、やはり愛奈さまはすべてご承知だったのです。承知の上で、私という矮小な存在を掌の上で転がしておられたのです。
「ねえ梓。あなたの望みを叶えてあげる」
「わた、しの……のぞみ……?」
 これ以上ないという程に楽しそうに、愛奈さまは頷かれました。
「私に抱かれたかったんでしょ? だから、その望みを叶えてあげる」
「あっ――」
 ぶるりと、体が震えました。それは私という意思よりも先に、体の方が愛奈さまの言葉に喜び打ち震えたような、そんな不可解な現象でした。
「梓、立って」
 ちょいちょいと、愛奈さまが指先の動きも交えて、私に立つように促してきました。私は深く考える暇も無く、ふらふらと立ち上がりました。
「あぁ……愛奈、さま……」
 そんな私の体を、愛奈さまが背後から抱きすくめてきます。思わず喜びの声を上げそうになった私を引き留めたのは、呆気にとられたように硬直しきっている、久也の姿でした。
「あ、愛奈さまっ……止めて、下さい!」
 久也の姿を見た刹那、のぼせ上がっていた頭が一気に冷え、私は咄嗟に愛奈さまのお手をふりほどこうとしました。しかし、それは同じ女性のものとは思えないほどに強靱な力で私の体を捉えたまま、離れる気配すらありませんでした。
「どうしたの? 梓の望みを叶えてあげるって言ってるのに」
「そんな……望み、など……せめて――」
 せめて――その先を口にしかけて、私は慌てて口を噤みました。くすりと、笑い声が耳の隣で聞こえました。
「せめて……ヒーくんの居ない別の部屋で、かな? 梓が言いたいのは」
「ち、違っ……」
「ふふっ、思った通り。ヒーくんの前でだけは、お姉ちゃんぶるんだ。…………ホントは、私とヒーくんのエッチな実験を覗き見して、ハァハァ言ってるような変態のクセに」
「っっっっ…………愛奈、さま……」
 愛奈さまの手が、女官服の上から私の体を這い回ります。腹部を、胸元を、そして首を、顎先を撫で、唇へと。
「ねえ、ヒーくん。さっき、“実験”がしたいって言ってたよね? ついでだから、ヒーくんの望みも叶えてあげる」
 愛奈さまの指が、私の唇を辿るように動きます。ぬらぬらと光沢を放っているのは、先ほど久也のペニスからにじみ出た液のようでした。愛奈さまはまるで、それを私の唇に塗りつけるように、執拗に指を這わせてきます。
「ヒーくんの前で、優しい優しい梓お姉ちゃんの仮面を一枚ずつ剥いで、本当はいやらしいことしか頭に無いインランの変態だって教えてあげる」
 姉弟の絆なんて壊してやる――最後の一言は、私にだけ聞こえる声で愛奈さまは呟き、そして――“実験”が、始まりました。



  “思い出したような抵抗”であったと、自分でも思います。抵抗をしなければ、抗わなければならないということをたった今思い出し、慌てて愛奈さまの手から逃れようとする――そんな泥縄的な反抗が、そもそも通じる筈もありませんでした。
「あはっ」
 愛奈さまは何とも楽しそうな声を上げながら、私の体をまさぐり続けます。それは愛奈さま自身が楽しむためというよりは、その様を久也に見せつけるためといった動きでした。
「あ、愛奈さま……どうか、お止め下さい……!」
「どうして? ヒーくんが見てるから? それとも――」
 にぃと、愛奈さまが口の端を歪めました。
「結婚してるから?」
「っ……そ、う、です……私には、夫が――」
「ふふっ、その割には、言うのが遅くないかなぁ? 普通、一番最初に言うよね?」
「それ、は……」
 その先に続く言葉を、私自身見つけられませんでした。夫の実家があのようなことになり、このお屋敷に来ることになる前は何度も酷い言葉を浴びせられましたが、それで夫のことを憎む筈もありません。むしろ申し訳なさばかりが募ったものです。夫の役に立つことが出来ないのならば、せめて貞淑な妻でありたいと思い続けていました。
 それなのに。今まさに夫以外の相手に貞操を奪われようとしているというのに。私は、胸の高鳴りすら――。
「嘘つき」
 私の心の動きなど、お見通し――なのでしょう。愛奈さまは嬉々として言葉を続けました。
「ねえ梓。口でしてくれない?」
「えっ……」
「梓の、口で、シて欲しいの。……いいでしょ?」
 聞こえないフリなど許さないと言わんばかりに、愛奈さまははっきりと、短く言葉を句切りながら再度言いました。
「で、出来ません……どうか、お許しを……」
「ダメ、許さない」
 愛奈さまに肩を掴まれ、私は無理矢理に膝立ちにさせられました。
「うふふ」
 そんな私の前で、愛奈さまは愉悦の笑みを浮かべながら緋袴の帯を解き、女性らしい体つきからは想像も出来ないほどに逞しく屹立したペニスを露わにしました。
「ひぁっ……」
 眼前にペニスを突きつけられ、私は思わず少女のように悲鳴を上げてしまいました。愛奈さまのそれ自体は以前にも目にしていましたが、いざ自分の前につきつけられると、記憶よりも数倍禍々しいものに見えました。
「どうしたの? 梓。結婚してるんだから、フェラくらい何回もやってるでしょ? 折角だし、ヒーくんにも見せてあげなよ。梓がいつもどうやってしゃぶってたのか」
「ひっ、ぃ……」
 愛奈さまは焦れるように、ペニスの先端を私の頬へと擦りつけてきます。頬に当たるペニスは硬く、ゾッとする程に熱を帯びていました。私はつい無意識のうちに斜め後方へ――久也の居る辺りへと視線を這わせていました。
 久也は、パジャマズボンをたぐり寄せたままの格好で硬直し、瞬きもせずに見入っていました。その目には侮蔑も、落胆もありませんでした。ただただ、私と愛奈さまという二人が出演する劇に見入っている観客そのものでした。
 いっそ――私の脳裏をよぎったのは、真弥さんと愛奈さまのやりとりです。あの時の真弥さんのように、愛奈さまのお力で強制されれば、久也に対しても面目が立つのではないかと。
 そう、私は気がつくと、懇願するような目で愛奈さまを見上げていました。しかし、そのような浅ましい性根など、愛奈さまにはお見通しなのでしょう。真弥さんの時のように、愛奈さまがそのお力を使う気配は微塵もありませんでした。
「……っ……ぁ……」
 強制されて、などではなく。あくまで自分の意思でやれと。そしてそれを私が拒めないであろうことまで、愛奈さまは見透かしておられるのでしょう。
 あれほど。そう、あれほど夢想し、求めて止まなかったものが目の前に突きつけられているのです。浅ましい私は、気がついた時にはまるで口づけをするように、ペニスに舌を這わせていました。
「……っ……ねえ、ちゃ…………」
 背中の向こうから、久也の驚愕したような声が聞こえました。まさか、という呟きまで聞こえてきそうな程の声でしたが、振り返ることなど出来ませんでした。
「あむ……んっ……」
 まさしく肉の槍のような愛奈さまのペニスは、こうして口づけをしているだけで体の芯が疼くようでした。自然と瞳が潤み、うっとりと細まります。
「んっ、イイよぉ……続けて?」
 そんな私の髪を撫でながら、愛奈さまが呟きました。私は久也に見られていることも忘れて、精一杯愛奈さまにご奉仕すべく、考えつく限りの方法で肉の槍をしゃぶり続けました。
「あんっ、梓ってば……純情そうな顔して、そんなコトまでシてたの?」
 肉の槍に夢中になっていた私の耳に、愛奈さまのそんな言葉が飛び込んできます。そこで始めて私は、じゅぽじゅぽと汚らしい唾液の音を立てながら先端をしゃぶり、頭を前後させていた自分に気がつきました。
 恐らく愛奈さまは、私が夫にも同様のことをしていたのだと思われたのでしょう。しかし、これだけは愛奈さまの思い違いと言わざるを得ません。確かに愛奈さまが言われた通り、口での奉仕を夫に強いられたことはあります。しかしただの一度も夫を満足させられたことは無く、ましてや我を忘れてしゃぶりついたことなど始めてのことでした。
 ごくんっ、ごく……気がつくと私は喉まで鳴らしていました。肉槍へとしゃぶりつきながら、その先端から溢れ出す蜜の溶けた唾液こそが、私に我を忘れさせた一因に他なりません。愛奈さまの蜜――透明で、量としても僅かなそれですら、理性を失わせる効果があるのでしょうか。私は頭の芯が痺れるような快楽を味わいながら、夢中になってしゃぶり続けました。
「あぁンッ……あンッ……ちょっ、梓ってばぁ、いくらなんでもがっつきすぎ。……ヒーくんも引いちゃってるよ?」
 にゅぷっ――愛奈さまに頭を押さえつけられる形で、私の口の中から肉槍が引き抜かれました。私の唇から、肉槍の先端へと伸びた銀色の糸がぷつりと切れた瞬間、私は身もだえする程の強烈な焦燥に襲われました。
 それは喉の渇きに似て否なる衝動でした。本能に突き動かされるままに眼前の肉槍へと手を伸ばしかけたのを、愛奈さまによって払われてしまいました。
「あっ……愛奈、さまぁ……」
 私はどうしても諦めきれず、再度手を伸ばしました。しかし肉の槍を捉える前に、ことごとく愛奈さまの手に払われてしまいます。
「ダーメ、梓。おあずけ」
 まるで、躾のなっていない犬にでも言うような口調でした。事実、私は完全に躾のなっていないメス犬に成り下がっていたのかもしれません。
「愛奈、さま……どうか……」
 舌が、喉が、体が。愛奈さまのペニスの先から溢れる蜜を欲しているかのようでした。ダメだと言われて尚諦めきれず、私は愛奈さまの方へ手を伸ばしては払われ、その都度愛奈さまの嘲笑を買いました。
「くすっ……梓、後ろを見なさい」
 言われるままに、愛奈さまが指を差した方向を振り返りました。そこには驚愕を通り越し、もはや恐れにも似た表情をした久也が居ました。
「ひさ、や……」
 久也の存在を認識することは、愛奈さまの蜜の味に狂わされた私の頭を幾分は冷静にしました。しかし、それだけでした。私はすぐに愛奈さまの方へと向き直り、蜜の匂いに誘われるままにペニスの先端へと食らいつきました。
「んはっ……んくっ、んむっ……じゅるっ、んんんっっぐっ、ぶふっ……じゅるっっぷっ! んぐぷふっ!」
 今度は愛奈さまの妨害もなく、私は汚らしい音を立てながら夢中になって肉槍を頬張りました。じゅるるっ、じゅぶっ、じゅぷっ――そんな音が、部屋の外まで響いているのではないでしょうか。羞恥心は、自分がはしたないことをしているという自覚は、もちろんありました。しかし、そういった要素を差し引いて尚、私は口での奉仕をやめられなかったのです。
「ンンッ…………美味しい? 梓。…………はい、おあずけ」
 そして、またしても頭を掴まれ、強引に引きはがされました。
「あぁぁ……愛奈さまぁっ……」
 開きっぱなしの口から涎を糸のように垂らし、陸に揚げられた魚のようにぱくぱくと開閉させる私の姿は、さぞかし滑稽に映ったことでしょう。その口の中では、先ほどまでの肉槍の感触を思い出そうとするかのように舌を動かしながら、私は自分が滑稽に映っていることを承知で、口戯の続きをねだらずにはいられませんでした。
「ふふっ、もっとしゃぶりたい?」
「はいっ……はいっ……お願いします……どうか……!」
「じゃあ、ちゃんとおねだりしてみせて?」
「おね、だり……?」
「そ。おちんぽしゃぶらせてくださいって、ちゃんとお願いするの。…………ヒーくんの前で」
「ぁ…………」
 ぞくん――愛奈さまの言葉に、私は再度久也の方を振り返りました。しかし、逡巡は長くはありませんでした。人としての体面も、姉としての威厳も、まるでどこかに置き忘れてきたかのように、私の中には存在しませんでした。
「おちんぽ……しゃぶらせて、ください」
「ダーメ、聞こえない」
「おちんぽ、しゃぶらせてください!」
「あはーっ! ダメダメ、もっともっと、頭悪そうにおねだりしてくれなきゃ、しゃぶらせてあげない」
「おちんぽっ……あいなさまのおちんぽ、じゅぽじゅぽさせてください! お願いします、お願いします、お願いします!」
「アハハハハハハハハハッ!!! …………まだ足りないなぁ、そーだ、梓。服脱いで、裸で土下座しながらやってみせてよ」
 これほどまでに嘲られ、指を差して笑われて尚、私には愛奈さまに対する憎しみはおろか、怒りすら湧きませんでした。それどころか、愛奈さまに新たな要求が出されるやいなや、あられもなく女官服を脱ぎ捨てていました。
「おね、がい、します……おちんぽ、しゃぶらせて、ください」
 愛奈さまに言われた通り、私は一糸まとわぬ姿になり、三つ指をついて土下座をして懇願しました。
「うわぁ、ホントにやっちゃうんだ。これにはさすがの私も引いちゃうよ? ねえ、梓には人としてのプライドとか、羞恥心とか無いの?」
「……っ……愛奈、さま……」
「ふふっ……まだだよ、梓。勝手に頭上げていいなんて、私言ってないよ? ねえねえ、いくら私のが欲しいからって、さすがにそれは無いって自分で思わないの? 実の姉のこんな姿を見せつけられるヒーくんの気持ちとかちゃんと考えてる?」
 愛奈さまの言葉が、鋭い刃物のように容赦なく、私の心を切り刻みます。しかしそれでも尚、私の体は愛奈さまを求めて止まず、むしろ愛奈さまに嘲られれば嘲られるほどに、快楽にも似たものを感じ始めていました。
「いいよ、梓。顔を上げて?」
 恐る恐る、私は顔を上げました。
「ほんと、欲しくて堪らないって顔してる………………ねえ梓、もう一度おねだりしてみせて?」
「おちんぽ……あいなさまの、おちんぽ……しゃぶらせてください、おねがいします……おねがいします!」
「アハハハハハ! 梓ってば必死すぎー!………………じゃあ、いっぱい楽しませてもらったことだし、そろそろご褒美をあげよっかなぁ?」
 愛奈さまは、まるで私に見せつけるように、自らの手で肉槍をしごきながら私の眼前へと近づけてきます。我慢できずに食らいつこうとする私の頭を、愛奈さまが押さえつけるようにして引きはがしました。
「違うよ、梓。四つん這いになるの」
 目を見開き、見上げる私を、愛奈さまは意地の悪い笑みと共に見下ろしました。
「言ったでしょ、ご褒美をあげるって。……ヒーくんの前で全裸土下座までした梓を、今度はヒーくんの目の前でアヘらせてあげる」


 正直に言います。私は愛奈さまのお言葉の通りに四つん這いになりながらも、その実、愛奈さまの言われた“アヘらせる”というのが一体どういうことなのか解りませんでした。いいえ、もしかすると解ろうとすらしていなかったのかもしれません。
 何故なら。
「はーっ…………はーっ…………はーっ…………」
 愛奈さまに背を向ける形で四つん這いになった私はもう、愛奈さまに抱かれることしか考えられないケモノになってしまっていたからです。
 そう、ケモノです。息使いはまさしく手負いのケモノそのもの――いいえ、もはやケダモノと言い換えるのが正しくすら思えます。
「は、はやく……」
 本来ならば、仕えるべき主人である愛奈さまに催促などもってのほかです。しかし私は我が身を襲い続けるあまりの焦燥に矢も立ても堪らず口にしていました。
「くす」
 そんな悪戯っぽい声。続いて、腰の辺りに触れる手。
 あぁ――思わず声が出てしまいそうなほどに、期待に胸が膨らみます。
「ひゃん」
 あまりに期待が募りすぎて、秘部に先端が触れただけで変な声が出てしまいました。そのまま一気に――とはいかず、愛奈さまはまるで互いの性器をなじませるように、先端部をぐりぐりと回転させながら押しつけてきます。
「あ、あ、あぃ、ぁ……」
 堅い肉の槍の先端で小陰唇を刺激され、私は切れ切れの呼吸の合間に声を漏らしてしまいます。早く、早く奥まで来て欲しい――そんな思いが募って、私は自ら尻を振り、愛奈さまの方に体を寄せようとした、その時でした。
「ぃひぁっ………う、ひぃぃっぃ……!」
 先端部がめり込み、膣内がぐいと押し広げられました。
「くひっ、あふっ……ぁふっ……!」
 ゾクゾクゾクッ――極太の肉槍が私の中を広げながら、奥へ奥へと入って来て、爪の先まで痺れるような快楽に全身から力が抜けてしまいます。私は上半身は伏せ、お尻だけを愛奈さまに差し出すような体勢になりながら、ただただ快感に打ち震えることしか出来ませんでした。
「あっ、あっ、あっ……おっ……オッ……ッッッッ!!!!」
 あまりの快感に、ぐりんと白目を向きそうになってしまいます。気がつくと、舌を突き出すようにしながら、動物のような声を上げていました。真正面に居る久也には、さぞかし間抜けな顔に見えていたことでしょう。
「オ、オぐゥ……ま、まだ……入っっ……ひぎぃぃぃッ!!!」
 いけないことだとわかっていても、私は夫のそれと比べずにはいられませんでした。愛奈さまのそれは、夫のそれに比べてあまりに堅く、太く、長く、力強く反り返っていました。
 私が覚えていた、私の体が記憶していた、夫のペニスの記憶は、愛奈さまの一撃で脆くも崩れ去りました。
「うふふっ、どうしたの? 梓。さっきからキュンキュン締めまくりだけど、まさか“挿れただけでイッた”の?」
 イく――それは、絶頂のことです。しかし私はそれを夫とのセックスで経験したことはありませんでした。だから、自分が今絶頂しているのかどうかすら解りませんでした。
「……梓、私……無視されるのって嫌いなの」
 ずんっ――愛奈さまが、少しだけ腰を引いて、私の奥を小突いてきます。それだけで、私は声を上げて体を跳ねさせていました。
「うふっ、イイ声。………………ねー、梓。“旦那さんの”とどっちがイイ?」
 耳の後ろで、愛奈さまの甘えるような声が聞こえました。愛奈さまは私に密着し、体を抱きすくめながら、短く、小刻みに腰を使ってきます。
「あっ、あっ、あンッ! あっ、あっ、あッ!」
 愛奈さまが動く度に、私はあられもない声を上げずにはいられませんでした。もちろん質問に答えなければという思いはあったのですが、快感に翻弄されてそれどころではありませんでした。
「どうしたの? 梓。答えないなら止めちゃうよ?」
 その快感の供給が、唐突に止まりました。愛奈さまがペニスの先端を私の一番奥に押し当てたまま動きを止めてしまわれたのです。
「ぁっ、ぁあ……あいな、さまぁ……」
 瞬間、先ほどの――口での奉仕を途中で止められた時とは比較にならないほどの焦れに、私は襲われました。
「梓、質問に答えて」
「あヒぁッ!? あぁぁぁぁぁぁぁあ!!!」
 ぐりん、ぐりんとペニスの先端で子宮口をほじくるように刺激されて、私はあられも無い声を上げながら体を跳ねさせました。
「あ、あいなさま、れひゅっ……」
 答える最中も同様にされ、私は舌をもつれさせながらも必死に答えました。キャハハと、無邪気な笑い声が聞こえました。
「ちょっとちょっと、梓ぁ。空気読んでる? そこは嘘でも夫に操を立てるところでしょ?」
 愛奈さまはつまらなそうに、しかしどこか楽しそうに言葉を続けました。
「今まで“恋人つき”の娘とは何度もシたけど、みんな最初は恋人を庇ったりしてたよ? 梓みたいに即オチしちゃう娘なんか一人も居なかったよ?」
 恐らく愛奈さまは、私という女がどれほど人として最底辺に位置する存在であるかを教えて下さっているのだとは思います。ですが、私は愛奈さまの折角のお言葉すら、その殆どを右から左に聞き流してしまっていました。
 それよりも。
 それよりも、早く、愛奈さまに動いて欲しくて、あの爪の先まで痺れるような快楽をもっと味わいたくて、うずうずしていました。
 聡明な愛奈さまは、浅ましい私の心の動きをすぐに察されたのでしょう。耳の後ろでくすりと小さく笑われた次の瞬間には――
「あっっっっ、いぃぃっぃいいィィ!!!」
 ずんっ、と一突きされ、私は歯を食いしばりながらも声を荒げていました。
「うふふ、インランでヘンタイな人妻の梓には言葉責めなんて無駄だったね。ほらっ、ほらっ、こうして欲しかったんでしょ?」
 愛奈さまは体を起こして、私の腰をしっかりと両手で掴んで、まるで杭でも打ち込むように突き上げてきます。先ほどまでのような生ぬるい抽送とは明らかに違う刺激に、私は殆ど叫ぶように声を上げ続けました。
「ふふっ……まだ、まだだよ、梓。ちょっとずつ、梓のナカを調べて、一番弱いところ見つけて、たっぷりホジってあげる。白目向いちゃうくらい気持ち良くさせてあげる」
「あ、あいな、さま……あひっ……んぃぃぃいィィィッ!!!!!」
 愛奈さまが言葉の通りに、ペニスの先で私の中を余さず抉るように腰をくねらせてきます。たちまち視界に火花が散りました。体がびくんびくんと勝手に跳ね回って、身も心も蕩けそうな快楽に私は声を何度も何度も頭の中が真っ白になりました。
「んー? ココかなぁ?」
「や、やめっ……ひぃっ……ひぁっ、そ、そこ、らめっっ……あァァァァァッ!!!!」
 ぐり、ぐりと体の中でペニスが向きを変えながらあらゆる場所を刺激してきます。まるで、堅い肉の槍が不定型に形を変えながら私の弱い場所を探っているようにすら思えました。
「あ、あふっ、あふっ、あふぅっ……んぃぃっ、うっ……はぅっ……あっ、ッッ……っっっ――――――――ッッッ!!!!」
 ビクビクビクッ――“その場所”を刺激された瞬間、私は体が痙攣するように震え、歯の根が合わないほどの快楽に襲われました。そしてそれは、私を抱きしめたまま腰をくねらせている愛奈さまにも伝わったようでした。
「あはぁ、梓の弱い所見〜〜〜っけ」
 愛奈さまが腰をさらにくねらせ、“その場所”にぴたりと先端を宛ててきます。
 私は、恐怖せずにはいられませんでした。
「ま、待っっ………………〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっ!!!!」
 次の瞬間、快楽と呼ぶにはあまりに暴力的な波に、私の意識は攫われました。ほんの一瞬のことですが、間違いなく私は失神していました。一瞬で済んだのは、“次の波”で強制的に覚醒させられたからに他なりません。
「あはぁ、梓の体、面白いくらいビクビクって跳ねてるぅ……あンッ……キュンキュン締まって、気持ちいいよぉ……もっと、もーっっと突いてあげる」
「やっ……も、もう…………ひっ、あひっ、ひぃぃぃいいいいッ!!!!」
 歯を食いしばりながら、私は快楽に耐え続けていました。そうしなければ、容易く意識を失ってしまいそうでした。
「も、もう……許ひっ……いひぃぃぃいぃッ!!!」
「ダーメ、許さない。次は私がイくまで、ガン突きしてあげる」
 悪魔のような声で囁き、愛奈さまが体を起こします。そして私の腰のくびれを掴むや、言葉の通りに――。
「あーーーーーーーーーーッ!!!! あーーーーーーーーーッ!!!!! あーーーーーーーーーーッ!!!」
 愛奈さまに狂ったように突かれながら、私は絶叫することしか出来ませんでした。そう、そのように荒々しい動きにもかかわらず、愛奈さまのペニスの先は的確に私の急所を捉え続けるのです。こんなことを続けられては、私でなくても――たとえば真弥さんのように愛奈さまを憎んでいる方でも――虜にされてしまうのは、無理のないことのように思えました。
 ……いいえ、結論から言えば。私の考えは、全然甘いものでした。このときの私は、まさかさらに“これ以上の快楽”があるなどとは、夢にも思っていなかったのです。
「あンッ……あンッ……ンッ……締まっ、るぅ…………はぁはぁ……ねぇ梓……そろそろ私もイッていーい?」
 甘く、恋人に媚びるような声でした。
「うふふ、このまま梓の一番奥に、どぴゅどぴゅって、濃ぉいの、たっぷり出してあげる。ね、いいでしょ?」
「あ、愛奈、さまっっ……」
 頭の悪い私は、漸くにして愛奈さまが言わんとしていることを理解しました。夫の居る身で、夫以外の人間の精子を子宮に受けるということの罪深さは、私のような人間ですら肝が冷えるものでした。
「愛奈、さま……どうか、お、お許しを……そ、それだけは、どうか……」
「アハッ、なーに? 聞こえなーい。ねえねえ、ほら、何か止めてほしいコトがあるなら、もっと大きな声ではっきり言って?」
 愛奈さまは息を荒げながら、ますます肉槍を猛らせながら、遮二無二に突き上げてきます。その一撃一撃で、私は小刻みにイかされながらも、それでも必死に懇願しました。
「な、中っ……はぁっ……中はっ、外、にぃっ……!」
「なぁに? 梓ってはば、インランのヘンタイ人妻のくせに、中出しは嫌なの? ねえねえ、嫌なら嫌だって、ちゃんと言って? 中はダメェって、ねえほらっ」
 こころなしか、愛奈さまは早口でした。それだけ、愛奈さまの限界が近いのだと――私は必死で、叫ぶように言いました。
「中っ、はっ、ダメッ……中は、ダメぇええ!!!!」
「アッハ! ……でも、だーめ、中で出しちゃう。…………うっ……ンッ!」
 ごちゅっ、そんな音を立てて、肉槍の先端が子宮口に口づけをするように密着した瞬間――
「ひぁっ……やっ、だ、だめっっ………………あっ、あああああァァァァァァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!!!」
 ねっとりと濃い液体を大量に注ぎ込まれながら、私はのけぞりながら声を上げていました。
「あぁぁぁぁぁ……出るッ……出ちゃうっ…………精子、いっぱい出ちゃうぅぅ…………ゥンっ…………ぁんっ……ぁンッ…………あー出るっ……出るぅぅ!」
 息が出来ないほどに強く私の体を抱きしめながら、愛奈さまが甘えるような声を上げながら、何度も、何度も射精を繰り返します。
「あひっ……こ、これ…………しゅごひぃぃぃっ………………!」
 濃厚な精液を注ぎ込まれながら、私は歯を食いしばり、食いしばった歯の間から泡になった涎を溢れさせながらイきつづけていました。そう、私は思い違いをしていたのです。真弥さんが虜となってしまったのは、肉槍のたくましさ故でも、急所をひたすらガン突きされる快楽でもなかったのです。それらの白目を向きそうになる快楽ですら色あせて思えるほどの、中出しの快感こそが――!
「あひっ……ま、まだっ……出っっ……もう、入らなっっ……くひぃぃっっ……お、オォ……おぐっぅ……オオォォッ!!!」
 あまりの快感に、体の痙攣が止まりません。両目から涙を溢れさせながら、だらしなく舌を見せながら、私は殆ど白目を向いた顔で喘ぎつづけていました。
 そう、愛奈さまの言葉通り――私は実の弟の目の前で、“アヘらされた”のです。



「あひぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!!!!」
 子宮が揺れるほど強く突き上げられ、私は絶叫しました。くらりと意識を失いかけた私の体は愛奈さまの手によって引き起こされ、入れ替わりに体を倒した愛奈さまによって、強制的に騎乗位の形にさせられます。
「あ、あいな……ひゃまぁぁぁ……あふっ、あンッ、ああぁっ! あーーーーーーーッ!!!」
 さらに、ずん、ずんと立て続けに突き上げられ、私は腹部を跳ねさせながらイき続けます。一体何時間、そうしてイかされつづけていたのでしょう。気がついた時には外は暗く、日が暮れてしまっていることから、少なくとも数時間は経っているはずでした。
「きもひいい……きもひいいれふっ……あーーーーーッ! あーーーーーーッ!!!」
 ゾクゾクゾク――ッ愛奈さまの逞しすぎる肉槍が粘膜を擦りあげる度に、私は際限なくイかされます。もはや声を抑えることも、腰の動きを止めることも不可能でした。
 愛奈さまの精液には、媚薬のような成分でも含まれているのでしょうか。中に出され、それを塗りつけるように肉の槍で粘膜を刺激されると、それまでとは比較にならないほどの快楽に襲われるのです。
「……梓ってば、大声出し過ぎ。多分お屋敷中に聞こえちゃってるよ? それに、いいの?」
 愛奈さまが、突然突き上げるのを止めてしまわれたので、私は忽ち気が狂わんばかりの焦燥に襲われました。
「やっ、ぁっ……やめちゃ、やぁ、れすぅ…………」
「アッハ、梓ってばオナニー覚えたサルみたいになってるし。…………たまにはヒーくんのことも思い出してあげなよ」
 愛奈さまに促されて、私は部屋の隅へと目をやりました。涙で歪みきった視界に映ったのは、かつて私が弟と認識していた存在でした。何が哀しいのか、両目から涙を溢れさせながらも、膝立ちになって自らのペニスを必死に扱いているようでした。
「うふふ」
 悪戯っぽく愛奈さまが笑い、私の視界がまたしてもぐるりと回転しました。俯せに寝かされ、四つ足のケモノのような姿勢をさせられます。愛奈さまに抱かれながら、様々な体位を取らされましたが、どうやら愛奈さまはこの体位が一番お気に入りのようでした。
 そして私も、愛奈さまに最初に抱かれた体位ということで、気がつくと最も興奮を覚える体位になっていました。
「ほら、梓。ちゃんと見てあげなよ」
 愛奈さまは私の髪を掴み、ぐいと久也の方を向かせます。久也は滑稽なほどに、必死に自らのペニスを扱いていましたが、どうしても絶頂に達せないらしく、苦しげな息を漏らしながらもその行為を愚直に続けていました。
「ヒーくんったら、私と梓がエッチしてるのを見て、我慢出来なくなっちゃったみたい。だけど、自分じゃうまくイけないみたいなの。……ねぇ梓、手伝ってあげてくれない?」
 愛奈さまのお言葉の意味が、すぐには理解できませんでした。私の沈黙を、戸惑いをあざ笑うように愛奈さまは笑い、そしてぬ゛るりと肉槍を抜いてしまわれました。
「やっ……愛奈さまぁぁぁっ……」
 忽ち、私の全身は禁断症状に襲われました。先ほどまでたっぷりと中に出され、膣内に塗りつけられていた白濁汁はペニスを抜かれた途端、まるでかぶれたように強烈な痒みにも似た疼きをもたらしました。
「ぬ、抜かないで……下さいぃ…………つ、続きを……続きを、お願い、します……」
 禁断症状はそれだけではありませんでした。肺に綿でも詰められたように息が巧く吸えず、視界がぐらぐらと揺れました。それまでの快楽が強烈であっただけに、その反動も凄まじいということなのでしょうか。
 涙、鼻水、涎をいっぺんに溢れさせながら、気がつくと私は愛奈さまに縋り付いていました。
「お願い、します……欲しい……欲しくて、堪らないんです……愛奈さまァァ……」
「続きして欲しい? 梓」
「は、はいっ!」
「じゃあ、ヒーくんに口でしてあげて。上手にイかせられたら続きをシてあげる」
 私は、耳を疑いました。しかし愛奈さまは二度は言わないとばかりに、ぺしんと苛立たしげに私の尻を叩きます。
「ほら、早く」
「は……はい!」
 不機嫌そうな愛奈さまの声に、私は怯え混じりに返事をしながら、久也の股間へと身を躍らせました。どうやら久也はペニスを扱くのに夢中で私と愛奈さまのやりとりを聞いていなかったのでしょう。呆気にとられた顔で私に押し倒され、まるでおしめを替えられる赤ん坊のような体勢のまま硬直していました。
「えっ、ねえちゃ……? ……うっ」
 久也が喋るよりも先に、私は体格の割りには――恐らく、愛奈さまが“成長”させたからだと思いますが――逞しいペニスを握り、舌を這わせていました。弟のペニスを舐めるという行為に全く抵抗が無かったと言われれば、嘘になります。むしろ私が正気であれば、いくら愛奈さまの命令であったとしても、遂行することは出来なかったことでしょう。 しかし、今は。そうしなければ愛奈さまに抱いていただけないのでは、それは逡巡にすら値しませんでした。
「やだっ、やだやだっ、姉ちゃん、止めてよぉ!」
 暴れる久也を押さえつけながら、ペニスを舐めしゃぶります。正直、同じ男性器でもここまで違うものなのかと思わざるを得ませんでした。愛奈さまのものに口をつけた瞬間に感じた、背筋を走る甘い痺れも、舐め続けずにはいられない蜜の味も、そのどちらも久也のペニスからは感じられませんでした。先端から溢れるカウパー氏線液もただただ生臭く感じるばかりで、私は夫のアンモニア臭の染みついたペニスを舐めさせられたときの不快感を思い出して気分が悪くなりました。
「ねえちゃっ……止めて、止めてよぉ……」
 吐き気を堪えながら、私は先走り汁を啜り、亀頭をちゅばちゅばとしゃぶりました。早く、一秒でも早く久也を射精させて、愛奈さまに続きをしていただくことしか、私の頭にはありませんでした。
「あっ、あぅぅう!!!」
 まるで女の悲鳴のような声を上げて、久也が体を跳ねさせたのはその時でした。びゅるっ、と。鼻で笑いたくなるほどの量の白い塊が私の目の高さの辺りまで打ち出され、そのいくらかは顔や髪にかかりました。
「ぁっ……愛奈、さまっ……」
 私はすぐに愛奈さまの方を振り返り、お尻を振って媚びていました。しかし愛奈さまはむしろ先ほどよりも不快そうな顔で、しかし笑顔を浮かべて、こう言われました。
「梓、ヒーくんまだシャセイし足りないみたいだよ?」
 愛奈さまが、勃起したままの久也のペニスを指さします。
「今度は、口じゃなくてセックスでイかせてあげて」
「そん、な……」
 先ほどは、口で射精させれば続きをすると仰っていた筈です。しかしそんな不満を口に出来る筈もありません。絶対的な決定権が愛奈さまにある以上、私に出来ることはただただ従うことのみです。
 ああ、でも。
 でも!
 セックスは、口でするのとはわけが違います。……いいえ、それは私がそう感じるだけで、禁忌という意味ではどちらも同じものだったのかもしれません。
 ですが。愛奈さまの肉槍の――もはや魔根と呼ぶべきペニスの虜とされてしまった私ですら、それだけはと躊躇いを禁じ得ません。
「愛奈さま……どうか……それだけは……」
「イヤなら、コレはあげない」
 くちゅっ――まるで口づけでもするように、魔根の先端部分だけを媚膜に擦りつけられ、私は容易くイかされてしまいました。そして達した後、それまでの数倍はあろうかという凄まじい禁断症状に襲われました。
「あぐっ……ぁ…………ひさ、や…………」
 気づいた時には、私は射精の余韻で惚けたようになってしまっている久也の体へと跨がっていました。
「ごめんね…………ごめんね…………」
 無意識に謝罪の言葉を口にしながら、私は徐々に腰を落としていきます。徐々に、久也のペニスが膣内に入ってくるのを感じます。こう言っては何ですが、愛奈さまのそれとは比較にならないほどに手応えのない、なんとも頼りない代物です。愛奈さまのペニスが肉の槍ならば、久也のそれはせいぜい肉の鉛筆でした。
「んっ、んっ……」
 両目を見開き、惚けている久也の上で、私は前後に腰を使います。快感など、微塵も感じませんでした。ただただ久也が早くイくことだけを願って、腰を振り続けます。
「そんなんじゃ、ダメ」
 いつのまにかすぐ傍らに立っていた愛奈さまが、私の肩に手を置きながら言いました。愛奈さまがそうして側に立たれるだけで、その股間に隆々とそびえ立つ魔根の香りを嗅ぐだけで、私は心臓が高鳴り、白目を向いて達しそうになります。
「ただイかせるだけじゃ、ダメ。ちゃんと“セックスっぽく”しないと、挿れてあげない」
「セックスっぽく、ですか……?」
 無茶な注文――だとは思いませんでした。愛奈さまがやれと仰るなら、抱いていただけるのなら、またあの快楽が味わえるのなら。例え久也の首を絞めろと言われても、私は実行に移したかもしれません。
「……久也……」
 私は久也へと視線を移し、上体を被せました。そして愛奈さまの視線を背中に感じながら、愛奈さまが満足して下さるよう、出来うるかぎり恋人っぽく、ねちっこいキスをしました。
「んっ、んっ……んっ……」
 久也の唇を吸い、舌を差し込み、唾液の音をぴちゃぴちゃと響かせながら腰を使います。久也の手を取り、自らの乳房へと押し当て、円を描くように動かします。久也が全く手を動かしてくれないので、これは酷く疲れる作業でした。
「うんうん、それっぽくなってきたねぇ。……ねえ梓。私のと、ヒーくんの、どっちがイイ?」
 愛奈さまらしくない、答えの決まり切った質問でした。
 もちろん私は、正直に答えました。
「ンッ……愛奈さま、ですぅ…………比べものに、なりません……」
「ふぅん? ヒーくんのじゃ気持ち良くなれない?」
「はい、愛奈さまのでないとぉ…………久也のじゃ、ちっちゃすぎて全然ダメですぅ」
「ホントに? ホントのホントにヒーくんのじゃイけない?」
「はい……無理、ですぅ…………こんな、鉛筆みたいにちっちゃなおちんちんじゃ……全然気持ち良くなれません」
「その割りには、ハァハァ言ってるんじゃない?」
「ンッ……これは……早く、愛奈さまのが欲しくて………………はぁはぁ……早く……早く欲しい……」
 きっと、愛奈さまは解ってて私の目の前にペニスを突きつけておられるのでしょう。ぬらついた液体にまみれた肉の槍を見ていると、目の前にぶら下げられたニンジンを求めて延々走らされる馬のような気持ちにさせられます。
「ふぅ……ふぅ……久也ぁ……早く、早くイッてぇ…………あぁ……早く、早く愛奈さまとシたいぃ…………」
 譫言のように呟きながら、私は腰を振り続けます。口での時に比べてあまりに射精までの時間がかかることに、苛立ちすら感じていました。
「ねぇ、ほら……早くイッてぇ…………お願い、久也ぁぁ……」
 私はほとんど懇願するように久也に身を重ね、その耳に囁きながら腰を使います。実の姉とのセックスが――ひょっとしたら、セックスそのものよりも実の姉に襲われるということがショックだったのか、久也は完全に放心状態になっているようでした。そんな状態であっても、刺激があればペニスは勃起し、そして射精も出来るのだと言うことを。
「あっ……ンッ!」
 私は、下腹部に受けたゆるやかな衝撃で、知りました。
「ぁはぁぁぁ…………射精、しました……愛奈さまぁ……」
 私はゆっくりと腰を持ち上げ、自ら秘裂を割り開いて証拠品を見せるように、どろりとした精液を垂らします。これで、愛奈さまに抱いていただけるのだと、その時のことを想像しただけで、全身の震えが止まりませんでした。
「あ、そう。じゃあ、もういいや」
 しかし、愛奈さまの返事は驚く程に冷淡でした。しかも、いつの間にか着衣すら済ませて、隆々とそそり立っていた魔根は緋色の袴の下へとしまわれていました。
「え……え…………あいな、さま…………?」
 一体何が起きたのか、理解出来ませんでした。命令を聞けば、“続き”をすると、愛奈さまは仰った筈です。私はその通りにしました。それなのに、どうして愛奈さまは服を着てしまわれているのでしょう。
「あ、あの……続き、を……」
 愛奈さまの元へ歩み寄ろうとして、私はがくんと膝を折って転んでしまいました。足の間から、だらだらと涎のように愛液を溢れさせながら、私はさながら亡者のように愛奈さまの足下に縋り付かずにはいられませんでした。
 そう、あの時の真弥さんのように。
「……ごめんね、梓。なんだか飽きちゃった。……ううん、飽きたっていうか、冷めちゃった」
「え……」
「いろいろ準備したのに、全部台無しにしちゃうくらい簡単に梓がオチちゃうしさぁ。私がやりたかったのって、そういうんじゃないの。梓にはほんとガッカリ。弟の世話をするのが生き甲斐みたいな女だって聞いてたのに、何ソレって感じ」
「あの、愛奈さま……」
「悪いけど私、梓みたいなウジウジした女大ッ嫌いなの。そういう意味じゃ、まだ真弥ちゃんみたいな子のほうが好きだし、楽しめたよ」
 地面に唾でも吐くように、愛奈さまは仰いました。事実、愛奈さまの足下に縋る私を、汚物を見るような目で見下ろしておられました。
「お、お許し下さい……気に障る所は、全部直します! ですから、どうか……どうか!」
 私の脳裏を過ぎったのは、愛奈さまの足下に縋り付いては突き飛ばされている真弥さんの姿でした。このままでは、私もあのように捨てられてしまうと思えば思う程に、私は全身全霊で愛奈さまに縋りつきました。それこそが、愛奈さまを最も苛立たせる行為であると、私は知っていたはずなのです。知っていて尚、そうせずにはいられませんでした。
「私に触るな!」
 次の瞬間、私の体は愛奈さまに蹴り飛ばされていました。およそ女性の足の力とは思えない、強烈な衝撃に私は部屋の端まで飛ばされ、壁で背中を強かに打ち、息を詰まらせました。
「………………キーちゃんは……………………ヒトブタは、絶対にヒーくんを裏切ったりしない。媚びたりなんか、死んでもしない」
 激しく噎せる最中、愛奈さまの背中が遠ざかっていくのが見えました。それが、私が見た、愛奈さまの最後の姿でした。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。
 ………………。
 …………………………。
 翌日には、私と久也は殆どたたき出されるように、お屋敷を後にしました。愛奈さまの不興を買った女官は数え切れないほど居たそうですが、即日退去を命じられたのは私が初めてだという話を後に聞き、自分がどれほど愛奈さまの機嫌を損ねていたのかを思い知らされました。
 当然、夫の実家に対する融資の話も立ち消えとなったようでした。愛奈さまに捨てられた私はそのことを申し訳なく思う余裕すらも無く、お屋敷を追い出されて少なくとも半年の間は殆ど廃人のようになっていたと、後日知人から聞かされて知りました。私が、私という自我を再び取り戻したとき、私の姓は旧姓の六藤に戻っていましたが、別段ショックは受けませんでした。
 やがて畳みかけるように父が亡くなり、私は遺産を整理して出来た僅かなお金と共に駅前の小さなアパートを借りました。幸い、徒歩十分ほどの所にあるスーパーマーケットで働き口が見つかり、貯金と合わせればどうにか二人で食べるには困らないだけのお給金を頂けることになりました。
 二人で――そう、同じく愛奈さまに捨てられた久也も、私の元以外に行く場所が無かったのです。

 久也は――いいえ、“私たち”は、あの日以降、姉弟ではなくなりました。それは精神的にという意味ではなく、ましてや何かの比喩でもなく。純粋な意味で、私たちは姉弟ではなくなったのです。
 愛奈さまには、感謝をしなければならないのでしょう。結果はどうあれ、愛奈さまのお力が無くしては、久也がこうして人並みに暮らすことは出来なかったのですから。しかし、その代償もまた決して少なくは無かったように思えます。
 或いは、それは私が余りに至らなかったからなのかもしれません。私が愛奈さまの不興を買わず、愛奈さまが望むままに振る舞うことが出来ていれば、私たちのありようも少しは変わったのではないでしょうか。無論これは詮無いことです。どれほど悔やんでも、時間というものは巻き戻りはしないのですから。


「六藤さん。ちょっと良いかな」
「……はい」
 私は商品を補充する手を止め、くるりと向き直ります。声をかけてきたのは、私が働いているスーパーマーケットの店長であり、同時に私の上司でもある小林さんでした。お年の方は恐らく50手前と思われますが、白髪交じりの髪に負けない程黒々と健康的な肌の色をされた方です。背も高く、聞いた話では体を鍛えるのが趣味だそうで、週に三日はジムへと通われているのだとか。
 私は小林さんに誘われるままに、店の奥へと連れて行かれます。事務室のさらに奥、小林さんがが私室として使っている部屋――店長室とも呼ばれていました――へと入ると、がちゃりと鍵のかかる音が聞こえました。
「今日は、昼過ぎまでうちのやつが留守にしてるから」
 尋ねたわけでもないのに、小林さんは嬉しげに言って、私の体を抱きしめてきます。小林さんの奥さんも小林さん同様、スーパーマーケットで働いている方なのですが、小林さんと違って仕入れ先や取引先との間を行ったり来たりで、しょっちゅう店を空けているようでした。
 小林さんが私に声をかけてくるのは、決まって奥さんが留守の時でした。
「あぁ……梓っ、梓っ……!」
 小林さんは鼻息を荒くしながら、両手で私のお尻を揉みしだいてきます。どうやら小林さんは私のお尻がお気に入りらしく、最初の呼び出しの時に私を採用したのは自分好みの尻だったからとはっきり言われました。それも、仕事の際は必ずデニムパンツを穿くようにと厳命されました。確か、女性がデニムパンツを穿いた時に出来る影の線が堪らないというようなことを仰っていたと記憶していますが、詳しくは思い出せません。
 とにもかくにも雇い主からの命令ですから、私は素直に従い、今日も下はデニムパンツ、上は長袖のセーター、そしてお店のロゴ入りのエプロンという格好でした。そして小林さんはいつも最初にお尻を触り、その次にエプロンは外さずに、セーターの下へと手を忍ばせてきて胸を触ってきました。これもやはり小林さんのこだわりらしく、いつも同じ流れでした。
 そのままひとしきり体をまさぐられた後、私は壁に手をつかされ、デニムパンツごと下着を膝下まで下ろされました。
「あぁ……最高だよ、梓」
 下着を下ろした後、小林さんはまるで殺し文句のように言います。最初は少し嬉しかったその言葉も、毎回必ず言われるのでは少々興ざめです。そのまましばらく私のお尻を直に触り、揉み捏ねた後、小林さんもズボンを脱ぎました。
 幸い、小林さんは遊びは遊びだときちんと割りきる方でした。セックスの際にはかならず避妊具をつけてくれるのも感謝しなければなりません。またこうして呼び出した際には、決まって一万円ものお金をボーナスとして頂けるので、経済的にも大変助かりました。
「梓っ、梓っ、梓っ!」
 激しく突き上げられて、私は精一杯両手で踏ん張って顔が壁に当たらないようにしなければなりませんでした。それなりの質量を持ったペニスに敏感な粘膜を刺激され、私の意思とは関係無く喘ぎ声が漏れ始めます。私の声に気を良くしたのか、小林さんがますます鼻息を荒くし、時折感極まったように両手でお尻をびしびし叩きながら、腰を打ち付けてきます。
 程なく小林さんは射精し、さらに避妊具を付け替えながら三回ほど私は抱かれました。二回目は事務机の上に座る形で小林さんと向かい合って、三度目は両手を小林さんの首にかけてぶら下がる形でした。
「最高だったよ。……またよろしくね」
 息を整えている私に、同じく肩で息をしながら小林さんが茶封筒をくれました。小林さんが部屋を出た後に中身を確認すると、いつもよりも多い二万円が入っていました。小林さんの好意を大変嬉しく思いながら、私は小休憩の後、本来の業務へと戻りました。

 夕方、お仕事が終わるなり私は夕飯の食材を買ってアパートへと帰りました。部屋に入って最初にシャワーを浴び、その後で調理に取りかかります。夕飯の献立に悩みましたが、オーソドックスに肉じゃがにすることにしました。
 夕飯を作っていると、久也が学校から帰ってきました。私たちが暮らしているアパートは狭く、玄関の真横に台所があるので互いに目が合いましたが、特にこれという挨拶もなく久也は奥の居間へと抜けていきました。私も調理を再開させ、午後六時を回るや作った肉じゃがの一部を器に移し、ラップをかけて部屋を出ました。
 行き先は、階下の大家さんの部屋です。インターホンを押すと、大家さんは柔和な笑顔で迎えてくれました。小林さんよりもさらに年上の方で、でっぷりと出たお腹と笑顔が相まって丁度七福神の恵比寿さまのような印象を受ける方です。
「六藤さん、いつもありがとう。…………今、大丈夫?」
 肉じゃがの器を受け取りながら、大家さんはどこかソワソワとした様子で言いました。私が頷くと、大家さんは私の手を掴み、部屋の中に引っ張り込みました。
 奥の寝室には既に布団が敷かれていて、私は連れ込まれるなり押し倒されました。大家さんは見た目こそ恵比寿さんのように人懐っこそうな方でしたが、こうして密室に二人きりになると、その笑みは実に酷薄なものへと様変わりします。
「……あんたも、相当な好きもんだな」
 まるで人が変わったような冷酷な声で私の耳元に囁くや、大家さんは乱暴な手つきで胸元をまさぐり始めました。しかしその手つきほど粗雑なセックスをする方ではないということを、私は経験から知っています。むしろ女性側が欲しくて欲しくて堪らないといった状態になるまでは絶対に挿入をしないと決めているような、そんなねちっこい愛撫をする方なのです。
 大家さんの口で、指で、私は全身余すところなく舐められ、まさぐられ、声を上げさせられます。しかしそのくらいでは、大家さんはペニスを使ってはくれません。私はさらに淫らな言葉でのおねだりを強要され、何度も何度も懇願します。裸で土下座をさせられながら、私はふいに愛奈さまのことを思い出したりもしました。もちろん、大家さん相手では、愛奈さまほどには興奮することは出来ないのですが。
「そんなにこれが欲しいのか」
 ニヤつきながら、大家さんがボクサーパンツを脱ぎ、下半身を露わにします。お年の割には随分と逞しいペニスがグンと天を仰ぎます。
「いつもみたいに舐めろ」
 大家さんは私の髪を掴んで、私の顔をペニスにすり当てます。ツンと、涙が出そうになるほどの刺激臭が鼻を突き、思わず顔を背けてしまいそうになります。大家さんは、汚れたペニスを女性に舐めさせるのが好きという性癖の方で、仮にお風呂に入っても、ペニスだけは絶対に洗わないそうです。聞いた話ではそれが原因で奥様とも別れたのだとか。
 私はペニスに唾液を眩し、舌先を窄めて垢をこそぐようにして舐めます。そんな私の姿を、大家さんは潤んだ両目を細めながら見下ろします。
「あぁ、いいぞ、梓。お前の為に大事に貯めたチンカスだ、唾液に混ぜてちゃんと全部飲みこむんだぞ」
 言われるままに、私は音を立ててペニスをしゃぶりながら、唾液をごくごくと飲み込みます。吐き気を催すほどの不愉快な味でしたが、それでこそ私のような女には相応しいと思い直し、一生懸命しゃぶります。三十分以上はそうして舐めさせられた後、漸くにして大家さんがごろりと、布団の上に仰向けになりました。逞しいペニスをお持ちではありますが、やはり自分が主導で動くのは年齢的にも大変らしく、大家さんとのセックスでは騎乗位の形になることが多いのです。
「あぁぁっ……!」
 大家さんの体に跨がり、極太のペニスで貫かれながら、私は声を荒げます。或いは、単純に大きさだけでいえば、大家さんのそれは愛奈さまより上かもしれません。しかし、硬度という点ではやはり比べものにならず、どこかくにゃくにゃとした肉根は物足りなさを禁じ得ないものでした。
 ……いいえ、仮に愛奈さまのものと全く同じであったとしても、やはり私は同じように物足りなく思ったかもしれません。あの快楽は、愛奈さまでなければ絶対に得られないという確信が、私の中にはあるのです。愛奈さまのそれは堅さもさることながら、まるでそれ自体が意思を持つ触手のように私の中で蠢き、一番弱い場所を見つけては、的確にそこを擦りあげてくるのです。さらに、先端部からトロトロと漏れ出す蜜を塗りつけるように擦りあげられると、その効果も倍増するのですからたまったものではありません。爪の先まで痺れ、気を抜けば白目を向いてしまいそうになるほどのあの快楽に比べれば、ただ質量があるだけの肉塊など、どれほどのことがあるでしょう。
「あぁっ……あぁぁっ…………あぁぁっ!!」
 しかし、今の私はこれで我慢しなければならないのも現実です。声を上げながら、淫らに腰を振り続けます。小林さんとは違い、大家さんは避妊具など使ってはくれません。子どもが出来たら養育費くらいいくらでも出してやる、だから避妊具なしで抱かせろというのが、大家さんの言い分でした。
(……愛奈、さま……)
 遠すぎる絶頂に向けて身をくねらせながら、私は想わずにはいられません。快感を得ていないわけではないのです。むしろ、以前であればとっくに達しているであろう快楽を得て尚、物足りないと感じてしまうのです。
(愛奈さま……愛奈さま……!)
 お屋敷を出て三年もの月日が経ちました。それでも尚、私は。私の体は愛奈さまの魔根の味が忘れられないのです。夜ごと疼く体をもてあまし、決して達することの出来ない自慰を一晩中続けてへとへとになったまま仕事に行く羽目になったことも一度や二度ではありません。それどころか、自慰の最中に忘我状態に陥り、そのままフラフラと野外をさまよい、見ず知らずの男性を淫らな言葉で誘惑してその場で行為に及んだことすらありました。
 恐らくは、私のそういった欲求不満な空気を嗅ぎ取ったからこそ、小林さんは“遊び”を持ちかけてきたのではないでしょうか。大家さんの場合は、むしろ私からお願いしたようなものでした。しかし、どれほど体を重ねても、私はおよそ満足からほど遠い場所にしか到達することが出来ませんでした。
 ある時などは、大家さんにお願いをして、特別に数人の男性を集めてもらい、その方達の相手を私一人で、しかも同時にするといったこともやりました。私は朝から晩まで……いいえ、代わる代わる夜通しその方達に抱かれ続けました。あまり大きな声では言えませんが、その時は非合法な薬も使いました。人が見れば、ならず者に輪姦されていると誤解されたかもしれません。もちろんそれは私がお願いしたことで、“女性を抱く”のではなく“器具で性欲を処理する様に”してほしいというお願いを、その方達が忠実に聞いて下さっただけなのです。何度も失神するほどの快楽に晒されながら、それでも愛奈さまに受けたものの足下にすら、私は到達することが出来なかったのです。
「ふひひっ…………梓ぁっ、孕めっ!」
「……っ……!」
 大家さんのペニスが震え、びゅくりと生暖かい塊が私の中へと吐き出されます。比べてはいけない、比べるだけ無意味だと解ってはいるのですが、射精の瞬間ほど世の男性方と愛奈さまとの決定的な差異を感じる瞬間はありません。
(あぁ……)
 意識して口を閉じなければ、ついそんな失意の吐息を漏らしてしまうところです。これでは足りない、こんなものでは満足出来ないと、全身の細胞が不満を上げているような錯覚すら感じます。
「あふっ……」
 つい、焦れったげに腰をくねらせてしまいます。体が、覚えているのです。愛奈さまに膣内射精をされ、さらにあの魔根でグリグリと白濁汁を塗りつけるように擦りつけられた時の、魂が溶け出てしまいそうになるほどの快楽を。
 もちろん、大家さん相手では、そのような現象が起こることはありません。塗りつけられた後の、正しくはペニスを抜かれた後に襲ってくる、痒みにも似た強烈な中毒症状が起こることもありません。それがなんとももどかしく、そして愛奈さま相手でなくては絶対に得られないと解ってはいても、私はさらなる射精をねだらずにはいられないのです。

 大家さんには、さぞかしふしだらな女だと思われていることでしょう。三日と空けずに部屋を尋ねては日付が変わる頃までおねだりを続けるのですから。この日もへとへとになるまで大家さんに抱かれ続けて――しかし、決して満足は出来ないまま――シャワーを借りて自分の部屋へと戻った時には、夜の11時を回っていました。
「……また大家さんの所いってたの?」
 遅すぎる夕食をとっていると、久也の声が聞こえました。夕飯用にと作っておいた肉じゃがとごはんが目減りしていたので、恐らく久也は久也で勝手に夕食を食べたのでしょう。
「今夜は帰らないのかと思った」
 久也は居間と寝室とを繋ぐ襖の影から、体半分ほど覗かせていました。その声には嫌味な響きは全く無く、むしろ感情など何も籠もっていないようでした。私は視線だけで返事を返して、遅すぎる夕飯の支度を始めます。
「……眠れないんだ。また、アレしてよ」
「待って、ご飯を食べてから――」
 最後まで喋ることは出来ませんでした。駆け寄ってきた久也が、乱暴に居間のテーブルの上を払いのけ、お茶碗やその上に漏られていたごはん、肉じゃがやその器が派手な音を立てて畳の上に散らばりました。
「早くしてよ、ねえ!」
 苛立ったように言って、久也は勃起したペニスを眼前に突きつけてきました。赤黒く、痛々しく見えるほどに膨張しきったそれは、既にぬらついた液体にまみれていました。久也の右手も同様にぬらついていて、どうやら私が帰る前から、必死に自力でなんとかしようと試みていたようでした。
 久也自身、無駄な試みだと、頭では解っていても、そうせずにはいられなかったのでしょう。同じ呪縛を愛奈さまから受けた私には、久也の苦しみが痛いほどに理解できました。
 ただ、久也にとって幸運だったのは、私ほどには愛奈さまに疎まれなかったということです。骨の髄まで魔根の味を覚えさせられた私とは違い、久也はあくまで愛奈さまによって教え込まれた強烈過ぎる射精が忘れられないだけなのです。
 愛奈さまは言いました、私は気に入った子にしか中には出さない――と。しかしそれは、私に限ってだけは、違ったのではないでしょうか。私をより苦しめる為に、あの濃厚極まりない甘美な蜜の味をあえて教えたに違いありません。快楽に負けて弟を見捨てたお前は、未来永劫苦しめと、目を瞑れば今でも耳のすぐ側で愛奈さまのお言葉が聞こえる気さえするのです。
「……わかった。久也、おいで」
 私は久也を伴って寝室へと移動し、久也をベッドに腰掛けさせます。その背後へと周り、片手で久也の目を隠し、もう片方の手で久也を抱き込むようにしながら、ペニスを優しく握ります。そして、精一杯愛奈さまの声色を真似て、囁きました。

「…………ヒーくんはね、今……アイ姉ちゃんにおちんちんを触られてるんだよ」


 

 

 

 

 

 

 


 


 

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